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「でもさ……、ほんと不公平だと思うなー」
アサコがそう言ってルーズリーフの上にシャーペンを放り投げると、それはころころと転がっていった。それに気が付いて電子辞書とレジュメとを見比べることに必死になっていたアキナリがやっと顔を上げてこっちを向いた。
「なにが?」
「なんか私たちはいちいちこうやって辞書引いてやらないかんから、その分時間かかるじゃん? 皆はすらすらっと読めちゃうのに。ライアンももうちょっと考えてくれたらなーって」
アキナリは頬に戸惑いの載った笑顔を浮かべた。
「それはもうしょうがないじゃん。僕たちの英語力が足りなかったんだから」
向かい合って座る二人の間に広げられたのは、小さな文字がびっしりと並ぶレジュメの束だ。英語で書かれた小説の一部で、これを読んで感想を書いてこいというのが今週の課題だった。もちろん英語で書かなければならないし、発表もある。
「なんでAクラに入れられちゃったんだろ。アウトプット系のテストにしてくれないとこう言う悲劇が生まれるよね」
「悲劇って……」
「だってさー、なんか今週締め切りのレポートもあるしてんやわんやで」
「まあ実際大変だよね。読むのも書くのも辞書がいるし、文法で悩むこともあるし」
「そうだよね。いいなー、マリアちゃんとかジンくんはこれくらいさらっと終わらせちゃうんだろうな
」
身体の縮こまって固まっていた部分を解すように大きく伸びをする。最初のスピーチでペアになったジンはイケメンで明るくてお洒落で、高校のクラスの中心にいた男の子みたいだ。アキナリとペアだったマリアは今まで出会ったことのタイプで、長い間アメリカにいたこともあって本当に外国人みたいだ。だけどそのせいでときどき自己中心的で人を振りまわすこともあって、ムッとさせられる。
スピーチは終わったけれど、今でも四人で遊んだり並んで講義を受けたりすることがある。本当は今日もマリアに課題を手伝ってほしいと頼んだのだけれど、バイトがあるからと一蹴されてしまった。
「でもマリアとジンがいるとわかんないとことか教えてもらえるし、僕が英語全然話せんことわかってるから気楽に英語話す練習相手になってもらえるからいいかなー」
アキナリが再び辞書に目を落としながら言う。
「今日もとりあえずジンがバイト終わったら集合してライティングチェックしてもらうし」
「え、バイト後?」
「そー。十時には上がれるっぽいから、そのまま泊まりに行く」
「それって喋って終わるパターンじゃない?」
「かもしれん」
アキナリとジンは見た目も性格もだいぶ違って見えるのに、いつの間にって思うぐらいに仲が良い。実家暮らしのアキナリが一人暮らしのジンのアパートに泊まりに行ったという話も何回か聞いたことがある。なんか男同士の友情って単純で羨ましい。アサコはマリアと二人で食事をしたことすらない。
マリアのことは正直、苦手だ。見た目も行動も派手で目立つタイプで誰ともすぐに打ち解けられて友だちが多い。そのくせ思ったことを我慢せずに口にする。アサコたちと一緒にいないときでも英米の子や見たことも無い子たちと一緒にいて楽しそうに笑っている。一人でいるときだって堂々としていてかっこよく見える。不公平だ。こんなの。そんなにたくさん自分を受け入れてくれる人がいるのなら、ひとりぐらい譲ってくれたっていいのに。
「十時まで何するの?」
「んー、ファミレスでこれやれるだけやるつもり」
「そっかー。私部活あるからそろそろ行くよ?」
「アサコも大変だね。ESCってめっちゃ忙しいって聞くし。バイトもしとるんでしょ?」
「まあね。でもやんなきゃいけないからさ」
ちょっと含みのある笑顔を作ったつもりでもアキナリは顔さえ上げてくれない。胸の中心にもやもやとしたものが広がるのを感じながら、なんでもないふうを装ってレジュメや辞書を片づけて行く。
「じゃあ私、行くね」
「うん。がんばって」
「ありがと。ジンくんにもよろしくー」




