68話 砂漠への旅立ち
砂漠の町イシスを救ってほしいと依頼してきた男、<エギル>は早速僕達を先導する形で町を出る。
エギルがこの町に来る時は徒歩だったが、今回は馬車を借りて移動する。
「馬車での移動は早くて助かるが、砂漠では使えないんだがいいのか?」
馬車の運転はエギルが行なっている。移動手段を悩んでいたら馬車の運転は出来ると言っていたので、ならと即決した。
「構いませんよ。砂漠に着いたらすぐに返しますし」
ルナの説明ではエギルはまったく理解出来なかった。単純に転移の魔導具で町に返しに行くだけなんだが、わざわざ驚かす必要がないと内緒にする。
「この馬車の速度なら3日もすれば砂漠に着く。そこからは徒歩になるが、トータル7日もあれば町に着くはずだ」
「砂漠の魔物か……どんなのがいるか楽しみね」
「砂漠で現れる魔物はデザートウルフとデススコーピオン。そして一番気を付けないといけないのが、ホールフィッシュ。砂に潜って口を開けて潜み、上に来たら丸飲みする危険な魚だ」
「それは危険ね。それで、その魔物を見極める方法はあるんでしょ?」
「ああ、わずかだが砂がへこんでいる場所があるんだ。その上に乗らなければ安全だ」
移動は順調に進んで行った。確かに何度か魔物が襲ってきたが、ルナの魔法を避ける事が出来るものはおらず、危険はまったくなかった。
そしてエギルが一番驚いたところは夜になった時だった。颯が収納の腕輪にしまっていた新居を取り出し、野宿とは程遠い快適な夜を迎える事が出来てしまったからだ。もちろんエギルは自宅部分には食事とお風呂の時にしか入れてあげなかったが、まだ機能していない診療所でも十分快適だった。
「流石は町中で認められているチームだ。全てが規格外過ぎる……」
翌朝、これが当たり前のようにしているルナ達を見て、ギルドマスター達が信頼している理由が分かったような気がしたエギルだった。
「ここからが砂漠の始まりだ」
エギルが馬車を止めたので下りてみると、そこには一面砂で覆われた世界が広がっていた。熱気も凄く、ここを歩いて行かないといけないと思うとゾッとする光景だった。
「その前に馬車を返しに行きましょう」
「そうね。エギル、良いって言うまでこっちを見ちゃ駄目よ」
「?。分かった」
素直にゼロの指示に従うエギル。理由は分からないが、ここまで来て機嫌を悪くされても困るので逆らう事はしない。砂漠の方に視線を向けたまま5分程の時間が過ぎた時、ゼロが砂漠に向かおうと歩み始める。エギルが後ろを振り向くとそこには馬車の影すらなく、すでに全員が歩き始めようとしている。
エギルは砂漠を渡る為に布で頭や顔などを覆って強烈な太陽光と砂漠の熱を防ぐ準備をしていた。しかし……
「本当にそれで砂漠を渡るつもりか?いくらなんでも砂漠を舐め過ぎているとしか言いようがないぞ」
そう言われるだけの理由がルナ達にはあった。……ルナ達の砂漠を渡る装備は……日傘を差すだけだったからだ。もちろん熱対策はそれだけではない。ルナに出してもらった氷を僕が背負って歩く事で周りを冷やして移動しようと考えていた。もちろんそんな対策は砂漠の住民であるエギルにしては呆れる事しか出来ない内容だった。
「こんな装備で日中の砂漠を渡れる訳がない。仕方がない、移動は夜にして今の家に睡眠をとっておこう」
この判断はとても真っ当な事だった。この砂漠は日中は気温が50度を超え、夜は一気に0度近くまで下がってしまう。日中の熱を避けれる装備がない以上、服を重ね着するなどして夜の寒さに耐えた方が無事に移動出来る。
「大丈夫よ。これぐらいの気候だったら何とかなるはずだから」
「だが!」
「良いから黙ってついて来なさい。そうすればあんたも安心出来るはずだからね」
