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先生と生徒に

 急に緊張感がなくなると、海の冷たさを感じ始めて、体の芯から冷えていく。

 

「うっわ!……さ、さむ……!!ちょ、と、とりあえず出るぞ!」

 

「……うん。」

 

 掴んでいた手を離して、浜辺の方へ急ぎ足で進む。


 体が徐々に海から出ると、濡れた所が外気に当たって、それはそれでまた寒い。

 

「さっみぃぃー!お前、変えの服とかタオルとか持ってんの?!」(勿論、俺は持ってねぇけど。)

 

「持ってない。」

 

「………………はぁ?!持ってないのに海入ったわけ?!」

 

「……うん。」

 

 もっと叱ってやりたい気がしたが、男を見ると、子犬が耳を伏せている様子が、幻覚しとて見えるんじゃないかと思うくらいにショゲている。


「………………ん゙ん゙んっ!たくっ!!」


 それを見ると怒る気も失せて、海に浸からないように肩まで引き上げていたボディバックから自分のスマホを取り出した。

 

「あー!もぉ!分かった!お前、ここまで何で来てんの?!」

 

「車。」

 

 男に確認しながら、スマホの着信履歴から、いつもの店長の電話番号を探った。

 

「じゃじゃじゃじゃあ、こ、この先に、シーラインダイビングサービスってあるから、ととと、とりあえずそこまで来い!近くに駐車場あっから!スマホ持ってるよな?!」

 

「持ってる。」

 

 寒さから震えすぎて、かじかみながら話す蒼。それに対して、男は寒そうにしながらも普通に言葉を発していた。


 蒼は震えながら電話をかける。

 

「あ!海藤(カイトウ)さん?!ちょちょちょ、ちょっと店寄っていいですか?……………………ま、まぁ、はい。………………いやぁ……う、ううう海に浸かっちゃって……………………はは!いや、あああ後で話します!」

 

 そう言って蒼は電話を切った。

 

「じゃ、じゃあ!取り敢えず店でな!」

 

 そう言って男を置いて原付に向かう。ここから店までは原付で5分程度だが、極寒の5分となった。


 ――――――

 <シーラインダイビングサービス>

 

 店に入るとTシャツに短パン、色黒マッチョの男性が迎えてくれた。


 彼がここのオーナーの海藤 至(かいとう いたる)だった。

 

「おお!蒼ー!ってマジで海つかってんじゃねーか!あはははは!まだはえーだろっての!どんだけ海好きなんだよ!」

 

「かかかかか、海藤さん、取り敢えずタオル、かかか貸して下さい………………。」

 

 そう言って海藤からタオルを受け取り、ことの経緯をざっくりと説明する。


 説明し終わったくらいのタイミングで、カランコロンと店の扉のベルが鳴り、例の男が入ってきた。男に海藤が話しかける。

 

「お。君かぁ。蒼から話し聞いたぞー?ほれ。これ使いな。」

 

 男は海藤からタオルを受け取りながら「ありがとうございます。」と言葉を返している。

 

 蒼は、来ていた上着と長袖を脱いで上半身裸になり、次はズボンにも手をかけている所だった。

 

「海藤さーん。上は店のTシャツでー。ズボン、何かないっすかー?」

 

「あー?ズボンなんてねーよ。俺は車だから、俺が今着てる半パン履いて帰るかー?」

 

「えぇ…………。じゃあそれでいいっす。ちょっとマジで乾いてるズボンないと原付キツイんで。」

 

 海藤は店の奥に行くと、ガサゴソとダンボールの中を漁っている。

 

「君も、ウチの店のTシャツあげるから着替えなぁー。車で来てるって聞いてるけど、濡れたまんまは流石に寒いだろ。上、着替えるだけでも体感違うから。車のシートも濡れないように、タオル、何枚かあげるから。」

 

「……あ。ありがとう……ございます。」

 

 そうして、3人仲良く"シーラインダイビングサービス"のロゴが入ったTシャツを着て、海藤はズボンを蒼に貸してパンイチになり、店の椅子に腰掛けている2人に暖かいお茶を持って来てくれた。

 

「うわぁ。ほんとあざっす!あったけぇ!」

 

「ありがとうございます。」


 海藤も適当な場所で店の椅子に腰掛け、男に話しかける。

 

「君。名前は?なんていうの?」

 

「……あ……。黒兎 要(くろと かなめ)。……です。」

 

「黒兎君ね。俺はね。ここの店長やってる海藤っていうもんだ。そんで、こっちは、夏の繁忙期だけ、スタッフとして働いてくれてる結城 蒼。きみ、スキューバダイビングに興味あるんだって?」

 

「………………え?僕ですか?」

 

 ちゃんと説明したにも関わらず、大雑把な会話をする海藤に、蒼が苦言を呈する。

 

「いや。違いますって!海藤さん!…………言ったじゃないっすか。なんか、海の中を見たいらしいっすよ。」

 

「それって、スキューバに興味あるってことじゃねぇか!なぁ?黒兎君!」

 

「え?……あ。…………そう……なんですか?」

 

 話しについていけてそうにない黒兎に、蒼が説明を加える。

 

「まぁ。海の中を見たいんだったら、スキューバダイビングはうってつけだとは思うけどな。テレビとかで見たことあんだろ?背中にボンベ背負って、海の中泳いでるやつとか。」

 

 それに黒兎が覇気の無い返事をする。

 

「あぁ……。まぁ。」

 

 するとまた、海藤が気が早い話しをする。

 

「黒兎君!きみ!いくつだ?!」

 

「…………えっと。…………21です。」

 

「そうか!なら大丈夫だ!で。蒼はな、スキューバダイビングのインストラクターなんだよ。20歳(はたち)の誕生日迎えてすぐに取ったからな。ある意味、最年少インストラクターだ!もう店の前のプールに水張ったから、今週の土曜日!取り敢えず、体験ダイビングに来たらどうだ?蒼の友達価格、プール講習、レンタル代込みで5000円でいいぞー!」

 

「…………。」

 

 海藤の話しに蒼が口を挟む。

 

「いや。海藤さん。話し急すぎますって。ってか、今週の土曜日って、まだ寒いでしょ。」

 

 それに海藤が言葉を返す。

 

「蒼知らないのか?今週の土日は記録的な夏日になるそうだぞ?ウェット5mmで充分だろーよ。しかも予約客も無し。マンツーマンで教えてやれよ!」

 

「いや……。」

 

 蒼が黒兎の事を思って海藤を止めようとした時だった。


 黒兎が言う。

 

「お願いします。」

 

「……………………は?」

 

「おお!よし!そうと決まったら、今日、当日に着るウェットのサイズだけ見とくかー!多分、体格的にL……。いや、LLか。靴のサイズはいくつだー?ちょちょ。こっちおいで!」

 

 海藤に言われるがまま、黒兎は海藤についていって店の端に掛けられたウェットスーツのサイズを見たり、レンタル用ブーツの試着なんかを始めてしまった。

 

「……まじかよ。」

 

 海に私服で突っ込む男を引き留めたら、自分がバイトしている店の客となって、土曜日には自分が講師としてその男に付くことになった急展開に、蒼はまだ追いつけずにいた。

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