11 話
こんにちは。お気に入りありがとうございます!
腰が抜けたわたしは、無言のザッシュさんに引きずられるようにイスに座らされた。テーブルを挟んでちょうどカイン様の笑顔が見える。
すっとザッシュさんが動いたので、あわてて腕を掴んだ。
「ど、どこへ!?」
「寝る」
「いて下さい!」
「寝る」
目は語っていた。「お前の問題だ、お前がなんとかしろ」と。
がーんと打ちのめされたわたしから力が抜け、ザッシュさんは躊躇することもなく2階へ上がった。
それを呆然と見ていると、躊躇いがちにカイン様が声をかけた。
「あの、いいかな?」
「はいぃっ!」
びくっとして顔をこわばらせて振り向くと、カイン様は苦笑しながら言った。
「どうしたの?別に怒ってきたわけじゃないんだが」
「あ、はいっ」
どっきどっきしている心臓の音がやたらと大きく聞こえる。ドアのところにはただのホウキとして、フーちゃんが転がったままになっていた。
「これ、君のバスケットだよね?」
立ち上がり、テーブルの上に置かれたのは昨夜のバスケットだ。
それを目にしたとたん、冷や汗がどっとあふれ出た。
バスケットもカイン様も直視できないわたしは、とりあえず立っている彼の腰や、その奥に見える長椅子を見ていた。
「昨夜俺の所に届けられたんだ。中には食事が入っていた。まだ温かい煮物と、柔らかい君のパンがね」
「…………」
わたしはどう答えて良いか考えていた。
回りくどい尋問をされているようだ。さっさと「お前、魔女だろ」と言われたほうが胃に優しい。
「これを届けてくれたのは空とぶ魔法具に載った魔法使いのようだった。俺の家を知っていて、なおかつこんなことをする魔法使いというのは、他に思い当たらないんだ」
わたしはとうとう我慢できず、なりふり構わず謝って、どうか告発しないように頼もうと思った。
「ごめんなさいっ!」
「リリシャムにあったんだね!?」
気づけば2人同時に言っていた。
はい?
わたしはマヌケな顔でカイン様を見た。
カイン様はいたって真剣な顔つきでわたしを見ていた。
そしてそのままわたしの前のテーブルの席に座った。
「君はリリシャムを知っているね?」
はい、2階で寝てます、なんて言えるはずがない。
「あの、そのぉ」
言葉を濁していると、カイン様は更にわたしに顔を寄せた。
うわ、本当に綺麗だな、この人。
……なんだか謝りたくなるよ。
「昨夜リリシャムが来たんだろう?君はそれでパンを作った。違うかい?」
言われてわたしはようやく気がついた。
カイン様は気づいていない。パンのことだけでここにきたのだ。
よし、嘘つこう。
「はい、昨夜依頼を受けました。ですが、その方は使いだと言われていましたので、詳しくは分かりません」
「使い……、そうか」
残念そうに目の輝きが消える。
しーんとなってしまったので、わたしは意を決して聞いてみることにした。
「あの、リリシャム様にお会いしてどうなさりたいんですか?何か頼まれたいことでもあるんですか?」
ある、と言われたら魔法省に御依頼しないといけないですよね、とごまかそうと思っていた。
だが、カイン様は首を小さく横に振った。
「俺は、彼女に礼を言いたく、そして決意を聞いて欲しかったんだ」
「決意、ですか?」
こくっと小さくうなずいたカイン様は、目線を下に落としたまま続けた。
「……あと10日程で全ての民が知ることになるが、ログウェル領は領主が交代するのだ」
「ほえぇ!?」
あまりのことに、とんでもない声が出た。
あわてて手で口を押さえるも、カイン様が気にした様子はなかった。
「君に言うのもなんだが、ログウェル領は負債が多く、経営難に陥っているんだ。なんとかしのいでいたが、やはり税を上げるしかないが、それはしたくない。そうなると、領主は領地を切り売りして難をしのぐしかない。だがこれは領主としては最悪の手段で、陛下から土地を預るものとして信頼を失う行為だ。そうなる前に領地と爵位を返上しようということになった」
「へ、返上したら、カイン様はどうなるんです!?」
わたしの言葉に、カイン様は少し驚いたようだったが、ふっと笑った。
「元々騎士として仕えていたからね。声もかかっているし、再度入団しようかと思っているよ。生きるには働かなくてはならないからね」
「でも、新しい領主様なんて……」
「良い方が就くといいんだが、そこまで口は出せない。だが、今よりはマシになるだろう」
「でも、町の人たちが言ってました。領主様は若いけどやり手だから大丈夫だって!」
言い募れば、カイン様は俯いて肘をついて頭を抱えた。
「……負債は減らせても信用を得るには経験も資財も足りなかったということさ」
そう言って、カイン様はふらりと立ち上がった。
「君のパンが食べられなくなるのは残念だが、いつか立派な店を持つように頑張ってくれ。それじゃあ、夜分に失礼した」
疲れた笑みを浮かべ、カイン様は帰っていった。
ドアが閉まると、フーちゃんがひょっこり起き上がった。
「……フーちゃん、カイン様ってばぁーちゃんにお礼言いに来たみたいだった」
わたしはガタッとイスを鳴らして立ち上がると、ずんずんと2階へ上がっていった。
そしてばぁーちゃんの部屋のドアを叩いた。
「ばぁーちゃん!カイン様が、領主様が会いたいんだって!会ってあげて!!」
