↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/17

第15話 アーデルハイム公爵

お話ごとの登場人物


第一王子(エドワード)派

・セヴェリウス ヴィスコンティ侯爵。フローラの祖父。

・シモンズ伯爵 (死亡) ・フェルネル伯爵 (死亡)


第三王子(アルフレッド)派

・アーデルハイム公爵

・ローデン侯爵 (死亡) ・アルケイア侯爵 (死亡) ・側近アーロン (死亡)

・オルデンベルク侯爵

 すっかり日が暮れたアーデルハイム公爵邸では、ソファに腰掛けた邸の主が苦悶の表情を浮かべていた。


 アルフレッドの側近の一人、アーロンが昨日、何者かによって殺された。


 平民出身の彼の実家には、貴族の邸宅のような厳重な防御魔法も警備もない。とはいえ、王子の側近を務める身だ。個人的な対策は講じていたはずだった。


 それにもかかわらず、早朝、彼だけが命を落としているのが発見された。


 家族は無事だった。


 部屋が荒らされた形跡もない。


 死因は攻撃魔法によるものと見られていたが、残された魔力を辿って犯人を追うことは難航していた。


 暗殺。


 脳裏に浮かんだその言葉を、公爵は認めたくなかった。


 ただの推測にすぎない。まだ事実と決まったわけではない。


 そう信じたかった。


 アーデルハイム公爵は深いため息を吐いた。


 演習中の事故でローデン侯爵が亡くなり、魔力暴走によってアルケイア侯爵が命を落とした。


 二人の死だけなら、偶然や不運で片づけられる可能性も、まだ残されていた。


 だが、アルケイア侯爵の死から半月も経たないうちに、今度はアーロンが殺された。


 もはや、偶然で済ませることはできない。


 誰かが明確な意図を持って、アルフレッドの周囲の人間を狙っている。


 そう考えざるを得なかった。


 アルフレッドの立場が強くなることを警戒する者。


 反対に、その影響力が弱まることで、自らの立場を確かなものにできる者。


 この一連の死によって利益を得るのは、誰なのか。


 答えは一つしかない。


 けれど、あの兄弟がそのようなことを望むはずがなかった。


 異母兄弟とはいえ、エドワードがアルフレッドを傷つけるような指示を出すとは、どうしても考えられなかった。


 公爵は、アルフレッドが生まれる前からエドワードを知っている。


 彼の母が亡くなったときも。


 公爵の妹が後妻として王妃になったときも。


 アルフレッドが生まれたときも。


 そして、エドワードが目にかけていた公爵の娘が亡くなったときも。


 彼は、幼い頃に大切な者を失う悲しみを知ってしまった。


 その痛みを知る彼が、弟にまで同じ思いをさせるはずがない。


 公爵はそう信じていた。


 だが、実際にアルフレッドの周囲で人が死んでいる。


 ならば、考えられるのは一つ。


 エドワード本人ではなく、彼の王太子としての地位を確固たるものにしようとする、その周囲の人間。


 そして、その中心にいる男。


「ヴィスコンティ侯爵……」 


 その舌を巻くほどの手腕も野心も、昔からよく知っている。


 目的のためならば、手段を選ばない。他人の感情などお構いなし。彼の行動原理にあるのは、ただ打算だけだ。


 彼に苦杯をなめさせられた貴族は後を絶たない。


 そして、自分もその一人だった。


 公爵の脳裏に浮かんだのは、一人の少女だった。


 ヴィスコンティ侯爵が、長男夫妻に養女を迎えさせたことは知っていた。


 あの侯爵が、わざわざ孤児を家に招き入れるなど、何か理由があるに違いない。


 そう考えていた公爵は、実際にその少女を目にしたとき、思いもよらぬ事実に衝撃を受けた。


 灰青色の瞳に、深い栗色の髪。美人とまではいかないが、整った顔立ちをしている。


 何より、その面立ちが亡き娘にそっくりだった。


 世界には、顔のよく似た人間がいる。


 そんな話は、ただの迷信だと思っていた。


 けれど、目の前にいたのは、娘と見まごうほどの少女だった。


 乏しい表情。すべてを観察するような視線。落ち着いた声音。


 似ているのは、あくまで面立ちだけだった。


 別人なのだ。


 それなのに、なぜ彼女を養女に迎えたのか。


 その答えを、公爵はよく知っていた。


 娘のルシエラは、エドワードと仲が良かった。エドワードもまた、彼女を気にかけていた。


 ルシエラによく似た少女を身近に置けば、エドワードの心を動かせるとでも考えたのだろう。


 死者の面影まで利用するとは。


 虫唾が走った。


 だが、エドワードもまた、フローラを見るのはつらいのだろう。


 彼がフローラに近づくことはなかった。


 それだけが、せめてもの救いだった。


 しかし、養女がエドワードの関心を引けなかったところで、ヴィスコンティ侯爵の立場が揺らぐわけではない。


 あの男は、フローラの存在などなくとも、自らの実力でエドワードの側に立っている。


 養女が王子の眼中にないと分かれば、今度は有益な婚約者探しに乗り出した。


 どこまでも抜け目がない。


 これ以上、ヴィスコンティ侯爵を野放しにするわけにはいかなかった。


 そもそも、エドワードはなぜ、あれほどの男を側に置いているのだろう。


 自らの側に置くことで、監視も兼ねているのだろうか。


 エドワードが、あの男に好き勝手を許すとは思えない。ましてや、侯爵に利用されるのを良しとするような人間でもないはずだ。


