9.確保
「目標はこの娘だ。」
川田は写真を差し出し言った。
標準規格のバンが揺れる。
だが、気にする者はいない。
写真を回していく。
私たちは簡易座席に向かい合う形で座っている。
運転席の後ろに川田。
その向かいにアイノ。
その隣に時田。
その向かいが私だ。
「どうした?ロリコン趣味だったのか?」
写真を凝視する時田をアイノが肘で小突く。
「まさか。アイノさんに敵う人なんてそうそういないよ。」
笑いながら否定する時田。
アイノは結構な美人な上、スタイルもいい。プラチナブロンドの髪がその存在感を押し上げている。
時田はぽいっと写真を私に寄越すと、ジャケットの内ポケットから煙草を取り出す。
時田を除いて、皆黒っぽいカーゴパンツに、黒っぽいジャケットを着ている。
「一本くれよ。」
アイノは時田に煙草をたかる。
「このお嬢さんを確保するのが今回の仕事だ。」
川田はじゃれ合う2人を気にも留めず、話を続ける。
「情報提供者によると、目標はどうも不良グループか何かに拉致されているらしい。」
その間、時田とアイノは煙草に火を点け合う。
薄暗い車内、ライターの火が二人の傷痕を照らす。
「GPSの位置情報から、カラオケ店だったこの建物に居ると思われる。」
「GPS?誤差は大丈夫なのか?」
時田が煙を吐きながら、疑問を口にする。
「この辺りは住宅が多い。先の戦争から放置されてる、この建物から応るのが無難だろう。」
川田は話を遮った罰とでも言わんばかりに、時田の口から煙草を奪う。
「中がどうなってるかは分からない。」
時田の煙草を咥える川田。
「詳しくは現地で判断するとして、振り分けだが。」
美味そうに煙を吐き出す。この男も中々の美形だ。
「エマ、お前は俺に着いてくれ。」
川田の指先から煙草をひったくり、口に運ぶ。
「了解。」
車が揺れる。どうやら左折したようだ。吐き出した煙が流される。
「私だけ仲間外れかな?」
アイノは不満そう煙を吐き出す。
「アイノは時田と組んでくれ。」
時田はアイノの口元に手を伸ばし、煙草を取り返す。
「あぁ。」
煙草の火がチリチリと鳴る。
「あんた、結構いい顔してるけどあっちの方はどうなんだ?」
アイノは時田の左目。傷痕の辺りをなめるような距離で言う。
「今から試せば良いだろ。」
そう言って時田は持っていた煙草をアイノの口に差し込む。
「顔の割に優しいんだな。」
アイノは元の姿勢に戻って煙草を光らせる。
私も煙を漂わせた。
その手元に手を伸ばす川田。
「五代は車内待機だ。」
煙を吐きながら言う。
「何時でも出せるようにしておいてくれ。」
「OK。所で、誰かこっちには回してくれないの?」
ハンドルを回しながら五代。
「生憎と弾切れでなぁ。」
そう言って床で煙草を揉み消す川田。
「あんたには私のをあげるよ。」
そう言って身を乗り出すアイノ。口元の物を五代の口に差し込む。元々は時田のものなのだが。
「姉さんは優しいんだから。」
そう言って煙を吐き出す五代。
「よし、到着3分前!」
そう言ってハンドルを回し、窓を少し開けた。
「銃は極力使うな。」
そう言って銃を取り出す川田。簡単に点検し、スライドを引く。金属音と共に、初弾が装填された。
コルトコマンダーだった。
私とアイノもそれに倣う。2人共BHPだ。
私は安全装置を掛け、ホルスターに仕舞う。
座席に置いておいた工具袋を肩にかけた。
時田だけ、リボルバーだった。
スイングアウトして装填状態を確認すると、上着のポケットに突っ込んだ。
時田は既に工具袋を背負っていた。
こいつ…大丈夫か?