どんどん叩くが、部屋の中からは何の返事もない。
「ばぁーちゃん!」
何度読んでも返事がなく、わたしは怒ったように怒鳴っていた。
叩き続ける音に嫌気が差したのか、ザッシュさんが奥の部屋から出てきた。
「ジェシカは出ている。呼んでも無駄だ」
「どこにですかっ!?」
「さぁな」
行先を誰もが知らないなんて当たり前で、しょうがないなと諦めたことだったのに、わたしはどうしようもないくらい怒っていた。
「なんでばぁーちゃんはいっつも黙っていなくなるの!?ばぁーちゃんが助けようとした領主様が、領地も爵位も返上してしまうっていうのに!ばぁーちゃんがやってきたことが全部無駄になったっていうのにっ!」
「落ち着け、アリス」
「落ち着けないっ!ばぁーちゃんはカイン様を助けたかったんでしょ!?すっごい年下の美形の領主様に恋して、助けたのにこんなのって!!」
半泣き状態で取り乱すわたしに、ザッシュさんは目を丸くしていた。
そして出会って初めての笑い声を出した。
「恋!?あの若造にジェシカが恋したと!?お前本気でそんなことを思っていたのか」
はははっと笑うザッシュさんに拍子抜けしたわたしは、マヌケな声で「え?違うの?」と聞いていた。
「違う。ジェシカが助けたかったのはログウェル家だ。あの男個人ではない」
「え、でも」
「確かに他人の家だ。全財産をつぎ込むようなことは普通しないだろう。だが、ジェシカにとって、あの家は大切なものなんだ。むしろあの家の持つものだが」
「……ばぁーちゃんの大事なものって何?」
ザッシュさんはわたしを見て、小さく言った。
「墓だ」
「お、墓?」
こくっとうなずく。
「ジェシカが愛した先々代ログウェル伯爵が眠る、大事な墓だ。妻子ある伯爵に想いは届かなかったが、ジェシカは一方的にだが誓いをたてた。何があろうと自分が生きている限りログウェル家を守ると。伯爵もその妻もジェシカを受け入れた。そして共に墓に入ることを許されている」
「ばぁーちゃんが!?」
驚きのあまり涙が引っ込んだ。
「そうだ。”緋炎の魔女”としてリリシャムを継げば、ある程度の特例は許される」
「だからって、他人の家のお墓に?」
「先々代伯爵も遺言を残している。問題はないだろう。だが、あの家がなくなるとなると、その約束は果たされないな」
そうか、カイン様はそれを言う為にばぁーちゃんを探していたのか。
お金のことだと思っててごめんなさい!
そして5日後、金山の当選者が決まったという話が流れた。
当選者は直接王城に呼ばれたらしい。
ログウェル領からは誰も呼ばれたという話がでなかったので、みんなの話題はいつものたわいもない話に戻っていった。
あれからばぁーちゃんは戻っていない。
また仕事なんだろうか。タイミング悪いな。あと5日でログウェル領がなくなってしまうのに。
わたしは日に何度も吐き出す重いため息をつき、食べる気はしないが食べないといけないと昼食の準備、そして明日のパン生地の仕込みを始めた。
そこへ、バーンッと大きな音を立てドアが開いた。
「たっだいまぁああっ!」
テンションがやたらと高いばぁーちゃんのお帰りだった。
「あ、ばぁーちゃん」
「ん!?なんて暗い顔してんだい。悪いもんでも食べて腹でも壊したのかい?」
悪いけど一度だって食中り起こしたことないよ、とわたしは首を振った。
「それより、これをご覧!」
ずかずかと大股に近づいてきたばぁーちゃんは、ものすごく気力のないわたしの眼前に、それはそれは立派な額縁に入った何かを見せた。
「……け、ん、り……書?」
「そうだよ、金山の権利書」
「……はっ!?」
わたしは目を見開いて、ようやく我に返った。
「権利書!?なんで!?」
「あたしが宝クジ当選したからさ」
「うそっ!」
「本当でっすぅ~」
むーっと唇を尖らせて見せるばぁーちゃん。正直可愛くないし、いらっとしたけどそこまで思考がまわらなかった。
「国王陛下に呼ばれてちょっと出てたんだよ。あ、ちなみにあたしが当たったのは秘密だよ。国もしばらくは身の安全のために、当選者のことは極秘にするように準備してたらしいからね。一般人なら護衛がつくけど、当選したのがあたしなら護衛はいらないってことでそれは断ってきたけど、やっぱり身の安全が確認できるまでは極秘ってことでお願いしてきたからさ」
言うが早いか、ばぁーちゃんは呆然とするわたしに言った。
「あたしゃ今から湯浴みするよ。その間にあんたはいろんなパンを美味しく焼いておくれ」
「え?今から」
「そうだよ。手土産が必要だからね。あたしも磨かなきゃならないし」
「何を?」
首を傾げたわたしに、ばぁーちゃんは権利書を小脇に挟んで、堂々と宣言した。
「あたしはこれからログウェル伯爵に結婚を申し込みに行ってくるよ!」
「えぇえええええええ!?」
「だから磨くの。相手に失礼じゃないか。あ、ザッシュ、お湯お願い」
タイミングよく現れたザッシュさんは、驚きのあまり固まったわたしを見たものの「わかった」とだけ言って裏に向かった。
「ほれ、あんたもさっさとパン焼きな!」
「…………」
わたしは魂が抜けたように、ふらふらと作業に取りかかった。
読んでいただいてありがとうございます。
やっとここまできました。やっと伯爵様書けるw