 公爵は眉間にしわを寄せた。


 ヴィスコンティ侯爵への怒りは、容易に収まりそうになかった。


 亡き娘の面影を政治の道具にされたこと。


 そして、王位継承権を持つ甥が、何者かの手によって危険にさらされていること。


 二つの問題は、もはや公爵の中で切り離せなかった。


 エドワードを敵に回すわけにはいかない。


 彼は、亡き娘が親しくしていた相手でもある。幼い頃から知る彼を、今さら疑いたくはなかった。


 だが、アルフレッドを守らなければならない。


 エドワードを疑わずに、アルフレッドを守ることはできるのか。


 それとも、アルフレッドを守るためには、エドワードの側にいる者たちと対立する覚悟が必要なのか。


 どちらを選ぶにせよ、軽々しく動くことはできなかった。


 公爵は黙り込んだ。


 窓の外はすでに暗く、部屋には静寂が満ちていた。


 考えれば考えるほど、答えは遠のいていく。


 そのとき、扉を叩く音が響いた。


「失礼いたします」


 静かに扉が開かれ、一人の男がワゴンを押しながら入室してきた。


「執事殿が、閣下のことを心配されておられました。僭越ながら、そろそろお休みになられてはいかがでしょうか」


「君か……」


 現れたのは、公爵邸に滞在している客人だった。


 どうやら、気を遣わせてしまったらしい。


 男はワゴンを押して公爵の傍らまで歩み寄る。載せられていたのは、ティーコゼーを被せたティーポットと、二人分のカップとソーサー、それにミルククリーマーだった。


「カモミールティーをご用意いただきました。よろしければ、一杯いかがでしょうか」


「そうだな……」


 せっかく用意してくれたのだ。一杯くらい、息抜きをしてもよいのかもしれない。


 公爵が頷くと、男はティーセットを手際よく卓上に並べ始めた。


 公爵に一杯、自分にも一杯。


 その手つきは執事顔負けで、慣れた様子で淹れられた茶からは、カモミールの穏やかな香りが立ち上った。


 温かな湯気を眺めているうちに、張り詰めていた心が少しずつ解れていくようだった。


「どうぞ」


「すまない」


「お気になさらず」


 男は公爵の向かいに腰を下ろし、ゆっくりとカップに口をつけた。


 くつろいだ様子の男を眺め、公爵はため息を吐いた。


「他国の君に話すようなことではないのだが……」


 彼は、この国の政治とは無縁の人間だ。


 だからこそ、自分が胸の内を吐露したところで、何かが変わるわけでもない。


 少し考えた末、公爵は口を開いた。


「知り合いに、母親の違う兄弟がいてな。母親が違うだけで、他の兄弟と何一つ変わらない」


 アルフレッドは母親が違うことを気にしているようだが、エドワードもフェルディナンも、そんなことは気にしていない。


「兄が父親を継ぐことは決まっている。弟も納得している。その決定が覆されることはない」


 エドワードが王太子の座を失うことはない。


 とりわけ魔力が高く、エドワードとはまた異なる人望と人徳を備えたフェルディナンは、自ら継承権を放棄している。


 エドワードに万が一のことがあった場合に備え、アルフレッドは継承権を放棄できない立場にある。


 だが、アルフレッド自身が王位を望むことはない。


「それなのに、弟の周囲の人間が立て続けに消えている……」


 男は静かに耳を傾けていた。


「兄がそんなことをするわけがない。けれど、兄の周りの人間までそうとは限らない」


 手をこまねいていては、守りたい者を守れない。手遅れになってからでは遅いのだ。


「私は弟を守らなければならない。けれど、兄と対立するつもりはない……」


 言葉を切った公爵を前に、男は寂しげな表情を浮かべた。


「それは、お辛いですね」


「まったくだ……」


 眉を寄せて思案する公爵を、男は静かに見つめていた。


 やがて、カップを口元から離し、男が尋ねた。


「閣下のお言葉をそのままお借りいたしますが、兄君と対立する必要は本当にあるのでしょうか」


 公爵が顔を上げた。


「閣下はあくまで、弟君をお守りしたいだけなのでしょう。浅慮な私の考えではございますが、守るために争う必要はないのではございませんか」


「ふむ……」


「弟君が対立を望まず、閣下もまた同じお考えであれば、そのようになさればよろしいのではないでしょうか」


 男は心配そうに公爵を見つめていた。


 自分も、彼と同じような表情をしているのだろうか。


 男はただ、自分の考えを言葉にして返しているにすぎない。


 弟を守るために、兄に手を出す必要はない。


 最初から、答えは自分の胸の内にあったのだ。


 自分は彼らとは違う。


 守るだけだ。彼らのような手段は取らない。


 公爵はカップに残っていた茶を飲み干した。


 カップをソーサーに戻すと、男が尋ねた。


「少しは、お休みになれそうですか」


「ああ。……やはり、誰かに話すと気持ちが晴れるな」


 立ち上がった公爵に、男は頷いた。


「昔から、閣下は答えをお持ちでいらっしゃいますから」


「親父殿から聞いたのか?」


「さあ、どうでしょう?」


 悪戯めいた笑みを浮かべる男に、公爵は小さく笑った。


「今度は一緒に来るといい」


「次に会ったときには、伝えておきます」


 男に背を向け、公爵は部屋を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。