12.リゼットとの買い物デート
教会の鐘が約束の時間を教えてくれた。
この街は女神信仰の街だ。
ダンジョンを産んだ女神と共に発展してきた。
だが、彼女が信じるのはルクス教。
本来なら相容れないはずの教えだが、この街では共存している。
教会に近づくとシスター服姿のリゼットが見えてきた。
控えめで清楚なシスター服。だが、胸元のリボンや揃えられたプリーツは、どこか魔法学校の制服を思わせる愛らしさがあった。
杖を持っていないリゼットを見るのは初めてだ。杖を持っていないだけなのに、どこか無防備に見えた。
リゼットが大きく腕を振るたびに、その豊かな胸が左右に揺れた。
教会の前という神聖な場で邪な考えを抱いてしまった自分が恥ずかしい。
彼女はただ俺に手を振ってくれただけなのに、変に意識してしまうなんて……
「おはようございます! 先生!」
「お、おう。おはよう」
無邪気に挨拶をするその笑顔が眩しくて、思春期の男子みたいな返事しかできなかった。
「では行きましょうか?」
教え子と買い物に行くだけ。
そうだ。これはただの買い物だ。そう自分に言い聞かせた。
まずやってきたのは魔道具を扱う店。
魔結晶式点火器具、魔法の小袋、魔結晶式腕時計など、様々な魔道具が並んでいる。
魔法の小袋の値段を見てみる。眩暈がした。
一番安いものでも、Cランクの俺に手が届く代物じゃない。
宝箱産の希少品だし、流通してるだけでも奇跡みたいなものだ。
俺の魔法の小袋も、当時はかなり無理して買ったからな……。
「先生、何かお勧めの商品ってありますか?」
「んー……冒険用の魔道具は基本的には今はいらないかな。本格的なダンジョンに行くことになったら、揃える感じでいいんじゃないか?」
「先生は何か買うんですか?」
「俺はこの冒険者用コンパスでも買おうかなって思ってる」
「この安いコンパスと何が違うんですか?」
リゼットは一般向けの安いコンパスを手に取り、不思議そうに首を傾げた。
「ダンジョンでは磁場が狂う場所があるんだ。安物だとそこじゃ役に立たない。だから、こういう補正付きのコンパスがあると安心なんだよ」
リゼットは感心したように頷いた。
「お、珍しいコンパス売ってるぞ!『誘導光付き魔結晶式コンパス……』えっと、なになに……ダンジョンで迷子になる方に朗報。通常のコンパスの機能はもちろん、ボタンを押すと、針の先から光が伸びて階段の方向を示してくれます。ふーん、宝箱からはこういうのも出るんだ。すごいなこれ……リゼットもそう思うよな!?」
「そうですね」
リゼットは冷めた目でこちらを見ていた。
俺はそっと「誘導光付き魔結晶式コンパス」を元の場所へと戻した。
「先生は、それ買うんですか?」
リゼットが冒険者用コンパスを指さした。
「そうだな。あると便利だし」
「じゃあ、私も同じの買おうかな……」
「リゼットは、必要になってからでもいいんじゃないか?」
「……そう、ですね」
急に店が混んできた。
お店の迷惑になるからと、リゼットには店の外で待っててもらう。
「おまたせ。次はどこへ行くか決めてる?」
「はい。次はですね――」
その後は、一緒に盾を見てお昼を食べた。
「美味しかったですね」
昼食は、ソロ時代によく通っていたレストランにリゼットを連れて行った。
名物の巨大猪のステーキは変わらず美味しかった。
リゼットも最初はおっかなびっくりだったが、一口食べるとその魅力に気付いてくれたようで、夢中で食べていた。
次にやってきたのは服屋だった。
ダンジョン探索に必要なのかと聞いたが、「いいからいいから」と押し切られてしまった。
「こういう所は、俺じゃなくて友達と来ればいいのに……」
「……ごめんなさい。私の服選びを見ても先生はつまらないですよね」
リゼットは肩を落とし、手に取りかけていた服を棚に戻した。
「いや! いやいやいやいや! 嬉しいよ! ちょうど、かわいい服を着たリゼット見たいと思ってたんだ! もちろんその服も似合ってるよ! でも、色んなリゼットが見たいなー! なんて……」
