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9話 デュアルマジック




 僕にとっては久々の、ルナにとっては初めての4階層。ここは魔物の出現率が悪いのでそうそう戦闘にはならないが、そのせいで油断を招き、大怪我をする確率が高い階層でもあるのだ。


 そんな階層だからルナ達も、まだ一度しかビックアントと出会ってはいなかった。その1体もルナの魔法の餌食となって一撃で決着がついていた。



「相変わらずここでは魔物に出会わないな……」



 アリサはぼやいていたがその気持ちも分かるので、ルナも何も言えないでいた。



「まあ、ルナの魔法が通じるのも分かったし、このまま5階層の階段を目指そう」


「お姉ちゃん、油断をしては駄目ですよ」


「分かってるよ。だが、いつ来るか分からないこの階層にいるより、ある程度の数がいる下の階層の方が集中力が続き易いんだ」



 たしかに、と納得したルナを連れてアリサは5階層の階段を目指し、そのまま階段を下りていった。


 5階層に着いてすぐに複数のビックアントが出迎えてくれた。アリサが目の前の1体の魔物に集中し、そこに近づいてくる敵をルナが魔法で撃退、その時に僕が周りを警戒して他の魔物の接近を見張っていた。


 次々襲ってくるビックアントを倒していき、魔石の回収も終わった。魔物との戦闘もひと段落した所で、壁を背にして休憩をとった。



「す、凄い数が現れるものなんですね。ゴブリンも数は多かったけど、ここまでの緊張感はありませんでしたよ」



 ルナは疲れたように座り込んで、さっきまでの事を思い出しながら呟いた。今も離れた所で声が聞こえるので、他の冒険者が戦っているのが分かる。



「……いや、普通あんだけの集団と遭遇したら、逃げるを選択するだけどな。ルナの魔法がなかったら、とっくに逃げてるよ」



 アリサもかなり疲れたようで、今は立ちあがる事もしたくない気分なのだろう。



「でも下層に行けるような冒険者の方は、この数を何とも思わないのでしょうね……」



 魔導具を探す事を目標としているルナにとって、下層には行けるようにならないといけない。その厳しさを痛感していたのだ。



「確かにそういう人達は、実力も高いし魔導具も装備している。だけどソロで迷宮の下層までいける奴はいないぞ。今回の戦いだって1人だったら逃げるしか出来なかったが、2人いたから撃退出来たんだ。まあ、ソロで下層に行く奴がいたら、そいつは相当の馬鹿か化物だな」


(馬鹿か化物!?……もう少し違う言い方があっても良いんじゃないかな…)



 アリサはそんな奴はいないみたいに言ったが、実際僕がそれをやっているので、直接馬鹿と言われた気がして少し落ち込んでいた。



「お姉ちゃん、どこで話を聞いているか分からないから、そんな事を言っては駄目ですよ」


「まあそうだが、実際下層で現れる魔物は攻撃力が格段に違うからな。人間なんて一撃くらえば、ほぼ即死クラスらしいんだぞ?チームを組んで攻撃に当たらないように連携しないと、攻略なんて無理なんだよ」



 僕が下層まで行った事を知っているルナが注意してくれたが、アリサの言っている事はもっともの事で、ミノタウロスの一撃に耐えるには、しっかり防具を整えなければ不可能だと体感しているのだ。



「まだそんな下層には行くつもりはありませんが、いつかは行けるようになりたいですね」


「とりあえずは中層に挑戦してみるとして、今日は少しだけシャドーデビルと戦って、その後は無理をせずに引き返そう」



 少し休んだ事で息も整い、体力も回復したので6階層に行く事にしたのだ。






 階段を下り終るとさっそく戦闘音が聞こえて来た。



「あれ?先客がいるのか…。今回は経験する事が目的だから、邪魔にならない所で魔物を探そう」



 迷宮では先に魔物を見付けた者が狩る権利を得る。近くに他の冒険者達がいるともめる原因になるので、後から来た者が離れるのが暗黙のルールになっている。


 なのでアリサは戦闘をしているグループと反対の方向、下への階段とは反対側へ歩いて魔物を探し始めた。


 あまり上への階段から離れると、万が一の時に逃げれなくなるので避けたいのだ。その心配も杞憂に終わり、僕達の目の前にシャドーデビルが1体現れた。



「あいつは手が伸びるから間合いには気をつけろ!まずはルナが魔法で隙を作り、私が斬り込みに行く」


「はい、アクアブリット!」



 影みたいな体のシャドーデビルは弱点がハッキリしないので、水の槍みたいに貫いてしまう魔法はダメージが少ないのだ。なので水の弾を放ち、打撃タイプの魔法を選択したのだ。

