13話『達成』
「明日で二週間だけど、二人の進捗はどうかなぁ?」
先生が俺とカトレアに問いかける。
そう、課題を言い渡されてから二週間が経とうとしていたのだ。
現在は一限目の始め、先生のもとに二人が集まっている。
──今、俺は最後の壁にぶつかっている。
課題である十種の結界魔法のうち最後の一つ、『陽炎』が上手くいかないのだ。
その他の結界は習得済みである。
そもそも『陽炎』だけ中級なのだ。
他の九種は初級結界で、習得もサクサクと進んだ。だが、初級結界は九個のみであるからに、最後の一つが中級になってしまったのは仕方がなかったというわけだ。
「……結界魔法は残り一つです」
「そうだねぇ。あともう一息かな!
それで、カトレアは?」
カトレアに視線を移す。
日々の練習の中で、隣から聞こえた爆音や抉れた地面から彼女もそうとう努力していた事が伝わった。俺が見るに、彼女も完成まで近かったはずなのだが……
「ふふ……私は完成したわよ!!」
満面の笑みを浮かべ、カトレアはそう叫んだ。
負けてたかぁ……
俺はまだ一つ埋められておらず、カトレアは上級攻撃魔法を完成させた。誰がどう見ても俺の負けだろう。
それを聞いた先生は拍手を送ったあと、俺の方に振り返る。
「ということでぇ!今回の勝者はカトレア嬢です!!」
やった!とガッツポーズで喜ぶカトレア。少々大人げないと言いたいところだが、それは負け犬の遠吠えである。負けは負け。
悔しい!
「でもラピス君は結界魔法を十種習得するまで終われないからねぇ!」
「はい……」
ヒイロというショートカットを使ったにも関わらず、カトレアに負けてしまうとは……
彼女の才能は底しれない。
「さあ、こうしちゃいられないよぉ。練習を始めようかぁ」
「はい!」
せめて、二週間が経過する前に習得しなければ……
元気よく返事を返し、俺は先生の元へと急ぐ。
「もう一度おさらいしようか」
先生がどこから持ってきたか分からない黒板にどこから持ってきたのか分からないチョークで絵を描き始めた。
「『陽炎』は中級結界だ。結界魔法は中級になると何が変わるかは分かるかい?」
「はい。魔法陣の数が変わります」
「そうだね。中級結界になると、魔法陣が二つに増える。空間指定と安定用のねぇ。」
そう。魔法陣が増えるのが一番の問題なのだ。二つの魔法陣に魔力を流し続ける集中力は想像を絶する。左手と右手で別々の動きをさせるように、脳を二つに分断するかのような感覚を覚える。
「そこで僕は考えたぁね」
「──?」
やばい。なんかヤバい事言おうとしている気がする。先生の顔が物語ってる。
「『陽炎』は攻撃魔法を中和する結界だからねぇ。つまり──」
「つまり?」
「ラピス君に攻撃魔法を撃てば、いずれ『陽炎』も手に入るはず!」
「え」
「え」
何を言ってるんですかこの人。そんなの危険じゃ──
「いや、ラピス。先生はやりすぎるような真似は絶対にしないわよ!任せてしまったら?」
カトレアそっち側なのかぁ……
「それじゃあ始めよう!」
「えあっ!?ま、まって!話を──」
こうして俺は半強制的に水浸しになる事が約束された。
「いくよぉ!!」
「こ、こい!」
愛杖を掲げ、先生の真正面に立つ。
いや、無理ですって……
心が竦むのも無理はない。だって先生の水飛沫を一度見てるんですもん……
「水飛沫!」
「──」
先生の杖先から水が勢いよく噴射される。だが、手加減されているのか、始めて見たときよりも速度は遅い。
結界を放つ猶予はある。
「……一か八か!」
やるしかないと集中力を上げ、より丁寧に魔力を流していく。
思い出せ……魔法陣を三つ出した経験がこの身体には刻まれているんだ。
「──『陽炎』!」
「あ、」
「あばばぼぉばびばぶばっ──」
──無理でした。
溢れ出る水の流れに巻き取られ、宙を回転する。
──あれ、地面が近い……
「あべしっ──」
「あちゃー」
そのまま頭から地面にダイブ。
髪の毛ハゲるって。
「も、もう一度!」
「よしいくよぉ!」
こうして、地獄の肉体演習が始まりを告げた。
◇
三限目の後半。
先生が唱えて、俺があべし。もう何度繰り返しただろうか。惜しい場面も幾つかはあったのだが、大体不発に終わっている。
「──まだだ」
「ラピス君、もう魔力が……」
いやカトレアが完成させたんだ。俺が出来てなくてどうする。
「先生。次は最初に見せたぐらいでやってください」
「それは──」
危険だ。だけど、それぐらいじゃなきゃ出来ない気がする。
