表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お母さん、愛って凶暴なのですか?  作者: ポチャラブスカ
1/2

プロローグ 第1章~第12章


「お母さん、愛って凶暴なのですか?」

             ポチャラブスカ 


プロローグ


荒涼と広がる原野に土煙が立ち昇り、こちらの方に迫って来ている。

遥か彼方には仏教寺院らしき建物が見えるが、燃えるような暑さの為に、それが実物か蜃気楼なのか判らない。


「来たぞ、奴らだ! 奴らが攻めてきたぞ!」

プラチナに輝く甲冑に身を包んだ男が、手に槍を持って叫んでいる。

槍の先にはザクロのような玉が付いている。

「あなた、いよいよですわね!」

傍らには女が一人居る。

服装は天女が身に着けている様なもので、きらびやかに輝いている。

その女が槍に向けて呪文を唱え始めた。両手には蓮華印が結ばれている。

敵は何者だ? カメラが向きを変える様に画面が移動する。見えたのは全身幅の広い包帯のような物で身を包んだモノ達が、押し寄せて来ているシーンだった。

「ケーケケケケケ~~!」

長い柄の鎌を振りかざし、口からよだれを流し、凄まじい悪臭を撒き散らしながら走っている。

狂乱状態!

それらは数万以上いるだろうか、荒野を埋め尽くそうとしている。

敵を迎え撃つ人物は男と女二人だけだ。

女は両手の印を振るわせて、さらに槍に力を与えている。

その為槍の先から凄まじい閃光が発せられ、男が槍を右から左、左から右と扇状に打ち振るうと、、敵は次々となぎ倒されて行った。

槍からの閃光がそれらに命中すると、たちまち風船が破裂するようにその身が弾け飛び、大小様々な動物に変身して、天に昇って行ってしまった。

二人にズームして行くと、その顔がだんだんと鮮明に見えて来た。さらに男に近づくと、その顔は見覚えのある顔だった。

「なんだ、俺じゃないか!」

ソウダキヨヒデは思わず口走った。

途端に場面は変わって、空中を飛翔している自分がいる。最初は超高空で日本列島が見えた。徐々に高度が下がって来て、どこかで見た風景が見えてきた。

「あれは、八ツ竜川だ!」

さらに低空になって来ると、

「あれは、ウチの屋根じゃねーのか? あッ、やっぱウチだ!」

同時に枕元に置いてある目覚ましが鳴り響く。


第一章


ここは東日本にある鏡花市、山々に囲まれた自然豊かな地方都市で、人口はおよそ5万人。鏡花市には西と東に八ツ竜川やつりゅうがわ軽羅川かるらがわが流れている。

市の東北部に王門地区があり、その住宅街の一角に槍田青果店がある。

五月も終わりに近づいて、槍田家の一日が又始まろうとしている。

青果店の二階は一家の住まいになっていて、その一室に槍田清秀が眠っている。目覚ましが鳴っているが、起きる気配がない。

階下の小さな台所の横の、これまた小さな居間には清秀の母親、槍田日出世がいる。

「キヨ! 早く起きないと学校に遅れるよ!」

清秀の部屋の真下から、天井を箒の柄の先でドンドンと突いている。

清秀の隣の部屋では、小学校6年で妹の夕陽が壁をバンバン叩く。

「兄ちゃん、早く起きなよ!」

「うーるせーなー、もう!」

清秀は頭から布団をかぶって、二度寝してしまった。

とうとう妹の夕陽が、清秀の部屋に殴り込むように入って来て、清秀の寝ている布団に向かって跳び蹴りを入れた。

「イテーッ!! 夕陽何しやがんだよ!」

言うが早いか布団を跳ね上げると、夕陽に襲い掛かり、脇の下のコチョコチョ攻撃に出た。

「母ちゃん、助けてー」

笑いながら泣いて、コチョコチョ攻撃に耐えている。

「あッ、こんな事している暇ないんだ!」

清秀は思い出したように我に返った。

夕陽は悪態を吐きながら、階下の母親の元に駆け下りて行った。

「あ~ッ! ねむってー。またあの夢見ちまったぜ」

そして両手を思いっ切り広げて、伸びをした。

「またあの夢観ちまったぜ! もうー! 何回観れば気が済むんだ、まったく!」

そう言いつつ、トイレに駆け込んで、用を済ませた。

超特急で着替えをして、ドタドタ階段を駆け降りると、店の陳列棚からコッペパンを掴んだ。左手で握ったコッペパンを右手で叩くと、「パン!」と派手な音がして包装が破れた。       

コッペパンをかじりながら、外に止めてある配達用のスーパーカブのカゴに学生鞄を放り込んだ。

「父ちゃんわりい! 遅刻しそうだから借りてくわ」

バイクに跨りメットを被ると、キックしてフルスロットルで発進した。

「おい! キヨ、キヨ付けて行けよ! なんてね!」

清秀の父親槍田月男は清秀を見送りながらオヤジギャグを飛ばしたが、清秀は声を出す代わりに右足を揚げて返事をした。口にはコッペパンが詰まっていて、鼻水も少し垂れていたからだ。


清秀が通う県立鏡花高校は軽羅川の支流の岸辺にある高校で、普通科と商業科がある。清秀は商業科2年C組である。

「今日は中間テストだかんね、ちったー良い点取らねーとな」

清秀はムシャムシャと独り言を言いながらバイクを走らせていたが、彼の右肩の上5センチの所に、突然ソレの上半身が現れた。

「カ~ン、バイク登校禁止違反で50カーマです、ハイです」

「出たなチェッカー!」

清秀が右側のソレを目で追いながら言うと、そのチェッカーなるモノはさらに続けた。

「カ~ン! お父さんの配達用バイク持出しで、50カーマです、ハイです」

その顔は鼻毛・髭伸び放題、眉毛伸び放題で、髪の毛なのか何の毛なのか分からない状態だ。バイクの風圧でそれらが後方にたなびいて、パタパタと音を立てている。

「おいチェッカー! バイクは良いだろう! バイクは!」

清秀は苛立った。

「あなたのお父さん配達するに困る事したですから、ハイです!」

申し訳なさそうに消えた。

「まったく、いちいちうるせーんだよ、お前は!」

清秀はチェッカーが現れる度に思い出す。

(オレは、どうしてか分からないが、ガキの頃からアイツが見えたんだ。オマケに他人のチェッカーも見えちまうんだ。その人のある程度の距離に近づくと、ご褒美と罰の「宣言」をするチェッカーが見えちまう。最初は誰でも見えるのだと思っていたが、他人に話すと怪訝そうな顔をするので、オレだけだと悟った。なるべく見ないようにしていたが、チェッカーと目が合ったり、向こうがニコッと笑ったりするので、そんなに悪い気もしなくなった。まー、これがオレの日常って事さ!)

前から歩いて来るおっさんが、くわえタバコしている。

「プッ!」

短くなったタバコを道路に吐き出した。

清秀のバイクとすれ違う瞬間、おっさんの右の肩5センチ上にチェッカーが現れた。

「カン、カ~ン! タバコのポイ捨て、200カーマです! ハイです! 割と高いです!」言い終えると、おっさんのチェッカーが清秀に向かってサインを送って来た。おっさんの横顔に人差指を向けてから、やってられないと、顔を背けながら両手を振り下ろした。

そして溺れるような恰好をしながら肩の中に引っ込んだ。

「ッたく、しょうがね~おっさんだぜ! タバコの吸い殻位って思っているようだけど、結構ヤバいんだぜ!」

そう言い終わるや否や、おっさんは足を滑らせてドブに落っこちた。

「言わんこっちゃない!」

清秀は、バックミラーでそれを確認するとバイクを加速させた。


春の空気が心地よく顔に当たって、バイクのエンジン音も軽快だ。

やがて、高校の近くの雑貨店、通称「下の店」にバイクを止めた。

バイクを降りて、急いで店の裏にバイクを隠して、店の入り口から中の老女に叫んだ。

「おばちゃん、わりい! バイク置いといてちょうだい!」

手を合わせるしぐさをして、高校の門に向かって駆け出した。

「下の店」のおばさんは店先に出て来た。

「まーまー、お急ぎだ事、転ぶなよー色男!」

右手で敬礼するように朝日を遮りながら、彼の背中を見送った。


鏡花高校商業科2年のクラスは、鉄筋コンクリート4階建ての三階にある。ピロティで上履きに履き替えると、清秀は一気に階段を駆け上がり、始業のチャイムが鳴り終わると同時に教室に駆け込んだ。

「セーフ!」

両手を広げながら席に着いた。

「同時アウト!」

担当教師が右手を挙げて野球のアンパイアの格好をした。

「我がクラスのエースもご到着のようだから、これから中間テストを始めます! 一時限目は数学な、これ配るから自分の取ったら後ろへ回せよ」

意地悪そうな薄笑いでテスト用紙を配り始めた。


鏡花高校商業科は男女共学で2年C組は6対4で女子が多い。清秀の成績順位は下から数えた方が早い。

清秀は右手でペン回ししたり、鼻にシャーペンを挟んだりして、何とか解答用紙に答えを書いた。

ベルが鳴って全てのテストが終わった。後ろからテスト用紙を順次前に送って、担当教師が回収した。それを机にドンドンと落として揃え、生徒達を見回してから薄笑いを浮かべて教室を出た。それを合図に皆一斉に帰り支度を始めた。

「おい、どうだった今日のテスト?」

清秀は隣の同級生の腕をチョンチョンとつつきながら聞いてみた。

「まあまあじゃね」

「あ~、いいなあ、できる人はー!」

清秀は両手を大きく広げて、伸びをした。

「ちょっくら、トイレに行ってくらあ」

椅子を足で蹴るように後ろにやると、教室を飛び出した。廊下を小走りに行くと、上履きのスニーカーがキュンキュンと、床と擦れて心地良い音を出した。

トイレは校舎の端にあった。今日は模試のみの為に授業は無い、あっという間にみんな下校してしまい、学生の往来がほとんど無く寂しい。

男子トイレに入った清秀は、用を済ませると、水道の蛇口を捻って手を洗った。両手をブルブル振って水を飛ばした。

鏡に映る自分を見て、髪を掻き上げる。

「イイ男だな~、女が黙ってね~ぜ!」

すると、急にトイレの蛍光灯がうす暗くなり、点いたり消えたりしだした。

「パン、パン」ラップ音がする。

天井の隙間から、黒い霧状のモノが降りて来て、清秀の前に溜り始めた。

「なんだこれは!」

彼が凝視していると、その黒い霧状のモノは、徐々に人の形になって来た。

それは、長い黒髪の女で、体中白くて幅広の包帯で巻かれていた。

「キキキキッ!」汚い爪をこちらに見せつける様に、笑いながら清秀に掴み掛って来た。清秀は右手の人差し指と中指で手刀を作り、息を吹き掛け太刀に変成させた。

ここはトイレの手洗い場、狭いうえに天井もそれ程高くない。太刀を振り被る事も出来ず、斬突も相手が近すぎて出来ない。清秀は一瞬でそれを考慮し技を決めた。

「斬り上げ、斬滅!」

気合を吐きながら、下から逆袈裟に斬り上げた。

「ギャーッ!!」

その女は叫んで、脇から肩に斬られた傷から血吹雪を吹き出し、スローモーションで倒れて行って「ズバン!」と消えた。

清秀の変成された太刀は二尺四寸の刃渡りで、切っ先から血のりがしたたり落ちている。

太刀はスナップを利かせて真横に掟通り血振りした。

清秀は、他にまだ居るのか辺りを見回した。流し台の大鏡に、二個の逆三角形の点を見つけて、急いで二度見したが何も無かった。飛び散った血は、女が消えると共に徐々に消え失せた。

「何なんだ、こいつは? 初めて見るヤツだぜ!」。

そこへ隣のクラスの担任がトイレのドアを開けた。

「どうした? 何の騒ぎだ!」

「えッ? 何の事ですか? 何も無かったですが・・・、あ~ッ、今、歌っていました。うるさかったッすね、すんません!」

前から見えないように、右手を後ろに隠して太刀を消した。

とたんに自分の肩にチェッカーが現れた。

「嘘で30カーマ、化け物退治で300バーチです、ハイ!」宣言して消えた。

「お! そうか。別に何も無ければ、良いんだが・・・」

隣のクラスの担任には、チェッカーが見える訳も無くトイレの中を見回すと、怪訝そうな顔をして用を足しに奥に向かった。


「嘘って・・・今の状況はホントの事、言えないでしょう? いくら何でも・・・」

口を尖らせて、すでに消えたチェッカーに文句タラタラだ。

廊下に出た清秀は、、天井から壁を隈なく見回しながら、自分のクラスに戻った。


清秀は高校を早く抜け出そうと裏門近くの柵を飛び越えようとやって来た。

「下の店」に行く近道だ。

「バイク登校がバレルとやばいからねー」

軽快に柵を乗り越えようと勢い付けて走って行くと、柵の横のポプラの裏に人影が見えた。どうやら3人いるようだ。


「おい! この前言っといたカネの件、どうなってんだ!」

「なめんなよ! この野郎! 殺すぞ!」

見覚えがある二人の三年生男子が、一人の1年生と思しき男子の胸ぐらを掴んで、カツアゲをしていた。

「おっとっとっと!」

清秀は右足を伸ばして砂煙を立てながら、急ブレーキを掛けた格好で止まった。と同時に彼ら

との距離が二間以内になったので、彼らの「チェッカー」が見えて来た。

「カンカーン! 胸ぐら掴んで恐喝! 1500カーマです、犯罪です!」

もう一人のチェッカーも見えた。

「カン カッカーン! です、恐喝です! カツアゲです! 800カーマです! ハイハイです!」

「こりゃー、えらいこっちゃ! その数字はちょっとやばいですよ!」

清秀はとても真面目とは言い難い顔で、恐喝している生徒の方を指差した。

「何言ってんだ、てめー! 指差してんじゃねーぞ!」

三年生は凄んで見せた。

「オイ! バンカー居るのか?」

清秀は意に介さず指をパチンと鳴らしながら、何モノかに呼びかけた。

するとモッソ~と、恐喝生徒の肩の上十センチの所に、それぞれほぼ同時にバンカーが現れた。

「何でッしゃろー、どなたはんですー? ウイー!」

へんちくりんな関西弁と、フランス語っぽい言葉のソイツの服装は燕尾服、ワイシャツに蝶ネクタイっぽいモノを付けていた。顔は相当でかい! 何と髪は芸者風ではないか! 

「ぶったまげたぜー! 色んなバンカー見て来たけど、こりゃーぶっ飛んでるぜ!」

「♪ どんな御用でっかー?」

恐喝生徒のバンカー達は和音で応えた

「ちょっと聞きたいんだけど、その二人のバーチャーレジの残高、いか程なの?」

「マァ、あんさんの事ワテら知ってまっせー、ウイ! そうでんな~、ワテの方の残高はー」

そう言いながら江戸時代の大福帳みたいな帳面を出してきた。その表紙には徳台帳と書かれていた。

でっかい舌を出しながら、指をなめなめ徳台帳を捲った。

「さてさて、残高は~~あと200ってとこでんなー、ウイ!」

「ワテの方は、残高ほぼゼロでんなー、ウイウイ!」

「ほな、さいな~ら~♪ ウイ!」

二人のバンカー達はハモッって消えた。

「先輩方、ちょっと信じられないと思いますが、私は見えるんですよー」

「何が見えるんだよー、幽霊でも見えるんかい!」

そう言いつつ、清秀の方へ詰め寄ってきた。

その隙に恐喝されていた1年生は、脱兎のごとく逃げ去った。

「いやいや、このままだともうすぐ、えらい事が起きますよ!」

「えらい事!? なんじゃそれ! えらい事が起きるのはお前の方じゃ!」

そう言うや否や、二人とも清秀に殴り掛かってきた。

二人の拳が清秀に届くか、と思った瞬間、黒っぽい大きなモノが突進して来て、恐喝三年生を突き飛ばした。恐喝三年生達はもんどりうってひっくり返った。

「てめーら! いい加減にせーよ! オイラを誰だと思っていやぎゃゆんだ!」

そこに立っていたのは、体長2メートル以上はあろうかと言う、巨漢毛むくじゃら男だった。

そいつは、先程カツアゲされていた1年生に似た顔立ちをしていた。するとそいつは恐喝3年生二人を、片手で一人ずつ摘み上げた。

「てめーら、オイラがやちゃちいのを良い事に、何やってケツかんねん! ドタマかち割ったろかい!」勢いを付けて二人の頭と頭をガッチンコとぶつけた。恐喝三年生二人は地面にぶっ倒れて、目を回して気絶した。

「だから言ったでしょ、えらい事になるって! それにしてもあなた、変身したんですか?」清秀は、巨漢毛むくじゃら男にごく普通の人にするように質問した。

「オイラ、危険を感じるとこんな風になっちまうだよ」

そいつの顔は童顔なのに筋骨隆々、ゴリラみたいな体だ。

喉の奥で「ゴロロー、ゴロロー」とうなる様な音を出している。

「あんた、オイラを見ても驚かにゃいのかね?」

巨漢毛むくじゃら男は驚いたように自分自身を指さした。

「いや~、オレはこう言う事には少しばかり慣れているんでね」

「こいつら二人殺しちまおうか、ゴロローゴロロー」

巨漢毛むくじゃら男は両手の指をバキバキ鳴らすと、恐喝三年生を右手と左手で一人ずつ掴みあげ、濡れたタオルみたいに、グルグルと二人を回し始めた。

「ちょっと待った! 毛むくじゃらさん!」

清秀は巨漢毛むくじゃら男の胸に、手を押し当てて待ったを掛けた瞬間、アノ距離に入ってしまった。

巨漢毛むくじゃら男の肩にチェッカーが現れると思いきや、いきなりバンカーが現れた。

その姿は江戸時代の股旅風だった。手には長方形の紙を持ち、こう宣告した。

「お手形が回っておりまんねん。ウイ!」

手に持っていた長方形の紙は「手形」だったのだ。そこにはこう書かれていた。

「額面 二十万カーマ」

「何~、二十万カーマ!? すげ~数字! あんた一体何をやらかしたんだい?!」

今まで見たことも無い数字だったので、思わずそいつの目を覗き込んでしまった。

「オイラは、気に入らないやつはじぇ~んぶ殺すのさ! 今までそうしてきたのさ、オイラの勝手だべ?」

巨漢毛むくじゃら男は、相変わらず恐喝三年生を両手にぶら下げていた。

「オレは、あんたの今までやった罪を見ることが出来るんだ、しかも数字でね。20万カーマ

なんて初めて見たぜ! もうやめるんだ、こんな事! そうじゃないと取り返しがつかない目に遭うぜ」

「お前も特殊なヤツだな、オイラ・・・あんたの匂い・・・どこかで嗅いだような・・・」

巨漢毛むくじゃら男は大きく溜息を吐き、忽ち空気が抜けた風船みたいに元の貧弱な高校一年生になった。

そうなると、もう恐喝三年生を手に持っていられなくなり、ドサッとその場に落とした。

「僕は何をしていたのでしょうか?」

貧弱一年生は、目の前にノビた恐喝三年生が転がっているのを見て、ひきつった顔で後ずさりした。

「君がやった訳じゃ無いんだよ。君の背後にいるヤツがやったんだ。早く行きなさい。オレは何も見ていない、そう言う事さ!」

清秀と恐喝三年生を何度か見比べると、貧弱一年生は踵を返して立ち去った。

「ウ~ン」恐喝三年生二人が意識を取り戻し始めた。

「それじゃ先を急ぎますので」

清秀は、寝転がっている恐喝三年生におふざけ敬礼をして別れを告げ、「下の店」に急いだ。


「おばちゃ~ン、悪かったねー! 無理言っちゃって」

下の店に入って行くと、知っている顔が並んでいた。背もたれが無い丸い椅子に同じクラスの女子3人と、最近転校して来た女子が一人、それぞれコーラやラムネを飲んでいる。

矢馬崎純子は「キヨー、あんた模試遅れて来て、また寝坊なの?」

阿尾木恵子は「でも、模試には間に合ったもんね!」

加東加名子は「キヨー、今日は、何飲むのー?」

一人転校して来たばかりの子は、黙って外の景色を見ていた。

(割とかわいい子だな、名前は何て言ったっけ)清秀は心の中で呟いた。

「キヨ―、何見てんだー! ケンザキさん、可愛いと思ってんだろう 顔が赤くなっているぞー」

(あーッ、ケンザキさんって言うのか)

「おばちゃーん、アンバタ1丁とコーラ1本頂戴!」

清秀は勝手知った店の冷蔵庫から、コーラを取り出した。

「あいよ!」 

おばちゃんがガラス戸の陳列ケースから、裸のコッペパンを取り出してから、菜っ切り包丁でコッペパンの横をズズーッと切った。

右手に金属のヘラを持って、左手にコッペパンを持ち、バターの缶からヘラで「よーっこらしょ!」とバターを取ると、パンの片側に塗った。もう一つの缶からアンコを「どーっこらしょ!」

とパンの片側に盛ってから、両手で拝むようにパンを閉じてグッと押し付けた。

「ほい! アンバタの出来上がり!」片方の指に着いたアンとバタを、ペチョペチョ舐め乍ら

清秀にそれを渡した。

「うんまそー!」

かぶりついてほぼ三口で完食。

それから、コーラでパンを胃に落とし込んだ。

「げーっぷ!」

大きな音をさせて、同級生の女子達にヒンシュクを買った。

店のおばちゃんの傍まで行き、「おばちゃん、ありがとね! また寄るから、今日の事はあれもこれも、全部貸しといてね」耳元で囁いた。

「この色男! 耳に息吹きかけてー! 変態! あしたも待っているからね!」入れ歯をカチャカチャ言わせて清秀の腕をつねった。

「痛―な、ババー!」

今度は女子達に向き直った。

「お前ら、飲み過ぎてブクブク太っちまえよ!」

憎まれ口を叩きながら店を出た。


店の裏に回った清秀は、朝のバイクを引っ張り出して、跨ろうとした時、ハンドルを握った右手を誰かに掴まれてハッとした。

掴まれた手を辿って見ると、あのケンザキがバイクの横に立っていた。

「あのー、あのぅ、お名前は何て仰いましたっけ?」

頬を赤らめながら言ったがその手は、清秀の手を掴んだままだ。

「え? 僕ですか、僕は槍田清秀と申します」 

自分でもよそ行きの言葉で答えた事に、顔を赤くした。

「わたし、きょうか、けんざききょうかと申します。よろしくね」

小首をかしげて、胸の前に両手を合わせた仕草は清秀好みだ。

(チョーかわいいー!)