 その選択は正解で、シャドーデビルはヒットした個所から体勢を崩し、アリサが楽に懐に入る事が出来て攻撃を与えては離れていく。


 その連携を3回ほど繰り返した所でシャドーデビルを倒す事が出来た。



「……前はあんなに苦労したんだけどな…魔法使いが魔族討伐部隊に呼ばれる理由が分かった気がしたよ」



 前回は1体倒すだけでHPの半分を減らされていたのに、ルナがいるだけで無傷での勝利なのだ。その事実を考えた時、あっけなさに少し気が抜けたのと同時に、魔法使いが重宝される理由を理解したのだ。



「お姉ちゃんこの後はどうします?もう少しならMPも大丈夫ですが?」



 シャドーデビルが消えた後を茫然と見つめていたアリサに、今後の事をルナが質問してきたのだ。



「あ、ああ、……そうだな、あと1、2体倒したら帰ろう」



 その言葉通り、シャドーデビルを2体倒した所で引き返そうと階段に向かった。



「あれ?もしかしてまだ戦っているのでしょうか?」



 ルナが気になったのは、この階層に来た時に聞こえていた場所で、いまだ戦闘音が聞こえていた事を不思議に思ったのだ。



「……もしかしたら苦戦しているのかもしれない。少し様子を見に行こう!だが不用意に手は出すなよ」



 その場に向かい、戦闘の邪魔にならないように少し距離を取って様子を見てみると、3人組の冒険者がシャドーデビル4体に襲われていたのだ。前方に3体、後方に1体と挟まれて、逃げるに逃げれないのだ。


 しかも冒険者の1人は動きが悪い。まるで2人の冒険者がその1人を守っているような戦い方で、攻撃に回れず防戦一方になっている。



「……あれ?もしかしてカイ君?」


(ほんとだ!明らかに他の2人の足を引っ張ってるのはカイだな)



 懸命にカイを守るように戦っている2人だが、ときどきカイが飛び出して返り討ちに遭い、陣形が崩れる。その繰り返しをしているように見える。



(相変わらず自分勝手な戦い方をしているな……あれでは一向に事態が好転しないぞ)



 その思いはアリサもルナも同じで、疲れが見えている2人が力尽きるのは時間の問題なのだ。



「このままでは全滅になるな。仕方ない、手を貸すぞ!」



 そう決めたアリサとルナは戦場に向かって走り始めた。確かに獲物を倒す権利は見付けた者にあるが、ピンチの時には手を貸すものなのだ。



「ハァハァ、このままじゃ全滅だ……坊ちゃん、手を出すのを少しは控えてくれないか?」


「う、うるさい!あんな奴ら僕が倒してやる!」



 今にも倒れそうな覚束ない足取りのくせに、無謀にもシャドーデビルが3体いる方に突っ込んで行くカイ。しかし攻撃を防ぐのに手一杯だった2人には、突然動き出したカイを止める事は出来なかった。


 シャドーデビルは危険な敵として冒険者2人だけに攻撃をしていたが、突っ込んでくるカイに気が付いた事で攻撃の対象が変わった。その事で冒険者2人はカイに向かって駆け出す事が出来たが、完全に出遅れているので間に合いそうにない。



「ルナ、カイのHPはもう1桁だ。次の一撃を受けるとやばいかもしれない」



 僕は戦闘の状況を確認する為に3人のHPの調べたのだ。その結果をルナにだけ聞こえるように教えたのだ。



「分かりました!アクアブリット!」



 こちら側にいるシャドーデビルは1体で、カイが向かって行ったのは反対側なので距離がある。なのでこの状況で手助け出来るのは、魔法使いであるルナだけだった。



「え!?」



 まずは突然魔法が飛んできて驚いているカイと、一番距離が近い所にいた相手を吹き飛ばした。が、残り2体も距離を詰めてきて余裕がない。



「このままでは間に合いません!」



 たとえもう1体を吹き飛ばしたとしても、既に限界でフラフラになっているカイが、残り1体の攻撃をかわせるとはとても思えない。その事を理解しているルナは慌てていたのだ。



