第1話 穢れ&別れ
「穢血のカインがいるのは確かここだよな?」
「呪われたりしねぇよな……?」
部屋の天井を見上げてぼーっとしていると、階下から男たちの声が聞こえてくる。それも毎日だ。どうにかしてくんねぇかな。
「おーい、カイン!! いつまで寝てるんだ! 今日もまだまだ仕事があるんだぞ? おっさんを助けてくれよ~」
俺は手足を組み、優雅に眠っている。つもりだった。でも体を見るといつもの大の字。そんな時におっさんはズカズカとやってきやがった。おっさん、捨てられた直後に拾ってくれたおじさんだ。
「うわっ!! びっくらこいた!! 起きてっから。朝からそんな大きな声をだすんじゃねぇ!! 心臓止まって永眠したらどうすんだ」
俺こと――カイン・ノスフェラトゥ。ちゃんと数えてねぇけど、多分今年十八になる年だ。やや長い黒髪に赤が少し混ざっている。これがどうも村の奴等は嫌らしい。
「カインは寝るの大好きだからいいだろ?」
「言いわけあるかタコおっさん。縁起悪ぃこと言うなよな!!」
荒げた声を出しつつもすぐさま起き上がると、目をこすりながら準備を始めた。とはいってもベッドから立ち上がっただけだが。
「カイン!!」
「今度はなんだよっ!!」
俺がうるさがって顔を歪めると、おっさんは俺の口にパンを勝手に放り込んだ。割と大きめなパンを。
「飯を食えってことなら口で言ってくれよ!! まったく、おっさんは困るぜ本当に」
もちもち食感で、喉詰まり一歩手前。危ないだろうが。放り込まれたパンを食べ終えると、おっさんが営んでいる村の八百屋さんの手伝いを始めた。いつも通り歌いながら品出しをしていると、
「穢血のカインだ!! 皆あんまり近づくなよ? 何されるか……」
「早く村からでてってくんないかな……穢れる…」
目の前にいた女が子供を連れたまま道を変えた。その後ろを歩いていた男も目をそらして反対側へ。
「今日はまだ三人か。いつもより少ねぇな」
そんなことを言いながらも手を動かしている。毎日毎日こんな感じだともはや人気者なきがしてきたぜ。
「そいや、おっさん。リンゴは売れたか?」
「売れるわけないだろ。もちろんイチゴもだ」
黒い布で隠されたリンゴたちが今も家中に転がっている。味はうめぇのにもったいねぇ。
突如、外が騒がしくなってきた。祭りの様子とは違う気ぃする。窓から外を見てみると、砂埃、葉っぱだらけで何が起きているのかさっぱりだ。
「何の騒ぎか当てる勝負しようぜ、おっさん。俺は山羊が逃げ出したに一票!」
「うーん、俺は――」
ドシャーン!!!! とんでもねぇ地響きがした。
「お、おいおっさん!! 何が起きてるんだってんだよ!! とんでもねぇ音したぞ!!」
俺がそう言ったときには、すでにおっさんが持っていた野菜箱が落ちている。ころころと転がって、俺の足にぶつかる。
おっさんは、死人を直でみたとき、いや、剣を向けられた時のような顔だ。何が起きているのかは分からねぇ。でも、何故か俺も息ができねぇ。
「カイン、逃げろ。今すぐ裏口に行け!!」
「無理だ!!! 俺だけ逃げたとて、おっさんはどーすんだ!! 俺もおっさんいねーと住むとこねぇしく食いもんもねぇだろ!!」
脚が裏口に向こうとしねぇ。ここで背を向けるくらいならいっそのこと死んだほうがましだ。唯一の家族のような存在。違ぇな。家族だ。家族を見捨てられるほど命に執念はねぇ。
「生意気言ってんじゃない!! あれは穢れだ!!」
「穢れってなんだ……? 穢れ、けがれ……。聞いたことある気が…。うわあああああ!! 痛ぇ! 頭が割れるみてぇだ!!」
なんでだよ、“穢れ”っつう言葉を聞いただけで脳をいじくられるような、そんな激痛が走った。釘でも刺されたみたいな、そんな感覚か。
「大丈夫か!! おい、カイ――」
グチャッ!! 金属をこすり合わせたときみたいな受け付けねぇ音。それにとんでもねぇ風。
何かが体にかかった。水か唾か、とにかく液体のなにか。無意識にも視線を上げると、俺よりでけぇ、皮をはぎ取られた人間のような化け物がいた。そして宙を舞うおっさんの手足が映っちまった。周りにはもともとあった机も椅子もなにもねぇ。
「……? これは……血か? いやそんな……。なんかのドッキリ?」
