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一曲を弾き終える。
拍手の代わりに、口をぽかんと開けたアキの顔がそこにあった。それが余りにも間抜けだったから、演奏中のシリアスな気持ちもどこかへ飛んでいきそうになる。
「いや……、ちょっとこれは想像以上だった」
ようやく表情を取り戻し始めたアキがぼそぼそと独り言のように呟く。
「そりゃあモテるわ」
「別にモテたくてやってたわけじゃねーよ」
女子にモテたいとか願う余裕も無かった。もっとどちらかと言えば、生きるために必要だったと表現したほうが、あの頃抱いていた想いに似ているような気がする。
ぼそぼそと何事かを呟くアキの横で、不思議と気持ちが固まっていた。今まで必死で突き放してきたことが嘘かのように、当たり前のように強い力で引かれた。そのことばはごく自然に口から零れた。
「今度レフウィルのライヴあるんだけど、行く?」
その日はすぐにやって来た。もうすぐ夏休みも終わるころ、風に寂しさの香りが混ざり始めたころ、ジンとアキはライヴハウスのフロアのど真ん中に二人並んで立っていた。
バンドの名前が書かれたTシャツを着て腕にはラバーバンドを付けた観客たちに紛れる。見ず知らずの人と素肌が触れ合うぐらいに近くにいるのに、満員電車のように不快には感じなかった。同じものを好きだと感じられる人たちがこんなに大勢いる。そのこと自体に感動さえ覚えていた。
開場から開演までの時間が一番どきどきする。こんな感覚を、久しぶりに思い出した。隣にいるアキをちらりと横目で見る。ライヴを見に来るのはこれが初めてらしい。
唐突に誰のものか分からない洋楽っぽいSEが鳴りやみ、照明が落ちる。一つ目の音が落とされるのとほぼ同時に、フロアから歓声が上がる。照明がちかちかと光る。袖からひとりひとり登場して、それぞれの位置に付く。音楽は突然始まる。その瞬間に会場は一つになる。
ここは彼らだけのステージで、彼らの音楽を愛する人々のための空間だ。
自然と身体が動く。その様子を見て少し戸惑い気味だったらアキも恐る恐る腕を上げる。多少リズムから外れようが、自分が感じるままに楽しむのが一番だ。
細胞一つ一つに音が染み込んでいく。
そうだ。ずっとここに来て、こうしたかったんだ。
ただそれだけだった。
空中に突き出されたアキの腕は傷だらけだ。だけど瞳は輝き、口は歌詞をなぞっている。ほかの誰もその悲惨な傷には気が付かない。けれど同じ空間を共有して同じ音楽を聴いて楽しんでいる。
もう言い訳をしようとは思えなかった。誤魔化しきれそうにないほど、強い憧憬だった。
こんなふうに人を一瞬でも苦しみから切り離せるものを作りたい。
自分の真ん中にぽっかりと空いた穴を満たす術を見つけたのかもしれない。