リゼットを悲しませまいと必死にフォローする。
「先生がそこまで言うなら……」
どうやら機嫌を直してくれたみたいだ。助かった……
リゼットは気になった服を取り、仕切りの向こうへと消えていった。
しばらくした後、着替え終わったリゼットが出てきた。
クリーム色のワンピースに黒のブーツ。
深い紺のマントを羽織り、金の刺繍が入った三角帽子がよく似合っている。
その姿は、物語に出てくる魔法使いそのものだった。
いつもよりずっとミステリアスで、知的に見えた。
「どうですか?」
思わず言葉を失った。
ここまで印象が変わるなんて……
「うん、よく似合ってる」
その後もリゼットは楽しそうに何着か試していた。
メイド服姿で「ご主人様」と小さく頭を下げられた時は、さすがに焦ったが……
気付けば夕方になっていた。
俺たちは橋の真ん中で川面に映った夕陽を眺める。
チャンバラごっこをしていた子供たちが別れを告げ、それぞれの家へと帰っていった。
「先生、今日はありがとうございました」
「いや、こちらこそありがとう。楽しかったよ」
パーティは今日限りの約束だった。
そう思うと、胸の奥がじわりと冷えた。
「先生は――」
リゼットが何か言いかけるが、それ以上言葉は聞こえてこなかった。
沈黙。
お互いが何も言わない。
水が流れる音がやけに大きく聞こえた。
「リゼットさえよければ、正式にパーティを組まないか?」
もっとリゼットと一緒にいたかった。
冒険したかった。
ほんの一瞬だけ、リゼットは目を伏せた。
そして優しく微笑んだ。
「先生ならそう言ってくれるって信じていました」
「じゃあ、返事は?」
「もちろんオッケーです。これからもよろしくお願いしますね。先生?」
一気に緊張が抜けてその場にへたり込んだ。
「よかった……断られたらどうしようかと思ってたよ」
「ふふっ。先生が言い出さなかったら私が言ってましたよ。でも、先生から言ってくれてすごく嬉しいです」
リゼットの顔が赤い。きっと夕陽のせいだろう。
「そうだ、これ。迷宮制覇のお祝い」
俺はリゼットに内緒で買っておいた冒険者用コンパスを、ポケットから取り出した。
「え……? いいんですか?」
「もちろん。いつか必要になる日も来るだろうし」
リゼットはコンパスを受け取ると、大事そうに胸に抱きかかえた。
「……大事にしますね」
「たいした物じゃないけどな」
「いえ、大事にします」
リゼットはコンパスを見つめながら静かに呟いた。
何も言わなかったが、嫌な沈黙ではなかった。
今を噛みしめるような静かな時間。
「明日は迷宮に潜ろうかと思ってるけど、リゼットはどうする?」
「もちろんご一緒します」
「よし。じゃあ明日はコボルトにでも挑戦してもらおうかな」
「が、がんばります!」
「まあ無理せずな。危なくなったら俺が援護するし、自分のペースで大丈夫だから」
リゼットが急に黙り込んだ。なにか悩んでいるみたいだった。
「やっぱり接近戦は苦手か?」
「いえ、そうではなくて……」
ちらちらと俺を見ては目を伏せるのを繰り返すリゼット。
「遠慮するなよ。もう仲間なんだから」
リゼットは小さく息を吐いた。
「……本当に私でいいのかなって」
リゼットは俺から目を逸らして、橋の欄干をきつく握りしめた。
「ヒーラーだったら誰でもいいわけじゃない。リゼットがいいんだ」
リゼットは勢いよくこちらを振り向いた。
口を開いたまま、言葉が出てこない。
「あ、いや、えと……ふ、不束者ですがよろしくお願いします!」
ものすごい勢いで頭を下げられてしまった。
「……こちらこそ。よろしく」
その後宿まで送り届けたが、頬のゆるみは戻らなかった。
リゼットは何度も振り返ってはにこにこと手を振っていた。
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