「それじゃ、また明日ね!」

清秀は後ろ髪を引かれるようにバイクを発進させた。

「うひょー! かーわいーー!」

バイクの向かい風に声を裏返して叫んだ。

それを見送るキョウカは、不思議な笑みを浮かべていた。


第二章 


上白川邸は、清秀の青果店を北に向かって登った小高い丘の上にある。門が有り武家屋敷風だ。敷地は広大で、塀は1メートル足らずと低いが、生け垣に囲まれている。母屋は瓦葺で、両側にかなり大きい離れがある。

離れと母屋は屋根付きの渡り廊下で繋がっている。これは、土地の鬼門を踏まないで済むように配慮されている。

離れの一つは道場になっている。平屋で五十坪ほどの造りで、中は板張りの床、壁は無加工の杉の板が張られている。

板壁には木刀が五本掛けられている。上座には一段高い床の間があり、畳が敷かれている。

その後ろの壁には掛軸が一幅掛けられている。武家の鎧甲冑を身に着け、腰には大太刀を提げ前差しは鮫皮の短刀、頭には烏帽子を被った忠信流居合の中興の祖、上白川信濃の守が合戦椅子に座った肖像画が、睨みを利かしている。


この家の当主は上白川一かみしらかわはじめ、妻は上白川二三四かみしらかわふみよ、そして一人娘の上白川香庫かみしらかわきょうこ。お手伝いの架純かすみが家事全般を任されている。

香庫は髪が長く超美人である。お嬢様学校の清涼女学院2年A組で成績抜群で清秀とは幼馴染だ。香庫の母親二三四は、相当な霊能力を持っている。

二三四は香庫とは幼馴染の清秀にも強力な特殊能力が有る事は、彼が幼いころから解っていた。そこで彼女がとった行動は、清秀のパワーの、ある一部分を抜き取る事だったのだ。

抜き取ったパワーは結界した特殊金庫に仕舞い込んである。その特殊金庫は二三四の寝室に置かれていた。香庫の父親一は、パソコンでの株売買で財を成した人物だ。株価の動向を予知できる特殊能力がある。また忠信流居合道の免許皆伝の師範で、今は宗家でもある。


朝7時、家族3人ダイニングに揃って座って、お手伝いの架純の給仕を受けている。

架純は年の割にはエプロン姿もまぶしいスタイル抜群の子である。二十歳くらいにしか見えない。二三四がどこからか連れて来たというが、家族でもその経緯は知らない。

香庫は紅茶を飲み終えた。

「わたくし、そろそろ行って参りますわ」

「うん」

一は新聞を片手に、コーヒーカップの湯気に老眼鏡を曇らせながら、愛娘を見送った。

二三四はテーブルに両肘を付いて、カフェオレが入ったカップを両手に持ちながら、微笑みで娘を送り出した。

席を立った香庫は清涼女学院に登校すべく玄関に向かう。セットされた靴にすべる様に足を入

れる、タイミング良く架純が靴ベラを渡す。、絶品の松の盆栽のしなりに似た立ち姿で踵を収めた。架純は門の外まで見送りに出て、笑顔で香庫の後ろ姿にこうべを垂れた。

「行ってらっしゃいませ」


香庫の通う清涼女学院は、八つ竜川上流の、川を見下ろす高台に建つお嬢様学校である。生徒数は少なく、立ち居振る舞い、礼儀作法及び習い事も盛んに行われている。少数精鋭を育てると言った感じの高校である。もちろん私立であり、鏡花市内外に及ばず県内外からも受験希望者がある名門校である。

香庫にも特殊能力がある。それは、神仏との交信が出来るという事である。要するに神仏と会話が出来るのだ。

清涼女学院まではバスで通学する事にしている。自家用車での送り迎えでは、巷の事に疎くなってしまうからと、両親と話し合って決めた。

バス停で乗客の列に並んでバスを待っている間に、香庫は昨夜の事を思い出していた。


夜の十一時過ぎの事だ。寝床に入ろうとして、パジャマに着替えていると、突然あの前触れが起こった。神仏が現れる前兆として、部屋中が白い光で満ちて来て、時が止まったような感覚になるのだ。

「どなた様ですか?」

「ごめんねー、もう寝る時間なのに、お邪魔してー!」

気さくな感じのおじさんが現れた。歳は見たところ37~8位で結構イケメンだ。

「わたくし、寝間着姿ですが、このままで失礼致します」

毅然とした態度で夜の訪問者に向き合った。

「いやいや、それで結構ですとも、私の方から押掛けたのですから。 私は山覚寺の十一面観世音です。 香庫さんに頼み事がありまして、参じました」

彼は正座して、手も揃えて腿の上に置いた。

「まー、観世音菩薩様なのですかー! 服装が現代風なのでビックリです!」

綺麗な目を輝かせながら微笑んだ。

観世音菩薩は、髪は七三分けで、ポロシャツに綿パンツと言う砕けた格好をしている。

「実はですねー、ちょっと恥ずかしいですけども・・・」

もじもじして、顔を赤らめている。

香庫はピーンと来た。

「まー大変! 恋愛相談ですか?」

観世音はピンポーンとおどけて、「相談です!」と照れ隠しのオヤジギャグを飛ばした。

「えッ、えーと、お相手はどなたでしょうか?」

前に乗り出す香庫。

「実はですねー、去年の事なのですがー、去年の夏に大雨が降りましてね」

「そう、そうでしたねー、すごかったですね、あの大雨。 軽羅川の土手が決壊しましたわね」

「あの決壊で、川の水が溢れまして、軽羅川の傍の正海寺が水に浸かったんです」

「あー、そうでしたね! 本堂もあぶなかったと聞いていますわ」

「そうです。 本堂に安置してある千手観世音様は、鏡花市の市宝に指定されているのです。 そこで、正海寺の信徒さん達が、私がいる山覚寺に千手観世音様を避難させることになったのです」

香庫はうん分かったと右手の拳を左手に打ち付けた。

「そこで、一目惚れしたってワケね!」

「流石香庫様! 御察しが早い! 運び込まれた千手観世音様は、私の横に一時的に安置されたのですが。その美しさと言ったら・・・」

目が空中を漂っている。

「あなた、告白して無いのですね」

上目遣いで睨んだ。

「そうです。横目で見るのがやっとで・・・」

ポッと顔を赤くした。

「ところで、その千手観世音様はもう正海寺に戻られたのですか?」

香庫は膝で歩くように詰め寄った。

「そうです。 先日長い仮の夫婦生活も終わりまして、正海寺に戻られました」

「やだー! 結婚もして無いのにー、夫婦生活だなんて!」

観世音菩薩の膝を叩きながら鼻息荒くなった香庫。

「そこでお願いなのですが。香庫様に正海寺に行って貰って、千手観世音様の~ですね。 その~反応というか、脈と言うかですねー。私と付き合って頂けないかですね、確かめて貰いたいのです!」

やっとの事で最後まで言えた。

「分かりました! 私にお任せ下さい。必ず良いお返事を頂いて来ますから!」

ドンと音がする程胸を叩いた。

「そうですか! 嬉しいです。それじゃ宜しくお願い致します!」

十一面観世音は頭を下げて、スーーっと姿を消した。


香庫は路線バスに揺られていた。

「あ~、お任せ下さいなんて、軽く返事しちゃって、大丈夫かしら・・・」

外の景色をボ~っと眺めていたが、

「キヨと一緒に正海寺に行こおーっと!」

吹っ切れたように自分に言い聞かせて、清涼女学院に向かった。


第三章 


「今日は香庫とデートだ!!」

清秀は薄い掛け布団を跳ね上げた。平日は絶対に目覚ましでは起きないが、日曜のデートは目覚まし無しでも起きられる。

隣の部屋の夕陽は清秀の声で起きてしまい、目をこすりながら部屋に入って来て兄に絡んだ。

「にいちゃん! オラも行く―」

「ばっかやろ! どこの世界にお兄ちゃんのデートに妹が付いて来る道理があるんだい? えー? えー?」

清秀は腋の下コチョコチョ攻撃に出た。

「あー! やめてー、妊娠する―!」

身をよじって笑いながら、泣いている。

「母ちゃんに言いつけてやる!」

兄を睨みつけながら、階下の日出世の元へ階段を駆け下りて行った。

清秀は階下の様子に聞き耳立てた。

「兄ちゃんはね・・・、ひどいんだよ・・・」

途切れ途切れの夕陽のチクリが漏れ聞こえていたが、土曜の夕方の事を思い出していた。


清秀は上白川家のお屋敷に向かっていた。香庫からメールが来て内容はと言えば、

「土曜日会いたし、当家にて 香庫」

「どう考えても、老人かい!」

歩きながら突っ込んだ。

「絵文字くらい使えってんだ。色気も何もありゃしねー」

そう言っている間に上白川邸に着いた。

門の外でベルを押すと、奥からお手伝いの架純が出て来た。

「お待ちしておリました」

礼をされて、清秀は顔を赤くした。

「どうも・・・」

清秀は心の中で(グレードたけー! マジ女優か!)と叫んでいた。お手伝いさんでこの美しさでスタイル抜群である。

(いったいこの家は何なんだろう?)と思いつつ玄関に入ると、そこに香庫が待っていた。白

いワンピースに白いハイソックス! 見とれてしまった。

やっぱり香庫もすげー美人だと、思わず口元が緩んだ。

居間に入ると豪華なソファーに調度品、小さい頃から遊びに来ていたが、見直してみるとやっぱりすごい。

清秀は部屋の中を見回していると、

「座ったら!」

「あ、あー」

借りてきた猫のように大人しく座った。

やがて香庫の母の二三四がお盆にお茶を乗せて現れた。

「いらっしゃい、清秀君! 久しぶりね!」

微笑みながらお茶をテーブルに並べた。。

「お待ちどう様です」そこへ架純がお盆に何かを載せて持って来た。

清秀の前にお皿に乗った「コッペパン」を置いて、会釈して居間から出て行った。

「清秀君、召し上がれ! ドイツから取り寄せたソーセージ入りよ」

まだ湯気が昇っているコッペパンを清秀に勧めた。

「うわ~、うまそ!」

三口でそれを口に押し込んで、グ~ンとお茶で胃に流し込んだ。

「ドイツもこいつもウメ~や!」

「訳のわからないオヤジギャグやめて!」

「清秀君は、コッペパンが小さい時から好物だったものね」

二三四は目を細めて優しく清秀を見つめた。

「今日は作戦会議よ!」

香庫は真面目な顔で、腕組みしながら二人に厳しい口調で言った。

「あのメールじゃ、何が何だかさっぱり分からないよ。ちょっとは内容も書いてくれよ」清秀は口を尖らせた。

「私も参謀として参加して良いかしら?」

二三四が割り込んで来た。

「えー、えー、勿論良いですよ、お母さん!」

「お母様は参考意見を言って貰えば良いわ」

香庫は釘を刺した。

「まあまあ、ホントに気が強い子で困ったものね」

二三四は清秀の方を向いて、肩をすぼめた。

「それじゃー、大まかな経緯を言うからね」

香庫は観世音菩薩とのやり取りを二人に説明した。

「へ~、お観音様の恋バナですか?」

「ありますよ、こういうお話し、昔から」

二三四はさも知ってますよと言う感じで応えた。

「で、どうするキヨ。 私は自分の神霊パワーで、正海寺のお観音様に聞いてみようと思うの」

香庫は決意したように、清秀に話した。

「ウ~ん、どうしようかな~。オレ、そーゆーの苦手だしな」

「清秀君、香庫、私に提案があるわ」

二三四は挙手をして割って入って来た。

「なーにーお母様、子供の自主性って、伸ばすべきじゃないの?」

気に入らない様子だ。

「でも香庫、この依頼はとても微妙な問題だと思うの。ちょっとしたボタンの掛け違いで、とんでもない方向へ話が飛んじゃうのよ。もし、初動で失敗したら、間違いなくこの話はオジャンになるわよ」

二三四は事の重大さを分かっていない娘に、言い聞かせるように話した。

「どうするのお母様、何をすればいいの?」

その通りかもしれないと悟った香庫は、母親に主導権を渡した。

「ここはプライド高い女性のお観音様、千手観音様に丁重なお手紙を送って、二人のお見合いの場を設けるのが一番だと思うの! だって考えてごらん、数か月も一緒のお寺に安置されていても、千手観音様からは何のモーションも起こしてないのよ。これは相当プライド高いか、形式にこだわりのある菩薩様なのよ、きっと!」

「さすが、年の功、亀の甲束子!」

オヤジギャグを言うが、香庫は腕を組んでブスッとしている。母親に得点を取られたのが、相当悔しいらしい。

「その、なにー、手紙って、どう書くの?」

「香庫、あなた毛筆が得意だから、私の言う通りに書いてごらん」

二三四は架純を呼んで、自室から硯と筆、紙を持って来させて、それから水を用意させた。

「清秀君、力のあるところで、墨を擦って貰えるかな?」

「お母さん、任せて下さい。さっきのコッペパンで力が有り余ってますから!」

腕まくりして、硯相手に一心不乱に墨を擦り始めた。

墨を擦り終わった清秀はソファーにもたれて、疲れた腕をプルプルと振っている。

「それじゃー、行くわよー」

二三四は香庫に目をつぶらせて集中させた。。

やがて二三四が「サク」とか「バン」と言うと、香庫が鮮やかな墨痕で紙に書いていく。

清秀は「へ~~!」と、感心して眺めていたが、書かれている文字は梵字で、彼にはサッパリ

分らない。

「出来たわね!」

「そうね、上手く書けたわね!」

親子は見つめ合って、軽く頷いた。 

「香庫がこれを正海寺のお観音様の前に広げて見せて。後は千手観音のお真言を唱えればバッチリよ!」二三四はそう言いながら指を鳴らした。

「これには、どう言う事が書いてあるんですか。オマジナイみたいなモノですか?」

「これにはね、観世音の種字とか、まあこれ一字で観世音菩薩を表したり、どういう動きをしたりとかが書かれているの。コンピューターのコマンドみたいなものね。それにね、香庫には神霊パワーがあるから、文字それ自体が音になって相手に聞こえるの。もちろん人間には聞こえないけどね」

香庫はどんなもんだ、と腰に手をやり清秀に胸を突き出した。 

「香庫先生、御見それしやした!」

そう言いながら大仰に最敬礼した。

「それじゃ二人とも、明日は気を付けて行ってらっしゃい!」

二三四は二人の肩を叩いた。


清秀は香庫との待ち合わせ場所のバス停で、手持無沙汰で立っていた。そこへ香庫が手を振りながら近づいてきた。

「待った? キヨ」

笑顔で聞く香庫。

「いいや、ぜんぜん。それよりさ、昨日の手紙、ちゃんと持って来たかよ」

難しそうな顔で尋ねた。

「なに? 私の事より手紙が心配って事?」

少しむくれた。

「ちがうよ! 両方心配なの!」

「両方って、どっちが先なの!」

「同時同着!」

「そりゃーそうよ、私が手紙持ってるんですもの」

「もうやめよ、ね!」清秀が破壊された顔をして、香庫に懇願した。

「そうね。今日は大事なお仕事があるんですものね! ふたりで頑張ろうね!」

香庫がご機嫌を取り戻した途端に元気が出た清秀は「おうー!」と右手を突き上げた。


バスを降りてしばらく歩くと、桜並木の奥に正海寺が見えた。後ろを振り返ると、5,60

メートル先に軽羅川の堤防が見える。

二人で寺の仁王門をくぐると、正面に本堂そして右手に鐘楼、左手に本堂と渡り廊下でつながった庫裏がある。

「さすがにここは低いや。川の洪水でやられる訳だわ」

清秀は天井川になった軽羅川と、お寺を見比べた。

「キヨ、行くわよ!」

香庫に促されて、二人は本堂へ向かった。


本堂の前では、住職が箒で掃除をしている。

「こんにちわ!」二人で声を掛けた。

「はい、いらっしゃい!」住職が箒の手を休めて会釈した。

「私達、ここのお観音様をお参りに来ました! 本堂に入っても良いでしょうか?」

「えー、どうぞお入り下さい」

住職は笑顔で答えると、手で本堂の入り口を指し示した。

香庫たちは靴を脱いで本堂に入り、千手観音の前に立った。このお寺は歴史が古く、幾度も火災で焼失していた。本尊はだいぶ前に焼失して、代わりに千手観世音が本尊になったのだ。  

木彫りの観世音像は所どころ金箔や塗料が剥がれ落ちていて、歴史の古さを物語っている。

香庫は手提げバックから、昨日書いた梵字の手紙を取り出した。

自分で書いた手紙を静かに広げて、確かめるように見ている。

「これからどうする? 香庫!」

「キヨは私がご真言を唱えている間、私を守っていてね。人払い結界の張り方は知っているわね?」

「ガッテン承知の助だい!」

「まじめにやって!」

眉を吊り上げて、声を殺して怒った。

「はい、はい! そんじゃやりますよ!」

清秀は右手で手刀を構えた。

「りん、びょう、とう、しゃ、かい、じん、れつ、ざい、ぜん!」

気を発しながら、本堂の中をくるりと360度結界した。

すると、ピーンと空気が張る音がして、本堂の外の音が聞こえなくなった。

香庫はそれを確かめると、手にした梵字の手紙を裏返して、千手観世音に梵字が見えるようにした。

「おーん、ばさら、たらまきりく、そわか」

真言を唱え始めた。

手紙の梵字から淡い光が出て、千手観世音の顔を照らした。 

それを受けて本堂内に閃光が走った。


二人の前に一人の女性が立っていた。それはなんと、着物に打掛姿でどう見ても江戸時代のお姫様!

