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後編

「イケメンの趣味がぬい活とか……想定外だったんだけどー」


 その夜。

 昼間のランチを思い出しながら、独り言ちていた。

 手に持ったチューハイの缶を揺らせば、残り少ない中身がちゃぷちゃぷと音を立てた。


「えー。ぬい活趣味ぃ。ないっちゃないんだけどー。いやでもあの顔は捨てがたい……」


 初恋の男の子にどこか似ている如月くんの顔を思い出す。

 

 ……うん。


 できれば手に入れたい。


「わたしに夢中にさせれば……ぬいのことなんて忘れてくれるかなぁ?」


 そんなことを呟いた瞬間。

 テーブルに置いて、適当な動画を流していたノートパソコンの画面が真っ暗になった。


「え? 壊れた? バッテリーは……繋がってるし。えぇ? レポートとか全部この中に入ってるから、マジ止めてー」


 マウスを動かしてみても何の反応もない。

 電源ボタンのLEDは見たこともない明滅を繰り返している。


「えぇー。マジで何?」


 真っ暗になった画面を覗き込めば、わたしの顔が映っている。

 そして……。


「え?」


 画面に映ったわたしの背後。

 そこに映っていたのは……。


 バッと思い切り振り返る。

 そこはいつも通りの光景が広がっていた。

 趣味で撮ったたくさんの写真たち。

 それを壁一面に貼り付けて、いつでも彼の顔が()れるようにしてるのだ。

 写真の中の彼と視線が合わないのが難点と言えば難点だが、これからお付き合いなんてものが始まったらその問題もいずれ解決することだろう。


「ん……?」


 写真の中の彼。

 リュックにはもちろんあのぬいがぶら下がっている。

 ゆらゆら揺れるぬい。

 その視線が……まっすぐこちらを向いていた。

 まるで写真の中からわたしを観察するように。


「……なにこれ?」


 他の写真に視線を移す。

 写ってるのはもちろん如月くんだ。

 どの写真も如月くんの視線はどこか別のところを向いている。

 そりゃそうだ。

 本人に気付かれないように撮った写真なんだから。


 なのに……。


「なに……これ……?」


 どの写真でも、ぬいはこちらを見ていた。

 ぬいの作り物の、刺繍糸でできてるはずの目が、まっすぐにこちら(わたし)を見ていた。


「っ!?」


 視線を感じて振り返る。

 原因不明で落ちていたはずのノートパソコンがぱっと明るくなった。

 勝手に動画が再生される。

 そこに映っていたのは、艶やかな黒髪をぐちゃぐちゃにして、泣きわめく女の子。

 それを何人もの男たちが凌辱していく。


 そしてそれの様子を見つめる金髪の、女の子と同じ制服を着た女生徒。

 すぅとカメラの視点が絶望に色を失くした女の子の顔を大写しにしてから、もう一人の女生徒に移動する。

 女生徒の顔には、隠し切れないほどの残虐性を乗せた笑みが浮かんでいて……。


「っ! やめてっ!」


 バタンとノートパソコンを閉じる。

 力任せの所業に、少しだけ冷静な自分が故障を心配するけど……。

 そもそもさっきの動画が流れた時点でおかしいのだ。


 だってあれは……。


 確かに動画を撮ったけど、撮影者はわたしだったから……。

 わたしの顔が映ってるはずがないんだから……。


「っ!?」


 ノートパソコンの天板に置いていた手に、何かが触れた。

 そこにいたのは……。


「っ!? 何よっ!!」


 如月くんのぬいだった。

 そしてそのぬいは……さっきの映像で、男たちに乱暴されていた女の子に……よく似ていた。


「なによっ! こんなものっ!?」


 ぬいを掴んで壁に投げつける。

 ぽよんぽよんと跳ねたぬいは床に転がって……真っ黒な刺繍糸でできた瞳でまっすぐにわたしを射抜いた。


「な……何よ……」


 ぬいの目は恨めし気にわたしを見上げている。

 そう言えば彼女はどうなったんだっけ……?

 確か……。


 ピリリリリリッ!


