28
一か月半にも及んだ長い夏休みもあと三日で終わる。今週の木曜日からはまた大学が始まる。キャンパスで友だちに会うのは楽しいし、講義にだって付いていけていないわけでもないのに、それでも長期のお休みの終わりというのは、どうしても寂しいような悲しいような悔いが残るようなやりきれない思いになる。
だから最後の週末にいつもの四人でサヨナラ夏休み会をすることになった。と言ってもジンの家でピザを取ってお酒を飲むだけ。
アルコール耐性が低いアキは毎回真っ先に酔っぱらう。顔も耳も首元まで真っ赤に染まるから、見ているこっちが心配になるくらい。それでも飲み会は好きだと言うのだから、どうしようもないけれど。
「夏休み、なんかやり残したことないかなー」
缶ビールを片手にアサコがしみじみと呟いた。
「バイトしてスキルアップ講座受けて海外ボランティアまでやっといて何をやり残したって言うんだよ」
ジンが呆れ顔で言う。アサコはいつだってオーバーワーク気味だ。
「だってさー、夏にしかできないことだってあるじゃん」
「んー」
夏にしかできないこと。自分の夏休みを振り返る。大学に入学してすぐに始めたカフェバーでのバイトにようやく慣れてきてバイト仲間と一緒に遊ぶようになったり、高校時代の友人と会ったり、アメリカにいる友達とスカイプで近況報告をしあったり、家族でヨーロッパに旅行へ行ったりもした。
焼かれているという実感があるくらい強い日差しはきつかったけれど、日本では見られないような色の濃いブルーの空と海が美しかった。
「あ」そこまで考えて思いつく。今年は夏といっても日本の夏らしいことをしていなかった。
「花火、やってない!」
やっていないことに気づくと、途端にやりたくなってくる。
「花火いいね。そういや僕も今年やってない」
アキが呂律の危うい口調で言う。
「いいけど、もう売ってないんじゃねぇの?」
「売ってたとしてもこのへんじゃ花火できるような場所なんてなくない?」
ジンとアサコは否定できだ。N市内には大きい公園がたくさんあるくせに、どこも禁止事項が多くて何のための広場なのだと思うことが多々ある。
「とりあえず売ってるか見に行こうよ!」
「おー」
マリアに続いて立ち上がったのはアキだけだった。
「売ってたら連絡してよ。その間に花火できそうな場所探しておくわ」
「見つかる前に電車無くなりそうだけどね」
ジンもアサコも動こうとしない。どうやら酔っ払いの戯言だと思われているらしい。そうなると余計にムキになってくる。なんとしてでも花火が売っている店を探し出してやろう。まだ九月の第一週だ。世間から完全に夏の気配が消えたわけじゃない。今のあたしみたいに急に花火がやりたくなる人だっているはずだ。
「アキ、行くよ!」
まだぽーっとしているアキに財布とスマホを持たせて、ジンの部屋を出た。
マンションのエントランスまで下りると、アキがスマホの画面を確認して呟いた。「もうスーパーは閉まってるよね。この時間」
「今何時?」
「九時二十三分」
「じゃあコンビニ行ってみよ」
まずはジンのマンションの最寄りのローソンへ行く。入ってすぐ目に付く場所には見当たらず、諦めきれずに店内を一周したけれどやはり無かった。
次に歩いても十分もかからない距離にある大学最寄りのローソンへ行く。そこにもない。キャンパスを跨いだところにあるセブン・イレブンまで行く。
「……無いね」
歩き回って夜風を浴びたせいですっかり酔いの覚めたアキが、何故だか申し訳なさそうに言う。気が付いたらジンの家を出てから一時間近くも経っていた。
思わずため息が出る。あたしはいつもこうだ。子どもの頃からやりたいと思ったらやらずにはいられなかったし、欲しいものは何としても欲しがる子だった。今まではワガママだと笑われるだけで済んできたけれど、大学生にもなってこんなじゃダメだ。
「ごめん。アキ、あたし」
振り回してごめん、と謝るつもりだったのに、アキの表情は声音のそれとは全く異なっていた。残念そうな色を滲ませながらもそれでも笑っていた。
「絶対まだ花火やりたい人いるでしょ! もうちょっと置いといてくれんと困るわー」
あたしはアキのこういうところが好きだ。長い間アメリカで暮らしていたせいなのか、自由奔放に見られることが多くて、実際にそれはそうで、自分でも人を振り回しているという自覚はあった。というか、日本でできた友達はあたしのワガママに付き合いすぎてくれる傾向がある。アキもその内の一人だけど、それを楽しんでくれる。
アキは広い心を持っている。知らない世界を知らないままに拒絶したりはしない。そんな気がする。だからアキと一緒にいるといつも安心できる。