「香庫殿とキヨ殿、丁重なるお手紙、有難く受け取りました」

「出ました! お姫様! 大奥かよ!」

「あほ! おだまり!」

あわてて清秀の口を手で塞いだ。

「お観音様って言って良いのかしら。何てお呼びすればよろしいでしょうか?」

「わたくしは、そなたたちが言う所の、江戸時代に生きた者です。名は、名はもう忘れた・・・千寿せんじゅとでも言っておくれ。わたくしは小さき藩に長女として生まれ育てられたのち、十五で嫁に出された。顔も見た事が無い相手にね」

「会ったことも無い人と結婚したんすかー! しかも十五歳で! 無茶苦茶だなー!」

「その時代は、それが普通だったのです」

千寿が悲しそうな顔を下に向けた。

「お観音様の正体が江戸時代のお姫様って、どう言う事でしょうか?」

清秀が訝しそうに尋ねた。

「いくらお姫様でも、世間のおなごと余り変わらぬ生活であったとは思うが・・・。その一生が終わり、その次に生まれ変わったのが、貧しい百姓の娘であった。 口減らしに遊郭に売られて、お女郎に身を落としました。そして、病で若くして一生を終えました」

「なんて事だ! まったく!」

「魂は色々な事を経験させられるのよね?」

香庫は千寿の心情をフォローした。

「香庫殿! 全くその通りです。魂は沢山の人生を経験させられて、バーチャーレジの負債が無くなるまで、生まれ替わりを繰り返します。わたくしも、とうとうバーチャーレジの清算が終わりました。そして、上からの命により、このお寺の観世音に派遣されたのです」

「お観音様は派遣業ですか?」

清秀は突っ込みを忘れなかった。

「という事は、仏像には人の魂が入っていると言う事ですか?」

「そうね、魂が入っている仏像もあれば、空なのもあるわね。この娑婆世界での修行が終われば、それぞれの魂に見合った場所を与えられるのよ。わたくしの場合は、このお寺に参詣された方々の悩みや苦しみを、一緒になって良い方向へ導いて差し上げるのが、使命であり修行なのです」

千寿は遠くを見るように目を細めた。

「ところで、お手紙の事なのですが、お相手の十一面観音様の事は、いかがお思いでしょうか?」

「香庫殿、わたくしのこの姿は一番長く生きて、一番印象が強かった武家時代の名残なのです。 武家の娘はおのこに対して、決して自分からは好き嫌いは申しません。あのお方はわたくしが洪水で避難した折に、わたくしの隣にずーっと居らっしゃいましたが・・・、何とも仰って下さいませんでした! わたくしは何て素敵な殿方なのでしょうと、お言葉を待ち望んでいたのですが・・・」

千寿は下を向いて、涙を流した。

「それじゃー、オーケーなのですね! 彼と付き合って頂けますね?」

香庫は目をいっぱいに開けて尋ねた。

千寿は右手の親指を立てた。

「オーケーです!!」泣き顔を赤く染めながら答えた。

「ばんざーい!」

清秀と香庫は、手を握り合って喜んだ。

「それでは、このお返事を彼にお伝え致しますので、今日はこれでお暇致します」

香庫は千寿に会釈した。

「御足労を掛けたな、香庫殿、キヨ殿。また何時でも訪ねておいで」

そう言い残すと、スーッと姿を隠した。

「キヨ! 結界解いて」

香庫がそう促すと、清秀はパンパンと手を打ち鳴らした。

「解除!」

その途端、本堂の正面の引き戸が開いた。

「やれやれ、やっと開いたわい。この間修理したばかりなのに、どうなっとるんだ!」

愚痴をこぼしながら、寺の住職が本堂に入って来た。

「どうですか、お参りは済みましたか?」

「お陰様で、いい参拝になりました」

「それは良かった。またお出掛け下さい。若い方が寺に興味を持つというのは、良い事ですからね」住職はストレッチ体操をするように、本堂の天井を見上げながら言った。

そこには、天女と仏様の天井絵が描かれていた。

香庫達はそれではまた、と住職に別れを告げて帰途に着いた。バス停まで歩きながら二人は、今あったことを思い出していた。

「良かったね! うまくいって」

お互いを見合って少し顔を赤くした。

「ところで、山覚寺のお観音様の魂はいったい誰なんだろう?」清秀が顎に手をやりながら呟いた。

「そうね、今度会ったら尋ねてみるわね」

香庫は楽しみだとばかりに微笑んだ。

その途端、二人の肩の上5センチの所にチェッカーが現れた。

「五千バーチです。ハイです!」

香庫のチェッカーが宣言した。

「二千五百バーチです。ハイです」

清秀のチェッカーが宣言した途端、「半分かよ!」と清秀が突っ込んだ。

「そんなもんですよ。ハイです!」

清秀のチェッカーが彼の顔を覗き込んだ。

「アー、アー、そうですね。そんなもんですよね!」

清秀がふくれっ面をしている様を、香庫は指を差して大笑いした。

 

香庫は清秀と別れて自宅に着くと、自室に山覚寺の十一面観世音菩薩が待っていた。

「香庫さん、今日は御足労をお掛けして、相済みませんでした。御礼を申し上げます」

立ったまま頭を下げた。

何と! その横には、今日尋ねた正海寺の千寿さんが座っているではないか!

「えー? 早ッ! もう一緒に居るのですか?」

香庫は目が飛び出さんばかりに驚いた。

「香庫殿、ありがとな、礼を申すぞ」

千寿さんはミニスカートに、胸が大きく開いたシャツを着ていた。香庫は二度びっくりした。

「善は急げと申すでな。 今日香庫さん達が正海寺に行ってくれた後、千寿殿が私を訪ねて来てくれてな、二人でもっと早く告白すれば良かったのにと、な!」

二人は手を握り合い、見つめ合った。

「あ~ッ、もうそれ以上はどっかでやって!!」

香庫は顔を真っ赤に染めた。

「それでは、我らはこれでお暇致します。有難う御座いました!」

山覚寺のお観音様がそう言うと、頭を下げたまま二人が消えようとした。

「アッ、待って下さい。山覚寺のお観音様! あなたのお名前は何と仰るのですか!?」慌てて尋ねた。

山覚寺のお観音様だけ、消える速度が遅くなりながら答えた。

「わたくしの名前は越後屋吉兵衛です」

それから一旦消えて、また顔だけ浮かび上がった。

「そうそう香庫さん、そこに御礼のモノを置いときました。とても役に立ちますので、大事に

使って下さい。それでは、また!」

吉兵衛観音がスーッと消えて、辺りにこの世のモノとは思えないような、良い香りが漂った。

 香庫がふと部屋の隅に目をやると、身長が50センチ位の人形が置いてあった。よく見ると、少しではあるが動いている。

近づいてみると、それは小さい龍だった。

羽は無く肌の色はコバルトブルーの青龍の子供がそこに居た。

「こ んニチハ、キョウコさん! ボク、名前、青太、ヨロシクネ!」

青龍はたどたどしく、愛らしく言ったので、香庫は思わず叫んでしまった。

「チョウカワイイ!!」


第四章


清秀のクラスは一時間目の授業を終えていた。

「あ~、腹減った~!」

学生鞄からコッペパンを取り出した清秀は、それを右手に持って左手でコッペパンの包装を叩いた。

「パン!」意外に大きな音だったので、クラス中の目が清秀に向いた。

「コッペパンが、パンだってよ!」

オヤジギャグを飛ばしてから、それにむしゃぶりついて3口で頬張った。

今度は学生鞄から、紙パックのオレンジジュースを取り出した。

ストローを差して絞るように一気に吸った。「ジュルジュル」と不快な音をたてて飲み干した。

「うッめー!」

吠えてから、大きなゲップをした。

「オイ! きったねーゲップすんな!」

誰かが言ったが、清秀は意に介さなかった。

「さてさて、お勉強しなくちゃね~」

やおら週刊誌を取り出して捲り始めた。

「オレは貧乳禁止だからね! 巨乳来い来いだもんね!」

グラビアアイドルを見ながら、鼻の下を長くしている。

間髪入れず、チェッカーが現れて、「カ~ン! 早弁とエロ週刊誌で50カーマです、はい! です」

そこへケンザキキョウカがスーッと寄って来て、耳元で呟いた。

「何を独り事言ってるの? 清秀君」

余りにも耳の近くで囁いたので、清秀は「おッ」と、声を出して首をすくめた。

「ケンザキさん、どうしました? 何か用ですか?」

「槍田君、先日の日曜日だけど、どなたかとデートをしていらっしゃいましたわね」

「えー? どうしてそんな事、知っているんですか? でもデートじゃねーし!」と言いつつ顔を赤くした。

「偶然見たんです。お寺に二人で入って行くの」

キョウカは机に両手を突きながら、制服の襟元から中が見えるようにして囁いた。

クラスの男連中は囃し立てた。

「ヒュー、ヒュー! 何のお話しかな~キヨ~!」

「もしかして、デートのおさそい~?」

「バッキャロー! 違わい!」顔を真っ赤にして清秀は抵抗した。

「今日、清秀君のおウチへ行ってもいいかしら?」

キョウカは、いよいよ清秀の顔に近づいて来た。キョウカの爽やかな香水の香りもして、清秀は後ろにのぞけった。

「え~と、良いですけど、何の御用ですか?」うれしさを押し殺すのに懸命だ。

「わたし興味があるんです、槍田君に。それじゃー、今日一緒に帰りましょ!」

そう言われて清秀は有頂天になった。


「母ちゃんただいまー」

清秀は、青果店の店頭から客の対応をしている母親に声を掛けた。

「今日は、お客さんが一緒だけど、宜しく!」

清秀の後ろに立っているキョウカを紹介した。

「おやおや、いらっしゃい!」

「お邪魔します!」

キョウカは頭をペコリと下げて、店の中に入って来た。

「お母さん、お仕事ご苦労様です!」

キョウカは、日出世に愛くるしい笑顔でチョコンと会釈した。

「ま~、なんて優しい子なんでしょう!」

日出世は、すっかりキョウカがお気に入りになったようだ。

清秀がキョウカを二階へ案内する時、清秀より先にキョウカが階段を上り始めた。見上げる清秀は、キョウカのスカートの中が丸見えになった。

「良いわよ、別に、見ても何とも思わないわ」あっさりと言った。

清秀は顔を真っ赤にして視線を外した。

「いや~、俺だって別に、ワザとじゃないからね~」アタフタと慌てふためいた。

部屋に入ると、清秀は散らかっている週刊誌やら衣服などを、足でベッドの下に潜り込ませた。

キョウカはベッドに座ると、持っていた学生鞄をベットの端に投げた。

それから両手をベッドに突いて、体をのけ反る様にして天井を見た。

「キョウカさん、転校して間もないのに、どうして俺のウチになんか来たんだい?」

「清秀君は、何か特別な力があるんじゃないかと思って・・・」

体勢をくるっと変えて、清秀の方へ向いてから、ベッドにお腹を押しつけて、両手で顎を支える格好になった。

その時、制服のスカートが少し捲れて、太ももが露わになった。

清秀は「ごっくん!」と生唾を飲んで、耳から湯気が出るような感覚になった。

キョウカは、両足をバタバタと交互にベッドを叩くような仕草をし出した。

「オ、オレに特別な力なんか無いですよ」

やっとの事で言った。

「そうかしら? 私ってとっても感じやすい人なのよ! 清秀君。特別な力には、とても鼻が利くのよ」

そう言うと、清秀の方にほふく前進して近づいてきた。

そして、クンクンとベッドに座っている清秀の体の匂いを嗅ぎ始めた。

清秀はキョウカの「クンクン」が足から胴、胴から首・顔へと近づいて来ると、段々体が反りかえって来た。

キョウカが上から清秀の顔に、のしかかる様な体勢になった。清秀の両手だけで支えるような格好になった瞬間、二人とも重なって崩れ落ちた! 

ドサッと音がして、ベッドがキュンキュンと軋んだ。

「に~ちゃ~ン、ただいまー。お客さんだってー?」

夕陽が清秀の部屋に飛び込んで来た。

「あ~~ッ」と清秀が言うと、夕陽も「あ~~ッ」と言って、不協和音になった。

「キヨ! お観音様の贈り物が・・・」

さらにそこへ香庫が飛び込んで来た。

「あ~~ッ」と指を差しながら、香庫はまっかな顔で眉が釣り上って来た。

それらのドサクサに紛れて、キョウカの肩にバンカーが現れて「特別ほうしゅ・・・」と宣言しかけた。

しかし、キョウカの体から黒い手が伸びて、一瞬でバンカーを消し去った。それが一瞬の事で、みんなの声に重なっていた為、清秀も気が付かなかった。

キョウカは至って冷静で、清秀の上に乗ったままでいた。

「これは、違うんだ! 事故なんだ!」

清秀がキョウカの下から言えば言うほど、香庫は頭から湯気を出して爪先立ちして怒っている。

「あら、あら。お邪魔が入ったみたいで、私これで失礼しますわ」

キョウカは部屋からサッサと出て行った。

「チッ!」

キョウカは横目で部屋の中を見て、舌打ちした。

「兄ちゃんすげ~な! ベッドインかよ!」

夕陽が清秀の胸を指でつつき乍ら言った。

「チゲ~よ! そんなんじゃね~よ!」

顔を赤くしながら弁明する清秀。

間髪入れずに、チェッカーが現れた。

「カ~ン!不純異性交遊で、100カーマ! です。ハイです」

「チゲ~よ! オレは何もしてね~ッつ~の!」

「プン!」香庫はベッドにズドンと座った。

「あの子誰? クラスメイトなの?」

やっと、落ち着いた様子で香庫は尋ねた。

「オレもびっくりしたよ! まだ転校して来てそれ程月日が経っていないのに。今日、急にウチに来たいって言い出したんだよ」

「それに、おかしな事も言っていたんだよな。オレに力が有る事を知っていたんだ」

「それは確かにおかしいわね。普通の人間には分からない事だものね」

香庫は腕組みしながら怪訝そうな顔をした。

静かに聞いていた夕陽が割り込んで来た。

「お兄ちゃんにも、香庫お姉ちゃんにも、すごい力があるの、私知っているけど。誰にも言ってないよ!」

二人の顔を交互に見ながら言った。

「夕陽ちゃんを疑ってないよ!」

香庫はそう言って、夕陽を抱きしめた。

「お姉ちゃん、大好き!」

「お前はもう自分の部屋に行っていろ!」

夕陽の背中を押して、清秀の部屋から追い出した。

「何だか、あの剣先狂火ってヤツは、要注意だな!」

清秀は気を引き締める様に眉間にしわを寄せた。

「そうね。気を付けた方が良いわね」 

「ところで、さっき部屋に入ってくるなり、お観音様がどうのこうのって、言ってなかったっけ?」

清秀が思い出したように香庫に顔を向けた。

「あッそうそう、昨日の夜、早速お二人さん揃ってお見えになったの」

早ッ! もうカップル成立かよ!」

間髪入れずに清秀が突っ込んだ。

「それでね、お礼にお土産を置いていったの」

「律儀だね、お観音様は! それで、何を貰ったの?」

「それが、龍だったの! 青い龍の子供! 青太って言うのよ、チョウカワイイの!」

「なにそれ? 金目のものじゃ無いんかよ!」

「何を言っているのよ、キヨ! 昔から龍は、財と福をもたらすって言われているのよ! それに、あんたは毘沙門の力があるのよ。ホントはあなた自身が財と福をもたらす人なのに・・・」

香庫が不甲斐無さそうに清秀を見た。 

「あ~、あ~、そうですね。オレは毘沙門なのに、どういう訳か力が中途半端なんだよねー。

それよりさ、龍のエサって言うか、食べ物はどうすんだろうね?」

「母に聞いたら、龍の食べ物って、使えている主人の行いが、龍の糧になるんですって。だから、良い行いをしている主人だと、良い龍に成長するけど、悪い行いの主人だと、悪龍になるんですって」

「へ~!経済的ですな、猫真っ先とか、犬ビタミンみたいな食い物は、要らないんだね」

「ちょっと、あんたね! キヨの行いも関係して来るんだからね! ちゃんとしてよ! もしも、悪龍になんかなったら、取り返しがつかないんだからね!」

香庫は、清秀に太い釘を刺した。

「あ~ッ、ハイハイ分かりました!」

清秀は敬礼しながらお辞儀をした。


次の日に鏡花高校へ登校した清秀は、担任教諭が点呼を取っている時に、剣先狂火の席そのものが無いのを見た。その日以降、彼女の行方は分からなくなってしまった、と言うより消えてしまったのだ。


第五章 


香庫は夕食後のひと時を自室で過ごしていた。パジャマ姿の彼女は風呂上がりの黒髪を指で弄びながら、布団の上で腹這いになった。

肘を突いて手の上に顎を乗せて、大好きな推理小説を読んでいた。

すると、またあの気配がして来た。部屋の中が白い光で満たされて、高貴なモノが現れる兆候がして来た。

「こんばんは! 香庫さん、その節はお世話になりましたね」

吉兵衛観世音が、カメラのピントが合ってくるようにゆっくりと現れた。

「あら! こんばんは、吉兵衛観世音様!」

香庫は読みかけの本を開いたまま、顔だけを吉兵衛観世音に向けた。

「読書中にお邪魔してごめんね、香庫さん! 今日はまた、頼みがあってお邪魔したのだよ」吉兵衛観世音は、頭を掻きながら香庫に近づいて行った。

香庫は、本をパタンと閉じると正座した。それから意を決したか、っと言うように吉兵衛観世音に向き直った。

「まあ! 今度は何かしら、私に出来る事かしら?」

両手の指を合わせて拝むような姿勢になった。

「実は、私も上司から頼まれましてね。ある人が過去に起こした事について質問があるのだけれど、色々な人に尋ね歩いて来た結果、未だに御自分で結論が出せずに困っているのですよ、これが・・・」

吉兵衛観世音が腕を組んで、首を傾げ乍ら苦しそうな表情になった。

「あのね、吉兵衛観世音様の上司って、どなたですの?」彼女は小首を傾げた。

「あ~」香庫の仕草が余りに可愛かったので、つい声が出てしまった吉兵衛観世音は、天井を見上げながら、「お釈迦様ですね」あっさり言った。

「へ~、そうなんだ! それからそれから、ある人がって言う、そのある人って言うのは

どなたの事ですか?」

香庫は膝で歩くように吉兵衛観世音に近づいた。

「香庫さんは、赤穂浪士ってご存知でしょうか?」

「アコウロウシって、主君の仇討ちで吉良の屋敷に討ち入りしたお話しでしたっけ、確か・・・」

香庫は唇に人差し指を当てて、視線は遥か彼方を見ている。

「流石香庫さん! 博識で御座いますね~。その討ち入りの責任者と申しますか、頭が大石内蔵助殿と申します。その方がいまだにあの討ち入りが正しかったのか、はーたまた、するべきでは無かったかで、悩んでおるので御座います~」

吉兵衛観世音は膝を手で打ち鳴らしながら、講談調に熱弁を振るった。

「え~!? ちょっと待って下さい! まさかそんな難しい事を私に聞きたいって事? 吉兵衛観世音様!」口に手を当てて倒れる様に後退りした。

「香庫さん、あまり難しく考えないで結構ですから、大石さんと会ってお話をして下さいませ。 彼も色々な方々を訪ね歩いて、お話をして参考になさっているのですよ。今回はお釈迦様の推薦も御座いますので、どうか宜しくオン願い奉る~!」

吉兵衛観世音、今度は歌舞伎調に言い回しながら、大仰に平伏した。

「まあ、参考程度にと言う事ならば、お話ししても良いかしら・・・」

香庫は、渋々承知した。

「ありがとう御座んすでやんす~!」と言うや、す~っと姿を消した。

「お待たせいたしやした~!」

忽ち吉兵衛観世音が姿を現すと、彼の後ろには裃を付けた髷姿も凛々しい武士が正座していた。

「拙者、播州赤穂浅野家家老大石内蔵助良雄と申します。主君浅野内匠頭様が殿中松の廊下に置いて、吉良上野介と刃傷に至り、吉良はお構いなし、我が主君は切腹と相成り、我ら浅野家は断絶。武家の習いに従い無き主君の無念を晴らさんと、雌伏二年元禄十四年十二月十四日に吉良邸に討ち入り、吉良の首を討ちとり無事本懐を果たしました。この度は観世音菩薩様の御計らいでお目にかかり、恐悦至極に存じます」

