三十一話 レストランの彼
「そ、そんな筈って、どんな筈よ!わ、私はいたってノーマルよ…」
私は慌てながら、早苗を牽制するように言った。
「ふふ…冗談ですよ!冗談…」
早苗が明るく笑った。
…うわっ、可愛い…女性の私から見ても、早苗の笑顔って魅力的よね…早苗の笑顔を独占できる、早苗の彼がうらやましいなぁ…
私はふと、そんなことを思いながら、彼女の笑顔を見ていた…
「先輩…急に黙ってどうしたんですか?」
「へっ?あ、な何でもないのよ…何でもないの」
「うぅん……ほんとに?何でもないんですか?…」
「何よ、その目は…早苗は私の事より自分の事考えていればいいの」
私はこの話を区切るかのように、アイスコーヒーに手を伸ばした。
早苗は私の顔をのぞきこむようにしてから、瞳を瞬きしていた。
「この間の彼氏さんとはうまくいってないんですか?」
早苗がとんでもない事を口にした。
一瞬、息をのんでしまった私は、気管にコーヒーが入っていくのを感じた。
「ケホッ…突然何を言い出すの…彼とは何でもないのよ…ただのファンよ」
私は、自分自身に言い聞かせるように早苗にそう言っていた。
「えっ、彼氏さんじゃないんですか?…私はてっきり…」
「てっきり何よ」
「恋人だとばかり…」
「全然違うから!」
「そうなんですか…私には仲が良いように見えましたよ…何かケンカしているように見えましたけど…」
「喧嘩って…あれは、単なる人見知りなだけよ…」
「人見知り?」
「私のファンですサインくださいって言うからサインしたら…お礼に食事でもって…誘っておいて…いざッ食事ってときに…近過ぎて緊張するからって…隣の席に逃げたのよ…」
「えっ!そうだったんですか…ナンパされたんですか?」
「あれのどこがナンパなんだか…だいたい最初なんて缶コーヒーの弁償なんだから…」
「缶コーヒーですか…」
「そうよ!缶コーヒーがそもそもいけなかったのよ!」
「先輩…話が見えませんが…」
「へっ…あっ…そうね…何の話だったかしら…」
「彼氏さんの話ですよ!先輩…」
「そうね…どこかにいい人いないかしらね…」
「先輩!そうじゃなくて!この間のレストランの男の話です!」
「あれは…無しね…」
「無しですか?」
「ノミの心臓君じゃ…私の彼氏はつとまらないわ」
「能美野 信三さんですか」
「そうよ!とっても上がり症で困った男なのよ♪」
「私は、上がり症かどうかは知りませんが、似合いのカップルに見えたんですけど…」
「そう?それって喜んでいいのかしら?」
「へっ?」
「嘘よ嘘…ありがと!さっちゃん」私は、何となくアイスコーヒーのグラスに眼を向けた。
グラスの表面に出来た水滴が一つ滑り落ちて行くのが見えた。




