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「でもどうしよう。もう十時半だよね。今から花火はさすがに無理かな」

「とりあえずさ、この辺のコンビニ片っ端から電話してみん? そしたら歩く手間省けるし」


アキがスマホを操作しながら言う。


「そうじゃん! 最初っから電話すればよかったんじゃん! なんで言ってくれないの!」

「いや、正直もう少し簡単に見つかると思っとった」


そう言いながらアキはスマホを耳に当てる。


「あ、ちょっとお伺いしたいんですが」


一瞬強い風が吹いて、視界が髪で隠される。掻き揚げて目に入ったのは蛍光のオレンジ色をした新しいスニーカー。軽くて歩きやすいし、湿り気の減った風は涼しくて心地いいし、夜の間中どこまででも歩けるような気がする。


「はい、すいません、ありがとうございますー」


アキが何件目かの電話を終えた。


「どう?」

「あるって」

「え、ほんとに?」


もうほとんど諦めていたから、喜ぶことさえ忘れてしまった。


「でもめっちゃ遠い」

「どのくらい?」

「えっと……」


そう言いながらアキはグーグルマップを見せてくれた。


「歩いて三十分ぐらいかかる」

「三十分? 遠っ」

「コンビニまで三十分歩いてくとか逆に新しいよね」

「確かにー」

「どうする?」

「でもここまで来たらもう行くしかないよね。あたしは行けるけど、アキは?」

「僕も行ける。ここまで来たら花火買わずに帰れん」


二人でカップのアイスコーヒーを買って、セブン・イレブンを出た。坂道の多い道をゆっくりと歩く。車もときどきしか通らない深夜の住宅街は、なんだかとても居心地が良い。


「あーあ、ジンのチャリ借りてくるべきだったかもしれん」

「それね」

「コンビニのアイスコーヒーって何気美味しいよね」

「わかる。これで百円ちょっとっていうのはすごい」

「もうすぐ学校始まるとかほんと信じれん」

「今からもう一回休み始まってほしいレベル」


くだらなくて短い会話と沈黙を繰り返しながら、あたしたちは歩く。


「夏休み、何が一番楽しかった?」


長くて緩やかな坂を下りながらなんとなく質問してみた。遠くのほうに黒い線がまっすぐ引かれているのが見える。暗闇の中じゃはっきりとはわからないけれど、それは川なんだろうと予想する。


「んー……、何だろうなあ」


また風が吹いて髪が乱れる。長い前髪が視界を塞ぐ。そろそろ前髪を作ってみるのもいいかもしれない。掻き揚げた左手の中指にシルバーの指輪が月と重なって光る。ときどきこの輝きを無性に投げ捨ててしまいたい思いに駆られる。


「ライヴ行ったことかもしれんなー」

「ライヴ? なんの?」

「レフウィル。ジンがよく聞いてるバンドなんだけどさ」

「えーわかんないな」

「たぶん聞けばわかると思うよ」

「そんな良いんだ。そのバンド」

「めっちゃ良かった。僕ライヴ行くの初めてだったし、余計かもしれんけど」


日本の音楽には疎いけれど、それでもジンの部屋はいつもセンスのいい音楽に満たされていた。そのなかのどれがそのバンドだったのだろう。


「あ、あとさー、ジンが一回キーボード弾いたことがあって」

「キーボード?」

「うん。部屋にあるじゃん? ギターとキーボード」

「ああ、そういえば……」

「聞かせてくれたんだけど、あれはやばかった」


そう呟く声に強い感情が込められたのを感じて、思わず横顔を凝視した。


「そんなに上手いの?」

「上手いのも上手いんだけど、何ていうか……」


アキは一生懸命その瞬間の感情を正確に表せることばを探した。その様子を見ただけで感動が伝わるような気がしたから、深追いはしなかった。


「……あたしもジンの演奏聞いてみたいな」

「絶対聞いたほうがいいよ。今度頼んでみよ」


うん、と曖昧に返事をした。ジンのキーボードを聞いてみたい気持ちは本当だったけれど、それよりもやばい、とかすごい、の一言で済ませられないくらいに他人の心を動かすことができる才能を持つ同い年の友人が羨ましかった。自分にも一つぐらい特技があればいいのに。夢中になれることがあればいいのに。


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