9 話
やっと金山の話…。
翌朝、パン売りから帰って来たら、目によろしくないド派手なピンクのローブがソファに投げ出されていた。
「ばぁ……、ジェシカさん帰ってきたの!?」
言いながらキョロキョロ見渡せば、わたしの部屋の前にある水場のドアが開いた。
「ありゃ、お帰り」
「ただいまって、お帰りジェシカさん!」
約1ヶ月ぶりじゃないだろうか。
初めて会った2年前からほとんど変わらないジェシカさんは、手に酒瓶を持って出てきた。
「えぇっ!もう飲んでるしっ」
「のどが渇いたんだよ」
「ザッシュさんは?」
「水汲み」
そう言って裏を指差した。
家の裏には井戸があり、どうやら湯船に浸かりたいらしい。その水をザッシュさんが汲んでいるというわけだ。
「今魔石放り込んだから、あんたも後で入る?」
「うん、入る!」
水汲みなんて重労働だし、まず湯船なんて揃っている家なんてほとんどない。だがここにはなぜかあった。
ばぁーちゃんと住んでた邸にもあったが、自分で水を汲んで往復する重労働に耐えかね、せっかくの湯船はなかなか堪能できなかった。しまいには、ばぁーちゃんに言われた時くらいしか使わなくなった。
「ザッシュさん優しいね」
そう言えば、ばぁーちゃんは盛大に顔をしかめた。
「あいつが優しいなんて、あんたなんか変なもの食べたんじゃないかい?」
「えー、だって水汲みしてお風呂用意してくれてるんだよ?」
「そりゃあ、あたしが酒と肉で話をつけたからだよ」
ぐびっとまた酒瓶に口をつけて飲む美魔女。
「そういえば、明後日誕生祭があるんだってね。あんたのパンも注文がきたかい?」
「来るわけないでしょ。あぁいうのは店持ちに配分が決まってるの」
ログウェル伯爵家から領土のあちこちの店に料理や食器、酒、果物などの依頼がされたのは聞いた。彼が本当にログウェル伯爵なら、少しくらい期待してもいいかなって思ってたけど、やっぱり依頼はなかったし、あれから会ってもいない。
「副魔法とはいえ、魔力を使って作ったものはどんなものでも、人にとってはすばらしいものだからねぇ。同業者に妬まれるのは仕方ないとはいえ、そろそろあんたも辛いだろう?いいかげん魔法使いの道に戻ったらどうだい」
「大丈夫よ。わたしの副魔法は、火の魔法よりうんと役に立っているもの。大々的にできないけど、お嬢様達の御依頼だけでも充分な稼ぎだわ」
「それならいいけどね」
いつもジェシカさんはあっさり退いてくれる。
本気になったら、強制的に魔法省に連れて行かれるだろう。でもそれはしないで、ただわたしの気が変わるのを待っていてくれているようだ。
だけど、夢のスローライフ生活実現のために、わたしは絶対エリートコース戻りませんからね。
朝食の準備をしようとしたら、オーブンから肉の焼ける匂いがしていた。
「……これって」
「あ、レアで食べれるからもうすぐ取り出してね」
わたしは無言でため息をつくと、オーブンを開けた。
そこにはどーんと、一抱えもあるような肉が表面だけほんのり焼けた状態であった。もちろん付け合せの野菜とかはない。肉オンリー。
「赤ワインソース作って」
背後からジェシカさんのリクエストが飛んできた。
「本当にお酒とお肉ばかりなんだからっ」
「それが若さと美貌の秘訣だよ」
あっはっはっと、おっさんのように豪快に笑うジェシカさんを見て、わたしは自分の朝食より先にソースを作ることにした。
「そういえば、ジェシカさんならもう知ってるかもしれないけど、宝クジがあるんだってね」
「宝クジ?」
「王子様が生まれたから、国王様が金山を賞品にして宝クジするらしいよ。まだ発表前らしいけど」
いつもなら「ふーん」という返事が返ってくるはずだったが、今日はいつまでたっても返事がない。そうそうに席を立ったのかと振り向けば、ジェシカさんは酒瓶を少しだけ唇につけたまま、じっとどこか1点をじっと見つめていた。
「どうしたの?ジェシカさん」
「……なんでもない」
そう言って立ち上がると、空いてない酒瓶を持って「湯浴みしてくる」と行ってしまった。
「あっ!待って!!」
と、引き止めるも、水場のドアはパタンと閉まってしまった。