「ルナ落ち着いて。今の君ならきっと使えるよ」


「!?。ハヤテさん………分かりました!」



 この状況を打開する方法をルナは既に知っている。養成所で何度もチャレンジして失敗はしてはいるが、カイを助けるには今こそ成功させないといけないのだ。そして今のルナのMPと魔力なら、使用可能だと僕は思っていたのだ。


 ルナは意識を集中して、今まで以上の魔力を集め……。



「いきます!…アクアブリット、ダブル!」



 ルナの声と共に放たれたのは2発の水弾。本来なら上級魔法使いの一部が使える魔法の同時発動、<デュアルマジック>。僕の隷属として蘇ったルナが得た大量のMPと、練習では身につかない魔法のセンスがいる技術なのだ。


 その2つの水弾は正確にシャドーデビルの胸にあたり、同時に吹き飛ばした。3体が吹き飛んだ事で駆け寄っていた冒険者2人が間に合い、魔法の乱入で驚き止まっているカイを抱きかかえ、アリサが攻撃を開始したシャドーデビルの方へ戻って来た。


 その様子を確認したルナはアリサの援護にまわり、カイ達が合流する前に倒す事が出来た。



「すまない、助かった」


「別にいい。こんな時は助け合うのが冒険者だ」



 合流した冒険者はアリサにお礼を言った。



「いい加減に離せ!お前達、俺の邪魔をするな!」



 冒険者の脇に抱えられてカイは、大口を叩いて暴れているが残りのHPも少なく体力も限界に近いので、振りほどく事が出来ないぐらい弱っていた。



「カイ君そんな戦い方をしていると、いつか死んでしまいますよ」


「その声はルナか!?なんでお前がここにいるんだ!」


「何故って、冒険者になったのですから迷宮に潜るのは当然ですよ。それよりシャドーデビルはまだいます」



 いまだ騒いでいるカイをほっといて、ルナ達は体勢を整えて向かって来た3体に視線を向けた。



「すまないが俺は坊ちゃんを押さえておかないといけないから、戦闘には参加出来ない」



 カイを抱えている冒険者は申し訳なさそうに告げた。



「分かっている。そいつに勝手に動かれたら戦い難くてしょうがない。ルナ、魔法を頼むぞ!」



 アリサともう一人の冒険者が並んでシャドーデビルに向かって行き、ルナも少し後ろを走りながら魔法を放っていく。


 アリサ達が戦闘に入る前に2体の魔物は吹き飛んでいたので、2対1の状態でアリサが攻撃を防ぎ、冒険者が攻撃を行った。そして怯んだ所をアリサがトドメを差す。その流れるような連携で楽に倒す事が出来た。



「坊ちゃん、あれが連携ってやつだ。よく見といてくださいよ。下層を目指すなら最低でもあれぐらいは出来るようにならないと、とてもじゃないがここより下には行けない」



 自分達が全滅しそうなほど苦戦していたシャドーデビルを、同じ人数なのに楽に倒していくのを見てカイはショックを受けていた。



「ま、あの連携が出来るのは、魔法使いのお嬢ちゃんが要になっているけどな。それにあの若さでデュアルマジックまで使えるなんて驚きだ」


「デュアルマジック?」



 聞きなれない言葉にカイは抱えられた状態で聞き返した。



「ああ、本来魔法は1度に1つしか放てないんだ。それを2つ同時に使える技術の名前さ。魔法使いの中でも上位にいる奴らの、更に一部しか使えないほどの高等技術なんだよ。俺も実際見るのは初めてだけどな」


「ルナがそんな技術を?」


「そういや坊ちゃんと知り合いだったんだな。どこで出会ったんだ?あんな魔法使いがいたなら、もっと有名になってそうなんだけどな」



 カイを抱えている冒険者は2人が話しているのを聞いているので、その出会いに興味が湧いたのだ。



「……ルナは俺と一緒に養成所に通っていたんだ。それに魔法の事を知ったのはのはその時だから、経験もまだ10日も経っていない…」


「馬鹿な!?魔法を使い始めて10日?………は~、天才っているもんなんだな」



 カイの話を聞いて、冒険者は感心するようにルナの方を見ている。


 ルナはアリサ達が戦いやすいように魔法で援護している。戦いが2対1になるように調整し、余裕がある時は魔法で体勢を崩す事もしていた。なのでアリサ達はほとんど攻撃をされないで間合いに入る事ができ、一方的に攻撃を繰り返していたのだ。