 突然の音にビクっと身体が跳ねた。

 音の出所はスマホだった。

 音は切ってあったはずなのに、何故か着信を告げてくる。


「……如月くん?」


 相手は如月くんだった。

 ぬいのことを忘れて、スマホを手に取る。

 タップすれば今狙ってる男の声が聞こえてきた。


「あ、阿佐美さん? 遅くにごめんね? ……変なこと聞くけど……俺のぬい、そっちに行ってない?」


「……え?」


 一息に言い切られた相手の言葉に驚きを隠せない。

 だって疑問符をつけてるっぽく話してるけど、彼は明らかに確信していた。

 わたしの手元に如月くんのぬいがあることを。


 だけど、流石に二度目だ。

 間違えてカバンに入ってたは通用しないだろう。


「……ううん。ないよ?」


 動揺がでないように返事をしながら、床に落ちたぬいを拾い上げる。

 そのままぬいはゴミ袋に入れて何重にも縛り上げる。

 その音が如月くんに聞こえないようにと願いながら。


「……そう? なんで……」


 ザザッと雑音が入って如月くんの声が聞こえなくなった。


「え? なぁに? 如月くん? 電波悪い?」


 遠くで何かを言ってるような気配がする。

 だけど砂嵐みたいな雑音に阻まれてよく聞こえない。


「なぁに? なんて言ってるの? きさらぎくん?」


「……ねぇ? なんであんなことしたの?」


「っ?!」


 突然スマホから明瞭な声が聞こえてきた。

 だけどそれは如月くんの声じゃない。

 女の子の涼やかな声だった。

 どこか聞き覚えのあるその声は……。


「お願い。 止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて……」


 ぴぃんぽーん。


「っ!?」


 反響して部屋中を満たしていた女の子の声を切り裂くように聞こえてきたのは、この部屋のインターホンだった。

 それと同時にぴたりと女の子の声は()まる。

 こんな時間に……と思いながら、ドキドキとモニタを覗き込めば、一人の男性の姿が映っていた。

 まるでモニタ越しにじっとわたしを見つめているように、まっすぐこちらを見てる人は……如月くんだった。


「え? 如月くん?」


 こんな時間に? とか、自宅の場所教えたっけ? とか色々頭に浮かぶけど、気が付けばオートロックを解除して、部屋の鍵も開けていた。


「……こんばんは」


 ニコリと微笑む如月くん。

 どこまでもいつも通りだ。……そのはずだ。


「こ、こんばんは。どうしたのこんな時間に……? それに……」


 大学ではわたしは実家から通ってることになっている。

 だって地元がここだと言ってるのに一人暮らしをしてるのは奇異の目に見られそうだったから。

 だけど本当は一人暮らしだ。両親は()()()()()でわたしを見限ってどこかへと行ってしまった。

 学費と家賃と生活費は振り込まれるけど、あの日から連絡を取ったことはない。


 なのになんで如月くんはわたしの家を知ってるんだろう……?


「どうし……て……」


「あぁ、やっぱりここにいた」


 わたしの疑問を無視して、如月くんが部屋の奥へと足を進める。

 何かを拾いあげる動作をしたかと思えば、手に持っていたのは……。

 

「ひぃっ!?」


 さっきゴミ袋で何重にも仕舞い込んだはずのぬいだった。


「な……んで……」


「ふふっ。やぁっと見つけたから……嬉しくなっちゃったのかな?」


 如月くんの手がぬいを優しく撫でている。

 髪を撫で、頬を撫で、口を撫でる。愛しくて堪らないとでもいうように。

 その仕草に既視感を覚えて……。


「きさらぎ……くん?」


「探すの大変だったんだよねぇ。あの件が明るみになって実行犯の男共はちゃんと捕まったけど……。君だけは逃げおおせたよねぇ。ははっ! 地元の名士が娘の犯罪を誤魔化すために地元を離れなきゃいけないとかさぁ。とんだ本末転倒だよねぇ。

 それでも……娘が可愛かったんだろうねぇ」


「なに……を……言ってるの……?」


 この土地に逃げてきたのは、誰もわたしを知らないからだ。

 過去のわたしから逃げるためにここに来たのに……。

 この目の前の男は何を言ってるんだろう……?


 手に持ったぬいに語り掛けるように如月くんが口を開く。


「探して探して探してさぁ。それにしてもホント、俺の顔好きだよね。お前。まさか釣れるとは思わなかったよ」


 如月くんがリュックを肩から降ろす。

 ずいぶんと重たそうな中身は、本当に教科書だけなんだろうか?


