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そろそろいい加減にしないと。大学生にもなったのだから、いい加減自分の人生を輝かせないと。アサコは常々考えていた。これまでの自分の人生は平坦過ぎたと。
歩んできた道は平坦だったけれど、自分自身は平凡以下の人間だった。例えば顔。重たい一重の目。例えば身長。百五十センチにすら届いていない。例えば髪。癖の強い天然パーマで絶えずストレートパーマを掛けていないとどうしようもならなくなる。例えば運動。走るのも遅いしボールはキャッチするより避けたくなってしまう。例えば人間関係。クラスの目立つ子には声を掛けることすら多大な勇気が必要だった。
そんなアサコが唯一自分の力で何とかすることができたのが、勉強だった。と言っても学年で一番を取ったとか、テストで九十点以上を連発したとか、そういうレベルではない。小さなころから本を読むことが好きだったおかげで国語は漢字の勉強さえしておけばある程度授業も理解できたし、テストで良い得点を取ることもできた。その延長線で英語もできた。社会もとくに歴史は興味があったし、地理もそんなに苦にならなかった。理科と数学はあまり好きではなかったけれど、それでも最低限付いていくことはできた。
小学生の時にはすでに目立たない児童になっていて、友だちは全然増えなかった。むしろ保育園に通っていた時のほうが、皆の中心にいる女の子だった。中学生になると派手な子やいじめっ子やいきがっている不良たちに見つからないように息を潜めて生活するようになった。
だから高校はこれまでの知り合いがいない場所へ行って、一からやり直すのだと思っていた。受験期間にいつもより気合を入れて勉強して、地元ではまあまあ頭の良い高校に入学した。同じ中学から進学した子もいたけれど、そのなかにいじめっ子や不良たちはいなかった。それなのに大した変化は無かった。アサコは相変わらず少人数の友だちと群れて喋るときは小声だった。学校のイベントごとを楽しむどころか苦手に思ったままだった。
そのまま高校三年間をやり過ごして、両親が言うからなんとなく大学へ進学した。とりあえず有名な大学に入っておけば就職には困らないだろう。とりあえず外国語を学んでおけば、グローバル化が加速しそうなこれからのご時世でもなんとかやっていけるだろう。それだけ。
いじめっ子の視線をかわすことに必死にはなっていたけれど、いじめられた経験があるわけではない。せいぜい陰口を言われたことがある程度。苦手な数学でも赤点を取るほどでもなかった。
つまりこれまでの人生においてアップアンドダウンの振れ幅が非常に小さかった。ようにアサコは思う。
大学に入学して早々にあった英語のクラス分けテストの結果がわかったとき、正直溜息を吐きたい気持ちになったし、いっそのこと教務科にでも頼んでクラスを変えてもらおうかとさえ思った。けれど結局そんな勇気も出なかった。
もともと帰国子女やハーフが多い大学であり学科のなかで、英語力トップのクラスともなればほとんどがそういう人たちなのだということは聞いていた。さらにそういうことだから、クラス分けテストは力を抜いたほうがいいというアドバイスまで受けていた。
それなのに。力を抜いたわけではないけれど、入れたわけでもないテストでまさかこんな結果が出るとは思ってなかったのだ。
恥をかくのが怖くて、イケてない子だと思われるのが怖くて、自己紹介で話す内容を家で考えて覚えた。この行動が既にイケていないかもしれないけれど。
だからクラスの中にほとんど英語が話せないような学生が混ざっていることに気づいたときには、正直ほっとした。
彼は名前と学科を話しただけでことばに詰まった。教室に充満した沈黙は、アサコのことまでも窒息させそうだった。もしかしたらあれは私だったかもしれない。彼の名前は一瞬で覚えた。キタジマ・アキナリくん。見た目も良い感じに地味だ。黒い髪は少し癖があるみたい。白い肌に黒い眼鏡。華奢な体型。話したことも無いくせに親近感を覚えた。
大学生なんだからいい加減なんとかしなくちゃいけないと思って、雑誌を買った。ビビ。それっぽい服を揃えて、化粧の練習をしてみた。履き慣れないヒールの靴は足が疲れる。天然パーマに掛けた縮毛矯正の威力が強すぎて、とてもゆるふわになんか巻けない。
でもこれ以上イケてない子として生きていくのは嫌だった。




