第六十六回 理想と秩序
とある領国にて若い公子へ、王位が継承されることとなった。そこへ立ち寄った、旅の賢者。若い王は助言を求めて、さっそく賢者を王宮へ呼びました。
「いかにすれば、誰もが望むような素晴らしい王土を築けるのでしょうか。先生、この若輩めに、あるべき法の姿を御教授ください」
熱意に満ちた王の眼に、賢者は思わず自分が秘めていた理想を語ってしまいます。
「ひとりひとり、民の声を聞くのです。そうして民の持つ不満を解消してあげなさい」
「なるほど、確かに民から不満がなくなれば、国に喜びが満ちるのは当然」
「ただし、ここが難しいのですが。王たる者、易々と法を曲げてはなりませんぞ」
「確かに。法あっての国ですからな」
「その両方を同時に成り立たせるのです。きっとあなたならば、成し遂げられることでしょう。健闘を祈りますぞ」
全て語り終わり、賢者は満足して領国を立ち去りました。
そして数年後。遊説先で賢者は恐ろしい噂を聞きます。
その国を統治するのは残虐極まりない暴君。民は牛馬のごとく、こき使われて常に飢えている。王に逆らえば何人たりとも即座に処刑され、道に死体の絶えた日はない。それこそ、むかし賢者が教えを説いた王の領国だという。
我が教えを守れば、理想通りの国ができているはずなのに、一体どうしたことか。義憤に燃える賢者は、領国へと急ぎ向かいました。
果たして賢者が見たのは、噂以上の有様です。枯れた畑には、飢え死んだ人が山となりうち捨てられ、大路には処刑され磔になった死体が並んでいる。ところが丁重に迎えられた王宮は、多くの玉璧で豪奢に飾られ、鎖で繋がれた奴隷に溢れていました。
光沢ある絹の衣を着た王が現れると、賢者は怒りを抑えきれず、すぐさま王に問いを投げかけます。
「これが、これこそが貴君の目指した王土だというのですか!?」
すると王は賢者にひざまずいて礼拝を取り、自慢気な笑顔で答えました。
「確かに、最初は私も困りました。いくら民の不満を聞き望みを叶えても、後から後から下らない不満が出てきて尽きることがない。これでは国の法が守れるわけがありません。
ですが、すぐにあなたが真に伝えたかったことは分かりましたよ! 不満を消すのではない。下らぬ不満など持つ、民の方を消せば良かったのですね。
私はすぐさま、国への不満を持つ民を処刑する法を作りました。おかげで今や、誰もが我が国への満足を口にするようになりましたよ」
そこで王は再び賢者へ、今度は最敬礼でもって感謝の意を伝えた。
「ありがとうございます。これで不平不満を持つ民すらいない、我が思い通りの国ができました」