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「あたしだいぶこれ気に入ってるんだけど、どう?」
「僕もそれいいと思う。それぐらいシンプルなやつのほうがジン似合いそうだし」
「おっけー。じゃあこれで」
そこでようやく店員の女性を正面から真っ直ぐに見据えた。濃いメイクなんて必要ないのではないかと思えるほど、整った顔をしている。あたしの態度の悪さに気が付いていないのか、それとも接客のプロとして技量なのか、微笑みながらブレスレットを受け取った。
「プレゼントですよね。ラッピングはどうしますか? ボックスとバッグとあるんですけど」
立方体の黒い箱と不織布のバッグがカウンターの上に並べられる。圧倒的に箱のほうが格好良く見えて、迷わずに選んだ。プラス五百円だったけれど、せっかくのプレゼントなら最後まで格好付けきったほうがいいだろう。何しろ相手はジンなのだし。
ブレスレットを飾るように箱に入れて、さらに小さな紙袋に入れるその女性を見ながら、ようやく既視感の正体に気が付いた。
リョウの部屋に貼られているあのポスターのアイドルだ。壁際で真夏の太陽みたいな笑顔を見せる彼女はこんなに化粧は濃くないしタイプも全然違っているけれど、どこか似ている。
「あの」
電卓で商品代とラッピング代を合わせた金額を計算していた女性が顔を上げる。
「アイドルとか……なんて、やってませんよね?」
店内に流れていた海外のロックミュージックが消えたかのように錯覚するぐらいの静寂が流れた。女性とアキの二人分の訝しむような視線が突き刺さる。
「そんなわけないですよね。突然変なこと聞いてごめんなさい」
あたしが適当に笑って見せると、彼女も不確かな笑顔を浮かべた。
「アイドルなんて、そんな可愛かったら良いんですけどねー」
そう言って女性はもう一度電卓に目を落とす。髪をアップにしているせいで露出している耳が目に入った。
シルバーの骸骨の手。
心臓が深いところでゆっくりと大きくドクンと音を立て、それから指先が冷たくなっていくのを感じた。どうして。疑問が浮かぶと同時に脳がそれ以上考えることを禁止した。全身が一瞬だけど確かに垣間見えた真実を隠そうと、忘れてしまおうと働く。眩暈を覚えた。
「マリア?」
心配そうに声を掛けてくれたアキに体調が悪いことを告げて謝ると、店を出た。ここは細い道の両側に店舗があるから立ち止まったり座り込こんだりできる場所がない。アキを待たなくちゃいけないことはわかっているけれど、今すぐにでもここを離れたかった。
考えすぎかもしれない。思い過ごしかもしれない。だけどそう言い聞かせても納得できないくらいに、傷つけられてきた。悲しみや不安よりも呆れと諦めのほうが大きいのかもしれない。
背後から急ぐ足音が聞こえた。
「マリア、大丈夫? なんか買ってこようか? お茶とか……」
「いい」
「どっかで休む? 顔色めっちゃ悪かったけど」
「いい」
弱っているときに優しくされると、相手の事情なんて一切忘れて身勝手に甘えたくなってしまう。まるで唆すかのように涙の気配がしてくるし。
「マリア」
だから名前を呼ばれて潤んだ目を覗き込まれてしまったらもうダメだった。泣いていることに気づいたアキの顔色が変わる。躊躇いがちに左手を取られて、そのまま引かれた。前を行くアキのスニーカーを見ながら歩いた。
平日の昼過ぎの人通りの少ない道を抜けて、現れたのは砂場の他に遊具が滑り台しかない殺風景な公園だった。
ベンチに並んで腰を下ろす。そのときになってやっとアキがプレゼントの入った紙袋を持っていてくれたことに気づいて安堵した。灰色の空がやけに眩しくて、景色が白ける。
乱れた呼吸が整うまで、アキは何も言わずにあたしの左手を握り続けてくれた。少し湿った体温がどうしようもなく心地よくて、いつもどおりに息が吸えるようになってもしばらく黙っていた。二人の体温の間で温められた銀の指輪は、硬さを失ったかのようだった。このまま液体みたいにどろどろに溶けて、指の隙間をすり抜けて乾いた砂に染み込んでいってくれればいいのに。
そう願ったら、誰かに卑怯だと言われそうな気もしたけれど、全て話してしまいたくなった。
「彼女に浮気されてるかもしれない」
隣にいてもアキの身体に力が入るのが分かった。踏み込んでいいのか迷っているようだった。
「しかももうこれで何回目? って感じ」
声に出してみると涙よりも笑いが込み上げてきた。この二年の間に何度裏切られたことだろう。そのたびに傷ついて泣いてもう終わりにしようと散々思ってきたはずなのに離れられなくて、またこうなる。何度も浮気を繰り返すリョウよりも、そんな彼女に別れを告げられない自分のほうがよっぽど情けない。
「そんなひとなの? 彼女さん」
「そう。ボーイッシュだしまあまあ見た目も良いからモテるんだよね。しかも来るもの拒まずって感じだし」
「今までもこういうことあったの?」
「あったあった。後から知ったけど、あたしと付き合い始めたときだって本当は他にもいたんだよ」
一瞬の間があった。
「……なんでそんなひとと付き合っとんの?」
「……ほんと、なんでだろう」
あたしのほうが教えてほしかった。こんなに浮気をされて、酷いときは二股どころの騒ぎじゃなくって、もう信用することもできなくなっているのに、どうして別れられないのだろう。
本当に愛されているのかどうかもわからないのに。
でも宝石箱の中身みたいなケーキを前にはしゃぐ笑顔が忘れられない。
シルバーリングが存在を主張するかのように、指をきゅっと締め付けた。