早口で、しかも昔の言い回しで自己紹介した為、香庫は大きな目を開けたまま、しばらく大石内蔵助を見つめていた。

「まあまあ、畏まってお話しても、何ですから。裃脱いで話しましょうと言う事も御座いますから、大石さんも分かりやすい現代の言葉でお話しましょうや」

吉兵衛観世音が、場の空気を察して間に入った。

「大石さんは、かたき討ちをなさったって事ですよね?」香庫は両手を胸に抱くようにして、恐る恐る尋ねた。

「はい、その当時武士と言う者は、その様に教えられて居りました。個人でも、親の仇は一生を費やしてでも探し出して、本懐を遂げたもので御座います」

大石は、記憶の書庫の浅い処を探す様に、淀み無く言った。

「今の世では考えられない事ですね。今は法律が人を裁くようになっていますからね。復讐は禁止されています」吉兵衛観世音がまた割って入って、直ぐに続けて尋ねた。

「その当時は、親戚筋やご家来の中から仇を討たないのかと、随分プレッシャーがあったと思うのですが、いかかですか?」

「そうですね。確かにそのぷれしゃと言うモノが御座いました。仇討ちを何時やるのか、何処でやるのか、兵は幾人いるのか等々四方八方から矢の催促でした。まるで、嫁様が舅・姑から跡継ぎはまだかと催促されているような、そんな心持で御座いました」

大石は、腕組みをしながら、ほとほと困ったと云う体だ。

「奥様やお子さんは如何でしたか? 仇討ちに関しては」すっかり司会者になってしまった吉兵衛観世音だ。

「奥は覚悟を決めて居りましたね。武家の出の女らしく私に一存して居りました。息子の力は元服したばかりでしたが、やはり武家の嫡男らしく当然の事の様に討ち入りするものと、思って居りましたね」

大石は腕組みし、苦しそうに下を向いだ。

「浅野の殿様は、大石さんにとってはどの様な方なのでしょうか?」

香庫も随分慣れて、記者がインタビューするような口ぶりになった。

「私供大石家は浅野家の家老として継がれて居りました。浅野の殿とは、殿が幼少の頃に引き合わされ、殿の為に命を賭す覚悟を肝に命じるよう育てられました。しかしながら年端もいかぬ殿と私はそのような主従関係も忘れ、赤穂の海や野山を真っ黒になりながら遊び駆け巡って居りました。時には塩田に入り込んで、そこの主に怒られも致しましたな。殿と二人の時は竹馬の友として居ようなと、決めて御座いました」

大石は、目にうっすらと涙を溜め乍ら、遥か昔の事を映像でも見ているが如くに語った。

「って言う事は!」

香庫は両手を打ち鳴らして、突然大きな声を発した。

「お二人は仲の良いお友達だったって事ですよね!?」

大石と吉兵衛観世音は、ビックリしながら香庫を見ていたが、やがて大石が笑みを浮かべながら言った。

「今の言葉で申せば、殿と私はふれんどで御座いました。赤穂浅野は、はみりーで御座いました。殿を真ん中にしてのはみりーで御座いました」

吉兵衛観世音は、腕組みしながら「うん、うん」と何度も頷いた。

「大石さん、私、もう少し考えてからお返事させて頂きます。ねえ、良いでしょ? 吉兵衛観世音さま!」

「えー、えー、良いですとも、香庫さん! 良く考えて香庫さんなりの答えを出して下さいませ。それまで待っていますから、ねッ! 大石様、それで良いですよね?」

「結構で御座います。何卒宜しくオン願い奉ります!」

大石が平伏して、頭が下がりきった所で、ス~っと姿が消えた。

「それじゃあ、またね! 答えが出たら私を呼んで下さいね。すっ飛んで来ますから! バイバ~イ!」そう言うや否やスポンと消えた。

「う~ん! 難しい宿題を頂いちゃったわね。お母様にも聞いてみようかしら・・・。キヨは・・・、キヨは駄目だわね、さすがに難しすぎるわ!」

香庫は溜息を吐いてから、布団に入りまた溜息を付いた。そして明かりを消した。


第六章 


今年も梅雨の季節になり、雨の降る日が多くなった。鏡花市の周りには山々が取り囲み、高原の避暑地やスキーリゾートなども点在している。その山々の一つの中腹に、昔造られた人口の池があった。

その池は、雨水や湧水を溜めて、主に農業用と飲料水に使われていた。

しかし、現在は、近くにダムが出来て、浄水場に汲み上げられた水で、全てが賄われていた。その人口池には、昔、近くの住民が建てた水神様の祠があった。

それは、池のほとりにあり、池の沖に向けて建てられて、鳥居も池の中に建てられていた。その祠の水神様を正面から拝むには、小船で行かなければならなかった。

そのためか面倒がられて、段々と住民の足が向かなくなり、祠が寂れてしまった。その祠の主である水神の正体は、一体の龍であった。この龍の発したSOSの霊波を、たまたま香庫が受信したのだ。

自室でくつろいでいた清秀に、またあの簡潔・化粧っけ無しメールが香庫から来た。

「我SОS受信! すぐ来られたし」

「何じゃこれ? 戦争中のモールス信号の解読みたいなメールは!」清秀は、やれやれと立ち上がると階下に降りた。雨で客足も遠のいたので、両親と妹は居間で寝転がっていた。

「ちょっと、香庫んち行って来るは」妹をワザと踏んで、足蹴りの逆襲を食らって逃げ出す様に家を飛び出した。小雨になっていたので傘もささずに小走りに上白川邸を目指した。

邸に着くと早速居間に通されて、興奮した様子の香庫がいきなり喋り出した。

「た・す・け・て・わたしはやまおくのりゅうです。こころもおなかも腹ペコ た・す・け・て! って、そう言う霊波をキャッチしたのよねー!」

「心も腹ペコって、どう言う事? お腹は分るよ。でも心が腹ペコって、わかんねーな」

清秀は思案気に腕組した。

そこへ香庫の母、二三四が応接室に入って来た。

「清秀君こんにちは、香庫がいつもお世話様ね」満面の笑顔で挨拶した。

「お母様、いつもお世話しているのは私よ!」

「お母さん、そう言う事にしときましょ!」

清秀は二三四と顔を見合わせて笑った。

「なによ! ホントの事じゃない」香庫はふくれっ面になった。

「香庫、今度はまた何を頼まれたの?」

「別に頼まれた訳じゃないのだけど、おそらく困り果てた龍が全方向にSOSを発信したのだと思うの。それをたまたま私がキャッチしちゃったのね」

香庫は鼻っ柱が強い反面、情には脆いのだ。

「お母さんは心が腹ペコって、どういう事だと思いますか?」

「そうね、それは恐らく落ち神ね。民衆に見捨てられた神は、お供え物も無いし、訪ねて来る人もいない。実際の所、ホントに何か食べる訳では無いのだけれど。みんなから忘れられると言うのが、心の腹ペコだと思うの」

「そうか。シカトは堪えるよな!」

清秀がうんうんと、したり顔で続けた。

「それで、これからどうする?」

「香庫、あなたその龍の住み家、分からない?」

「そうだよ香庫、お前が龍のSOSをキャッチ出来たんだから、波長は合っているんだろ?

だったら分かるんじゃないか?」香庫の両肩に手を置いて目を覗き込んだ。

「そ、そうね。気持ちを集中すれば何とか成りそうね」頬をピンクに染め、潤んだ目になった。

「あらあら、香庫ったら目をウルウルさせて…」二三四が意地悪そうにからかった。

「ち、ちがうわよ! 勘違いしないでよ! キヨが肩を強く掴むから、痛かったの!」

増々顔を赤くして言い訳をした。

「いつやる、それ」

「それじゃ今夜、体を清めてから、やってみるね」

「そんじゃ、オレは帰るわ。龍の居場所分かったら、メールちょうだいね」

「清秀君! お茶飲んでいかないの?」二三四が残念そうだ。

香庫に手を振って、二三四にも「また今度ね」と挨拶して、上白川家を後にした。


「今夜は、龍の住み家を見つけ出してやらなけりゃね」香庫は広い浴室で、体を洗いながら呟いた。湯船からお湯を洗面器で掬うと、頭から被り始めた。

二〇杯目を被り終えると、曲獅子のように髪の毛を振ってお湯を払った。

長い髪を両手で掴むと、下に向かって水分を絞り落した。

「よし!」

すっかり穢れを落とした肢体は、神々しさが加わり輝いている。

自室に戻った香庫は、白い着物に着替えた。瞑想をする時には、これに着替えるのが習慣になっている。

分厚い座布団に正座すると、手元に置いた香炉に、お気に入りのお香をくべた。  

香炉から、スーッと一本の煙が立ち昇る。香炉の煙が真っ直ぐに、また煙の本数が少ないほどに、気持ちの集中度が分かる。今日は集中度が良いと香庫は感じていた。

「さ~、お山の中の龍ちゃん! あなたのお住まいどこかしら?」

香庫は腿の上に両手を乗せてユーガのポーズをし、親指と中指を合わせてさらに気を集中した。そうして龍が潜んでいる場所の景色を、脳裏に浮かび上がらせようとした。


すると、一本の道路が見えて来た。片側1車線の舗装道路が、山の方に向かって伸びている。

「それから、どうゆう方向に行くのかな?」香庫は、龍に尋ねるように呟いた。

忽ち道路の光景がテレビゲームのように、ドンドン先に進んで行った。やがて、道路の右側に看板が見えて来た。

そこには「霧の海スケート場・・・」と書かれていた。その道路の横を、幅30センチ位の用水路が、勢いよく水を走らせている。

看板の先を暫く進むと、今度は管理棟が見えて来た。窓口から覗くと、管理人がテレビを見ながら椅子に座っている。そこをスルーして行くと、景色のスピードが増して、やがてサッカー場位の広さの池が見えて来た。水は満々と湛えられていて、その中を魚が群れを成して泳いでいる。

池には数人の釣竿を持った人達が居て、思い思いの場所で釣り糸を垂らしていた。

池のほとりには、看板が立っていて「・・・は禁止! ルアーのみ!」の文字があった。

池の周りを見渡すと、端っこの方に壊れかけの鳥居が見える。その場所にハイスピードで移動すると、そこに祠があった。 

祠の中に吸い込まれるように入って行くと、そこに白い龍が居た。目は虚ろで、憔悴しきった様な顔には、涙が滲んでいた。

「よくぞ、探して下さったな!」龍がテレパシーで伝えて来た。すると、今までの光景が、高速で巻き戻されて我に返った。

「見つけたわ!」

香庫は、目を大きく開けて言った。それから早速スマホを手に取って、清秀にメールを打った。

「我、龍の居場所発見!」

「またかよ! 何なんだよこのメールは、どうにかならないかね。もうちょっと女の子らしいって言うか、可愛いメール打てないのかね! まッ、いーけどさ、龍の住み家分かったから」メールを見た清秀は香庫の容姿とのギャップに呆れた。

「ご苦労様! 龍の住み家見つかって良かったね!」と返信した。

「私って流石でしょ、ウッフフフー」

香庫は清秀の返信を見てご満悦だ。スマホの待ち受け画面を清秀の写真に替えて、ダンスを始めた。


第七章 


7月の平日。高校は既に夏休みに突入していた。香庫と清秀は連れ立って、SOSの霊波を発信して来た龍の住み家に行こうとしていた。

清秀は店の配達用のバイク、香庫は最新型の電動自転車にそれぞれ跨り、目的地に向かって進んでいた。

傍から見ると、奇妙なカップルに見えた事だろう。香庫の服装はミニスカートの下にジャージの上下。清秀はジャージに長靴。

「高原は夏でも冷えるから」と、二人の母親の意見が見事に一致したからだ。

スーパーカブは時速十五キロ、香庫の最新型電動自転車も、軽くペダルを駆って同等のスピードを出している。

スーパーカブの荷台には、二人の弁当・水筒、電動自転車の替えバッテリー、そして龍への供えモノがダンボール箱に入れてあり、ゴムバンドで括り付けてあった。


清秀は昨日の事を思い出していた。香庫の屋敷の居間で、二三四と香庫、そして自分が話し合っていた。

「お母様、龍が言う所の心の腹ペコは、龍を探し出して、私達が思い出してやる事で良いのでしょ?」

香庫は二三四に、その顔を覗き込むように尋ねた。

「そうね。私たちが時々龍を思い出してあげれば、その霊波が飛んで龍に届いて、それが龍にとっての心の糧になるわね」二三四は優しい笑顔で答えた。

「お母さん、それじゃーお腹ペコペコの方は、何を供えれば良いんでしょうか?」

清秀は、架純が持って来たコッペパンを頬張り、胸に痞えて紅茶に手を伸ばした。

「う~ん、その事なのだけれど。色々考えた結果、生卵と清酒が一番良いかな、と思うの」二三四は、腕組みしながら続けた。

「古来、龍や蛇の好物はお酒なのね。スサノオノミコトのヤマタノオロチ退治では、お酒を村人に用意させて、それをエサにオロチを酔わせて、退治したのね」

「そうでしたよね。確か川の上流から箸か何かが流れて来て、この川の上流に人が住んでいるって分かったとか・・・」

自慢げに言うと、「清秀君、良く知っているわね。それから生卵も好きらしいのよね、私の情報では・・・」二三四は、情報の出所を知られたくない様な言い方をした。

「お母様。それホントなの? 生卵なんて・・・。それを持って行って、どうするの? その卵、パックに入ったままお供えするの? それとも卵を割って、お供えするの?」

食い下がるように聞いた。

「私の考えだと、今回は相当お腹が空いていると思うの、その龍。だから、生卵を割って、祠の周りに穴を掘って埋ければ良いと、そう思うのよ」

「そうと決まれば、明日はバッチリと決めようぜ!」

清秀が腕を突き上げて、気勢を上げた。


清秀と香庫は山道をトントコと、ゆっくり登っていた。周りの景色も針葉樹が多くなり、高原らしい眺めになって来た。

時々見え隠れする眼下の町並みは、遥か遠くになって来た。空気も澄んで清々しく、小鳥の鳴き声も普段とは違う。行き交う車も少なく、遠くに来たなと感じる。暫く行くと、木立の葉がすれ合う音がし出したかと思うと、急に霧が掛かり始めた。

アッと言う間も無く、辺りが真っ白になり、何も見えなくなった。

「うわ~、大変だこりゃ!」

清秀が素っ頓狂な声を出して、バイクを止めた。香庫もバイクに追突しそうになりながら、自転車を止めた。

「キヨ! 何にも見えない! そこに居るのよね?」香庫が不安そうに叫んだ。

「大丈夫! すぐ前にいるよ!」清秀が、香庫の心配を打ち消すように答えた。

「しかし、すごいな~この霧、何にも見えないや。香庫! 下を見ろ! 路側帯の白線の外に出ようぜ! もし車が来ても、そこならぶつからない!」

清秀が機転を利かせて叫んだ。二人とも、自分のバイクと自転車を押して、道路の端に避難した。

すると、坂の上から巨大な目が二つ近づいてきた。無音で降りて来た巨大な目は、路線バスだった。清秀たちの横を間一髪、すり抜けて行った。

「あぶね~! アレにやられれば、イチコロだったぜ!」

清秀は、額の冷や汗をぬぐった。いつの間にか、香庫が清秀の腕を掴んでいた。

「怖い! キヨ!」香庫は何も見えない恐怖を、清秀にすがって耐えている。 

「大丈夫だよ、香庫! 霧が晴れるまで、じっとして居れば大丈夫さ! 下手に動くとヤバいぞ!」清秀は自分の恐怖感を悟られないように、自信たっぷりに言った。


それから数分は過ぎただろうか。霧は一向に晴れる気配が無い。それどころか、増々濃くなってきたように思えた。いつの間にか二人は抱き合っていた。 

「キヨ!」

香庫は清秀にしがみついた。香庫の豊満な胸が、清秀の二の腕に当たり、清秀はドキドキしながら言った。

「だ、大丈夫だよ! 香庫!」

二人は、ほとんど額がくっつく程の距離に居た。そうしないと、お互いの顔が見えなかったからだ。

「キヨ!」香庫が静かに目を瞑って、唇を清秀に近づけた。

清秀は「オッ!」と自分も口を近づけて、香庫の唇に軽く触れた瞬間! 自分達が黒い壁に囲まれているのが分かった。

「うわッ! 何だこれは!」

清秀が香庫を突き放すようにして周りを見回した。

そこには、目がピンポン玉程の大きさで、全身黒い羽毛に包まれたカラスが立っていた。

体長は二メートル近いだろうか。しかも、体の両脇から腕が伸びている! 背中には大きな羽が生えていた。大体の数は十体ほどか・・・いや、もっと沢山いる!

「きゃ~!」香庫は悲鳴を上げて、耳を両手で押さえた。すると、そいつらの一体が唐突に喋り出した

「心配しないで、マロ達はカラス天狗でおじゃる。お主らを助けに来たでおじゃる!」

清秀は「えッ!」と、その喋ったカラス天狗と目を合わせた。その顔には嘴があり、目は笑っているように見えた。

「マロさんですか? あなた方は私達を助けに来てくれたんですか?」

清秀は確認するようにカラス天狗のマロの目を見た。

「そうです! マロ達は助けに来ました! サー、ここからずらかるでおじゃる!」

カラス天狗達は、清秀と香庫を数体ずつで持ち上げると、一斉に飛び立った。

「バサー、バサー」と羽ばたくと、あっという間に空高く舞上がった。

「キャ~!」

香庫はまた悲鳴を上げて、気絶した。清秀が下を見ると、自分のバイクと香庫の自転車も、後に続くカラス天狗達が持って来てくれたのだった。

さらに周りを見回すと、自分達が居た場所だけ、霧が特に濃くなっていて、そこは切り立った崖の脇だった。もう少しでも足をずらしていれば、崖から転落している所だった。


暫く飛翔すると、森林を抜けた所に広場が見えて来た。カラス天狗達は、そこの広場に次々と着地した。

香庫はやっと気が付いたようで、まだ事情が呑み込めていないようだ。

「わたし、どうしたのかしら? 空を飛んでた?」

そう言いながら、へなへなと腰を抜かしてしまった。カラス天狗の一体が清秀に言った。

「あなた達、変な奴らに狙われた。マロ達、あなた達警護していた。二三四様のご依頼でおじゃる」

「変な奴らって、いったい誰なんすか?」清秀が訝しげに聞いた。

「怪しい奴ら、清秀さんの学校から、ずーっと後を付けて居たでおじゃるよ。あの霧も奴らの妖術でおじゃるよ」

「そいつらは、どうしました? オレがぶっ殺してやりますよ!」

清秀は、拳を握って息巻いた。

「奴ら、俺らの姿見て、とっとと逃げましたでおじゃる。今はもうダイジョブでおじゃるよ!」

改めて周りを見ると、カラス天狗が、5、60体は居るだろうか。

「あなた、もう彼女に人工呼吸しなくて良いでおじゃるか?」

カラス天狗のマロが清秀に聞いた。清秀は顔を真っ赤にした。

「チゲ~よ! 人工呼吸じゃないよ。それは忘れていいから」

そして清秀は思い出していた。香庫の母親二三四に、学校のトイレで起こった、あの化け物との戦いの事を告げていたのだ。

それと共にカラス天狗達が、とても頼もしく思えた。

「ありがとうございます。マロさん達! 感謝します!」

清秀は、香庫の頭を後ろから押して、最敬礼をさせて、自分も深々と頭を下げた。

その瞬間、カラス天狗達の肩の上5センチの所に、それぞれチェッカーが現れた。

カラス天狗達それぞれに、それ相当のバーチ数が宣言された。マロにもかなり高いバーチ数が宣言されて、チェッカーが消えると同時にバンカーが現れた。

「パンパカパーン! マロはん、昇進決定でっせ! ウイ!」と宣言した。

当然カラス天狗達にはチェッカーやバンカーは見えない。

「マロさん! あなたは今度の事で、功績が認められて、位が上がったみたいですよ! 良かったですね」

「マロはうれしいでおじゃる! それじゃー、気を付けて行きなされ!」

そう言うなり、みんな一斉に飛び立った。

辺りに羽の残骸を残して、あっという間に見えなくなった。


「行っちゃったね」

「そうね、行っちゃったわね」

香庫が脱力感たっぷりに言った。

「さっきは、その~、なんて言って良いか分からないけど。オレにすがってくれて、有りがとな」清秀は頭を掻きながら、少し頬をピンクに染めた。

「何言ってるのよ キヨ! 私はすがってなんかいませんよ! 霧で回りが見えなかったから、あんたに近付き過ぎただけよ! 勘違いしないで!」

吐き捨てるように言った。

「素直じゃないね~、言っちまえば楽になるのに!」

清秀は小声で言った。

「何ですって! 素直? 楽? 何言ってるの変態! 早く行くわヨ、目的地はもうすぐよ!」

言い終わらぬうちに、とっとと自転車を走らせた。

「何だよ! さっきは気絶してたくせに! あ~~ッ」

清秀は頭を掻きむしりながら、地団太を踏んだ。

ズボッとメットを被ると、バイクで香庫の後を追いかけた。

香庫を追い越しながら「置いてっちまうぞ!」と脅かすと、「やだ! 待ってよ! 変態! 人殺し!」必死になってペダルを踏んで、清秀を追い掛けて来た。


暫く進んでいくと、香庫の霊視通りの光景が見えて来た。まず霧の海の看板があり、やがて池の入り口に管理棟があった。

二人は、管理棟の窓口に居る管理人に呼び止められた。

「君達、ここへは何をしに来たの?」

「僕たちは此処の龍に呼ばれて来ました」

清秀は自分で言ってから、こんなにストレートに言って大丈夫かと後悔した。

「あー、そうですか。分かりました。どうぞ行って下さい」

余りにもあっさりと許可されたので、香庫と二人で顔を見合わせた。

バイクと自転車で池の敷地の、奥の方へ進んだ二人は、香庫の霊視通りの祠に行き着いた。

「龍さん、私達来ましたよ! これから沢山供養させ頂きますからね。いっぱい食べて、飲んでちょうだいね」

香庫が、龍が居るであろう祠に向かって、優しく語りかけた。

清秀は持って来たダンボール箱を開けて、清酒と生卵を取り出した。まず、清酒を祠の周りと祠に掛けた。次に、生卵を割って、祠の周りの石積の上に流した。

すると、生卵は吸い込まれるように、石積の隙間から地下に消えて行った。それから二人でかろうじて突き出ている、池の中の岩の上に立って、柏手を打って礼拝をした。


すべての「儀式」を終えて、肩の荷を下ろした二人の前に、突然雷が鳴って稲光がした。と、そこには一人の女性が立っていた。白い着物だと思ったのは、打掛で頭は白い角隠し、顔はおしろいに真っ赤な口紅だ。