 そんな状況だったので戦闘はすぐに終了を告げた。



「はー、ルナお疲れ様。とりあえず階段まで戻って休憩しよう。魔石の分配もそこで話あおうと思うんだが、あんた達もそれで良いか?」



 魔石の回収も終わったが、この場に留まるのは危険と判断したアリサは、階段まで引き返す事を提案した。



「ああ、助けられたのはこっちだからな。そっちに合わせるよ」


「なら階段までは即席のチームだ。周囲に注意して戻ろう」



 アリサの提案に素直に頷いた冒険者は、おそらくリーダーであるカイの意見も聞かずに階段に戻っていった。普段なら騒ぎ出すカイも、先程の戦いが相当ショックだったようで何も言わなかった。



「さて、シャドーデビルから得た魔石は4つだが、配分は半々でいいか?」



 念の為、上への階段の中間まで上がってから腰をおろし、アリサは話を始めた。



「良いのか?実際に戦ったのはそっちが2人でこっちは1人だから3:1でも文句はないぞ」


「そうは言われてもな……私達が参戦する前に与えていたダメージも考えると、半々がちょうどいいと思う。だからここは半々だ」



 少し前のアリサだったら喜んで3:1にするだろうが、今はそこまでお金を必要とはしていないので、後々に揉め事の火種は残したくはなかったのだ。



「分かった。そっちがそれで良いなら、それに従おう。

 ……さてと、礼が遅れたな。ありがとう、君達が来てくれなかったら坊ちゃんの命も危なかったかもしれない。助かったよ」



 魔石を受け取った冒険者は、一息入れてから僕達にお礼を言ってきた。



「いいよ別に。私も前にこの階層で助けられた事があったし、ピンチの時は助け合わないとな」


「そう言ってくれると気が楽になるよ。それにしてもそっちの魔法使いのお嬢ちゃんは凄いな。まさかデュアルマジックが使えるとは思わなかったよ。それにまだMPに余裕を感じるから、若そうなのに熟練の魔法使いなんだな」



 アリサと一緒に戦っていた冒険者<オレン>は、カイの話を聞いていないので素直に称賛した。



「ん?。何か勘違いをしているようだが、ルナはまだ冒険者になったばっかりだぞ?昨日まで養成所にいたんだからな」



 何やら盛大に勘違いをしていると思ったアリサは、ルナの経緯を簡単に説明した。



「は?いや、だって……え?デュアルマジックが使えて新人?それにあんなに魔法を放って、まだMPに余裕があるんだろ?」


「…オレン、坊ちゃんも言っていたから間違いがない。それに加えて魔法を使い始めてまだ10日も経っていないらしい…」



 いまだ混乱していたオレンに更なる事実を伝えた。



「そんな事はないだろ!?他の魔法使いの冒険者を知っているが、このお嬢ちゃんの方が間違いなく腕は上だぞ!」



 もう1人の冒険者<アッシュ>の話を聞いて、オレンは取り乱したように驚愕していた。



「それについては俺も同意見だが、事実は事実だ。受け止めなければならない」


「……………」



 驚き過ぎてついにオレンは黙ってしまった。



「さっきから何を驚いているかは知らないが、ルナはまだ体の弱い新人冒険者だ。あんた達が驚くほど特別な存在ではないよ」



 魔法に関して詳しくないアリサは、2人が何を驚いているかは理解出来なかったのだ。



「それより私達はもう地上に帰るつもりだ。今のこの迷宮には危険人物がいるらしいから、長居は避けた方が良いからな。…あんた達はどうするんだ?」



 カイ達は既に回復薬を使い切っているのは分かっているので、帰り道の事を心配して同行するかを聞いてあげたのだ。



「そうだな…俺達だけでは余裕がないから危険だ。悪いが同行させてもらおう」


「なら早速動き始めるか。夜になると危険が増すからな」



 話がついたのでアリサとオレン、アッシュがルナとカイを囲むような陣形で地上を目指した。


 もちろん魔物との戦闘は避けれなかったが、3人の内1人がカイの護衛をして残りの2人とルナが攻撃をして行ったので、2人で下に来る時より楽に進む事が出来たのだ。






 そのまま危険な状態になる事なく、地上に着く事が出来た。



「やっと地上か……一時はどうなるかと思ったが、無事に帰って来れたな。さてと、このままギルドに行くんだろ?どうせならそこまで一緒に行くか?」


「オレン、ちょっと待て。その前にポーションを買って、坊ちゃんに使ってあげないといかん」



 確かにフラフラの状態で、ギルドまで歩いて行くのはきついだろう。アッシュは少し待ってくれと言い、道具屋の出店でポーションを買って来てカイに飲ませた。



「……別にこれぐらいのダメージなんて、なんともなかったんだがな」


「?」



 小声で呟くように言ったカイを見て、いつもならもっと大きな声で言いそうなものだと思い、ルナは少し首を傾げた。



(まだ敗北を引きずっているようだが、自分勝手なカイにはちょうどいい薬になるだろう)



