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おれは欲しい物を手に入れたんだから

 シキトさんと雲読みをしたあの日以来、おれは隙あらば彼に問いを重ねた。

 

 校舎の階段で、体育館で、寮の食堂で。

 一心不乱に答えを求めることで、任務やテストのストレスを発散させたかったのかもしれない。事実、シキトさんと攻防を繰り広げているときは、その他のことすべてを忘れられた。


 最初はおれを完全に無視していたシキトさんだったけど、日を追うごとに耐えきれなくなったようにイライラし始め、怒りを孕んだ言葉をぶつけてくるようになった。それに伴い、あっけにとられていた彼の周囲も、おれを見るとくすくす笑うようになった。おれたちのやり取りを面白がってるのは明らかだった。ユキオミもその一人で、遠くからおれたちの様子を観察した後に、「ねえ、今日はかなりキレてたよ。そろそろやばいんじゃない」などとキャッキャと笑いながら第三者的な視点で様子を報告してきた。


 だけどこのままじゃ、シキトさんは本を寄越さないかもしれない。

 敵はなかなか手ごわい。おれも負けてらんない。

 さて、どうしよう?


 次の一手を考えていたおれは、登校中にルイさんの小柄な背中を見掛けてぴんときた。いまのシキトさんは読書クラブの本を無断で私物化してる状態だ。ルイさんにそれを伝えればきっとすごい剣幕で本を返すよう迫るだろう。うん、おれにとっては都合のいい展開だ。こちらを睨み上げた鋭い眼差しが、いまは頼もしくすら感じる。まずはシキトさんにその作戦を伝えて、揺さぶりを掛けてみようじゃないか。

 

 昼食の時間、さっそく行動を起こすことにした。

 

 おれは午前の授業が終わるとすぐに食堂に向かった。生徒は昼休みになると教室から寮の食堂へぞろぞろと移動し、そこでご飯を食べた後にまた教室に戻る。足早にやってきた食欲の化身たちが、カウンターへと並ぶ列を長くしていったけど、そこに加わることはせずに少し離れて入口を監視する。生徒たちの賑やかな声が白くて広い食堂に反響する。うっかりすると、自分が傘師でない普通の男子高校生だと錯覚しそうになるひととき。


 そして、やっとシキトさんが食堂に現れる。どんなに人が沢山いてもおれは見逃さない。最近ユキオミに「ストーカーみたい」って言われたけど、おれはミナミさんに本を渡すためにやってるから心外だ。さっき思いついた切り札を胸に抱きつつ接近する。彼はいつも三口カズキさんと一緒にいる。カズキさんは声を出すことができないのに、そうは思えないくらい二人はいつも何事か話し合っている。だから、今日もおれは二人のやり取りに割り込むことになった。


「シキトさんちょっといいですか?」

「よくない」


 突然話しかけたのに、まるでいままで三人で話していたかのような自然さで拒否の言葉をぶつけられる。


「お前本当にしつこすぎる。おれもそろそろ我慢の限界だ」

「おれだって限界ですよ。いいですか、もしこれ以上教えてくれないなら……」


 言葉を続けようとしたとき、シキトさんは取りあげたばかりのトレイをやや乱暴に元の位置に戻した。そしてこちらに一瞥くれて生徒たちの列から離れると、何も言わずに食堂を出て行こうとする。着いてこいという意味だと解釈したおれは早足で後に続いた。残されたカズキさんの、成り行きを心配しているような目元と、少し緩んだ口元がなんともちぐはぐだった。

 

 そのまま男子寮の階段を四階まで上る。

 招かれた先は、シキトさんとカズキさんの部屋。


 中はまあまあの綺麗さだった。特別片付いているわけでもないけど、不潔さや散らかった印象は受けない。平々凡々な男子部屋、といったところか。ドアを閉めて足を踏み入れたおれを、部屋の真ん中で仁王立ちのシキトさんが睨む。

 

「お前、恥ずかしいと思え。お前が最近おれの友達からなんて言われてるか知りたいか?」

「え、なんて呼ばれてるんですか?」

「ゲイ野郎」

「なんですか、それ。まあ、そんなことはどうだっていいんです」

「少しは気にしろ」

「これ以上シキトさんが本を手放さない気なら、おれにだって考えがありますよ」


 もちろん多少は不本意だったけど、目的のためなら多少の中傷もやむを得ない。おれは先を続けた。


「読書クラブの本を無断で借りているわけですから、読書クラブにそのことを報告します。ルイさんに言ったら、あの人もしつこくシキトさんのところに来ます。おれなんかより、ずっとやっかいです」

「お前も大概だがな」


 シキトさんはそう言って思いっきり嫌そうな顔をした。でも、いつもならすぐにその場を離れて行くのに、今日は違った。そりゃそうだ、自分の部屋にいるんだから。


 観念したようにため息をつくと、踵を返して自分のものらしい机へ向かう。引き出しを開けて取り出したのは……。

 

 一冊の本。


「おまえが探してる本はこれだ。欲しいか?」

「当然です」

「いいか、受け取ったら一番先にお前が読め。絶対に」

「はい」


 シキトさんはきっと部屋に来るときから、渡すことを決めていたのだろう。とびきり汚らわしい物のように本を突き出す。おれは迷わずその本を受け取った。読書クラブで用意されたものらしい紫色の表紙には、カナミズ第一高校という学校名と記名欄が印刷されている。その記名欄に丁寧な字で「有松ユウリ」と書いてあった。中をぱらぱらと開くと、手書きの字がびっしりとページを埋め尽くしていた。一応製本されてはいるけど、手作り感満載だ。


「あ、ありがとうございます」

「それを読んだら、お前壊れるかもよ」

「え?」


 あっさり放たれた言葉。

 たぶん、ただの脅しじゃない。


 でも、ここまで来て引き下がるわけにはいかない。言われた瞬間から、本がずっしり重くなった気がするけど、そんなの気のせいだ。中からただならぬ何かが溶けだしている? いや、だから気のせいだって。


 本を受け取るとさっさと部屋を後にした。最後にちらりと見たシキトさんは、哀れなものを見る目でこっちを見つめていた気がする。その目には見覚えがあった。いつか、両親の手紙を読んでいたおれを、兄さんがそんな目で見てた。


 でも……、だからなんだっていうんだ?

 そんなのどうでもいい。おれは欲しい物を手に入れたんだから。


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