「お願いします」
俺は誠心誠意頭を下げた。やっていることはヤバい奴かもしれないが、それぐらいの覚悟があることを先生は感じとったのか了承してくれた。
「分かった。だが、死なない程度にはするよ。でも当たったらどうなるかは正直想像したくないね」
「ありがとうございます」
ここからは自分との戦いなのだ。経験はある、技術もある。であれば、足りないのは心だ。覚悟だ。気持ちだ。これに全てを込めようじゃないか。
「いくよ──水飛沫」
刹那、世界が無音になって引き伸ばされているような感覚に陥った。命の危険があると脳が判断したのだろう。体の芯までビリビリする。
これで、いい。
今だけは、杖に、イメージに、魔力に、全てを注ぎ込む。全身全霊の一投。
杖を一振り。
自身を囲むように空間指定魔法陣が完成する。
杖を二振り。
俺の前方、相手の攻撃を防ぐ形で魔法陣を出現させる。
そして、詠唱。
「──『陽炎』!!!!」
俺が今できる全てを賭けた一回。これ以上ないほどの大声で唱えたその願いは──
「おおぉ!?」
「これは──」
俺の前方を包む黒い炎が成功を物語っていた。立ち上がるその炎は水飛沫を包みこんで──
「なっ──」
同じ速度で先生に返っていった。
「先生!?」
「──アイスバウンド」
跳ね返った水飛沫は先生が咄嗟に氷で相殺したため、惨事になることはなかった。
できたという実感よりも、先生に跳ね返らせてしまったということのほうが大きく、俺は大いに動揺した。だが、先生は片手でグッドマークを作ったあとに俺の右肩に手を置いた。
魔力が入ってくる──
「おめでとうラピス!僕の事は気にしなくていい。それよりも今のは……『祝福』か」
気づいた!?
『いや、祝福自体は知られても良い。わっちがバレなければなのじゃが』
了解です。
「これは──強い武器になるよ。ひとまず……」
先生はカトレアに『こっち来て』ジェスチャーでこっちに呼び寄せた。
「二人とも本当におめでとう!!!僕は感動で泣いてしまいそうだよぉぉぉぉ」
「「先生!?」」
先生がおんおんと泣き始めた。
「カトレアなんて……ラピスが来る前は、言うことも聞かずに……授業サボることも、あった、のに……こんなに、努力してぇ……」
「話さないでよ!?」
そんな事があったんだ…、
「ラピス君なんか……酷い事沢山あったのに、…ここまで頑張れて……」
「──」
努力が実ることは言葉にし難い感動がある。俺は今とてもうるっときた。
「今日はパーティーだぁ!!二人ともぉ!!」
「やったわ!」
「やったー!」
無事に二週間以内に課題をクリアできたということで、俺達はパーティーを開くことになった。
食堂のメイドさんもそれを褒めてくれて、食後のデザートには特製ケーキが付いた。
そのケーキは一日の疲れが吹き飛ぶような優しさの籠もった甘い味で、三人は夢をみているような気分になった。
「いやぁ……でもあれはヒヤッとしたねぇ。ラピス君の陽炎で水飛沫が跳ね返ってきたときは……」
「ねえ、それ見たかったわ……今度見せてよ」
「良いけど、次は軽めにしよう……」
全身全霊すぎて、加減が効かなかったのかもしれない。今度は気をつけなければ。
そんなこんなで話にふけっているうちに外は暗くなり、就寝の時間がやってくるのもすぐだった。
「──来たか。おめでとうラピス!上手くいって良かったのじゃ!」
「はい!上手くいきました!ヒイロさんの助力あってこそです!」
「お世辞はいらんぞよ〜〜」
とても、とてもお世話になった。ヒイロさんなしではこの課題は一生クリアできなかっただろう。
「しかし、陽炎で攻撃魔法を跳ね返すときた。そもそもお主の祝福自体見たことがないものなのじゃが、他にも試しがいがある」
「そうなんですか?」
「そうじゃ。次は祝福のコントロールをマスターしなければならんのじゃ」
確かに今日も制御できずに先生に怪我を負わすところだったしな……
「その時はまたお願いします」
「うむ」
ヒイロは深く頷き、笑みを浮かべた。
しかし、良かったなぁ……
カトレアに後れをとったものの、無事に課題を達成することができた。
これは精神的にも結果としても自信になる。
この調子で頑張ろう。
そう心で呟いて穏やかに眠りについた。
『達成』終──
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( ゜∀゜)o彡°次回更新は3月16日です!