苦渋の選択
「敵船、本艦の正面に回り込みました。敵船、主砲で本艦を狙っています。射程外のため、マニュアル照準による砲撃と推定」
「了解、シールドを前面に集中。回避行動に入る。ラビット・スキップは敵艦発砲と同時に3時の方向に回頭し、急速離脱。敵を振り切ります!」
『了解ですけど、逃げ切れます?』
「大丈夫です。ただし、本艦はラビット・スキップのブースター加速にはついていけないので、通常航行の最大速度でお願いします。それでもスピードはこちらの方が上ですから十分に逃げ切れます」
ゴルドアス級巡航艦がいかに重武装、高速性を両立させた優秀な艦とはいえ、それはあくまでも巡航艦としての性能だ。
旧式とはいえコルベットであるシラヌイやカトレアのラビット・スキップの速力や瞬発力には及ばない。
現在の位置関係ならシンノスケの示した方向に離脱すれば十分に逃げ切れる。
『了解しました。ちゃんとついてきて下さいよ』
直後、敵艦がシラヌイ目掛けて主砲を発砲した。
「敵艦発砲!当たりま・・」
「了っ!」
マークスの報告と同時にシンノスケはシラヌイを横滑りさせる。
射程外からだが、正確な砲撃だ。
辛うじて直撃を避けつつ、エネルギーシールドで攻撃を逸らしたシラヌイと、同時に急速回頭し、離脱を図るラビット・スキップ。
「よし、いくぞっ!」
巡航艦である敵艦の射程外なのだから、当然に敵艦よりも更に射程の短いコルベットであるシラヌイからも射程外であり、攻撃したところで効果は期待できない。
それでもシンノスケは敵艦をマニュアル照準で捉えるとシラヌイの主砲を放つ。
「敵艦が回避する様子なし。本艦の攻撃、敵艦に直撃しますが、エネルギーシールドに阻まれてダメージは与えられません」
「分かっている、牽制だ。本艦も離脱する!」
シンノスケはシラヌイの主砲の砲撃が敵艦のシールドに直撃して拡散すると同時にシラヌイを回頭させてスロットルレバーを一気に押し込んだ。
敵艦との距離は十分にある、少なくともこの場は離脱できる筈だったが、その時・・・
「救難信号受信。10時の方向」
「なにっ!」
マークスの報告を受け、シンノスケは広範囲レーダーのモニターを見た。
レーダー上に異常は認められない。
レーダーの探知範囲外からの信号だ。
「レーダー・ブースターを使用。3分間だけだ!」
「了解」
シラヌイには一時的にレーダーの能力を上げるレーダー・ブースターが装備されている。
旧式コルベットであるシラヌイの標準装備のレーダーではシンノスケが要求する探知能力が足りなかったことから、購入時に新型のレーダーに換装されており、ひとまず護衛艦として運用するには問題ない程度の性能を得ることができた。
しかし、いつ何事が起きるか分からない護衛艦業務ではどこまでいっても『備え過ぎ』ということはない。
そこでシンノスケは非常時に備えてレーダー・ブースターを装備したのである。
装備しているレーダーの性能を一時的に向上させ、より広範囲を精密に探知できる反面、システム全体に負荷が掛かり過ぎることにより、長時間使用するとレーダーシステムそのものが焼き切れる可能性がある諸刃の剣だ。
・・・キュィィィィ・・・・ピーッ・ピーッ!
レーダーシステムに異常負荷が掛かったことを示す警報音がブリッジに鳴り響く中、モニターの端に新たな反応を捉えた。
「民間船がアンノウン2隻に捕捉されています。識別信号確認、救難信号は自由商船組合所属の中型輸送船ブリザードからのものです」
民間船が宇宙海賊に襲われた際に発信する救難信号。
付近にいる軍隊や沿岸警備隊等に救助を要請するためのものだが、宇宙海賊に対抗し得るだけの武装をしている自由商人の護衛艦も救難信号を受信した場合には救援義務が生じる。
これは世界共通の国際航宙法に定められた義務だ。
無論、自艦が沈んでも救援しなければならないとか、遂行中の任務を投げうってでも救援に駆けつけなければならないというまでの強制ではないし、意図的に見捨てない限りは罰則規定も無いが、一般には認められない程の重武装をした護衛艦には『可能な限り要救助船を救助するための措置を講じなければならない』という努力義務が課せられている。
護衛艦乗りとしての経験が豊富なシンノスケも救援義務は当然理解しているし、状況が許せば多少の危険を覚悟の上で義務を果たすために最大限の努力をするだろう。
しかし、今はラビット・スキップを護衛中で、要救助船までの距離と位置が悪すぎる。
要救助船を救助するためにはラビット・スキップから離れなければならない。
加えて、宇宙海賊の狙いはラビット・スキップの積荷であり、襲われている民間船はシンノスケ達を誘い込むための餌だろう。
「チッ!厄介だな、条件が悪すぎる」
『ラビット・スキップからシラヌイ。シンノスケさん、私はブースターを使って離脱できるから大丈夫。救助に向かってもいいわよ』
「・・・了解」
シンノスケは判断を迫られた。
ゴルドアス級巡航艦レッド・マンバのブリッジでは宇宙海賊のエリザが離脱するラビット・スキップとシラヌイの映像を眺めながら笑みを浮かべていた。
「クククッ。さあ、どうするのかしら?どっちを選択しても待っているのは破滅の道よ・・・」
手下の船が拿捕している輸送船ブリザードはたまたま付近を通りかかっただけの間と運が悪い船であり、この船自体は大した貨物も積んでおらず、襲ったところでなんの旨味もない。
あくまでもラビット・スキップを捕らえるための人質だ。
護衛艦が救助に向かえば護衛艦無しのラビット・スキップを捕らえることなど造作ない。
仮に護衛艦とラビット・スキップが人質を見捨てれば、それはそれで面白いことになるだろう。
それを思うとエリザは込み上げてくる笑いを抑えることができなかった。
判断を迫られたシンノスケは苦渋の決断をした。
「・・・国際護衛艦規則19条1項の適用を宣言する。マークス、記録してくれ」
「了解。13時24分、護衛艦規則19条1項の適用宣言。記録しました」
国際護衛艦規則19条。
それは生じた救援義務に対して義務の遂行が困難であることを示すもので、第1項は困難の理由が他の任務遂行中であることを示している。
これを宣言し、記録することにより、救援義務を果たせなかったことの正当性を担保することになるのだ。
つまり、シンノスケは海賊に襲われているブリザードを見捨てる決断をしたのである。




