表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/42

09


「なんかさ……」


と口を開きかけたところで、付き合っているわけでもないただ片思いしているだけの話を友だちに話すなんて、女々し過ぎるのではないかという疑惑が胸のなかでモクモクと湧き始めた。そうしてしばらく口を噤んでいると、ジンの笑い声が降って来た。いつの間にか俯いていたらしい。


「そんな深刻な悩み?」

「いや、違うけど……」

「俺はどんな話でも聞くよ? ほら、言ってみ」

「いや、まあ、そうかもしれないんだけどさ……」


とにかく誰かに話を聞いてもらいたい一心だったけれど、相手を間違えたかもしれない。ジンはこんな見た目だし明るくて社交的だし、モテないわけがない。現に彼女がいるらしいし。しかも付き合って長いらしいし。その上一応とか無駄に、とか言っちゃう余裕もあるわけだし。それに対してアキナリは今まで彼女がいたことが無かった。冷静に考えたら恥ずかしいことなんじゃないか。でも一瞬の恥を忍べば、マリアと上手くいくためのアドバイスなんかを貰えたりするかもしれない。二つの想いが鬩ぎ合って、結局後者が勝った。カンカンカン。ゴングの音がする。


「実はさ、……ちょっと気になってる人がいて」

「まじ?」


ジンの声に好奇心が混じったことを感じて、また視線が逃げる。会話がまるで中学生の女子のようだ。なんでもないようにさらっと話してしまえたらいいのに、顔が熱くなる。どうして自分はこうも恋愛に奥手なのだろう。マリアは、マリアだったらどんなふうに恋愛の話をするんだろう。好きな人とか、彼氏の話を。


「どこの人? 高校?」

「いやあ、それがさ……」

「うん?」


自分みたいな地味な男がよりによってマリアを好きになるなんて、とネガティブ思考が時間と共にゆっくり首を絞めてきて、思うように声を出せない。ジンに何て思われるだろうか。せめて彼の知らない人をすきになっていれば、もっと話題にしやすかったのに。


「大学のひとでさ……」

「まじか」

「しかも英米の人で……」

「まじか!」


ここまで来たらもうすべて打ち明けてしまったほうが楽だというのに、肝心の名前だけがどうしても出て来ない。どんな表情をしているのかを確かめるのが怖くて、相変わらずジンの顔を見られない。はぁ、と息を吐いて躊躇も一緒に身体の外に捨てた。


「マリア、なんだよね……」


短い沈黙があった。


「なるほどねー!」

「なるほどってなんだよ」

「いやあ、実はそうなんかなって思ってた」

「え、いつから」

「いつからって言うかさっき見ててさ」

「え、ジン見とったの?」

「チラ見で」

「まじか。そんなにわかりやすかった?」

「や、そういうわけじゃねぇんだけどさー」


ジンが頭の後ろで腕を組んで、そのままソファの背もたれに身を預けた。いつのまにか丼が空になっている。これだけ打ち明けるのを躊躇っていたにも関わらず、薄々感づかれていたなんて辛すぎる。どこを見てそう感じたのかを問いただしてみたいような気がしたけれど、それにはちょっと気力が足りなさすぎる。


「やー、でもマリアちゃん良いと思うけどなー。なんかこうザ・魅力的って感じだよな」

「そうだよなぁ……」

「そうだよなってそこはお前、すんなり認めるんだな」

「実際マリアってめっちゃ魅力的だし……」

「惚気かよ」

「惚気じゃないよ。付き合ってもないし」


ジンがはーっと息を吐いた。そこには疲労の色は無く、ただ身体の中の空気を抜く、それだけのもののようだった。


「いいね。片思いのときが一番楽しいでしょ、正直」

「ていうかその前に僕、片思いしか経験したこと無いし」

「まじか」


ジンはさほど驚いた様子も無かった。


「そんなもんでしょ。中学とか高校で付き合ってても結局何にもならないものはならないし」

「そんなもん?」

「そんなもんそんなもん」


皿に残っていたハンバーグの欠片を全て口に放り込んで噛む。マリアは今、バイト中だろうかと思考が勝手に飛んでいく。明日も一限から講義があるはずなのに、何時まで働くのだろうか。


水の入ったグラスにぼんやりとした焦点を合わせていると、ジンが小さく笑った。


「アキ、今マリアちゃんのこと考えてたっしょ」

「え、なんでわかった?」

「わかるわ。そんなもん」


ジンは笑った顔のまま眉根を下げた。


「いいねー、まじで」


彼女のことはあくまでも話してくれないつもりなのだろうか。なんとなく壁があるような気がして、触れようとは思えなかった。


「俺、めっちゃアキのこと応援するわ」


仲良くなるためにはどうしたらいいか、なんてとても質問できなかった。彼女のことを語りたがらない部分に自分とは違う、大人びた闇を感じて、話せば話すほど自分の幼稚さが露呈していくことが怖かった。


それに本人ではなくても、自分以外の誰かに恋心を告げたことで心をパンパンに膨らませていた空気が少し抜けたような気がして、すっきりしてしまっていたからでもあった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