「……………」
自陣満々で歩き始めるゼロ達、その後を無理だと思いながらも何も言わずに着いて行く。しかしそんなエギルの心配はすぐに払拭される。
「嘘だろ……なんでそんな氷1つでここまで涼しくなるんだ?」
エギルは動揺する。僕達の周りだけまるで切り取られたみたいに気温が違ったのだ。その差は約30度。周りが50度越えの中、20度ぐらいまで涼しくなっていた。
その理由をエギルには教えないが、理由は簡単、操作術の膜で地面からの熱と吹きつける砂を遮断しているのだ。これにより氷の冷気が籠り、中は砂も暑さも感じないフィールドの完成だ。ただ日光だけは防げないので、日傘は必要だった。
「大丈夫なのは分かったでしょ。分かったならさっさと道案内をしなさい」
「あ、ああ、任せてくれ……」
いまだ動揺を隠せないエギルだったが、これなら休憩は最小限で済み、予定より早く町に戻れるとやる気を出して案内を開始する。
日中の移動は快適、夜も魔物が襲って来れず寒さを遮断する家で気持ちよく眠れる。とても砂漠の旅だとは思えない程に……
そうして予定より1日早く砂漠の町イシスに到着する事が出来た。この町は砂漠の中にあるだけあって建物にも砂が被っており、全体に砂色の町と言う印象を持った。魔物避けの塀もだいぶ崩れている所があり、町人が疲れた顔で一生懸命に修繕をしている。
エギルの言っていた通り、このままの状況が続けば町民が疲れ果てて町が滅んでしまうのは目に見えていた。
「まずは冒険者ギルドに顔を出してくれ。その間に町長を連れて来る」
そう言って冒険者ギルドの前に着いたら、僕達を置いてエギルは町長の所に走っていく。
「あら?見ない顔ね。こんな時に観光にでも来たのかしら」
ギルド内に入るとそこには1人の女性だけがおり、受付のカウンターに座ってこちらに話しかけてきた。彼女は小麦色の肌をしており、無駄な脂肪もない引き締まった身体つきをしている。一目で実力者だと理解した。
「ちょっとここで人を待つ事になってね。…それにしても冒険者ギルドのくせに、冒険者の姿が見えないわね」
「そりゃそうよ。腕に覚えがある冒険者は町の防衛に、その他は魔物避けの塀の補修にいっているもの。あんた達も悪い事は言わないから、早めにこの町から出る事を勧めるわ」
「そうはいかないわよ。依頼を達成したら、この町の迷宮を攻略する予定にしているからね」
「迷宮攻略って……もしかしてあんたは冒険者なのかい?」
驚きながら女性が見つめる先には僕がいた。
「始めまして、冒険者のルナです。ランクは5です」
「……カナなの。ランクは3なの」
「ゼロよ。同じく3ね」
「ミライです。ランクは1ですが、よろしくお願いします」
「は?冒険者そっちの小さい方で、あんたは違うのかい?」
彼女が予想していたのは、子供を守る為に雇われた冒険者が颯だと思ったのだろう。その予想を裏切られて驚いていた。確かに颯も冒険者なのだが、ここで名乗ってギルドカードの更新をされると困るので、違う事にする。
「……まあいいわ。それでもまだ低ランクの冒険者なら、早いうちに逃げた方がいい。もしデザートワームが襲ってきたら、子供のあんた達でも冒険者の義務として戦わないといけなくなるからね」
「それは……」
「皆さん!町長を連れてきました!」
そこにエギルが飛びこむようにやってきた。
「おいエギル、戻って来たのか!ならなんですぐにこっちに顔を出さないの!」
「あ、<エリエール>さん。ただいま戻りました。すみません、町長を連れて来るのを優先してしまいました」
「町長を?つまり冒険者を連れて来る事に成功したってのか!それでその冒険者達は何時頃来られそうなんだ!」
「それは…」
「ちょっとエギル。あんたって冒険者だったの?なんで黙っていたのよ。それに全然戦おうともしなかったし」