 そうして足取りがしっかりした事を確認した一行は、魔石の換金をする為に冒険者ギルドに進み始めた。







「リーザ、鑑定と換金を頼む」



 ギルドについた僕達は、受付にいたリーザにアリサは魔石を渡して鑑定を頼んだ。



「今日は2人で迷宮に行ったのね。まあ、魔法使いのルナちゃんには前衛のアリサがいた方が安全よね。………それにしてもずいぶん魔石を持って来たわね…」



 リーザが驚くのも無理はない。アリサが渡した魔石は軽く40個は越えていたのだ。



「なんだ、リーザはルナが魔法使いだって知っていたんだな」


「それはそうですよ。私達に魔法の知識を教えてくれたのはリーザさんですから」


「なに?リーザからそんな話は聞いていないぞ!」



 何度かルナの様子を聞き出そうと、アリサはリーザに話をしていたのだ。しかし何も教えてくれなかったので、アリサだけが蚊帳の外の気分になり、リーザに文句を言い出した。



「ごめんね。ギルドの規定で一度養成所に入った子の様子は、誰にも教えてはいけない事になっているのよ。それよりアリサ!新人を連れてどこまで潜っているのよ!4等級の魔石がこれだけあるって事は、中層まで行ったでしょ!」



 リーザは話をしながらも魔石鑑定の仕事をこなしていた。その結果、4等級の魔石が7つもあったので中層まで潜ったとばれてしまったのだ。その事で非常識だと怒ったのだ。



「え、いや、確かに行ったが……。結構余裕だったぞ?」



 リーザが怒った理由は分かったが、ルナの実力を見ながら潜って行ったので、あまり悪い事をしたとは思っていなかった。なので結果をそのまま感想として、リーザに余裕と言ったのだ。



「そんな訳ないでしょ!だいたいMPだってそこまで潜ったら帰りの分が残らないわ。ルナちゃんも自分のMPの管理はしっかりしないと駄目よ!」


「ええ、まあ、そうですね…」



 軽い声で返答を聞いたリーザはますます怒ってしまい、ルナにも突然矛先が向いたが、いきなりだったので上手く返事を返せなかった。



「いや、リーザ。なんでルナを指導したお前がそんなに低評価なんだ?ルナは最初から最後まで、MPが切れる事はなかったぞ?」


「……そりゃあ休憩を多く取れば持つでしょうけど、それでは緊急時に対応出来るMPが残らないから危険なの。魔法使いのルナちゃんは、アリサとはぐれたりしたらMPが全快でも上の階段まで足りるか微妙なのよ」


「……リーザ、お前本当にルナを教えていたのか?」



 リーザのあまりの心配ぶりに、アリサは何かおかしいと思うほど話が噛み合わなかったのだ。



「あ~、口を挟ませてもらっていいか?」


「あらアッシュさん、こんばんわ。どうしました?」



 いつまで経っても話が平行線になりそうだったのを見兼ねて、後ろで順番を待っていたアッシュが話に入って来たのだ。そして受付のプロのリーザは、即座に笑顔に戻って対応していた。



「いや、この子の話だが。俺達は6階層でこの子の魔法を使うのを見ていたが、正直その辺の魔法使いより凄腕だったぞ。その証拠にデュアルマジックまで使っていたからな。さっきの話からして、お前が教えたんだろ?」


「デュアルマジックを……使った?………ルナちゃんが?」



 デュアルマジックを使ったと聞いたリーザは、事実を飲み込めずに戸惑っていた。たしかにルナがデュアルマジックを試していたのは知っていたが、その時は失敗を繰り返していて1度も成功していなかったのだ。