完全に嫁入り支度だ。二人はびっくりして尋ねた。

「あの~、あなたは一体どなたでしょうか?」

清秀は心の中で(なんて美しい人なんだ!!)と、叫んでいた。

「わたくしは~この池の主の白龍で御座います~~この姿は~其方達が怖がらないように~~人の姿で現れました~~」

白龍は、ソプラノで歌うように答えた。

「なんでまた、お嫁さんの姿なのでしょうか?」

清秀は、顔をぽ~っと赤らめて、その白龍の美しさに見とれた。

「そうですよ。なんでまた!」香庫は清秀を押しのけるように、割って入って来た。

「この姿は、白無垢と言われています。今のわたくしの心は正に白無垢で御座います。これも全て其方達のお蔭で御座います」

そう言いつつ重い頭を気にしながら、少し腰を落とす様に頭を下げた。

「そうですか、それは良かったですわ。どなたかへ嫁入りする訳じゃ無いのですのよね?」香庫はまだ少し納得していないようだ。

「えー、勿論で御座います。清秀様のお嫁さんに成りたい、という事では決して御座いませんから」白龍は打掛の袂で、笑うのを隠した。

清秀は増々ポ~っとなって、今にも鼻血を出す勢いだ。

「それでは、今供養したお酒と卵は、そちらに届いたと言う事で、宜しいのですね」

香庫は、やっと冷静に言う事が出来た。

「有難く頂戴致しました。身も心も一杯に成りました」白龍は再度頭を下げた。

「だけど、この池には結構な人数が来ているみたいじゃない。この祠にお参りする人はいないのかね?」

「残念ですけれど、ここに来られる方々は、釣りとスケートに熱心な方々が殆どですわ。わたくしはこの六十年位はオチガミでしたのよ。飢えたオチガミでしたの・・・」

白龍は、ハラハラと涙を落とした。

「でも、これからはオレがお参りに来るからね、白龍さん」

「そうよ。わたくしも参りますわ! 一緒に」

香庫が遅れじと続いた。

「有難うね、お二人さん、優しいわね」

今度はうれし涙を流した。

「そうだ、白龍さん。一緒に昼飯食べませんか?」

「そうね、それが良いわね!」香庫も賛同した。

「有難いけど・・・。でも、悪いわ。お二人のお昼を分けて頂くなんて」

白龍が遠慮気味に体を捻った。

「良いですよ、白龍さん! 沢山持って来ましたから、大丈夫ですよ!」

清秀は、ずうずうしく白龍の手を引いて、バイクの近くまで行こうとした。

「ちょっと待って! 清秀さん! この恰好じゃ・・・」

白龍は膝を曲げて抵抗した。

「ちょっと待っててね! わたくし着替えて来るから」

言うや否や、白龍は姿を消した。

次の瞬間現れた白龍は、ミニスカートにノースリーブ姿の、二十歳前のギャルになっていた。清秀は完全に鼻血を吹いた。


三人は池のほとりのベンチに並んで座り、お弁当を食べ始めた。真ん中には、もちろん香庫が入っていた。

架純が作ってくれたお弁当は、豪華な三段重ねの重箱だった。それは、和洋折衷で揚げ物、焼き物、巻き寿司やデザートまで、ギッシリ詰まっていた。

「ワ~!」悲鳴に近い驚きの声が、お重の蓋を開ける度に発せられた。

食事をしながら清秀は白龍に尋ねた。

「えーっと、まだお名前を聞いて無かったですね」

「私のですか?」白龍は言ってから、ちょっと意地悪い顔に成って香庫を見た。そして、もっと憎たらしい顔で言い放った。

「私の名前を聞いた殿方は、必ず私の夫になるのですが・・・、それでも聞きたい?」

「ダメダメ! 聞かなくて良いから! 白龍さんで良いわ!」

香庫は、持っている箸を猛烈に振りながら阻止しようと必死だ。

「冗談よ、香庫さん! 私、シュトロム バイス シュネルステ と言いますのよ。生まれたのは遥か昔だし、名前も長くて欧州風だから、霧の海の白龍で良いわよ」

元の美しい顔で、白龍は香庫に微笑みかけた。

清秀は残念そうに、むしゃむしゃと太巻き寿司を頬張っている。


お昼を食べ終わった三人は、再会の約束をして名残惜しそうに別れた。

「バイバ~イ!」

三人は腕も千切れよとばかりに手を振った。

二人は後ろ髪を引かれるようにバイクと自転車を走らせた。暫く下ったところで振り返ってみると、山の天辺の上空に白龍が出現していた。体は神々しくプラチナに輝いて、その周りには虹が三重に囲んでいた。

「凄いな! 白龍さん凄いな! 龍神様だ! 完全に神にお戻りになったな!」

「そうね! 素晴らしい光景ね。こんなの見せられたら、どんな人でも拝みたくなるはね」

清秀も香庫もその光景に見とれて、数分その場にたたずんでいた。

すると突然、清秀の肩の上5センチの所にチェッカーが現れた。

「すごいですね~! 神助けで、一万バーチです! ハイです!」

香庫の肩の上にもチェッカーが現れた。

「超スゴ! 二万バーチです! ハイハイです!」

「またかよ! 何で香庫ばっかり点数良いんだよ、まったく!」悔しくて、香庫を睨んだ。

「何よ! キヨ! また私の勝ち? 当然でしょ。祠を見つけたのは私よ!」

香庫は、勝ち誇ったチャンピョンみたいに胸を張った。

「チェ! もう、置いてっちまうぞ!」

バイクのアクセルをフルにして、坂を下って行った。

「待って! キヨ! ばか~! 置いてくな~! 人殺し~!」


帰りの道は楽だった。何せ下り坂がずーっと続いていたので、香庫はべダルに足を乗せているだけだった。

「ヒュ~ヒユ~!」

二人は気持ち良さそうに、気勢を上げ乍ら下って行った。その後を、追いかけるように下る白いモノがあった。

山を下り、平地になってしばらく進むと、古びたドライブインが見えて来た。

「トイレ休憩!」

「オーケー!!」


二人がドライブインの中に入ると、店の隅の棚に大きなテレビがあり、ニュース番組をやっていた。どうやら事件のようだ。

「今日の未明、鏡花市の繁華街で、傷害事件が発生しました。警察によりますと、通行中の数人のグループがすれ違いざまに肩が触れた、触れないをきっかけに事件が起きました。数人のグループの中に死傷者がいる模様です。そして、その場から逃走した男が居る模様で、警察でその行方を捜しています。今現在分かっている死亡された方は、次の方です。」

テレビに死亡した人の名前と顔写真が映し出された。

「今入った情報によりますと、逃走したのは身長2メートルで全身毛に覆われた巨漢の男との事です。どなたか見かけた方は、警察へ連絡して欲しいとの事です」 

「あいつだ!」

清秀は思わず口走った。

(確かバンカーが出て来て、手形が回っていると宣言していたっけ)

清秀はそれらを思い出しながら、テレビを眺めていた。

トイレから香庫が出て来た。

「なー香庫、バンカーが宣言していたんだけど、20万カーマってどれほどの事なんだろうな。オレには見当もつかない数字だ。いったい何をすればこんな数字になるんだろうな」

「ホントに?! 他人には見えない事が見えるって事は、凄い力だけど。自分自身で考えさせられる事なんだね」香庫は、同情するように清秀の手に触れた。

「きっと、お母様なら分かると思うわ。家に帰ったら聞いてみよ、ね!」

香庫は、清秀の目を優しく見詰めながら手をギュッと握った。

「ありがと、香庫、そうしよ」

香庫が天使のように見えた。


二人は外に出て、自販機の前に立った。

「香庫、何飲む?」

「キヨと同じで良い」

清秀は硬貨を自販機に入れながら、テレビの事を思い出していた。

「あッ! いけねー、熱い方の押しちゃった」

ガシャンと、缶コーヒーが受取口に落ちる音と同時に清秀が言った。

「うんもうー! キヨはボケ~としてるから・・・」

香庫は、受取口から熱い缶コーヒーを取り出した。

「これ、私が飲むから、キヨは次のを飲んで!」

香庫が自販機の、冷たい方のボタンを押した。ガシャンと受取口に落ちた缶コーヒーを、清秀に渡した。

「ありがとな、香庫。お前はやっぱり、優しいな!」

清秀は香庫の手を、缶コーヒーごと握った。

「冷たい! キヨ。コーヒーが冷たい!」清秀の手から逃れようとした。

清秀は自販機の陰に香庫の手を引っ張って行き、思いっ切り香庫を抱きしめてキスをした。香庫はタランと手を垂らして、コンクリートの床に缶コーヒーを落とした。ゴロンゴロンと鈍い音を立てて、缶コーヒーが転がった。

香庫は中空の一点を見つめるようにして言った。

「キヨ、何するの」

弱弱しく言いながら、清秀の腰に手を回して激しく口付けした。二人とも心臓の音が、打楽器のように聞こえていた。


すっかり夕焼け空になった。 ドライブインの駐車場に戻った二人は、自分達のバイクの横に、白いモノが居るのを見つけた。

「あれは何?」

香庫が透かすようにソレを見て立ち止まった。

「おい! お前! お前は何者だ!」清秀が、恫喝しながら近づいた。

「わたし、白龍のシロ子です。女の子です。よろしくね!」

可愛い声をしたソレは、まだ角も小さいツルっとした感じの龍の子供だった。

「あなた、どうしたの。後を付けて来たの?」

「わたし、さっきあなた方が会っていた白龍に、あなた達の家来になって、力になりなさいって言われて来ました」

可愛い龍のシロ子は、短い手を振りながらたどたどしく説明した。

「そうか、お前可愛いな!」

清秀は、シロ子の頭を撫でたり抱きしめたり、愛でるように可愛がった。

白子はいやいやをしながら抵抗したが、まだ幼い龍は人間の高校生に敵わない。

「やめなさいよ! キヨ! あんたの妹じゃないんだから!」

香庫が、シロ子を引き離した。

「それに、私の家には、青龍の青太が居るし、また一匹龍が増えちゃうわね」

腕の中シロ子を見ながら溜息を吐いた。


第八章


夏休みもまだ中盤の八月の上旬の朝、2年C組の生徒達にクラス委員長から緊急のメールが届いた。清秀は眠気眼で、そのメールを読んだ。

「この度、加東加名子さんが亡くなられました。C組としましては、個々で通夜・告別式に行くよりは、クラス全体でまとまって行った方が、先方にも迷惑が掛からないと思います。そこで、来る八月八日の夜六時に、加東さんの自宅に集合されたく、メール致します。クラス委員長 追伸 服装は学制服で香典は一人五百円です」

「何~?!! あの加東が死んだ?」

メールを読んで、清秀は思わず声を上げた。目がすっかり覚めて、上半身をバネのように跳ね起こして、もう一度メールを読み直した。

間違いない事を確認して、清秀は母親の日出世にそのメールを見せた。

「マ~、何て事なんだろうね! お父さん、キヨのクラスの子が亡くなったってよ!」

「まだ何も知らねーのに、もったいねーな~」

「何言ってんだい、あんたは! もっと違う事言えないのかねー、まったく!」

ブーブー言いながら、日出世は、朝ごはんの支度に戻った。

清秀は、妹のちょっかいにも無反応で、無言で朝食を済ませた。部屋に戻った清秀は、加名子の友達の阿尾木恵子に電話を掛けた。呼び出し音が十数回してから、恵子が消え入りそうな声で「はい」と言った。

「恵子、今クラス委員長からのメール見たんだけど、これってホントなのかよ。ちょっと信じられないんだ、オレ!」

「わたし、なんて言って良いかわかんない」そして泣き出した。

「どうしたんだ? 何があったんだい?」

「わたし、実は死のうと思ったのね。私の家族が病気になったの。父と母がガンになっちゃって、同時に入院しちゃったの。それから、弟の面倒とか病院へ通って、父や母の看病とかあって、看護師さん達は、大丈夫だからねって、言ってくれて・・・。看護は私達に任せておいてねって。でもやっぱり心配だから、病院へ行かなきゃと思って・・・、そうしているうちに、頭が混乱してきちゃって、私どうかしちゃったみたいで。病院の屋上に、いつの間にか立っていたのね。そうして、屋上の端っこに立っていて、下を覗いていて、ここから飛び降りれば、楽になれるかなって、考えていたのね。そしたら、たまたまお見舞いに来てくれていた、加名子と純子が私を見つけてくれて、私を止めてくれたの」

「純子って、矢馬崎純子か?」

「そうよ。その二人が病院の屋上に私が居るのを見つけて、私を助けてくれたのね」

鼻をすすりながら、嗚咽する恵子。

「そしたら、その夜、嫌な夢を見たの。怖い顔をしたオジサン達が出て来て、でもどこか懐かしいような感じもしていたのね。そのオジサン達が、会議をしていて、今回は恵子を生かして、加名子を引き上げる事にした。この決定で、良いですね、皆さんって言うのね。そしたら、他のオジサン達が、結構、結構って言うの。そこで夢が覚めたんだけど。その次の日に、急に加名子が亡くなったって、連絡が来たの。私、びっくりしちゃって。この間見た夢が関係あるのかなって、気になって気になって、仕方がないのよ」

「気にすんなよ。夢は夢さ! お前の所為でもダレの所為でもないさ。安心しろ!」

「ありがとね、キヨ! 少し気持ちが楽になったわ!」

スマホの会話が終わってから、清秀は先程の事が気になり始め、バッと立ち上がった。

「オレ、ちょっと香庫んち行ってくら―!」

母親に告げると、槍田青果店を脱兎のごとく飛び出た。

清秀は、登り坂を駆け足で行くと、上白川家の門の前に着いた。ベルを押すと、中から架純が現れて、清秀を家の中に招き入れた。

居間に通されて、しばらく待っていると、香庫と二三四が居間に入って来た。

「清秀君、香庫がいつもお世話様ね」

いつもの様に、優しい笑顔で挨拶してくれた。

「よう! 香庫」手をあげて挨拶した。

「うん」

香庫は右上を見て過去の映像を脳裏に描いて、うっすらと顔を赤くした。

「あの~お母さん、実は友達の夢の事でご相談が有ります」

「まあ、夢のお話しって、どんな事かしらね」

二三四は興味津々身を乗り出した。

清秀は、今朝の恵子との会話を二三四に話した。

「それって、先祖同士の会話を聞かされた可能性が高いわね」

そう言いながら腕組し、ソファーに深く座り直して足を組んだ。

「先祖同士の会話って、普通そんなこと夢で見ませんよね。それに先祖同士で話し合いするものなんですか?」

「そうね。普通は夢では見ないけど、また、見ても忘れてしまう人が多いわね。でも、人生で重大な事が起きる時って、ご先祖様が知らせてくれるのよ、色々な方法でね。今回は夢って事ね。恐らく、そのお友達の恵子さんも見せられた夢って事かもね」

「お気の毒だったわね、加名子さん。その方、引上げられたって事は、恵子さんの身代わりって事なの? お母様」

香庫が身を乗り出して、清秀と二三四の間に割って入って来た。

「そう言う事になるわね。調べてみなけりゃ、良く解らないけれど。恐らく、その恵子さんと、亡くなった加名子さんは、同じツハウズ ディア グレイヒジール出身って事ね」

そう言ってから二三四は顎に指をやり、考え込んだ。

「つはうず でや ぐれいひじーる? それは一体何なんですか」

清秀が、二三四に増々近づいたので、香庫は手で押しのける様に二人の間に入った。

「同じ根っこの魂って事よ! ねッお母様」

「それに、調べられるって、仰いましたけれど、ホントに出来るんですか? お母さん!」

清秀は、香庫を押しのけて二三四に尋ねた。

「そうね、ある道具を使えば、調べられる可能性は高いわね」

二三四は、深く座り直して足を組んで天井を見つめた。スカートのスリットが割れて、太ももが露わになってしまった。

清秀はつい二三四の太ももに目が行ってしまい、香庫に怖い顔で睨まれた。

いきなり、二三四がソファーに浅く座り直した。

「それじゃ、やってみますか、その二人の調査!」二三四はキッパリと言った。

「それとー、また別の事で、分からない事があるんです」清秀が、申し訳なさそうに頭を掻いた。「あら何かしら」二三四は、清秀の方にグッと近づいた。

「だいぶ前に、高校の裏門で三年の奴らが、一年の男子をカツアゲしていたんです」

「カツアゲって?」

「あ~、恐喝の事です。お金を脅し取ろうとしていたんです。そいつら」

清秀が二三四の口が近づいて来たのでビックリしてのぞけった。

「あー、そうなの」二三四が、ソファーにドッと背中を当てた。

香庫は母親を睨み乍ら、その腿に手を置いて、抑えに掛かっていた。

「そいつら、オレが止めに入ったら、オレに殴り掛かって来たんですが、カツアゲされてた一年の奴が、突然毛むくじゃらの大男に変身して、三年生二人を投げ飛ばしたんです。その時いきなりバンカーが現れて、手形が回ってますって宣言しました。それには額面二十万カーマって書いてありました。どういう事ですか? しかも、先日香庫と霧の海に行った帰りに、ドライブインのテレビで、その毛むくじゃらが傷害事件を起こしたってニュースを見ました、なッ! 香庫!」

「う、うん」香庫はいきなりの振りにビックリして顔を赤くした。

「そうっだったの、それは貴重なモノを見たわね、清秀君。二十万カーマは過去世で、そうねえ殺人をしているわね。しかも結構沢山ね」

「ッて事は、あの毛むくじゃらは相当昔から人殺しをしていて、悪かったとか、もうこんな事は止めようとか、ちっとも思わなかったって事ですか?」

清秀は、二三四に目を大きく開けながら尋ねた。

「そう言う事になるかしら。バンカーがあなたに手形を見せた位だから、その人にも、何かしらの知らせが行っていた筈よ。でも、それも分からずにいたか、若しくは無視したかは、その人の人生だから、私達にはどうしようもないわね、清秀君!」

