プロローグ
闇が悪だと、誰が言ったのか。
夜闇の眠りは、光に満ちた世界から、束の間の安らぎを与えてくれる。
けれど、罪を犯す者にとって、闇は格好の隠れ蓑に他ならない。
闇に紛れる者を、誰一人として逃さない。
夜空を見上げていた王宮の騎士が、星空を遮る黒い靄を捉えた。
けれど、それは一陣の風だけを残して、瞬く間に消えていく。
見間違いだったのか。
そう思いながら、騎士は小さく息を吐いた。
バルコニーに一つの黒い靄が降り立った。
否。
そう見えるよう、認識阻害の魔法をかけた人間だった。
左右非対称の、濁った黒紫の翼が魔力の消失とともに背から消える。
小さく身を屈め、テラスドアへ手をかざした。
そこには巧妙に隠された、幾重もの魔法の守りが施されている。
目指す場所が目前とあって、三重目の守りは最も複雑だった。
侵入感知、侵入検知、魔力探知、対侵入魔法。
異常検知や施錠魔法など、数え切れないほどの防御魔法が重ねられている。
けれど、その全てを解除する必要はない。
自らの魔力を操り、魔力制御、探知偽装、認識阻害を同時に行う。
重ねられた守りのわずかな隙間を抜け、侵入者を拒むはずの魔法をすり抜ける。
やがて、テラスドアが静かに開いた。
足を踏み入れた室内は、目論見通り寝室だった。
天蓋付きの広いベッドには、一人の男が眠っている。
規則正しい呼吸。
穏やかに上下する胸元。
王国の第二王子、フェルディナン。
天の遣いと称賛され、強力な光属性の魔法を操る王族として知られる男も、眠ってしまえばただの無防備な人間に過ぎない。
音もなく近づき、眠る王子を静かに見下ろした。
よく手に馴染んだ短剣を抜く。
毒を塗った刃が、わずかな月明かりを受けて妖しく光った。
深く息を吸う。
そして、短剣を強く握りしめる。
狙いを定め、その胸元へ正確に刃を振り下ろした。




