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勇者がフルアーマーを脱いだら、現代日本では国宝級イケメンでした  作者: スアップ


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第8話 紙の迷宮、英雄たちの記録

部屋に戻った俺は、思わず立ち止まった。

 先ほど俺が『浄化ピュリフィケーション』をかけたこの部屋は、依然として狭いことに変わりはないが、その空間はまるで、かつての国で滞在していた定宿のスイートルームのように洗練されていた。


モデルルームのように完璧に整頓された空間には、淀んだ空気など微塵もなく、ただ静謐で清潔な空気が流れている。先ほどまで感じていた「汚れ」という名の違和感は完全に消え去っていた。


「……勇者句、改めて見るとホントに凄いね。あたしの汚部屋が、一瞬で雑誌の撮影場所みたいになっちゃってるよ」


ハルが感嘆の声を上げながら、整理された棚を眺める。

 俺はふと、部屋の一角で整然と並べられた、薄い冊子状の書物に目を奪われた。


「……ハル、この本棚にある、絵が描かれた書物はなんだ?」


俺が指差した先にあるのは、かつての戦場での光景を彷彿とさせる、色鮮やかな表紙の冊子たちだった。


「ああ、それ漫画! 勇者句、読んだことないの?」


俺は一冊を手に取り、恐る恐るページをめくった。

 そこには、俺がかつて戦場としていた聖域不可侵大帝国と驚くほど酷似した光景が描かれていた。城壁の崩落、空を覆う闇の瘴気、そして聖剣を掲げて魔王に立ち向かう一人の若者の姿。


「……ッ!? なぜ、この国の書物に、我が故郷の戦いの記録が残っているのだ!?」


俺の心臓が激しく跳ねた。

 一ページ、また一ページと読み進めるごとに、背筋に冷たいものが走る。描かれている呪文の構成、魔王の異形、そして国を守るために散っていった勇者の孤独。それは、俺が経験した出来事とあまりにも合致していた。


(……俺以外にも、この迷宮に飛ばされた者がいたのか? それとも、誰かが過去を覗き見て、それを『物語』として編纂したというのか……)


「ハル、これは何だ。何者かが異世界との境界を越え、ここに記録を残したのか?」

「えっ、あー……それはフィクションだよ。作者が考えたお話」


ハルの言葉を聞いても、俺には信じられなかった。これは記録だ。俺の魂が刻んできた痛みそのものが、紙の上に定着している。誰かが、この国の住人たちに「異世界の真実」を伝えるために描いた書物に違いない。


「……すごいな。この世界の人々は、こうして英雄の物語を紙に封じ込め、後世に語り継いでいるのか。この書物を読むことは、すなわち勇者の魂と対話することに等しい」


俺はピカピカに磨き上げられた床に座り込み、漫画の世界に没頭した。

 かつての戦場では、ゆっくり本を読む余裕などなかった。だが、ここでは誰も俺を追ってこない。ただ、紙の上の戦いを追い、英雄の決断に震え、その最期に涙する。


「……なるほど。ここで彼はこう動くべきだったのか。いや、この戦術は参考になるな……」


最初は「調査」のつもりだったが、次第に俺の意識は物語そのものに囚われていった。ページをめくる指が止まらない。現実世界の物理法則を忘れるほどの没入感。かつて魔王の軍勢を斬り伏せていた集中力が、今は一冊の物語を読み解くために使われている。


ハルは、俺が何時間も微動だにせず漫画を読み耽っているのを、少し呆れたような、でもどこか嬉しそうな目で見守っていた。


「勇者句、もう一冊読む? それ、続き物だよ」

「……ああ。頼む。この物語が、どのように結末を迎えるのかを見届けなければならない」


俺は「佐藤勇者句」として、新しい娯楽という名の魔法にかかっていた。

 剣を捨てた勇者は、こうして紙の迷宮の中にある数千の英雄譚を読み漁り、この世界という迷宮を攻略するための「知恵」を吸収し始めたのである。


窓の外では都会の夜が更けていく。俺はもう、魔王のことを考えてはいなかった。ただ、次に開くページの先にある、まだ見ぬ物語の続きを待ち焦がれていた。

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