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タブーが生まれたのはこれが初めてだった

 最近のシキトの様子を見ると、誰だって心配になると思う。そして、ちょっと笑ってしまうと思う。


 ユウリさんが読書クラブに納めた本をシキトが持っている、ということを最近知った。シキトはおれに一言も言ってくれなかったし、彼が読書クラブの本を読む姿など見かけなかった。意図的におれに隠していたのかと思うと何とも言えない気持ちになったけれど、そんなことはとりあえず置いておく。

 

 重要なのは、おれのような第三者的人間の心の内より、本を取り巻く人間模様の方だ。

 

 ユウリさんの書いた本をハルヤが猛烈に欲しがっている。

 彼は本を探しているミナミさんに渡したい様子だ。

 けれど、シキトは他の誰にも渡したくないらしい。


 なぜシキトとハルヤがユウリさんの本に関係するようになったのか、おれは全く知らない。だから完全なる舞台の傍観者だ。ハルヤがシキトに付きまといをするようになって初めて、先に書いた因果関係を知ることになった。

 

 付きまとい。

 まさかそんな言葉をここに書くことになろうとは……。

 

 ここ最近、シキトと校舎や寮で一緒に歩いていると、必ずと言っていいほどどこからともなくハルヤが現れ、本を寄越せとシキトに詰め寄る。


「なんで本を返さないんですか?」

「その本には何が書いてあるんですか?」

「ミナミさんにシキトさんが持ってるって伝えますよ?」


 シキトを攻撃――いや、口撃か――するハルヤはいつもこんな感じだ。彼は外見とは裏腹に控えめな人物だと思っていたのに、好きな人が絡むと猪突猛進型になるみたいだ。彼自身にそんな突飛な一面があるから、突飛王みたいなユキオミといままでやってこられたのかもしれない。

 

 毎日口撃をくらうシキトの疲労たるや想像するに余りある。ハルヤ自身のしつこさはもちろんのこと、周りの冷やかしも彼にとっては波状攻撃だろう。寮の食堂で、友達A(ここでしか登場しないだろうから、こう表記する)と三人で話していたときのことを書いておこう。

 

「お前、最近やけに後輩に絡まれてんな。あれ、何?」


 おれたちは夕飯のカレーライスを食べていた。Aは箸でカレーをひとしきり掻き込んだ後、思い出したようにシキトにそう尋ねた。おれの皿から福神漬けを取っていたシキトは途端に険しい表情を浮かべた(おれは福神漬けが好きじゃない。どうでもいいことだけど)。


「知らない。同じチームなんだけど、ほんと意味不明」


 ユウリさんの本の存在は口にしない。この時点ではおれもシキトから直接ことの経緯について聞いておらず、ハルヤの発する言葉から推測するのみだった。何度もシキトに訊いてみようと思ったのだけど、彼が発する「触れるな」オーラがそれを押し留めていた。二人でいた時間の中で、タブーが生まれたのはこれが初めてだった。

 

 シキトの返事を聞いたAは、愉快そうに笑った。

 

「あいつ、お前のこと好きなんじゃないの? ゲイってやつ」

「やめてくれ。おれ、そういうのほんと無理」

「いずれトチ狂ったあいつにおれら刺されたりして。ドロドロの愛憎劇ってやつ」


 そう言ってAは笑ったけれど、シキトは心底うんざりした顔をしていた。世の中には同性愛者だったり、声が出ない人だったりと色々な人がいて、それぞれに彼らを受け付けない相手が配置されているみたいだ(ハルヤは同性愛者じゃないけれど)。全員が全員、手と手を取り合ってという世の中は多分この先も訪れない。


 Aはその後もシキトとハルヤのことを面白おかしく話した。それが止んだのは彼が食後のお茶を飲み終え、自室へ帰って行ったときだった。Aが去った後、シキトはイライラした様子で食器を乗せたトレイを手に立ちあがった。Aの話に合わせて笑っていたおれは、ちょっと申し訳なさを感じつつ後に続いた。

 

「ユウリの本って、ミナミさんに渡したらまずいの?」


 寮の部屋に戻り、ぱちりと照明をつけたタイミングで、思いきって本について触れてみた。

 

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