二三四は、清秀を睨むように言ってから、顎に手をやった。

「う~ん、でもね・・・」増々眉間にしわを寄せて考え込んでしまった。

「そうですか、何と無くですが分かりました、お母さん! 何かあいつとオレは同じ匂いみたいなものを感じたんですが・・・。人間、反省が大事って事ですかね」

そう言うと、パッと立ち上がった。

「さーてと、調査をしましょう! 香庫! お母さん!」

「なーに、キヨ! あなた切り替えが早いのね! もっと落ち込んでいるのかと思ったわ」

二三四はまだ同じ姿勢で長考していたが、両手で膝を叩いて立ち上がった。

清秀達は、二三四の部屋に行った。

広い部屋にはシャンデリアがあり、ベッドルームは奥のドアの向こうにあった。二三四の部屋にも豪華なソファーが置いてある。

二三四は、香庫と清秀にそこに座るように促した。それから彼女は、ベッドルームから手提げ金庫を持って出て来た。その手提げ金庫からは、青白い光が放たれていた。

二三四は手提げ金庫をテーブルに置いた。

「ここに入っているモノは、物凄いパワーを秘めているの。ですから、使いようによっては、この世の栄光栄華を独占できるのよ。今回はこれを使って、魂の根元にアクセスして、亡くなった加名子さんの先祖達に、彼女の事を聞いてみようと思うの」

「そんな事が出来るんですか! 凄いパワーだな~!」

「何でも出来ちゃうって事も、考えようによっては、危険という事ね。そうでしょ? お母様」香庫は、少し怖い顔になって母を見た。

「まあ、そう言う事もあるわね」二三四は不思議な笑みを浮かべて頷いた。

「さあ、これからこれを使うけど、一点だけ注意事項があるの。清秀君、あなたは今回これに触れてはいけません。今回はディ―プジャンパーに徹してください。お願いね」

「ディ―プジャンパーですか? それっていったい・・・」

「ジャンパーはね、肉体はこのままの状態で、意識だけをツハウズ ディア グレイヒジールへ飛ばせて、ある事柄の過去現在未来について調査できる人の事を言うのよ。私と香庫でツナギますから、清秀君は見た事聞いた事を、本当かどうか確かめて、頭に記録する係りね。でも、決してこれには触らないで下さいね」二三四は念を押した。

「はい、分かりました。お母さんがそこまでおっしゃるなら、それなりの訳が有りそうですから、その通りにします」

「良かった! 分かってくれて」

「でもお母さん、本当かどうかどうやって確かめるんですか?」

「大丈夫よ、清秀君! 君なら絶対分かるわ。心で感じればオーケーよ!」

「はい! 分かりました、お母さん!」

「それじゃー、始めますよ! 香庫、あなた手をここにかざしてね」

二三四が香庫に指示して、手提げ金庫の上10センチの空間に手を置かせた。

二三四は首からペンダントを外して中から金庫のカギを取り出した。金庫のカギ穴にそれを挿して結界解除を念じた。

ゆっくりと金庫の蓋を開けた。すると、金庫の中からとてつもない光が発せられた。余りにも光が強くて、金庫の中は見えなかった。

二三四は口の中で、何やら呪文を唱えているが、清秀に聞き取れない。

やがて、部屋中にキラキラと金粉が舞い始めた。清秀は耳がキ~ンと鳴って、めまいがする感覚になると、目の前の景色が一気に変わった。


そこは暗黒なのに、光輝いている場所だった。中空には無数の白いモノが浮かんでいる。それは、エノキダケを逆様にしたようなものだった。そのエノキダケみたいなモノは、魂の束だと分かった。その束から下に無数のチューブが伸びている。

大きく見回してみると、そのエノキダケ様のモノは、更に上から降りて来ているチューブ1本の、先端部分に成っていた。

一番下層の魂の束から、人間界に向かってチューブが降りて行って、一人一人の人間に繋がっていたのだ。遥か上にも魂の束が無数に見える。そこから下に向かって、いくつも枝分かれしたチューブが降りて来ていた。

一つの魂の束はマーナ―だ。そして遥か上にあるのはアーラヤだ。

清秀は何でこんな事が分かるのだろうと、不思議に思った。今見えている光景は、この世のモノでは無いのに、なぜか良く分かるのだ。

これがさっき二三四が言っていた事なのか!


突然、中空に二三四らしき声が響いた。

「清秀を加東加名子、阿尾木恵子の属するツハウズ ディア グレイヒジールへ導け!」

すると、場面が高速に移動して、風景が一色になるほどの速度になった。暫くすると、徐々にスピードが落ちて、ゆっくりと停止した。

さっきの光景と余り変わらないが、ある一つの魂の束の周りに、十数個の薄紫に発色する光る玉が不規則に動いている。

ズームするように近づくと、それらは人間達だった。

光の玉は人間達の体の中から発している。それらの人達は、普段見慣れた服装をしていて、男女ほぼ同数だった。年齢は様々で、日常生活の風景と変わらない、と言った所だ。

すると、唐突に場面が変わって、公民館風の大広間に長机が置かれ、座布団が敷かれた状態になった。

清秀は透けたような、半透明の状態でそこに存在している。自分の手や足を見て、最初は戸惑ったが、ここはあの世だと自分に言い聞かせて落ち着いた。

それぞれ正座やあぐらを掻く人々の中で、年配のおじさんが自分たちの立場を説明しだした。

「わし達は、この場所の世話人でね、マ~、自治会の役員みたいなもんだね。色んな人生を経験した者が、一定の期間此処のトラブルを解決する為に任命されるんさ。トラブルってのは、ここ出身の人間が地上で色んな問題を抱えちまった場合、わし達が解決してやるんだがー、地上から見て、生きている人間から見てって事だけど、実に不条理に見えることも、多々あるんですけどね。ここに居ると、とても便利な事があるんですわ。それはですな、過去現在未来が同時に見られるって事なんですわ。手に取るように、分かるんですな、これが。とても便利な機能なのですわ! 先日、加東加名子が亡くなった件で、お調べなのですな。まあ、結論から申し上げれば、加名子は阿尾木恵子の身代わりになって貰いました。

ええ、えー、分かりますよ。かわいそうだって事はね。しかし、わしらから見ればですね、恵子が今亡くなってしまうと、後でえらい影響が出てくるのと、深い過去世の大問題、それにあなたとも多少は関係あると、言えるのですが~、まッそれはさて置き、この魂の故郷全体の事も考えますと、アーいった結果になったという事なのですわ。

今ここに、加名子自身が来ておりますので、彼女の言い分も聞いてやって下さいや。ほれ、加名子や、説明してやりなさい」

そう言うと、白い霧が魂の束から出て来て、生前の加東加名子に形成された。

「キヨ! 久しぶり! 元気?」

生前そのままの加名子が、そこに居た。

「わたしね、こっちに来てから、全部見せてもらったのね。そしたら、アーそうなっているのかって。分かっちゃって納得したのね。

でも、その事は、私が見た事は生きている人には言えないルールなの。ごめんねキヨ!

恵子には大丈夫だって、私達はツハウズ ディア グレイヒジールで、魂の故郷は一緒の親友だって言っといてね。そして私の分まで長生きして、幸せになってねって、命を大切にねって、言っといてちょうだい。お願いね、キヨ!」

そう言い残すと、加名子は霧状になって、元の所に戻って行った。


やおら中空に、再びあの声が木霊した。

「清秀が見た、怪人の前世の姿を見せたまえ~!」

すると、今度は景色が一変して、戦国時代の合戦の場面が見えて来た。

「ワ~、ワ~!」

雑兵たちの雄たけび、ほら貝、太鼓の音が交錯する。

暫くして夜になった。勝敗が決まって勝どきを上げる軍団、一方で戦友に肩を貸して歩く敗残兵達。全く違う正反対な光景が映し出されていた。

敗残兵達は、足を引きずる者、戦友に肩を借りて歩く者、それぞれ槍・太刀などを杖にして道無き道を行く。それを熊笹の間から窺う者達が居た。近隣に住む百姓達だ。手には鎌、竹やり、分捕り品の槍、刀、弓まで装備している。どうやら狙っている獲物は、立派な鎧甲冑の武士とその取り巻き連中に定めたようだ。

清秀は半透明の状態で、その場に立っている。

百姓の一人が合図の口笛を吹くと、皆一斉に飛び掛かって行った。疲れ果てた敗残兵と、若い屈強な若者達では、勝負はあっという間に付いた。

次々に打ち取られて行く敗残兵達は、身ぐるみ剥がされて、裸にされていった。立派な鎧甲冑を身に着けた武士は、敵に差し出される為に首を切断された。

「こいつは良い金になるで!」

切り取った頭部を、月明かりにかざして品定めする若者。目をカッと見開いた無念そうな顔。


百姓達は、戦利品をそれぞれ肩に担いで、村に帰って行った。すると、次々と彼らの肩にチェッカーが現れて、それぞれカーマの数字を宣言したのが見えた。

清秀は、村人の中に混じって歩いて、あたかも彼らの一員になったような錯覚に陥っていた。彼らもカーマを引きずって生きているんだ、そして生まれ変わってもカーマの借金は受け継がれて行くんだ、知らない事って恐ろしいと悪寒が走った。

村では子供や女達が、土産を待っていたように笑顔で男達を出迎えた。

そこへ、突然うなり声のようなものが響く。清秀には聞き覚えのある声だ。村の近くの雑木林の中から、アイツが飛び出して来た。

毛むくじゃら大男!

奴は次々と村人を襲い、大人でも子供でも女でも、手あたり次第なぎ倒した。抵抗する者は容赦なく殺した。

清秀の横を、肩が触れそうな距離を、風のようにすり抜けて行った。

そして、村人達が怯んだ隙に戦利品をごっそりと抱えて、雑木林の方に駆けて行き、一瞬こちらに一瞥してから、その中に消えて行った。

「なんてこった。村人達も罪を作っていたが、奴もそれを上回る事をしていたのか!」

遥か500年も前にやってしまった罪を、遠い未来でも引きずっているのだ。


場面は一瞬で変わり、元の二三四の部屋に帰って来た。二三四と香庫は、手提げ金庫の上に手をかざしたままでいた。

「香庫! お母さん! 戻って来ました!」

清秀が大きな声で言うと、二人は、ハッとして我に返って顔を上げた。

「キヨ! 大丈夫だった?!」

「清秀君! ご苦労様!」

「行って来ました。あの世に!」

「キヨ! どうだったの、何を見たの?」香庫が、待ちきれない様子で尋ねた。

「加名子に会えたよ。それから、恵子に言付けを頼まれた。それに、何と言っても凄かったのは、毛むくじゃら大男が村を襲って、鎧甲冑をごっそりと奪って行った事だね!」

清秀は、興奮冷めやらぬとばかりに、まくし立てた。

「まず、順序立てて聞くわね、清秀君! 香庫と私は、あなたがツハウズ ディア グレイヒジールに行く為のアクセスと、それを維持する為にパワーを使っていたから、場面での映像は見られなかったの」

「最初に、加名子さんに会えたって、あなた言ってたけど、何を言ってたの? 加名子さん」

「まずは、そのツハウズ ディア グレイヒジールってとこに行ったら、色んな人達が何人か居ました」

清秀は、全部のいきさつを順序立てて二人に話した。

「そう、やっぱり上の方で相談して決めた事なのね。加名子さんの事は・・・」二三四は、残念そうだ。

「でも、不条理って言うか、勝手に決めないでよねって感じ! 人の命を相談で決めるなんて、私は許せないわ!」香庫は、憤懣やるかた無しと腕組した。

「そうね。私達人間界から見れば、当然そうなるわね。でも、視点を変えて上から見た時にどうかしら。上に居る人達から見れば、死ぬって事は里帰りする事なのよね。上に居る人達の元へ、引き上げるって事よね。そこに、悲しいって感情あるかしら? モノの見方は、四方八方プラス上下って言われているけど、上下の上って、もしかしたら、その事かもしれないわね」

「う~ん。今はなんて言って良いか分からないけど・・・。とにかく納得いかないわねー。あんたも何か言いなさいよ!」

香庫は、清秀の背中に平手打ちを食らわせて、イライラを爆発させた。

「イッテ~! 香庫、何すんだよ~! お母さんが分かりやすいように、説明して下さったじゃないか。オレはよ~く分かったぞ!」

清秀は、二三四の方に向き直って、親指を立ててウンと頷いた。

「さすが清秀君ね、いい子だわ!」二三四は、清秀の頭をなでた。 

「何してんのよ! 二人で! あんたはこっちに居ればいいの!」

香庫は清秀の腕を引っ張って、自分の方に抱き寄せた。

「加名子について説明してたおじさんが、オレにも少し関係あるって言ってたのが、チト引っ掛かりますけど・・・。それから、アイツは、毛むくじゃら大男は500年も前から生きているんでしょうか? お母さん」

「それは違うと思うわ。あのような怪人の魂は次々と人の体を乗り換えて、生き次いでいるのよ。だけど、魂のカーマは足されて行く訳ね。自己中の魂が直されない限り、カーマはドンドン増え続けるわね」

そこへ架純が、紅茶をお盆に乗せて持って来た。

密着している香庫と清秀の二人を見て、架純は頬を赤く染めながら、目を伏せてテーブルに紅茶を置いた。最後にコッペパンを盛ったお皿を置くと、足早に部屋を出て行った。

架純は部屋を出た所でお盆を胸に抱いて、壁に背中を押し当てて立った。

「ふ~~ッ」大きくため息を吐くと、スキップするように厨房に帰って行った。

架純を見送った3人は、紅茶をすすって落ち着いた。清秀は、コッペパンを相変わらず3口で口に押し込むと、紅茶で胃に流し込んだ。

「ウンメ~! さすがお母さんちのコッペパンはうまいです! 最高です!」

清秀は、声をひっくり返しながら言った。

「あの怪人の事だけど、落ち武者狩りをした村人を襲って効率よく獲物を奪っていたのね。戦国時代ってその頃はきっと、食べる物にも困っての事だと思うのだけれど。お百姓さんもやむに已まれず落ち武者狩りをしていたのね。悲しい現実だったのね」香庫は、遥か遠くの時代に思いを馳せ、手を合わせて祈った。

二三四は、まだ釈然としないようで、腕組みしながら呟いた。

「この毛むくじゃら君には何か裏があるわね」

二人は、悩むように考え込んでいる二三四を見て、顔を見合わせた。

「ところで、お母さんどうして何でも知っているんですか?」

清秀は、沈黙を破るように尋ねた。

「年の功って所ね。何年も生きていれば、色々と情報が入って来るものよ。清秀君もそのうち、どうしてそんな事知っているんですかーって、言われるようになるわよ」

「そんなもんですかねー」

「さて、清秀君。この事を恵子さんに話す? それとも黙っている?」

「そうですね。今回の事はストレートに言わない方が良いと思います。実際、あの世の事を言っても、一般の人は信じないと思うんです。しかも、先祖がと言うか、ツハウズ ディア グレイヒジールの人達が、加名子の死を決めていたなんて、とても言えないですから」

「私もそう思うわ。ちょっと残酷に感じちゃってね。恵子さんにとって親友の加名子さんが、あの世の人達の決定で亡くなったなんて、言わない方がいいわ」香庫は、少し涙ぐんだ。

「時期を見てオレがうまく話します」

「それじゃ、そうしましょうって事で、今回のミッションはこれで終わりね。清秀君も香庫も本当にお疲れ様でした」

二人が、二三四の部屋から出ようとすると、二三四が慌てて清秀を引き留めた。

「あーッ清秀君! 厨房に行って架純から賄の品を、御用聞きして行ってちょうだいね」

上白川家では一週間に一回、青果物などをまとめて槍田青果店に注文していたのだ。

「毎度あり~!」

清秀は二三四に最敬礼して、厨房に向かった。


第九章 


厨房では、架純が夕食の準備をしていた。

「架純さん、いつも有難う御座います。今日は何を御注文なさいますか~」

清秀は、すっかり八百屋の若旦那風になっていた。

「清秀君、今日は大変だったみたいね。ご苦労様でした」

架純は、エプロン姿が眩しい美人だ。三十路とは、誰も思うまい。白いブラウスの袖を捲り、純白の雪のような肌を見せている。

「清秀君、はいこれ、今回の注文のメモね! 珍しいモノがあったら、足しといてちょうだいね」清秀は、メモを渡された時、架純に目を合わされて、ドキドキになった。

「有難う御座います、架純さん! オマケするように、親父に言っときますから」

清秀は、はずかしそうに頭に手をやり、チョコンと頭を下げた。

「清秀君、若くて良いわね。お嬢様ともラブラブなんでしょ? さっき、見ちゃったもの!」清秀は、二三四の部屋での事を架純に見られたのを思い出した。

「あッ、あれは、事故みたいなモノですよ。たまたま、あーゆーふーになったってゆうか・・・。香庫がいけないんですよ!」顔を赤くして香庫の所為にした。 

「いいわよ、清秀君! 弁解しなくても」架純は、湯気が立ちのぼる鍋を、かき混ぜながら言った。

「ちょっと暑いわねー、厨房は!」

額の汗をぬぐい、ブラウスの上のボタンを二つ開けて、胸をグッと押し開けた。清秀は、豊満な胸を見て、目が飛び出そうな位見とれた。

「オ、オレ、これで失礼します」清秀は我に返って、逃げるように厨房を出た。

「まあッ! お子ちゃまね、清秀君」

架純はそう言いながら、この上白川家に来た経緯を、思い起こしていた。


架純の名前は、越原架純と言う。架純は5年前、鏡花市の南に位置する住宅街のアパートで、姉と二人暮らしだった。二人の仲は、良好だった。

架純の人生に、変化が訪れたのは姉の結婚だった。姉の相手は、架純も良く知っている人物だった。

河岸秋良かわぎしあきらと言う男は、見た目は好男子で女にモテるタイプだった。それに対して、架純の姉は、妹とは似ても似つかない容姿であった。

姉の金子かねこはやせ細った体格で、顔は貧相で性格もそれ程良いとは言い難かった。河岸を落としたのは、徹底したサービス精神と、妹の架純の存在だった。

河岸が二人のアパートを訪ねると、金子のこれでもかと言う接待が始まる。上げ膳据え膳、豪華な飲み物食べ物。そして、自分の妹にお酌をさせてでも、河岸に気に入られようとする凄まじい執念。

ある日、映画館に三人で出かけた際、架純は隣の席に居て姉のべったりにうんざりするのであった。

外国の映画であり、字幕スーパーが出ているのであるが、その字幕スーパーを、姉は河岸に読んで聞かせるのだ。

姉は河岸の耳元に口を近づけ、字幕スーパーを場面が変わらぬうちに、早口で読んで聞かせるのだ。河岸は、それを聞きながら、「うん、うん」と小さく頷く。

近くの席の観客は、「しー!」と、注意するのだが、姉の読み聞かせは止まらないのである。

河岸は、決して目や耳が悪い訳では無いのだが、姉の甲斐甲斐しいサービスに、世間の人達に優越感を持っているのだ。いくら周りの知人達が止めろと言っても、姉は決して挫ける事無く、河岸にサービスを提供し続けるのであった。

姉達が結婚した時、架純はアパートを出るつもりであったが、姉金子の強力な願いによって、三人で同居する事になった。

河岸の性格が変わって来たのは、同居半年位からだった。ある日、架純は友達との飲み会で、帰宅が遅くなった。架純が帰宅して玄関のドアを開けて家に入ると、河岸が仁王立ちで待ち構えていた。

「どうしたんだ? なぜ帰りが遅いんだ!? えー? オメー、オレがどれだけ心配したか、分かってんのか! このアマ!」

河岸がそう怒鳴ると、架純の髪の毛を掴んで、部屋中を引きずり回した!