……お酒臭いお風呂嫌なんです。
言っても聞かなかったと思うが、抗議だけはしたかったな。
そして安息日。小春日和のその日、誕生祭が行われた。
近隣の村の人達は近くの町に集まり、お祝いに参加する。
もちろんここサマンドはログウェル領最大規模で開催されていた。
朝9時、大勢の民衆を前にログウェル伯爵が祝いの言葉を述べ、それを合図に飲めや歌えやのお祭り騒ぎが始まる。大通りいっぱいに並んだご馳走を、老若男女がどんどん手に取り笑顔で頬張る。
人ごみが嫌いというばぁーちゃんは家で寝るという。そういえば仕事から帰ってから、ほとんど部屋に閉じこもっている。やっぱり外見若くても、中身は70近いから疲れたのかな。
わたしが祭りに参加したのは昼を過ぎてからだった。
あいかわらず大勢の人で大通りはひしめき合っているが、昼時とあって少しだけ露店商の方は人が少なかった。
わたしはさっそく、ブローチやリボンなどを取り扱う露店を探した。もちろんフーちゃん用だ。
さすがに祭りにホウキを持って参加するわけもいかず、事前に好みも調べておいた。フーちゃんはシンプルなものより、キラキラした少し凝ったものが好みらしい。やはり前の持ち主に似たのだろう。
さすがに宝石を取り扱っているところはないが、ガラス細工を使ったブローチを売っている店があったので、じっくり選ばせてもらった。
「こっち側の商品を作っている硝子細工職人の奥さんは火の属性持ちでね、だから他の商品より少し高いがその分綺麗なできになってるんだよ」
勧められた一角には、確かに色鮮やかな青、赤、黄色と言った色硝子が施されたブローチが並んでいた。お値段も他の商品の2倍する。
硝子、陶器、武器職人などパン屋以外でも食品店で嫁、もしくは婿に来て欲しい人ナンバーワンは火と水の魔力持ちだ。魔法使いは高望みでも、属性持ちならとにかく大歓迎。彼らに店を手伝ってもらい、その魔力で作った品はとにかく良質で美しくなる。ずいぶん昔はそれらを悪用し、無理やり縛り付けたりすることもあったらしいが、今はそんなことがないよう属性に関しては10才で神殿登録される決まりになっている。
「ずいぶん綺麗な硝子細工ね」
「ここの夫婦は仲がいいからね。出来も抜群なのさ」
相手のためを思って魔力を使うと、その差が更に広がるという話がある。全てに当てはまることではないが、職人の腕もさることながら、まんざら嘘ともいえないのだ。
「これください」
わたしが選んだのは赤と黄色が配色された鳥のブローチ。ちなみに1番高い。
「え?これかい?」
お値段小銀貨6枚。こんな小娘が買うとは思うまい。
だが、いつも送り迎えしてくれているフーちゃんへのプレゼントだ。ケチってはいけない。
「まいどっ!」
プレゼントだと言えば、おじさんは「特別だ」と白い布で丁寧に巻き、リボンまでつけてくれた。
わたしは大事にそれを抱えて、急いで家に戻った。
これだけ人が多いとよからぬ人もいるというものだ。露店で仕方ないとはいえ、大銀貨1枚を出しておつりの小銀貨4枚をもらったときもドキドキした。もし目をつけられて、この大事なブローチまで盗られたりしたら大変だ。
わき目も振らずに家に帰ったわたしは、さっそく掃き掃除をしていたフーちゃんにプレゼントを渡した。
ソファの上にぴょんと飛び乗ったフーちゃんは、起用にその毛先でリボンをほどき、中身を見てブルブルと震えだした。
「え、どうしたの!?」
かなり予想外な行動に、わたしはあわてたのだが、フーちゃんはさっと自分の毛を束ねるリボンの横にブローチをつけ、床をピョンピョン跳ねた。
良かった、気に入ってくれたみたい。
そこへザッシュさんが玄関から入ってきて、飛び跳ねるフーちゃんを見て眉間にしわを寄せた。
「ホウキが着飾ってどうする」
その一言でフーちゃんは固まった。
「そんなことないですよ。フーちゃん似合うよ!」
それは本当のことだったが、その日からしばらくの間、フーちゃんはザッシュさんに冷たかった。
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