第六十九回 妖怪・一反木綿
絹山は火葬場を出ると、目当ての人物が花壇に座っているのを見つけた。
「こんなところにいたのか。綿貫」
「外の空気を吸いたくってな」
絹山は喪服のネクタイを軽く緩めて、一息つく。
「やっと終わったな、麻美ちゃんの葬式」
「だな」
「あまり気を落とすなよ」
「もうずっと麻美の看護をしてたからな。もうその辺は慣れちまってるから大丈夫だよ」
ははは、と軽く笑う綿貫。雲ひとつなく晴れ渡っているというのに、空気は乾ききっている。
「そういえば……絹山。おかしなことがあったんだが、信じてくれるか」
「何だ」
「納棺する前に、最後に花を入れようとした時だよ。棺に手を入れたら麻美の死に装束の裾がひとりでに動いて、しゅるっと指に絡みついたんだ。俺、驚いてすぐ手を引っ込めたら、簡単にほどけたけど」
絹山は、確かに納棺から綿貫の様子がおかしかったことを思い出す。それに今の綿貫は冗談をいえる状態でもないだろう。だから、とりあえず話を合わせることにする。
「……信じるぞ」
「もしかして麻美は俺と一緒にいたくて、あんな……」
「やめろ」
絹山は静かに、だが重く綿貫の言葉を途中で制した。
「麻美ちゃんが、そんな娘じゃないってのは、お前が一番分かってるだろ。俺にいってたよ。自分がいなくなっても、綿貫には幸せになって欲しい、って」
「麻美がそんなこと……」
「指に絡みついた。それはな、お前の未練だよ」
自分の中で気付くところがあったらしい。綿貫はしばらく黙りこくって自嘲した。
「そうか、未練か」
そこで火葬場の煙突から煙が立ち上りだしたことに気付く。煙は細く白く長い布のように、旗のようにたなびいていた。
「お、はじまったか」
「麻美もまっすぐ天国まで行けるかな」
「行けるさ」
しばらくの間、綿貫は煙の行く先を見つめている。
「そういえば……郷里の婆ちゃんがいってたな」
それを絹山は絶つように話した。
「空ばっかり見るな。今度は、一反木綿に首根っこつかまれるぞ」
綿貫は我に返る。途端、そよ風もないのに引き寄せられるように、こちらへ向かって揺らめいた煙は、本来の姿を思い出したか、元の通り、再び真っ直ぐ上がりだした。