「あ~! 痛い! お義兄さんやめて!!」

架純が、必死になって懇願するが、河岸は止めようとしない。

「おねーさん! 止めさせて! お願い! お願いします!」

架純は、近所に聞こえるような、悲鳴に近いさけび声を上げた。隣の部屋の襖が少し開いている。その隙間から見えたのは、耳を両手で塞いで正座している、姉の姿だった。その顔は少し笑っているように見えた。架純はそれを見た瞬間、全身の力が抜けてしまった。

後は、河岸の成すがままだった。

顔に平手打ちされ、服を全部剥がされた。

「これはお仕置きだ! 悪い事をしたら、こうなるんだぞ!」

そう言い放つと、河岸は架純を凌辱した。


全て終わって、河岸は姉の部屋に行ってしまった。

架純は、畳に張り付いたボロ雑巾みたいに裸で横たわっていた。

架純は、裏切られたと思った。特に、姉の事はどうしようもない怒りに体が熱くなって来た。

あの、薄笑いは何だ! 体の奥のずーっと奥の方から、何かが湧き出て来るのが分かった。それは、生まれてから一度も経験した事が無い何かだった。

「ウヲ~~! ヲ~~! ア~ア~!」

腹の底から獣としか思えないうなり声がした。架純はまさか、自分が出しているとは思いもしない声だった。

自分は居るのだが、何かを被って動いているような感覚になった。隣の部屋の襖を開けると、二人が布団を並べて熟睡していた。

「ウア~~!」

唸りながら二人の布団を跳ね除けた。二人は目を覚まして悲鳴を上げた。

「わ~~! 何者だキサマ!」

「キャ~!」

架純は、二人を手の爪で引っ掻いた、つもりだったが、二人は顔から夥しい出血をしている。

架純はその血液の量に驚いて、アパートを飛び出して思いっ切り走り出した。


どの位走ったか、ふと、ある店のショーウインドーを見た。そこに映っていたのは、髪を振り乱した化け物だった。

「ゲ~!」

架純は自分の姿に吐き気を催して、道端の用水路にしたたか戻した。

「はーはー」乱れ放題の呼吸で、架純は道端で倒れ込んだ。そして、大声で泣き出した。

それに交乎する様に、激しく雨が降って来た。

弾丸の様な雨粒とその冷たさに、我に帰ってみたら・・・、全裸だった。

情けなさと悔しさで、又泣いた。すると、突然雨が自分に当たらなくなった。上を向くと、そこには傘を差し出している女性がいた。

その人は、自分の上着を脱いで架純に掛けてくれた。

「何があったの? つらい事があったのね。そんなに怒りを出して、体まで変わってしまって・・・。でも、もう大丈夫よ! 私が助けるから! 心配しないで!」

上白川二三四はまだ化け物の顔の架純に、手を差し伸べた。

「あ、あなたは誰? わたし、わたし、怖い! 怖い!」

架純は二三四を見上げながらまだ混乱して、何がどうなっているのか、何も分っていなかった。

「大丈夫だから、安心して! 私に任せなさい!」

二三四は架純の肩に手を置き、架純をゆっくり抱き起した。それから、抱きかかえる様に自家用車の後部座席に座らせた。

二三四は車を発進させると、自宅へまっしぐらにスピードを上げた。


裏門から自宅に戻ると、架純を浴室に運び込み、温かい湯船にその身を浸けた。まだ半分化け物の姿だったが、少しずつ人間の姿に戻って来た。架純は湯船から上がって、大きな鏡の前に立って自分を眺めた。そして元の姿になった自分を見て安心した。

脱衣所に出た架純は、二三四に促されて下着を着け、二三四の若い頃の普段着を身に着けた。居間に通された架純は、二三四に出された紅茶をすすった。

「美味しいです!」

「何があったかは、想像が付くけど・・・。私は霊感と言うか、この地区一帯に蜘蛛の巣みたいに霊網を張っているの。霊的な乱れが起きると、私の蜘蛛の巣レーダーにそれが引っかかるの。今夜は久しぶりに大きな乱れを感じたのね、押っ取り刀で車を走らせていたら、あなたが歩道を走っていたの。幸い天気が悪かったのと、時間が深夜だったので、人には見られていなかったみたいね。あなたのあの姿は、正に夜叉ね。人の悪い面と言うか、裏切られ、罵られ、蹂躙されると、恨み・つらみ等が心の奥から噴き出して来るのよ。

生来あなたには、相当な霊力が備わっていたから、あのような姿に変身したのね。でも、も

う大丈夫よ! 私があなたを守ってあげるから、安心しなさい!」二三四が優しい目を向けると、架純はその温もりを吸収するようにティーカップを両手で包んだ。

「おばさん、有難う御座います。見ず知らずの方にここまでして貰って、なんて言って良いか分かりませんが・・・。私、人を傷付けたかも知れません。いや、姉夫婦を傷付けました。罪を犯しました。これから、警察に行かなければなりません」

架純は涙をこぼし乍ら、やっとの事で告白した。

「私は上白川二三四と申します。あなたが今お話している間に、あなたの置かれた状況が目の前に映像で見えました。あなたは、何も悪くありませんよ。あんな仕打ちを受けて、なぜあなたが警察に行かなければならないのですか? しかも、実の姉の夫なのにひどい事をされて・・・。姉夫婦はあなたがやったと思っていませんよ。自分たちが化け物に襲われて、妹がどこかに連れ去られたと思っていますよ。だから、あなたはここに居なさい。それが一番良いわ。そうしなさい」二三四は優しく言い含めた。


それから架純は上白川家に居続けているが、警察から捜索を受けた事も無く、また姉夫婦が架純を探しているとか、警察に捜索願を出したという事実もない。河岸が架純にした犯罪行為を、表沙汰にしたくなかった姉夫婦達の思惑が働いたのだろう。


架純は、自分自身が忌み嫌う過去を思い出した事に舌打ちした。そして、それを忘れ去ろうとするかの様に、鍋の中の具材をかき混ぜた。


第十章


鏡花市は連日夏の太陽が照って、蝉の声が暑さを増幅させていた。香庫は、清秀と海に行く事にした。お伴には、夕陽がどうしても行くと駄々をこねて、一緒に行く事になった。

それに、架純も加わる事に成り、清秀には嬉しい結果になった。あと、青龍の青太と白龍の白子も同行する。

霧の海の一件で、香庫と清秀が相当なボーナスバーチを獲得して、その数字の栄養分を貰った様で、青太は忽ち大きくなってしまった。50センチ位の人形みたいなカワイイ子だったのが、今では3メートルはあろうかと言う、立派な龍に成長していた。

女の子の白子は、体はそんなに大きくはなっていないが、言葉の吸収は非常に早く、夕陽とも掛け合いをして立派な友達になった。

夕陽は、清秀の妹らしくそれ相当の霊力を持っている。龍とは話も出来るし、触ることも出来る。架純も相当程度の霊力を持っている。だが、あまり龍達とは接触を持ちたく無いようだ。

香庫達一行は、隣の県にある海水浴場に電車で行く事にした。清秀は、大きなスイカとクーラーボックスを持たされて、もうすでに汗だくだ。

「オイオイ! オレは荷馬車かよ! きついぜ、この荷物はよ!」

清秀は腰をくの字に曲げて、荷物を運んでいる。

「キヨ! 大丈夫よ! 帰りには、う~ンと軽くなっているからね」

香庫は、スイカを食べる仕草をしながら憎まれ口を叩く。

「清秀さん! お持ちしましょうか?」心配した架純がスイカを持とうと手を出した。

「いや~、良いですよ、架純さん! これ位持てないと、槍田家の名折れですよ!」

清秀は、スイカを取られまいと、足を速めた。

「キヨ! 架純さんには優しいのね!」

「兄ちゃん、大丈夫かよ? オレが持ってやろうか?」夕陽が心配そうに顔を曇らせた。

「夕陽は何も心配しなくて良いよ、龍達の面倒を見てやってくれ、な!」

「わかった! 任しといて!」

「青太! 白子! 海は初めてかい!」

「おいら海初めて! 楽しみ!」青龍の青太が、すっかり野太い声になっていた。

「わたくし白子は、海と申しましても霧の海出身ですので、知っていると言えば知っておりますが・・・。まッ、何と申しましょうか、行ってみれば分かるでしょう!」

白子は初めての遠出で、すっかり混乱していた。

「よ~し! そんじゃみんな元気で、海に行くぞ~!!」

夕陽が景気付けると、清秀以外が拳を突き上げて、「お~!」と気勢を上げた。


皆が乗った電車は2両編成で、乗客もあまり居ない。

のんびりと「ゴットン、ゴットン」と心地よい揺れなので、みんなすっかりうたた寝をしてしまった。

「もうすぐ、終点の海浜~、海浜です~」

車内アナウンスで、みんなびっくりしたように目が覚めた。

「見て~! みんな! 海だ~!」

夕陽が車窓の外を指さして、真っ青な海をみんなに見せた。

龍達も大はしゃぎで、電車内を行ったり来たり飛び回っている。

「さ~て、着いたか~。一丁泳いだろかい!」

清秀は大きく背伸びして、座席から立ち上がった。網棚の荷物と、スイカ、クーラーボックスを担いで、乗降口に向かった。

電車が停車して、派手なエアーの音と共にドアが開いた。

清秀一行の他には、数名が降りただけだった。改札を出て百メートルほど歩くと、砂浜が見えて来た。砂浜の入り口に、海の家が一軒だけ開業していた。早速脱衣所を借りて、みんな思い思いの水着に着替えた。香庫は割と大人しい水着で、ビキニではなかった。夕陽は極彩色のビキニで、早速大はしゃぎだ。

「兄ちゃんどう? わたし凄いでしょ!」ポーズをとって清秀に見せたが、手を振ってお呼びで無いと、冷たくあしらった。

架純が脱衣所から出て来て、清秀は目が飛び出さんばかりに驚いた。超ハイレグ水着で露出度半端じゃない格好だ。

「ごめんなさい、良い水着無くて、こんなのしか無かったの」

架純が脇から腿に掛けて、手を滑らせながらポーズを取った。

「良いっすよ! 架純さん! それ良いっすよ!」

清秀が架純から目を離さないのを、腕組しながら見ていた香庫は、ドドドドッと駆けて行き、飛びけりを食らわせた。

「ゲ~ッ」と呻いてひっくり返った。

夕陽と龍たちは、それを見て大笑いして、転げ回った。

「私、着替えて来る!」

香庫は、突然そう言い放つと脱衣所に向かって走り出した。みんなが唖然としていると、脱衣所から香庫が戻ってきた。そのいで立ちは超ビキニで、これ以上布を減らせられないという位の代物だった。清秀は、目の玉を飛び出させて凝視した。

「香庫! それって、何なの? 水着? それとも布の切れ端?」

清秀は、上から下まで何回も香庫を見直した。

「あんたって、エッチね! 早く泳ぎなさいよ!」

香庫は、きつく言い放つと自分から海に入って行った。それを合図に全員海に入って、水掛けっこしたり、泳いだり楽しい時間が過ぎた。

スイカ割も済んで、お昼時になった。

清秀は、レジャーシートを砂浜の上に敷くと、大きなクーラーボックスをそこに置いた。

「お~い、みんな! 昼飯だぞ~、集合!」

清秀が、手でメガホンを作って大声で呼んだ。夕陽が一番早く反応して、海から上がって来た。

「兄ちゃん、お腹減った! 目が回りそう!」

クルクル回って、レジャーシートの上に仰向けに倒れ込んだ。夕陽の真似をして、龍達もシートの上に寝転んだ。

「腹減ったー! 腹減ったー!」龍達と夕陽は、一斉に合唱し始めた。

「お前達は食べなくても良いだろう?」清秀は大仰に肩をつぼめた。

「そうでしたわ! わたくし達は、皆様の善行が糧で御座いました。はしたない事を致しました」白子が大人びた言い方をしたので、清秀は苦笑した。

そこへ、香庫と架純が海から上がって来た。

「清秀さん、すみません、私がご用意致しましたのに」

架純が息を弾ませて、申し訳なさそうに走って来た。

「架純さんが楽しそうにしていましたから、私が準備しました。気にしないで下さい」

「また点数稼ぎをしているわ、キヨったら!」香庫が嫌味をチクリ。

架純はパーカーを羽織ると、手際よく料理と飲み物をセットした。

「さすが―、架純さん! 手が早いですねー」清秀が拍手喝采した。

「さあ、皆さん召し上がれ!」架純が言い終わらない内に、夕陽は料理をパクついた。

「ぼいじーごれ!」夕陽はモグモグしながら感想を言うと「夕陽! お行儀悪いぞ!」

清秀が夕陽を睨んだ。

「良いじゃない、食欲があって。いっぱい食べてね、夕陽ちゃん!」香庫が夕陽の頭を撫でた。

「香庫ひゃん、らいひゅき!」夕陽は食べ物でパンパンのほっぺで、香庫を見上げた。


昼の宴も終わろうとした時、カラスが「ガーガー、カーカー」と、やけに数を増やして来た。

「しかし、この海水浴場は人の数が少ないな~!」

清秀は、海岸を見回した。

「そう言えばそうね。私達の近くには、誰もいないじゃない」

香庫も周りを見て、不思議そうな顔をした。

「香庫様、これは異常ですわ!」

架純が、持っていた紙コップを落としてサッと、立ち上がった。すると、香庫達の周りの砂が、所どころ噴水の様に吹き上がった。

その砂の噴水の下から、全身太い包帯のようなものを巻いた女たちが、「ケケケ~!」と気勢を上げ乍ら、20体程飛び出して来た。

「またあいつらだ!」

清秀は、高校のトイレで襲われた化け物と同じ奴らが現れて、バネが弾ける様に立ち上がった。

「夕陽! 急いで脱衣所へ逃げろ! 青太! 白子! 夕陽を守れ!」

清秀は指示しながら右手を手刀にし、息を吹きかけ太刀に変成させた。

「忠信流居合道、袈裟十字!」

太刀を相手の右肩から脇に袈裟斬りし、返す刀で次の敵を左肩から右脇腹へ袈裟斬りして、敵のニ体を切り捨てた。

斬られた化け物は倒れるや否や動物に変身して走り出した。その動物は犬だった。暫く走ると姿が薄くなって消えてしまった。

架純は異常事態に接して、体を極度に緊張させて天を仰いだ。

「ウオ~~~!!」呻き声とも、雄叫びとも判別出来ない声を発して、上半身夜叉に変身した。

そして香庫と架純は、それぞれ手刀を変成させた太刀で敵を切り捨てていった。

香庫達の20メートル程離れた所に、ひときわ大きな砂の噴水が噴き出した。すると、その下から剣先狂火の姿が湧き出すように現れた。

その姿はまるで魔法使いの魔女の様で、巨大な白いキツネに跨っている。キツネの目は逆三角形を二つ横に並べたようで、尖った口には牙がむき出しになっていた。

「何~ッ! 剣先! お前何してんだ! こんな所でー!」

そう叫んだ清秀は、敵の大鎌を太刀で受けてから、思いっきり捻じ伏せて、体の真ん中を太刀で貫いた。

(あの三角目はこの間高校のトイレの鏡に映っていたヤツだ!)清秀は全身に戦慄が走ったように寒気を感じた。

「オ~ホホホホホ~! 毘沙門め~、此処であったが100年目! いや、2500年目だ!」

剣先が、目を真っ赤にしながら、裂けた口で叫んだ。

「何言ってやがんだ、剣先! 100年も、2500年もオレは生きちゃいね~よ!」

清秀が吐き捨てた。

「たわけた事を申すな! 毘沙門め! オノレは我が一族を皆殺しにした事を、よもや忘れたと申すか!」剣先は目を突き出すように、清秀を睨みつけた。

「記憶に御座いません! って、そんな事ある訳ないだろう! オレが人殺しをしたなんて!」

清秀は胸を張って言った。

砂の下から現れた包帯の女達は、いつの間にか全員倒されていた。

「キヨ! 大丈夫? こっちはみんな始末したわよ」

香庫が太刀に付いた敵の体液を、気持ち悪そうに払っていた。

敵をやっつけた架純は、清秀の傍に駆け付けた。そして、太刀を両手に変成させて身構えた。

「剣先! もう仲間は全滅したぞ! もう終わりだ! 早く人間に戻って高校に帰って来い!」

清秀は激しく手招きして剣先の胸に訴えた。

「それ見ろ、毘沙門め! 今もこれだけのモノ達を殺したではないか! それでもしらを切るか! 毘沙門!」聞く耳を持たない剣先は、涙を流しながら吠えた。

「何を言う! 剣先! 攻撃されれば撃退する、それの何が悪い?! それにこいつらは人間じゃ無い! 化け物だ! おまえもいつから化け物になっちまったんだ? 早くこっちに戻って来い!」二人の心は平行線で交わる事は無さそうだ。

「覚えて居れ毘沙門! 今日はホンの小手調べじゃ。いつか大軍を引き連れて参るぞ。その時を楽しみにして居れ! ウ~~ム~~!!」

剣先は無念のうめき声を残して、三角目キツネと共に空へ舞い上がって、彼方へ飛び去った。

清秀は、身構えていた体制のまま、砂の上に腰を落とした。

「ヒエ~~~! どうなってるんだい、まったく! とんだバカンスになっちまったぜ!」声を裏返して叫ぶと、砂の上に大の字になって倒れた。

架純はス~~っと潮が引くように人間に戻った。

「キヨ! あの人は、この間あんたの家に来ていた子じゃない?」

香庫が太刀を持ったまま清秀に歩み寄った。

「そうだよ、兄ちゃんとベットインしていたおねーちゃんだよ!」

いつの間にか、夕陽たちが脱衣所から出て来ていた。

「チゲ~よ! ベットインして無いから! 誤解されるようなこと言うなよ!」

清秀は夕陽の頭をこつんと叩いた。

「痛いよ~! 兄ちゃんがブッ叩いた!」夕陽は香庫の胸に飛びついて泣き出した。

「あんたね~! 妹殴ってどういうつもり? ベットインしてたのは私も見たわよ! キヨ!」

「違うって! あれはオレが襲われたの、剣先に!」清秀は手を大袈裟に振りながら訴えた。

「しかし、物凄い形相でしたね、あの剣先って言う子。100年とか2500年って言ってましたけど、清秀さん本当に心当たりありませんの?」架純が、清秀の目を覗き込んだ。

「架純さん! 冗談じゃないですよ! そんな遥か昔の事を、覚えている訳無いでしょう!」

清秀は、無実を訴える被告人みたいだ。

「って言うか、架純さん凄いっすね! あんな事出来るんですね。初めて見ました!」

「実は私、奥様から気を付ける様に言われていたんです。この前の件もあったものですから・・・」

架純はうつむき加減に、はずかしそうだ。

「みんな! ここにはもう居られないから、帰りましょう!」香庫はそそくさと片付け始めた。

「撤収! って事で、宜しくお願いします!」清秀が、後に続いて片付け始めた。

架純も手伝って、あっという間に荷物が片付いてしまった。

「よいっしょっと!」

清秀が、軽くなったクーラーボックスを肩に掛けると、荷造りをしたレジャーシートを持って、脱衣所に向かった。

香庫と夕陽も後に続いた。架純はゴミを入れたスーパーのレジ袋を持って、辺りを警戒しながら脱衣所に入って来た。

凄い速さでみんなが着替えて、脱衣所から出て来た。

「サア―みんな、長居は無用だぜ。とっとと帰ろう!」清秀が、みんなを急かした。

みんな辺りを気にしながら、駅に向かい歩き出した。龍達も清秀の言い付けを未だに守っていて、夕陽から離れようとしない、

電車に乗ったみんなは押し黙ったままでいた。さっき砂浜で起こった事が、現実だったのだろうか、白日夢だったのではないだろうかと、皆一様に瞬きもせずに外の風景を見ている。

「香庫、やっぱり狙われているのはオレだな。オレの考えが甘すぎたのかな。香庫には二度も襲撃に巻き込んじまって、悪かったな」

清秀は、やおら香庫に向かってうつむき加減に謝った。目を見て言える気分では無かった。

「キヨ! 何言ってるの。訳の分からない言い掛りで命を狙われるなんて、あってはならない事よ! しかもあいつ、色気まで使ってキヨに近づいて来て! キヨの自宅まで押しかけて来て! もう~許さないから、わたし!」

香庫は腕組して、さながら剣先に宣戦布告を宣言したかのようだ。

「この次、奴が化け物どもを連れて来たらどうしよう。オレだけなら何とかするけど、お袋やオヤジ、夕陽も居るし・・・、香庫んちもお母さんやお父さんも居るし、どこにいつ現れるか分からない相手じゃ、やりようが無いよ」清秀は深刻な表情で困り果てた。

「キヨ! あんた一人で戦おうと思っている訳? 私もお母様も架純さんも、全部キヨの味方よ!」香庫は右足をドンと踏み鳴らした。

「そうだよ、兄ちゃん! オイラも青太も白子も、みんな兄ちゃんの味方だよ! ね~! 青太、白子!」夕陽が後ろの座席から身を乗り出して、清秀の座っている座席に倒れ込む様にして庇った。