小さくうずくまっている姿を見ると演技とはどうしても思えねぇ。気づいた時には脚が勝手に動いていた。
「お前がやったんだな……ふざけんじゃねー!! 殺してやる、殺してやる!!」
俺は、歯の根が合わねぇほどの震えを無視してでも、ふつふつとわいてくる感情に身を任せた。腕を前に手を広げると、俺の血管という血管が浮き上がってきた。体が燃えてるみてぇに熱い。空気の振動を感じると、穢れが腕の中に吸い込まれていった。俺の右腕は赤黒くなっている。見た目で言ったら臓器そのもの。
「おっさん!! だいじょばねーよな???? 今すぐ助け呼ぶから待ってろ!!」
急ぎ足で店を出ようとすると、後ろのほうからポタ、ポタという音とともに軋んだ音がした。
「この村にはいないんだ、手足のない人間を助けられるような医者……が」
そんな奴がいねぇことは分かってんだ、でも何もしないよりはましだろ? そう信じさせてくれよ。
「だから、最後に前聞かれた何故……カインを引き取ったか、の話をしよう」
声はかすれている。だが不思議と、はっきり伝わるような話し方。俺だったら出せて一文字といったところだ。もしかすると一文字も出せないかもしれねぇ。
「おい、そんな最後みてぇなこといってんじゃねーぞ!? 今ここで死ぬなんて認めねーからな…!」
俺の唇は小刻みに揺れている。声はおっさん以上にかすんでいる。今までの思い出がふっと降りてきた。視界がよくないのなんてどうでもいい。気にしていられる余裕などとうにねぇんだ。
「なぜ引き取ったか、それは昔、カインに…穢れから助けてもらった…からだ」
「俺は助けてねぇよ!! 初めて見たよこんなもん!! 仮に俺がおっさんを助けてたとして、怖いとか思わなかったのかよ、俺に殺されないか、とか」
そんな記憶はねぇ。俺は頭に手を置いて考えるが、思い出せねぇ。頭に浮かんでくんのは昔おっさんと遊んだ記憶だけ。
「思わなかったよ。仮に…今殺されたとしても、あの時…死ぬよりは長生きできたことになる。それに、あの時の目は……忘れられない。優しい目だったんだ」
言葉は途切れ途切れ、動きも鈍い。おっさんの呼吸が薄くなってきたことを即座に感じた。
「死ぬなよおっさん!! どうにかして俺が!!」
俺は、おじさんに手を掲げたり、念じてみたりしたが、効果はねぇように見える。
「もういいんだ、カイン。俺はお前と過ごした日々が……一番最高だった。最後の仕事を与えてもいいかな」
「何でも聞いてやるからとにかく最後みてぇなこというなって……」
「カイン、この村を嫌いになるなよ。”穢れ“から……守ってやってくれないか。守れるのはお前か、五百年前の……ごほっ」
おっさんが死にそうだというのに、穢れだのなんだの頭に入るわけがないだろ。それでも、俺だけをまっすぐと見つめるその瞳が俺の思考を引き出した。
「よくわかんねぇよ!! 俺と五百年前がどうした!? なにがあんだよ!! っつか今はそんなことどうだっていいんだよ」
「穢喰……」
「穢喰? なんでもいい! ほかに俺はなにができる!? 治癒とかできねぇのかよ!!」
俺に何ができるかに多少の期待を寄せていた。多少というかかなり。おっさんは俺に微笑むと、ゆっくりと首を横に振った。
「俺はもうそろそろ三途の川への搭乗を……しないといけないらしい。人を救ってくれ、カイン。ありがとうな、引き受けてくれるん…だろ?」
強引に俺を言いくるめると、おっさんの体だけが八百屋に残った。体は普段以上に重い。今の俺が敏感すぎるだけかもしんねぇけど、おっさんの血はただの液体になってる気がする。おっさんの指は俺が大人になったら読む予定だった本を指している。
――あの日おっさんは言ったじゃねぇか。
「まだまだ死ねない、カイン、お前残してはな」
そう言ったよな。
――あの日も。
「カインの結婚式を見るまでは死なない!」
忘れたとは言わせねぇぞ。
――あの日もあの日もあの日も。なんでだよ、なんでずっと俺のことばっか言ってんだよ。
「まだ返事してねぇだろ、バカおっさん」
もっと早く気づいていれば助けられたかもしれねぇ。終わったことを悔やむのにはなんの意味もねぇ。でも今だけは悔やみたかった。




