後編・ノイカ
良いところだったのに邪魔をされた。
その邪魔者の姿は紛れもなく第二王子である。
舌を打ちたい衝動をノイカはなんとか抑える。
第二王子はルミエールとの楽しい逢瀬にいつも現れるのだ。
まあ、邪魔しているわけではないのだろう。
第二王子はルミエールが居るとなれば、何処へでもすっ飛んで行くから。
今日もストーカーよろしく尾行かナニカをしていたのだろう。
一国の王子のくせに犯罪まがいの行動をしている。
「第二王子殿下、こちらには、どうして、いらしたのでしょうか?」
2人は立ち上がり、カテーシーをする。
ノイカは不敬だと分かっていながらも、第二王子に対して強めに訊ねずにはいられなかった。
「ああ、ノイカ・ラーズ。君も居たのか」
しかし、こちらは眼中にも無かったようだ。
まるで、道端の石ころを見るような目で見られた。
だが、そんなことはどうでもいい。
「ルミエール様に何かご用があったのでしょうか」
人前ではルミエールの事を様付けで呼んでいる。
子爵令嬢が公爵令嬢を愛称呼びは外聞も悪い。
婚約者でもないのに愛称呼びは一般的では無いのだ。
まあ、婚約者でも人前では呼ばないだろう。
私もそうだ。
「そうだな。お前らに用がある」
「私共ですか?どのようなご用件でしょう」
「ルミエール・アリディ、貴様の悪行についてだ」
「はい?」
「ノイカ・ラーズもいる事だし、ここで断罪してやる」
突然何を言い出すんだこの馬鹿王子は。
内心そう思うものの表情には出さない。
ルミエールを見ると彼女は小さく首を横に振った。
「私は何もしておりませんわ。悪いことなど」
「ふん!しらばくれる気か!」
「しらばくれてなどおりませんが……」
「黙れ!!言い訳はいらん!!」
なんなんだコイツ。
頭が沸いてるんじゃないのか。
ノイカは呆れた。
「貴様が、ノイカ・ラーズを虐めていたという証言があったのだぞ」
「そんな!」
ありえない。
ルミエールは天使のように可愛らしく、心優しい女の子なのだ。
ゲームの中のルミエールも最高に可愛かった。
イジメもしなければ、逆に愛しい人のために身を引くという優しさ。
ルミエールの顔は血の気が引いており、色をなくしている。
先程、話した乙女ゲームの悪役令嬢がルミエールというのは嘘だ。
この乙女ゲーム『紫のクロッカス』のテーマは『略奪愛』
そう、攻略対象たちに本命がいる状態でスタートするゲームなのだ。
悪役令嬢なんていうキャラは居ない。
せいぜいライバル令嬢くらいだろう。
眼の前にいる第二王子は攻略対象である。
そして、当然、本命がいる。
その本命とは、ルミエール・アリディのことだ。
ルミエールは断罪され追放されるような悪役令嬢ではない。
むしろ、悪役とは正反対だ。
可愛らしく、少々抜けているところはあれど、それすらも魅力だ。
そして、何よりとびっきり優しい。
ルミエールはヒロインに自分の好きな人――第二王子をゆずるってしまうくらいなのだ。
まあ、私はゆずられても受け取りたくないけど。乙女ゲームではそういう展開だ。
断罪される予定は一切ない。
なので、先程ルミエールに言った、追放されて死んでしまうというのも全て嘘っぱち。
しかし、これは一体どういう展開であろう。
今、ルミエールは第二王子に断罪されかけている。
「第二王子殿下、それは誰からの証言でしょうか。私には覚えのない出来事です」
私はたまらず口を挟んだ。
「黙っていろ!ノイカ・ラーズ!」
第二王子が怒鳴りつけてくる。
しかし、負けじと言葉を続ける。
「お言葉ですが、ルミエール様が私を虐める理由がありませんし、虐められた覚えもありません」
「り、理由ならある!」
第二王子は顔を真っ赤にして叫ぶように言った。
「お、俺と話したノイカ・ラーズに、し、嫉妬したからだと聞いた!」
意味がわからない。
は?と声に出そうになり、慌てて口を閉じる。
当のルミエールも淑女にあるまじき顔で、口をポカーンと開けていた。
誰から聞いたか分からないが、事実無根であることは確かだ。
そもそも話したのなんて数えるほどしか無いのに。
「ありえません」
「な、何故、言い切れるのだ!」
「ルミエール様には将来を誓い合った人がおります」
将来を誓い合った。
それを意味するのは婚約者だ。
この世界では前世と違い同性婚が可能だ。
一般的では無いし、継ぐ家があると難しい。
だが、2番目以降の子供なら政略結婚としてもあるのだ。
そして、ルミエール・アリディの婚約者とは……
「ふんっ、それがノイカ・ラーズだとでも言うのか!?」
「はい」
そう、婚約者は私だ。
まだ発表はしていない。
だけど、薄々気付いていると思っていた。
が、そうでは無かったらしい。
「えっ、嘘だ……そ、そんな有り得ない……」
第二王子は顔を真っ青にして小さく呟いている。
「だから、ルミエール様は私を虐めてなんかいませんよ」
第二王子はぶつぶつと、嘘だ、嘘だと繰り返している。
私の言葉は聞こえていないようだ。
壊れてしまったのか。
まあ、私達には関係ない。
「だって、私たちは仲良しだものね! ルミー」
「ええ、ノイ」
ノイカは第二王子に見せつけるように抱きつく。
とどめは愛称呼びだ。
ルミエールも照れながら、愛称呼びをしてくれる。
「なぜ、頭の可笑しい子爵令嬢なんかと……」
第二王子は絶望が交じる声で息も絶え絶えにつぶやく。
勝者は私ノイカで、敗者は第二王子だ。
意地悪ばかりに力を入れていたせいだろう。
第二王子の気持ちは一切、ルミエールに伝わっていない。
それを利用して先手必勝だ。
高笑いでも上げてしまいそうなほどの高揚感だ。
あの第二王子の出鼻をくじいてやったという事実に先程までのうっぷんが晴れる。
そんな中でも天然なルミエールは頭の上にハテナマークを生やしていた。
自分の奪い合いが行われていたことなどつゆしれず。
「これでルミーの断罪は終わったのね!」
私は白々しいほどに大きく声を上げ、ルミエールに笑いかける。
ルミエールを悪役令嬢と偽り、助けてあげるフリをする作戦は第二王子のおかげで成功に終わった。
「第二王子殿下はどうしたのかしら?」
「ほっときましょう、どうせ、そのうち居なくなるよ」
私はルミエールを攻略したのだ。
魔術研究中毒の第一王子でも、
ルミエール信者な第二王子でも、
運命の番に夢中な侯爵令息でも、
ツンデレすぎて会話もできない伯爵令息でも、ない。
攻略対象者の誰でもないのだ。
その他の人間なんて、目を向ける価値なんかない。
そんな暇なんて無いのだ。
ルミエール以外は全員、虫のようなもの。
前世からの最推しであるルミエールを手に入れたノイカはこの世界に転生できた事を感謝する。
ルミエール特製の紅茶を一口飲み、幸福感にふふっと笑う。
「私は世界一幸せだよ、ルミー」