「オイラ、味方だよ! 清秀さん!」

青太が電車の天井と床ギリギリを、水車が回るようにクルクルと回転しながら応援した。

「白子は勿論味方で御座います、清秀さま! いざ鎌倉となりましたら、霧の海の白龍様を助太刀にお頼みする次第で御座います」白子は、相変わらず大人びた言い回しだ。

「みんな! 有難う! 本当にありがとう! これで千人力だ!」

清秀は、電車の中のお客を憚りもせずに大声を出した。


やがて、電車は鏡花駅に着き、清秀一行は結束を高めたオリンピックチームみたいに、笑顔でホームに降りた。

駅前のバス乗り場でみんながバスに乗り、それぞれが家に着いた時はすっかり日が落ちていた。家族は夕飯を食べずに、彼らの帰りを待っていた。


第十一章 


夏休みも終盤に近づいた頃、清秀は香庫と映画を見に行く事になった。その映画は清秀が以前から見たかった作品で、恐竜が沢山出て来るSF物だ。

龍の青太と白子も「見たい、見たい!」と言い出したので、一緒に行く事になった。

相当霊感が強い人で無ければ、龍は見ることが出来ないので、一緒する事を二人は許した。

夕陽には特に注意して極秘にしていた。清秀にとっては香庫と二人で過ごしたい時には、夕陽は邪魔で仕方ない存在だ。

「この映画は見とかないと、後で後悔するからね!」清秀は、映画を見る前から興奮気味だ。

「恐竜って、オイラ達に似ているんでしょ、香庫さん!」

青太は、もうすっかり大きくなって、体長は十メートルはあるだろうか。青い鱗をキンキラと光らせて香庫達の頭上を守るように浮いている。

「そうだね、青太。今日の映画は3Ⅾだから、スクリーンから飛び出す様に見えるから、腰を抜かさないようにね!」香庫が、意地悪そうにビビらせた。

「龍の腰ってどこだよ!」清秀が素早く突っ込みを入れた。

「わたくしがちょこっと動き過ぎると、丁度後ろ足の付け根辺りが張って来ますので、そこら辺が腰では無いかと存じます。清秀殿!」

白子が、清秀のオヤジギャグを真に受けて答えたので、香庫は手を叩いて大笑いした。

白子は体の成長が今でも遅く、やっと2メートル位の体長だ。相変わらず言語に関しては吸収が早くて、香庫達との受け答えも練度を増している。

清秀と香庫がバスで移動する時は、白子がバスの中をフワフワと浮いて居て、青太はバスの屋根の上を飛行している。

駅前のバス停で下車して、一行は目的地の映画館の中に入った。ホワイエには子供も含めて数十人程の客が居た。この映画館は今流行りのシネマコンプレックスで、全部で10本の映画が見られるようになっている。

チケットカウンターで清秀は思わず言ってしまった

「学生4枚」

「エッ? 4人様ですか」

「アッ、いけねー! 学生二人です」

やり取りを見ていた香庫は、清秀の背中を平手で叩いて、噴き出した。

「キヨ、もしあの人に青太達が見えていたら、きっと面白い事になっていたでしょうね」香庫は、思い出し笑いをした。

「そりゃそうさ! 腰抜かしているわ」清秀が、両手で腰の辺りを押さえて変顔をした。

「ア~ハハハハ~!」香庫が、その顔を見てまた大笑いした。

二人はフードカウンターで、飲み物とポップコーンのバター掛けを注文した。

「今日はおごらせてくれよ。いつも香庫んちでご馳走になっているからね」

「ゴチになります」そう言いながら、力士の様に手刀を斬ってポップコーンと飲み物を清秀から受け取った。

「うまそうだな~! オイラも食べたいな~!」青太は、フードカウンターとホワイエの上をグルグルと飛翔し始めた。

「青太! あなた食べられる訳無いでしょ! 静かにしていなさい!」

白子が保育園児を叱るみたいに腰と見られる辺りに、短い両腕を当てながら諭した。

青太が飛翔すると、展示されているポスターがめくれ上り、客達が風も無いのにと、不思議そうだ。

清秀達は、お目当ての映画が上映される会場に入った。全席指定なので、二人はその席を探して仲良く隣同士で座り、青太は天井近くでふわりと浮いている。

白子は、香庫の膝辺りで、今か今かと映画が始まるのを待っている。

「香庫さん、怖いかなー、この映画」

白子は香庫の顔を見ながら、心配顔だ。

「大丈夫よ、白子! あなたに似たお友達がいっぱい出て来るわよ、楽しみだね!」香庫は白子の手を握った。

映画が始まるブザーが鳴り、館内が暗くなった。二人は3Ⅾ用の眼鏡をかけた。スクリーンに様々な恐竜が登場する度に、青太は「アッ!」とか、「オオ―!」と声を発していたが、他の観客には聞こえるはずもなかった。白子は相変わらず香庫の手を握っている。

「怖い!」「香庫さん!」と言いながら、自分の顔を香庫の胸に押し付けて、女の子らしく可愛い仕草をしている。

やがて、映画が終わり館内が明るくなった。二人は席から立ち上がり出口に向かった。

青太と白子はサッと出口から出て、ホワイエで二人を待ち構えていた。

香庫に白子が寄って来た。

「香庫さーん、怖かったですね、この映画!」ブルブルと恐怖に震えている。

「オイラはちっとも怖くなかったぜ!」青太が威勢よく胸を張った。

「青太! それにしちゃーいっぱい声を出していたな。オーとかアーとか」

「オイラ、ホントに怖くなかったも~ん!」

そう言い終わるとホワイエの中を高速でグルグル回り出した。

カウンターに置いてあるパンフやブロマイドが、一斉に舞い上がった。客達は何事が起ったのかと、ただ茫然と見ているだけだった。

「オ~イ! 青太! 分かったから止めなさい!」

清秀は指を二回鳴らして青太の暴走を止めた。清秀の指パッチンは龍の行動を制御する力がある。

何も知らない客達は清秀を見て、一体全体何が起きたんだとざわついていた。清秀達は急いで映画館から出た。

「オイ青太! あんな所で勝手な事をするんじゃないぞ! 又したら今度は何処にも連れて行かないからな!」

「そうですわよ! 青太君。他のお客様のご迷惑になりますわ。気を付けて下さいませネ!」「まあまあ、青太も反省しているみたいだから、許してあげようよ」

青太がそろりと香庫に寄って来て、自分の頭を香庫の手にこすり付けた。

「香庫さん、大好き!」

青太は子犬みたいに目をパチパチしながら甘えた。

「よしよし」

香庫は青太の頭をなでなですると、気持ち良さそうに目をつむりながら、香庫の愛撫を受けている。

突然青太がパチッと目を開けると、まるで強力なバネにはじかれた様に空中に跳ね上がった。

そして猫が敵に対してする様な、背中をアーチ状にして鱗を逆立てうなり声を上げた。

「どうした? 青太!」清秀が驚いたように尋ねた。

「恐ろしい奴が居るで御座います! 清秀様!」白子もその体を数倍に膨らませて臨戦態勢に入った。その姿は最早映画館でのおどおどとした可愛い白子では無く、強大な白龍だった。

駅前のシネコンや色々なテナントが入るビル群の裏通りは、人影も疎らで太陽の光も届き難い。その場所にそいつは立っていた。

あの高校の裏門で恐喝三年生をぶちのめした、毛むくじゃら大男は喉の奥をグルルグルルと鳴らしながら、ビルの壁に手を当てて寄り掛かるようにしていた。

「また会ったなー、オレの同類さんよ」

毛むくじゃら大男は、裸足の足をペタンペタンと大きな音を立てて清秀達の前に進んで来た。口元は少し笑っているように見える。

白龍の白子と青龍の青太は、増々警戒態勢をして激しくうなり声を上げた。香庫は清秀の後ろで、清秀の上着の裾を掴んで恐怖に耐えながら、そいつに言葉を浴びせた。

「あなた! 一体なんの目的で私達の前に現れたのよ!」

「お嬢さん、たまたまですよ、たまたま! オイラちょいとサツに追われていやすんでね。こんな事は慣れっこナンスけどね。でも今のご時世は監視カメラなんてもんがありやしてね。オイラにはちょいとやり難い世の中になっちまったって事ですよ!」

まるで極道映画みたいな話し言葉だ。

「おまえ、怪我をしているのか?」

清秀は顔を突き出すようにして、毛むくじゃら大男の太もも辺りを見つめた。

「へへへッ、向こうは飛び道具を使いやがって、まったくイテーったらありゃしねーぜ!」今度は時代劇のような言い方をした。

「警察官に撃たれたのかよ、おまえ!」清秀は一層毛むくじゃら大男に近づいた。

「あー、そうだよ。オイラがちょいと油断したスキにやられちまった。なーに、へなちょこ玉は抜けちまったから、どーって事はねーんだけどよ。傷が治るにはちと時間が掛かるかな」毛むくじゃら大男は、ドサッとその場に大あぐらをかいた。

青龍の青太は今までの警戒態勢を解いて、清秀の傍にピタリと寄り添うように舞い降りた。

白龍の白子は膨らませていた体を、元の大きさに戻して香庫の傍らに寄り添った。そして香庫の上着を二本の腕でしっかりと掴んでいた。

清秀は、毛むくじゃら大男に更に近づいて行きながら尋ねた。

「まだ名前を聞いて無かったな」

次の瞬間、毛むくじゃら大男の肩の上10センチにバンカーが現れた。

「警告です! ケ~告です! 手形不渡り間近です! 期間の利益喪失!」

いつもと違う言い回しで宣言した。

清秀はただならぬ空気を感じて身を固くした。

「今のバンカーの様子は見たことが無いぞ! 何が起こるんだ?」

清秀は毛むくじゃら大男から後ずさりした。

「オイラにはあんたが何を見たかは分からねーけんども。オイラにも自分の身に何が起きようとしているかは、何となくだが感じるでー」

毛むくじゃら大男は覚悟を決めたかの如く、あぐらをかいていた足を解いて、おもむろに正座した。

すると突然毛むくじゃら大男の背後に閃光が走った。そこに現れたのは、山高帽に燕尾服、左手には綺麗に畳んだコウモリ傘を持った人物が立っていた。

「ジャジャ~ン! 遂に登場ウオッチャー様ですよ!」

現れたのは、丸顔でチョビ髭を生やしたオッサンだ。

清秀はウオッチャーを見てから、自分の周りの様子を見回した。そこにはすべての人の動きや、時間までもが止まっているように見えた。

毛むくじゃら大男は正座したまま微動だにしていない。香庫も驚いたような顔のまま人形の様に立っている。

ただ、龍達はゆっくり空中を漂っていた。ウオッチャーを警戒していないようだ。

「あなたはウオッチャーさんと仰るのですか?」

清秀は恐る恐る尋ねた。

「そうで御座います、清秀さん! 日本で言う所の監視人ですな。ここに正座して居る男も古~~い知人で御座いますな~。ですが、とうとうこの日が来てしまいましたな~」

そう言いながら監視人は後ろに手を組み、後ろにのぞけるような恰好で、毛むくじゃら大男の周りを歩いている。

「っていうか、周りの人達が動かないんですけど、大丈夫なんですか?!」

妙に落ち着いている監視人に気が気では無い清秀だ。。

「え~、え~、心配ご無用で御座いますよ、清秀さん! 我々の、つまり私とあなたと龍達は、人間界の時間の一秒と一秒の間で活動しているんで、人間界の動きが止まったかの様に見えるので御座います。ま~、広い意味で言う所の隙間産業みたいな? ウホホホホ! これ笑うトコね! でも皆様のご健康には何の支障も御座いません、モチのロンで御座いますが、あなた様にも何の支障もあ~りませんです!」

監視人は、綺麗に畳んだコウモリ傘を振り回しながら自身たっぷりだ。

「ところで一体何が起きたんですか? この男に」清秀は、毛むくじゃら大男を指さした。

「すべてに限界が来たという事ですな。この男はもうこの姿のままでしか生きられないので御座います。つまり変身する力さえ無いので御座います。警察に追われていましたが、普通の高校生に戻っていたならば、拳銃でなんかで撃たれなかったで御座いましょう。しかしながら、この男の徳台帳の残高はすでにプラマイゼロを通り越しマイナスになったので御座います。清秀様は、以前香庫様と彼女のお母様との御協力で、この男の過去を御覧になりましたね~」

監視人は、清秀を足下から顔に向かって舐める様に見た。

「え、えー 確かに見ました。戦国時代の村の様子だったと記憶してますが・・・。この人が村人を襲って、落ち武者から奪った戦利品を横取りして逃げた、と言う場面でした」

清秀は体を反らせるようにして監視人の顔を避け、半歩下がった。

「実はその後には続きがあるので御座います。村人達から奪った戦利品を、この男は違う村の人達に無償で分け与えたので御座います」監視人は人差し指を立てながら歩いている。

「どういうことですか? 意味が分かりません」清秀はキツネに化かされた様な顔だ。

「その戦利品を分け与えられた村と言うのは、貧乏でその日の米さえままならぬと言う、いつ餓死者が出てもおかしくない村だったのです。その村の長と言う人が立派な人でね。いくら貧乏でも落ち武者狩りだけはやらせなかったので御座います。村人達もそれを誇りにしていたのです。そのうわさを聞いたこの男は、他の村から奪った戦利品をこの村に与えた訳なのです」

監視人は後ろ手に手を組み、やや上を見ながら遥か彼方を見た。

「う~ん、で、その貧乏な村の人達は、落ち武者狩りの戦利品を受け取ったんですか?」清秀は、少し首を傾げた。

「清秀様の思う通り! 貧乏な村の人達は、受け取らなかったのです! 普段からやましい事はしない村で有名な人達ですからね。そりゃ~受け取りませんて、意地でもね」

監視人は口を真一文字に結んで、自分に言い聞かせる様に「うん、うん」と首を縦に振った。

「それじゃ~、この男の好意も無駄だったって事ですよね?」

「ところが、ところが。この男もしつこいというか、さるモノ引っ掻くモノと言うか、粘り強いというかですね。その戦利品を自分で売りさばいて、その売ったお金を貧乏な村人の家一軒一軒に、配って回ったので御座います。しかも夜中にですよ」

監視人は相変わらず、綺麗に畳んだコウモリ傘をビュンビュン振り回しながら歩いている。

「そう言う話どっかで聞いた事が有りますね。確か、義賊って言うんじゃないですか?」清秀は、どんなもんだいと言う顔で、監視人を見た。

「そうです、清秀様! これが~天下の鼠小僧太郎吉だ~ね」

監視人は歌舞伎役者よろしく、綺麗に畳んだコウモリ傘を右手で刀の様にして大見得を切った。

「本当っすか?」清秀は体を半身にして、肘で監視人を突いた。

「本当なので御座います、清秀様。悪い事をしたヤツから戦利品を奪って、貧しい人達に分け与える。これが一番ややこしい事なので御座います。我々監視人にとって、いくら悪いヤツでも殺したり、金品を強奪したり、こんな事をすればあっという間にカーマが溜まって、これで御座いますよ」監視人は親指で喉を掻き切る格好をした。

「ところが奪ったモノを、弱い人や貧乏な人に分け与えて、命を救ったりしている。これにはバーチが付くので御座います。清秀様も御覧になったでしょ、巨額なお手形の額。あんなにカーマが溜まるはず無いので御座います。ところが徳台帳にはバーチがそれ以上溜まっていたので御座います。監視人としましてはね、いつこのバランスが崩れて、カーマがバーチを上回るのかを、常に監視していたので御座います」

監視人は、人差し指で空中にある帳面を調べるジェスチャーをした。

「今の話で大体の経緯は分かりました。これから先、この男はどうなるんでしょうか?」

「そうで御座いますね~。この男も随分長生きして居りますからね~。と言っても強力なエネルギー体となった霊魂が、次々と生身の人間を乗り換え乍らで御座いますよ、清秀様」

監視人は、清秀がこの意味を理解しているのかと、目を覗き込んで確かめた。

「それは分ってますよ、監視人さん! オレだって霊魂に関しては色々経験してますから・・・」

「そうで御座いましょうとも、清秀様! まッ、この男の事は我々に任せて頂きましょうかねー。上とも相談しながらじっくりと決めさせて頂きます。オッホッホッホッホ」

監視人は、綺麗に畳んだコウモリ傘を空に突いて、甲高い声で笑った。

「それではおさらばで御座います、清秀様!」

監視人が言うや否や白い閃光が辺りを包んだ。目を開けると、いつもの喧騒が戻って来た。

あの毛むくじゃら大男はすでに、何処にも居なかった。

監視人が連れ去ったのだろう。

「あの大男は何処に行ったの? キヨ!」

香庫は辺りをキョロキョロ見回している。

「香庫さ~ん! あの人はウオッチャーさんがどこかに連れて行っちゃいました」

白龍の白子が悲しそうな声で言った。

「ウオッチャーさん? って誰?」

香庫は不思議そうな顔をして、白子と清秀を交互に見ている。白子は清秀の方を向いて、しきりに助けを求める目をして、説明しなさい光線を出していた。

「わかったよ、白子。 あのな香庫、あの毛むくじゃら大男のカーマが一杯になったらしくて、徳台帳を管理している責任者みたいな人で、ウオッチャーと名乗る監視人が現れたのさ。そいつがあの大男をどこかに連れて行った、って訳さ。まッ、連れて行かれたのは霊魂だけどな」

「それでなんだけど! なんで私だけ何も知らないの! 何も見ていない訳?! ねえ、どうして?」香庫はひとり仲間はずれされた事で、清秀に食って掛かった。

「それは、オレにも分かんないよ。気が付いたら香庫が一人でぽかんと口を開けて突っ立っていたんだもん、なあー、白子と青太!」

清秀が言い終わる前に白子と青太は、20メートル程瞬間移動して首を横にブルブル振っていた。

「何ですって? 私が口をポカンと開けてたですって? キヨッ、あなたそれ黙って眺めてたのね! そういう時はどうにかしなさいよ! まったく気が利かないんだから!」

香庫はカンシャクを破裂させて、手が付けられない。

白子と青太は手で顔を隠して、香庫の怒りが収まるのを震えながら待っている。

「まあ、まあ、抑えて、抑えて」

清秀はどうすることも出来なくて、両手で扇ぐ様に香庫の熱を下げるのに一生懸命だった。

 

漸く香庫の怒りも収まったので、みんなで食事に行く事になった。どこで食べようかと、店を物色中に知っている顔に出会った。

「あっ! キヨ!」阿尾木恵子がこちらを見つけて、声を掛けて来た。

「この間は色々有難う、助かったわ」恵子がチョコンと会釈をした。

「いやいや、お役に立ったか分かんないけど・・・。お連れさんは弟かい?」

恵子の後ろに長身の男の子が立っていた。

「うん、弟の翔平、挨拶して!」

恵子は翔平の背中を押して会釈を促した。彼が長身で頭に手が届かなかったからだ。

「ホントに、中学生になったら急に背が伸びちゃって」

「ちわっす! いつも姉がお世話さんっす!」

「バスケか何かやってるの! 大きいわね~!」

香庫は見上げるように翔平に話し掛けた。

「いや~、空手部に入ってます」

頭を掻きながら顔を真っ赤に染めた。

「ま~、美人に話し掛けられて良かったわね、翔平!」

姉にからかわれて増々顔が赤くなった。

「俺達これからメシなんだけど、恵子達も一緒にどうだい?」

「あ~、ごめん! これから翔君のバイト先にご挨拶に伺うの。親戚なんだけど、やっぱり親しい仲にも礼儀有って言うからね」

「そうだな、ご両親も可哀想な事したな・・・。それじゃまたって事で!」

清秀は、彼らの不幸な背景を思い出した。

「じゃ、またね、キヨ!」

「うん! がんばれよ、恵子! それから・・・、それからな恵子! 加名子が幸せにねって、言ってたぞ!」

「えッ? 加名子が?」

「あッ! 夢でさ、夢の中でそう言ってたのさ!」

「うん! 有り難う、キヨ! 頑張るから、私達!」

香庫は掛ける言葉が見つからなくて、黙って会釈した。

先に行く恵子の後を歩く翔平が、急に立ち止まって清秀の耳元で囁いた。

「清秀さん、龍が二匹も居て心強いですね」

「お前、見えるのか?」翔平の目を覗き込んだ。

「えぇ、姉にはまだ言ってないんですけど、見えるんです、はっきりと!」

「また今度、ゆっくり話そうや、翔平君!」

意外な告白に、ちょっと動揺した清秀だが、力強い味方を得た感じの方が勝っていた。

「翔平君、何だって?」

香庫が駆け寄って来て、興味津津に聞いて来た。

「見えるんだってよ、青太達が」

「へ~! そうなんだ、何か心強いって感じがするなー」

清秀は、香庫が自分と同じ感覚で今の告白を捉えた事に、胸が膨らむような心地よい気分になった。

「よ~し、うまいモン食いに行くぞ~!」

龍達も大喜びで観覧車の様に回転し始めた。



つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