「ああ、確かに水の弾を2発同時に放っていた。その後も魔法を使い続けて、碌に休憩をしないでここまで来たから、MPの上限もかなり高いと思うぞ」


「……ルナちゃん!ちょっとこっちに来て!アリサ達は少し待っててね」



 少し考えた後、リーザは問答無用でルナの手を引いて奥の部屋まで連れて行った。







「ルナちゃん、ここなら他の人にステータスが見られないから、私にギルドカードを見せて!お願い!」



 部屋に入ると同時にリーザは入口を背にして、ルナにステータスを見させてくれと頼んできた。本来ならこんな事を頼むのは非常識だと理解している。受付とはいえリーザも冒険者なので、普段はギルドカードのステータスを見ないように徹底して仕事をしていた。そんなリーザが頭を下げて頼んで来たのだ。


 ただ出口を背にしている立ち位置から考えて、見せてくれるまで逃がさないと言う意思も感じられた。



「別に構いませんよ。私もリーザさんには見て欲しかったですから……」



 ルナはそんなリーザにギルドカードを出して見せた。



「な!?。……………何これ?」



 ルナのステータスを見たリーザは、目を見開いて驚いて固まっていた。



「お姉ちゃんにも言ってはいませんが……これが今の私のステータスです」


「…なんでこんなに高いステータスになってるの?だって…え?……本物…ですね…」



 リーザはこのギルドカードが本物かどうかを確かめる為に、ルナからカードを渡してもらった。もちろん本物なので、ルナの手から離れた段階で消えてしまう。



「理由はハッキリとは言えませんが、迷宮で死にかけてから一気に上がったんです。その事で心配させたくはないのでお姉ちゃんにも話せていませんが、今後換金とかの時にギルドカードを見せないといけません。なのでリーザさんにだけは、知っておいて欲しかったのです」


「こんな事が起こった前例はありませんが……確かにこのMPの量を考えれば、デュアルマジックが使えるかも知れないわ。

 それに、確かにこのステータスをアリサや他の人に見せるのは躊躇うわね。………分かりました。この事は秘密にしましょう。今後魔石の鑑定にくる時は、私がいる時だけしてね。上手く隠して更新してあげるから」


「ありがとうございます!」



 ルナが望んだ事を理解してくれて、対応もしてくれると約束してくれたので、暗かった表情を明るくして喜んでいた。



「ルナちゃんのステータスなら中層に行っても大丈夫だろうけど、油断はしちゃ駄目よ。今は防御力が低いんだから、不意討ちの一撃で死んじゃうかもしれないんですからね」


「はい、気を付けて潜ります!」



 リーザという協力者を得て、ルナは嬉しそうに返事をしてアリサの元へ戻っていった。






「お、戻って来たか。いったいルナと何を話していたんだ?」


「ただの忠告みたいなものよ。……ハッキリ言って、ルナちゃんの魔法の腕はかなりのものなの。下手に魔法の実力の噂が広まると、いろんなトラブルの原因になりかねないわ。その事はアリサも理解していてね」


「そんなに凄いのか?私は魔法使いの戦い方を始めて見たから、比較する対象がいないから分からないんだ」



 今までルナの病気の治療費を稼ぐ為だけに冒険者をやっていたので、アリサはずっとソロだった。その為、他の冒険者を見かけたら即座にその場から離れて、別の場所で魔物を探して狩り続けるような事をしていたのだ。

 そんな戦い方をしていた以上、魔法使いの戦いを見かける事がなかったのだ。



「……ハッキリ言って、魔法の腕だけなら中層レベルよ。現時点では1対1ならまだ私が勝てるでしょうけど、将来は確実に私を越える才能を持っているわ」



 リーザは受付嬢をやっているが、迷宮に行っていた時は中層で稼いでいたのだ。もちろんソロではなくチームを組んでいた。MPの量だけを言えばルナの方が上だったが、その時に培った経験の裏付けから来る魔法のバリエーションと判断力が、今のルナに足りない物だと忠告してくれたのだ。



(まあ、新人相手にそれを求めるのは間違っているけどね)


「新人でいきなり中層レベルって相当じゃないか!」



 アリサもリーザの説明でルナの魔法の腕に驚きを隠せないでいた。



「少し落ち着いて、魔法の腕だけの話よ。魔物の癖や習慣に関する知識、急なトラブルに対する対応力などはまだまだ新人レベルだから、絶対に無理をさせては駄目よ」


「あ、そうだよな。1つだけ才能が飛び抜けていても、それだけでは足りないものな。分かった、あまり騒いでいらぬ厄介事を引き寄せないように努めるよ」


「分かってくれたならいいわ。それじゃあ、はい。これが今回の換金額よ」



 忠告を理解してくれた事が分かったリーザはホッとして、遅くなったが魔石の引き取り金額をアリサに渡した。



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