第41話 【ダイナス恐怖の10日間】~5日目午後の部~
「そうですか・・・民に要らぬ犠牲を強いようとしていたのですから、これは当然の報いなのかもしれませんね」
セレスは変わり果てた父親の姿を見ても、表情を変えずに淡々と語っていた。保身の為に娘の処刑を了承したり王家の人間が拘束されてダイナスの守備ががら空き状態だと分かると簒奪を企み挙兵する、近視眼としか言い様の無い人物だが実の父親の死に内心では強いショックを受けている筈だ。それでも周囲に悟らせない様に気丈に振舞う彼女を見て、これが本来の貴族の姿なのかもしれないとハジメは思った。
セレスは次に捕らえられたコルティナイト家の私兵が居る牢に向かった、大半の兵はセイレーンや同士討ち等で戦死を遂げていたが一部逃亡を図った者もアーシュラさんや始の目から逃れる事が出来ず捕縛されていた。
「誰も父を止めようとはしなかったのですか?」
「止めれば逆上した公爵に殺されるか良くても解雇されます、そんな真似出来る筈が有りません」
「では何故全員で辞めなかったのですか?4万近い私兵全員が一斉に辞めようとすれば如何に父が傲慢だったとしても挙兵などという暴挙は防げた筈です」
「公爵の意向に逆らって辞めた奴を雇おうとするのがどこに居る!?それにな、デカい顔をしていられるのも今の内だぞ。公爵が戦死された事が伝われば今度は公爵領に攻め入ろうとする周辺貴族がわんさかと居るんだ、土地も領民も全て奪われてコルティナイト家は滅亡するぞ。早くここから出せ!」
「それだけ言えば満足ですか?」
セレスは兵の前に鞘の無い短剣を置いた、兵はギョっとした顔でセレスの顔を見る。
「コルティナイト兵が王都に来るまでに近隣住人に対して暴行略奪を行っていたのは調べが付いています、それにあなたも加わっていた事も。あなたには絞首台の上しか行く先が有りません、最後の刻を待つか己の罪と向き合い自らを裁くか好きにすると良いでしょう」
用件を済ませたセレスが牢から離れていくと背後から男の叫び声が聞こえ始めた。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!!」
そして叫んでいた声が収まると数秒後何かが倒れる音が静けさを取り戻した牢の通路に響く、セレスは少しだけ瞑目すると牢を後にした。
「・・・セレスの言う通り、周辺の貴族達が公爵領に攻め入る事は予想が付く。俺はセレスと一緒に公爵領に行く事にするよ」
始はセレスと共に領民を守る為に向かう事を決めた。
「始殿、それなら私達の兵を連れて行きなさい。ラン!あなたが副将として同行するのです」
「えっ!?私も?爺だけで十分じゃ?」
「あなたは魔王の娘、この機会に魔族のイメージアップに努めなさい」
拳を鳴らしながら言うアーシュラさんの無言の威圧に屈してランは副将として同行する事となった。
「なあ、アーシュラさん。なるべく明日中に片を付けるからさ、ダイナスの守りをお願いしても良いかな?」
「それは構わないけど、婿殿何をするのかしら?」
「ああ、小さい子供を暗殺者に仕立て上げる組織がまだ残っていると危険だ。組織を潰し子供達を全員助け出す!」
ミリンダは思わずハジメの顔を見てしまった、昨晩両親の顔を知らない事をうっかり話してしまったがハジメが自分と同じ境遇の子供がこれ以上増えない様に動こうとしている事を知って、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「それじゃあ、ミリンダ・セシリア・サリーネの3人も一緒に連れていくのよね?一応念の為、1人助っ人を呼んでも良いかしら?」
「ああ、それは構わないけど」
「じゃあ、夕方までには戻るからその間の守りは残った人達でお願いね」
アーシュラさんの姿が消える、次いで大きな掛け声が近づいてきたのでハジメが城壁の下を覗くと魔族軍の方達がジィさんを先頭に走っていた。
「皆、気合入れろ!あとダイナスを5周は回らないとアーシュラ様は許してくれないぞ」
「あ、あの音痴女の所為で何で俺たちがこんな目に!?」
「言うな!それからアーシュラ様から伝言で今後の訓練メニューにあの歌に耐える実戦練習が加わるそうだ」
バタバタバタ!あの屈強な魔族の兵士達がセイレーンの歌を聞く特訓が加わった事を知って心が折れたみたいで次々と倒れていく。どうやら、アーシュラさんが帰ってきてからも皆で走り続ける事になりそうだ・・・。
