第三十七回 弟と教師
会社の命令で研修に参加することになった。そこで会ったのは、俺の弟だ。確かにお互い社会人をやっているのだから、こんな偶然もあるだろうさ。だが研修には他社の人たちも参加しているし、どうにも気まずい。というわけで俺は研修一日目が終わって、すぐ弟に電話をかけた。そして申し合わせる。
お互い、他人の振りをしようと。名字が同じなのだから、気付く人も中にはいるだろう。だが関係ない。研修中、俺たちは兄弟ではない。教師と生徒なのだ。だから他人の振りをしていよう。
申し合わせは上手く進み、研修も遂に最終日となった。やれやれ、これで肩の荷が下りる。と思い出してみれば、俺は油断していたのだろう。
「以上なにか質問等、分からないところはありませんか?」
教壇に立つ弟が告げる。あっ。俺は少しだけ疑問が残っていたのだ。すぐに手を挙げた。
「ヤスヒコー。教科書の23ページ……あっ」
ページ、から俺は言葉を続けることができなかった。
いわゆる、小学生によくある、先生をお母さんと呼んでしまう。あの現象であった。俺は弟を「先生」ではなく、すんごいフランクに呼び捨ててしまったのだ。
うぎゃあああ。
大失敗だ。途端、教室は爆笑の渦が巻き起こる。恥ずかしい。弟はそんな俺を呆れた調子で、だが教師として混乱する教室をまとめようとした。
「はいはい、静かに。教室ではキチンとしましょうね。ヨシヒコ兄ちゃん……あっ」