「あーあ、この顔じゃなかったら、()は今でも俺の隣にいたのかなぁ……とか考えちゃうよね」


 如月くんが話しかけてるのはわたしじゃない。

 手の中にいるぬいだ。

 愛おし気にぬいを撫でる如月くんの指が止まる。


 それはまるでわたしが……。


「ね、そこで見てて? 俺が……君を自殺に追い込んだアイツをぐちゃぐちゃにするところを……っ!」


 丁寧な手つきでぬいの、あの子の髪を撫でる彼。

 大事な人をエスコートするようにぬいを棚の上に置く。


 そして彼がわたしの方へと振り返って……。


「きさらぎ……っ!? ぎゃっ!?」


 わたしの身体は如月くんの振り回したリュックで弾き飛ばされた。

 いったい何が入ってるのか、男の全力で振り回されたリュックの威力はとんでもない。

 グラグラと脳が揺さぶられ、だらりと鼻から生温か液体が零れ落ちる。

 わたしが吹っ飛んだ時巻き込んだノートパソコンが、画面を天井に向けながら動画を再生している。


『お願い! やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて……』


 さっき部屋を満たした声が、再び部屋を満たす。

 だけどさっきとは少しだけ違う。


 そんなことを痛みでもうろうとする中思っていると、さっと影が差した。

 わたしを怒りに満ちた顔で見下ろすのは如月くん……そして、初恋の男の子だった。


「なぁ、なんで……っ! なんで彼女を襲わせる必要があったんだ?! なぁ! なんでだよっ! なんで彼女が死ななきゃいけなかったんだよっ! ……俺のせいでっ!」


 そうだ……。

 あの頃のわたしはガラの悪い男たちと付き合いがあった。

 いつ見たって清廉潔白な彼とは釣り合わない存在だった。

 黒髪を揺らす彼女をうらやましいと思いながら、色を抜き過ぎていたんだ髪を持て余していた。


 だけど、同時にわがままな子どもでもあった。

 どうしても彼が欲しくて欲しくて……。

 彼女が彼の隣に立つのに相応しくなくなればいいと思ったから……。


 彼女を男たちに襲わせた。


 そして彼女は……自殺した。


 そんなの騒ぎにならない訳がなく。

 男たちは捕まった。

 だけどわたしは……父の伝手でなんとかもみ消して、ここまで逃げてきたんだ。

 あの子みたいな存在になってやり直そうと思って……。

 髪を黒くして、服装も清楚な感じにして。

 真面目な雰囲気に見えるように努力して……。

 あとは初恋の男の子によく似た如月くんを手に入れるだけだったのに……。


「どう……して……?」


「それはこっちのセリフだっ! なんでっ! なんで彼女が……っ!」


 わたしを馬乗りになって抑えつけながら、リュックの中をあさっていた如月くんの手が外へと出てくる。

 その手に握られていたのは殺傷力の高そうなナイフ。

 いったいどうやって手に入れたんだろう。

 この人は、わたしを殺すためにナイフを探して手に入れたんだろうか。


 なんだかそれって……。


「あはっ! あははっ! あはははははははっ!」


「っ!? 黙れっ! 死んで彼女に謝れっ!」


 ナイフが大きく振りかぶられる。

 アレが刺さったらさすがに痛いだろうなぁ。

 だけど、好きな人に殺されるなら本望だ。

 だって結局、わたしは一人の男しか好きになれなかったんだから。


 ……それってなんだか素敵じゃない?


 狂ったように笑うわたしを如月くんが怒りの、憎悪のこもった目で見つめている。

 あぁ、素敵っ!


「しねぇぇぇぇっ!!」


 ナイフの刃が部屋の明かりを受けてきらりと光る。

 振り下ろされる軌跡……。

 そして……黒く小さな影が飛び込んできて……。


 ザクリ。


「っ?!」


「なっ!」


 ナイフを受け止めたのはわたしの胸……ではなく、ぬいだった。

 まぁるく形どられた顔面にナイフの切先がめり込んで、歪な表情を晒している。


「なん……で……」


 弾かれたように如月くんがわたしの上から離れた。

 その手にはまだナイフとナイフに突き刺さったままのぬい。


「なんで……とめた……の?」


 まるでぬいが生きてるかのように話しかける如月くん。

 もちろんぬいが答えるはずもない。


 そのはずなのに……。


『……ねぇ、見て! 如月くん! このぬい作ったのっ!』


『わっ! すごい! 君にそっくりだね!』


『んふふ~。これがあればいつでも如月くんと一緒にいられるかなぁって!』


『ん、ありがと。なんか……照れくさいけど……嬉しいな。大事にする』


『えへへ。どんな時でもこのぬいが如月くんを守るからね! わたしがいなくなっても……』


 今よりぐっと幼い如月くんの声がノートパソコンから聞こえてきた。

 それを呆然と見つめる如月くん。


「あ……あぁ……あぁぁぁぁ……っ!!」


 如月くんの慟哭がわたしの部屋に響く。

 たぶんこれは二人の、二人だけの思い出。

 そしてわたしの部屋に現れていたぬいの本心に気付いた。


 ぬいに残された彼女の願いも。

 だってぬい(彼女)は……ずっと願っていたから……。

 如月くんのことを……。


『お願い。 ()めて()めて()めて()めて() めて()めて()めて()めて()めて()めて()めて()めて……』


 あの人を人殺しにしないでと願っていたのだから……。

 わたしに復讐するために生きていた彼を止めようと……していたのだから……。


 遠くからサイレンの音が聞こえる。

 如月くんの零した涙がぬいに落ちて、まるで泣いているように見えた。

 


最後までご覧いただきありがとうございました。

ご評価、お星様、ご感想、いいね等々お待ちしております。


改めて、最後までお読みいただきありがとうございました!

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