そう思ったが今は無視する事にした。
車内の煙はすっかり逃げ出していた。今夜も冷えそうだ。
各々が目出し帽を被る。
「現在時1757、1830までに片付けるぞ。」
川田に応える3人。
車はゆっくりと停車した。
「下車!」
私は後部観音ドアを開け放ち、飛び出した。
カラオケ店は、敷地全体が足場とフェンスで覆われていた。
停車位置の目の前に、その出入口。チェーンがしてあった様だが、切られている。
私は3人を確認し、人が通れる程度開けて建物入口に向かって駆け出す。
建物入口は建物向かって右端にあった。
建物エントランス前には古いバンが無造作に停められていた。運転席以外窓が無いタイプだ。
これはアタリだな。
車の後ろに着くと、銃とライトを抜く。
安全装置を解除し、車の左に沿って前に進む。後ろを確認してから一気に助手席と運転席を照らす。
後部観音ドアもほぼ同時に開けられた。
「クリア。」
車内は無人だった。
直ぐにライトを消し、車を盾にエントランス内を伺う。
扉の硝子は粉々に割れ、建物外に飛び散っていた。
正面にカウンターがあり、その上にレジスター。その奥にスイングドアがあった。
川田がエントランス左手の壁に移動する。
既にアイノはエントランス右に張り付いている。彼女が銃を構えると、時田が中のカウンターに向け一気に駆け込む。
空気はすっかり冷え込んでいると言うのに、銃を構えるグローブ内は汗ばんでいた。
ジャリッと彼の足音が響き、建物内に入った所で銃声がした。
彼はカウンター前に滑り込み、リボルバーを構え直す。
「今のは何処からだ…?」
川田が言った直後、もう1発が響く。
急がないと不味いな。
2発の銃声。侵入者であるコチラに向けられたもので無いとすると…
時田が素早く、カウンターから左の壁に移動する。左手にリボルバーを持ち直し、右手で合図する。
この男中々いい動きをする。
私はそんな事を思いながらカウンターまで静かに、早く進んだ。
屈んで銃をカウンター左手に向ける。奥に個室が並んでいるのが見えた。どうやらホール構造になっているらしい。
何か話し声が聞こえる。
耳を澄ませながら川田を待つ。先にアイノが時田の後ろに着き、右肩に左手を乗せる。
その時、辺りに独特な音が鳴り響いた。
空襲警報だ!くそ、こんな時に!
時田とアイノは銃を構えたままだ。
川田がカウンターに滑り込んでくる。
銃声が響いていた。
不規則に4発。
空襲警報は鳴り止まない。
「援護しろ。エマ、行くぞ!」
時田達にそう言うと、川田は個室の並ぶホールに進む。
川田に続くと、ホールには何やら叫び声のようなものが響いている。
先の戦争で爆弾が直撃した様で、ホールの天井は崩れていた。辺りの硝子という硝子は吹き飛んでしまっていた。
カウンター側を壁沿いに進んで行く。途中、スイングドアがあったが2人は無視して進む。
普通ならクリアリングする所だが、時間が惜しい。
奥の部屋から光が漏れていたのだ。
既に手遅れかもしれない。
扉の手前で川田が止まる。少し空いていて、そこから光が漏れていた。
銃声。コチラに向けられたものではない。だが、この部屋で発砲があったのは明らかだ。
川田は素早く扉の向こうへ移動する。
「おい!何やってんだよ、お前!」
中から男の声が響く。
「顔見られてんだ。こうなったら、皆ぶっ殺すしかないだろ!」
中はかなり不味いことになっているらしい。
最低でも2人いる。
川田は手で合図する。
私は一気に扉を押し開け、室内に飛び込んだ。
男が処刑スタイルで銃を構えていた。
その先に座り込むスーツの女性。
引き金を短く、2回引いた。
1発は胸、2発目は左目の下あたりに命中した。
そのまま室内に飛び込む。
中は予想を越えて悲惨な状況だった。入口のスーツ女は腹が赤く染まり、奥では男が目を見開いて手を上げている。コイツはズボンを履いていなかった。
その足元には顔が腫れ上り、全身血まみれの制服少女。
その膝下には脳漿をぶち撒けた男。尻を突きだして倒れた女。
そして右端にはほぼ全裸の女の子。
鼻や口は血で汚れている。右目あたりは蒼くなり、その目は虚ろだった。
その身体は痣や血、何かの液体にまみれていた。
辺りに散乱する衣服。何が行われていたかは想像するまでも無かった。
「ま、まて!撃つな!降参だ!」
手を上げていた男が懇願したが、川田が引き金を2回引き静かになった。
室内は酷い匂いだった。
尻を突き出した女の下には水たまりも出来ている。
「こりゃ酷いな。」
川田が言った。
ドサっと制服少女が倒れる。顔が腫れていて判別出来ないが、恐らくこの子が目標の娘だろう。
川田は銃をしまうと制服少女を抱きかかえる。
「空襲警報が止んだ。離脱するぞ。」
そう言ってこの地獄絵図のような場所を後にした。