約1週間一緒に旅をしたが、エギルが冒険者だと言う話は一言もなかった。
「え?いや、そう言われても、俺が参戦する前に戦いは終わっていたじゃないですか。それに冒険者じゃ無ければ、1人でこの魔物が徘徊する砂漠を越えて貴女達の町に行く事なんて出来ませんよ」
「……そりゃそうね。確かにあんたの言うとおりだわ」
そう言って僕達は笑いあった。
「こらエギル。子供と話していないで、さっさと町を救ってくれる冒険者のもとに案内せんか!」
そこにやって来たのは、いかにも町長ですって恰好の老人だった。
「そうだよ。1000万ゼニーでどれだけの冒険者を呼ぶ事が出来たんだ?」
エリエールと町長の視線がエギルに集中する。ルナ達が目の前にいるのに、まるっきり目に入っていない……その様子に、ようやくルナ達をどうやって説明すれば良いかの問題に気付いた。普通に彼女達です、と説明しても信じて貰えず怒られるのは目に見えている。どうすれば良いかと悩んでいると、
「先程、そちらの方には自己紹介を済ませましたが、冒険者のルナです」
「それはもういい。今はデザートワームの討伐を引き受けてくれた冒険者の話が先だ!」
丁寧に頭を下げるルナの言葉をエリエールが遮る。
エギルは焦った。明らかにエリエールの対応に、ゼロが不機嫌そうな顔をし出したのだ。ここまで来て彼女達に帰られるのは拙いと思い、そのまま正直に話す事にする。
「ですから彼女達がデザートワームの討伐に来てくれた冒険者です。お願いですから彼女達に失礼な態度はとらないでください!」
「はあ!?こんな子供がデザートワームと戦うって言うのかい。さっき聞いたが、まだ冒険者ランクは最高で5らしいわよ」
「そりゃそうよ。私達は冒険者になってまだそんなに経っていないもの。冒険者ランクが上がっていないのもしょうが無いでしょ」
そんなゼロの話を聞いて、エリエールは顔色を一気に赤くして怒鳴り出す。
「おいエギル、お前は正気か!こんな経験も少ない子供の冒険者を連れて来て、どうするつもりだ!」
「少し落ち着いてくださいエリエールさん!彼女達は見た目は子供ですけど、全員既婚者でラピスではその名を知らない者はいない程の実力者です。お願いですから子供扱いはやめてください」
「馬鹿を言うでない!どこから見ても普通の子供ではないか。まったく、依頼を受けてくれた冒険者が来たと聞いて、喜んで飛んで来たというのに……」
エギルの話を信じずに怒りだしたのはエリエールだけではなく、町長も怒り、ショックから落胆していた。
「………どうやら私達はお呼びでは無いようだから、迷宮の方にでも潜らせてもらうわ」
「町長まで……お願いですから俺の話を信じてください。今、彼女達に帰られたらこの町を救う手立てはなくなってしまいます……」
しかし町長とエリエールは信じる事はなかった。エギルはようやく掴んだ希望が手をすり抜けていくような感覚に落ち込んでしまう。
「エギルさん。私達はこの町の外に家を建てて、そこを拠点として迷宮に潜ります。もし攻略し終わるまでに説得出来ましたら、その時はお知らせください」
ルナは帰り際、エギルにそう伝えてからギルドを後にする。エギルはガバッと顔を上げ、手をすり抜けたはずの希望がわずかだが残っていた事に喜んだ。
そして何故ラピスのギルドマスターは自分に町の声を聞きに行かせたのかを理解する。彼女達の事はいきなり他人から聞いた話ではそのまま信じられないと分かっていたからこそ、自分で情報を集めさせて信じさせたのだ。だがここには彼女達の実力を知る者はいない、その中でエリエールさんと町長を信じさせないといけないのだから、これはかなり難しいと身に染みて分かっていた。




