第6話 忠実なる魔獣と、視線の包囲網
カフェでコーヒーの衝撃を味わった後も、俺たちの「街歩きクエスト」は続いた。だが、街の景色そのものが、俺にとっては理解不能な現象の連続だった。
並木道を歩いていると、一人の女性が通り過ぎていく。その足元には、小型の毛むくじゃらの生き物が、細い紐に繋がれてちょこちょこと歩いていた。
「……ハル、待て。あれは何だ?」
俺が指差すと、ハルはキョトンとした。
「あれ? ああ、犬だよ。ポメラニアンじゃないかな。可愛いよね」
「犬……? いや、あれは『牙持つ小魔獣』だろう。あんな鋭い爪と牙を持つ生物を、ただの紐一本で繋ぎ止めているだと? もし魔力で逆らわれたら、一瞬で首が引き千切られるぞ。……なぜ、魔獣をそこまで飼い慣らしているんだ。一体、どのような『支配の魔法』を使っている?」
俺の真剣な問いかけに、ハルは腹を抱えて笑い出した。
「支配の魔法って! ただのペットだよ! 飼い主と犬は信頼関係で繋がってるの。……もう、勇者句ってば本気で言ってるから面白いんだよね」
そう言いながら、散歩中の女性が俺たちの横を通り過ぎた。
女性は犬に気を取られていたはずだが、俺の姿を認めた瞬間にピタリと足を止めた。リードを持つ手が緩み、犬が不思議そうに飼い主を見上げている。
女性の瞳が、俺から逸らせなくなる。
「……っ、す、すいません、その……」
彼女は何かを言おうとして言葉に詰まり、ただ赤面して立ち尽くした。犬もまた、不思議な縁を感じたのか、俺の足元で「クゥン」と尻尾を振って甘えてくる。
「……見たか、ハル。魔獣が私の威圧に屈して服従の姿勢を示している。この紐はやはり、強固な呪縛の魔具に違いない」
「いや、ただ勇者句の顔が良すぎて、人間も犬もメロメロになってるだけだってば!」
ハルの呆れ声も虚しく、通りを歩くたびに同じ現象が繰り返された。
交差点で信号待ちをすれば、周囲の視線が集中砲火のように俺の顔面に降り注ぐ。女子高生たちは「ねえ、今の見た!? やば、イケメンすぎ!」と小声で叫びながらスマホを構え、スーツ姿のOLたちは書類を落としそうになりながら振り返る。
『平穏な死角』の魔法で「普通の人」として処理されているはずなのに、視線の量は増すばかりだ。あまりの注目度に、俺の心は急速に削られていく。
「……帰りたい。今すぐ、この騒がしい迷宮から撤退したい」
「えー、まだ昼過ぎだよ? せっかく住民登録もして、これからなのに!」
「ハル、これは戦場以上の『精神的消耗戦』だ。魔王の軍勢を一人で相手にする方が、まだ気楽だぞ。視線が、視線が痛すぎて鎧を着込みたくなる……」
俺が本気で肩を落とすと、ハルは少し困ったように笑い、俺の腕を強く引いた。
「わかった、わかったよ! じゃあ、次はもっと人が少なくて落ち着ける場所に連れて行ってあげる。……ほら、早くしないと、あそこの集団もこっちに来ちゃうよ!」
見れば、背後から黄色い声を上げる学生の集団がこちらに向かって全力疾走してきている。俺は「……っ!」と息を呑み、ハルの背中を追って小走りで路地裏へと飛び込んだ。
魔王のいない平和な地で、俺は今、己の「美貌」という名の理不尽な魔物との戦いに、完膚なきまでに敗北しようとしていた。




