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 もうすぐジンの誕生日がやってくる。三人で何をプレゼントするべきか話し合った結果、お洒落な彼にはやっぱりファッション関連のものが良いのではないかとなり、シルバーアクセサリーを贈ることになった。ピアスは開いていないみたいだから、リングかブレスレットで嫌味にならないようなシンプルなもの。アサコが


「楽器弾くときに邪魔にならない?」


と言い出しアキも


「確かにそうかも」


なんて同意していたけれど、アクセサリーなら頼る宛てがあったから、


「演奏するときになったら外せばいいじゃん」


と押し切った。


相変わらず忙しいアサコに予定を合わせていると、プレゼントを買う前にジンの誕生日が来てしまいそうだったから、アキと二人で選ぶことになった。デパートが並ぶ大通りから一本入ったところに、古着屋や雑貨店、小さなカフェ等が集まる通りがある。中途半端に古い建物をリノベーションして使っているから、寄って見ればお洒落だけれど全体的には趣があるというよりも、時代に取り残されているような雰囲気がある。そこがまたノスタルジックで良いのかもしれないけれど。そんな色褪せたストリートの一角に、キティアンドヒズオーナーはある。古い木材に赤いペンキを塗って、汚れ加工を施したようなドアを開ける。カランコロンと喫茶店みたいなドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」


落ち着いた声で迎えられて、少し安心する。日本はどこの店に行っても入店するなり大声で挨拶をされるから帰国してしばらくは慣れなかった。


カウンターに目をやると、リョウはいなかった。ここはリョウがバイトしている店で、今日は出勤日のはずだった。何やら作業をしているらしいさっきの声の持ち主は、赤に近いような茶色の長いストレートの髪を赤いバレッタで留めてアップにしている。化粧は濃いけれど、ギャルっぽいというわけでもない。日焼けをしていない白い肌に鼻筋が高いその横顔に、どこか見覚えがある。ここを訪れるのは初めてだから、リョウに見せてもらった写真にでも写っていたのかもしれない。


「すごい、こんなに種類あるとは思わんかった」


アキが感嘆の声を上げて、我に返った。木枠で縁取られたガラスケースの中にシルバーリングが無数に並んでいる。あたしの左手にあるような細くて特に装飾のないシンプルなものもあれば、鱗まで作りこまれた蛇がぐるりと円を描いているものまである。


それにしてもよく考えればここはあたしの恋人が働く職場で、振った相手を連れてくるべきではなかったのかもしれない。最近のアキが余りにも何事もなかったかのようにふるまうせいで、うっかりしていた。リョウが不在にしていることは不幸中の幸いだったのかもしれない。いろいろとアドバイスを貰えることを期待して来たけれど、彼女がふらりと現れないことを願いながらアキと並んでショーケースを見下ろした。


「これだけあると迷うね」


だんだん選ぶことに疲れてきた脳を休ませるために、関係のないピアスに目をやる。リョウの耳にはたくさん穴が開いていて、全てにシルバーのピアスが収まっている。彼女が持っているものに似たデザインのものもある。軟骨に付けている骸骨の手のピアスは、正直趣味が悪いと思うけれど。


リングを一通りみたあと、もう一つの候補であるブレスレットのコーナーを物色する。全てシルバーのものもあれば、レザーにワンポイントだけシルバーのモチーフが付いているものもある。


「あっちよりはこっちのほうが可愛いよね?」


レザーのブレスレットを指しながらアキに確認すると、うん、と頷き返してくれた。


「これは?」


アキが手に取ったのは、ライトブラウンの細いレザーを三重にして腕に巻くもので、ワンポイントでシルバーのト音記号が付いていた。


「これはダサすぎでしょ! いくらジンが音楽好きだからってこれはない!」


アキが笑いながら


「冗談だよ」


と言った。


「もう真剣に考えてよ」


そうしてああでもないこうでもないとかれこれ三十分以上悩んでいたときのことだった。


「プレゼントですか?」


背後から声を掛けられた。あたしよりも先にアキが振り返って人当たりの良い笑顔を浮かべた。


「そうなんです。友だちの誕生日で」


さっきまでカウンターに居た赤髪の女性が


「そうなんですねー」


とわかったんだかわかっていないのだかわからないような相槌を打つ。


「どんな方なんですか? 男性? 女性?」


やっぱりどこかで見かけたことがあるような気がして、会話そっちのけで女性を凝視してしまう。


「男で、めっちゃお洒落なんですよ。だから余計選ぶのが難しくて」

「そうなんですねー」


二人の会話を聞き流していると、一つのブレスレットが目に留まった。さっきアキが手にしていたものよりも赤みが強く深い茶色のレザーに、有刺鉄線を象ったシルバーのモチーフが付いている。昔憧れていて調べたことがあるけれど、タトゥーとしての有刺鉄線は意外にも自由の象徴だった気がする。ロックミュージシャンには似合うのではないだろうか。それを試しに自分の左手首に巻いてみる。きっとこの日に焼けた肌よりも色の白いジンのほうが似合うだろう。


「それ、可愛いですよねー」


今までアキと会話を弾ませていた赤髪の女性が急に話を振ってくるから、曖昧な返事しかできなかった。


「どれ?」


アキが覗き込んでくるから、無言でモチーフの部分を見やすいようにくるりと回す。


「うわ、かっこいい」

「あたしもこれ良いなって思っててー、買おうかどうか迷っているとこなんです」


アパレルショップとかに行くとよくこうやって人気商品だということをアピールされるけれど、正直それが何なのだという話だ。むしろそれだけ他にも大勢が同じアイテムを身に付けているわけだから、価値が下がるような気がする。それよりも一点もののほうがよっぽど魅力的なものじゃないのだろうか。


だけどそのブレスレット自体は気に入ったから、店員にはまともに返事をせずにアキに確認した。



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