ジィさん達の疲労を見かねて始達が出立を早めると、魔族の方達は泣きながら始にお礼を言っていた。このままダイナスに居れば翌朝まで走らされていた可能性が濃厚だったからだ。5日間の強行軍の直後に戦闘まで行っていたのにも関わらず、あの音痴セイレーンの歌声で気絶したら連帯責任で全員ダイナスの周りを走り続ける羽目になるなんて悲惨過ぎる。
こうして始はたった1度の気遣いで魔族正規軍の絶大な信用を得る事に成功し、ダイナスを出立していった。無論数Km離れたらすぐにでも野営するつもりでいる。
「ただいま~!遅くなってしまって、ごめんなさい。ほら、皆さんにご挨拶をなさい」
日が落ちかけた頃、ようやく帰ってきたアーシュラさんが連れてきた助っ人を紹介しようと手招きして外で待っている人を呼んだ。
「は、初めまして僕、ラーセッツと言います。母がいつもお世話になっております」
姿を現したのは、見た目16歳位の美少年と呼ばれてもおかしくない男の子だった。
「この子が私の自慢の息子ラーセッツよ、始殿と同じ位の強さだから戦力になる筈よ」
わざわざ息子を呼びに魔界に戻ったという事なのか?呼んだ方法を聞くのは後にして、まずはこちらも自己紹介しておくべきだろう。
「こちらこそ初めまして、俺の名前はハジメ・サトウ。ランと結婚したら君の義理の兄になるのかな?これから、宜しく頼む」
「ああ!あなたが姉さんのフィアンセの方なのですね、一言余計な事を言ってしまう姉ですかどうか見捨てないであげてください」
外見に似合わない丁寧な受け答え、魔王の後継者筆頭になるだけの事はあるな。ハジメが感心していると、セシリア達もラーセッツに挨拶を始めた。
「ラーセッツさん初めまして、私はセシリア・ドゥーチェと言います。ランさんと共にハジメの妻になる予定よ、だからもうすぐあなたの義理のお姉さんになるの。仲良くしてね」
「は、はい!」
次にミリンダが挨拶をした。
「初めまして、私はミリンダよ。あなたの姉になるのは少し後になるけど、何か困った事が有れば遠慮無く聞いて頂戴ね」
「あ、分かりました」
和やかに自己紹介が終わるかと思っていたが、サリーネが挨拶した時に事件は起こった。
「ラン姉さまの弟だけど、一応私の方が年上になるから義姉さんと呼んでくれても構わないわ。私の名はサリーネ・フォン・システィナイト、ハジメの婚約者の1人よ」
軽く挨拶を終えたサリーネだったが、ラーセッツの反応が無い。見ると口を開けて放心状態になっていた。
「ねえ、あなた。こちらから挨拶したのだから、あなたも返すのが礼儀じゃないの?」
サリーネに見惚れているラーセッツ、ちっとも反応しないのでハジメが目の前で手をブラブラさせるとようやく我に返り慌てて返事をした。
「す、すいません、思わずボーっとしてしまいました。僕はラーセッツと言います、あと大変申し訳無いのですがもう1度だけお名前を教えて頂いても良いですか?」
「サリーネよ、サリーネ・フォン・システィナイト!ラン姉さまの弟にしては随分と失礼な事をするのね」
「そ、そんなつもりは!?あの、サリーネさん僕から1つお願いが有るのですが?」
「お願い?姉さま達でなく私に何のお願いが有るというの?」
「僕と結婚してください!!」
「・・・・・・・・・・」
はぁっ!? 皆が一瞬唖然となった、流石のアーシュラさんもこの息子の予想外の行動に目を白黒させている。
「あのね・・・私はハジメの奥さんになるの!くだらない事を言わないで頂戴、それにね私はもう既にハジメと肌を重ねているの。子供のくだらないごっこ遊びに付き合う暇は無いわ」
「ハジメ義兄さん、それは本当の事ですか?」
ラーセッツがハジメを睨みつけてきた、強い殺気も含まれている。
「ああ、本当だ。彼女も俺の妻として娶る」
「そうですか・・・」
ラーセッツは静かに目を閉じるとハジメに白い手袋を投げつけた。
「ハジメ義兄さん、あなたに決闘を申し込みます!サリーネさんを僕の未来の妃としてぜひ迎え入れたい、僕が勝ったら彼女を貰い受けます。明日の朝5時に東門前に来てください」
やはりアーシュラさんの血を引く息子だ、自分の願望に正直過ぎるぞ!ハジメは本来始が戦う予定だった、次期魔王と勝負する事になってしまった・・・。




