第六十四回 死と手袋
とある手袋メーカーが倒産することとなった。今日は工場の閉鎖式が行われる。社員たちの表情は一様に暗く、中には泣き出した者までいた。まるでお通夜のような雰囲気だ。
そこへ社長がやってきた。
「ええい。なんだ。暗い、暗いなあ! 倒産したものは仕方ないじゃないか」
「仕方ないって……でも僕らはやっぱり残念ですよ」
空気を読めない社長に、社員のひとりが弱々しく抗議する。すると社長はポケットから、一双の手袋を出した。その手袋を見た途端、社員たちの表情は更に重くなる。
「社長……その手袋、買ったんですね」
「我らを倒産に追い込んだライバル商品だからな。そりゃ買って、敵情調査もするさ」
その手袋は新星の如く現れ、世界を席巻した。謎の新素材を使用しており、肌にぴったりフィット。なのに全く蒸れない。しかも丈夫で、ナイフの刃すら握れる防刃性。汚れにくく、だが水洗いOK。その上、高級皮のような美しさだ。
今や世界中の人間が、そのスーパー手袋を装着するようになっていた。反面、その手袋の素材がどうやって作られているのか、誰も真似できない。今や世界中から他の手袋を作る人間が淘汰されようとしていた。
社長はスーパー手袋を実際に装着しながら、社員たちに檄を飛ばす。
「そりゃあ、この出来だ。ウチみたいな軍手メーカーじゃ、太刀打ちできなかったろうさ。だが誰か戦おうという人間はいなかったのか?」
「戦えれば……良かったのでしょうけど。やっぱり無理ですよ……」
だが社員の誰も檄に応じ、顔を上げようとしない。社長は溜息をついた。
「今日は諸君に、最後のやる気があるのか。最終確認しようと思っていたのだが……残念だよ。ええい泣くな! さあ工場の閉鎖式だ。主電源を切らせてもらうぞ」
と社長が主電源のスイッチに手をかけた瞬間。
「待ってください!」
ひとりの社員が大きな声で社長を制止した。
「なんだね……まだ君は戦いたいとでも、いうのかね?」
「いえ、違います。さすがにウチを潰す原因となった手袋をつけたまま、スイッチを下ろすのはやめてくれませんか?」
社長は思わず自分の手を見る。
「おっと、うっかりしていたよ。さすがはスーパー手袋。素晴らしいフィット感で、外すのを忘れていたよ。はっはっは」
「……駄目だこりゃ!」
この社員にして、この社長あり。そりゃあ戦えるわけがない。最後の最後に、皆の心は一致団結して閉鎖式は行われましたとさ。