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勇者がフルアーマーを脱いだら、現代日本では国宝級イケメンでした  作者: スアップ


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第4話 勇者の日常、洗脳のハック

部屋の汚れを前にして、俺は無意識に右手をかざした。

「……こんな場所、戦場に比べれば塵同然。――『浄化ピュリフィケーション』」


指先をクルリと回すと、指の先から淡い光が溢れ出し、部屋全体を包み込んだ。

 次の瞬間。積み重なっていたゴミ袋は消滅し、黒ずんでいた床は新品のような白さを取り戻した。空気中の埃さえも一掃され、まるで何十年も清掃されたことのない廃墟が、一瞬でモデルルームへと変貌したのだ。


「え……嘘でしょ? 今の、何?」


ハルが目を見開いて立ち尽くしている。俺自身も言葉を失った。女神に全ての力を奪われたはずではなかったのか。

 だが、この光は確かに俺の魔力だ。どうやら、破壊の力は封じられたが、この身に染み付いた「微細な魔力操作」までは消し去られていなかったらしい。


「……試してみよう」


俺は部屋にあるありとあらゆるものに手を触れた。冷たくなったナポリタンを指先で温め、壊れていた時計の針を魔力で強引に噛み合わせる。

 だが、限界もあった。空を飛ぶための「飛翔」や、空間を裂く「次元斬」といった巨大なエネルギーを消費する魔法は、詠唱しようとした瞬間に頭痛が走り、不発に終わる。


この世界で使えるのは、あくまで「現代の不便を解消する」程度の、小さな魔法だけだった。


「……勇者句、あんたこれ、とんでもないよ。もしかして、魔法が使えるならこの世界、余裕で攻略できるんじゃない?」


ハルが興奮気味に言う。俺もそう思った。

 戦う力は不要だが、この力さえあれば「社会のルール」をハックできる。


翌日。

「いくらなんでも、その鎧姿で役所に行くのは無理があるよ!」

 ハルに引っ張り出されたのは、彼女が貸してくれた現代の服だった。白のシャツにタイトなジャケット、そして黒のスラックス。かつて纏っていた分厚い鉄の鎧とは比較にならないほど軽い。


着替え終えた俺を見て、ハルはまたしてもペットボトルを落としそうになった。

「……は? いや、待って。鎧脱いでも凄かったけど、服着たらマジで……何そのスタイル。モデルよりモデルじゃん!」


鏡に映る自分を見る。……よく分からないが、この世界の人間は、布の質や形の整った服に過剰な反応を示すようだ。


役所へ向かう道中、その反応は確信に変わった。

 街を行き交う女性たちが、俺とすれ違うたびに足を止め、頬を染めて振り返る。まるで、かつての戦場で俺が聖剣を抜いた時のような、畏怖と感嘆の視線。


「ねえ、今の見た? ヤバくない?」

「あんなイケメン、この街にいたっけ?」


背後から聞こえる囁き声。ハルは俺の腕にピッタリと寄り添い、周囲に向かって胸を張った。

「そうよ、これがあたしの連れてきた勇者様なんだから!」

 まるで、自分が育て上げた最強の戦士を誇示するような自慢げな様子だ。


区役所の受付窓口に立つと、今度は職員の女性がペンを止めて俺を凝視した。

「……あ、あの。お手続きですね?」

 明らかに動揺し、手が震えている。俺は無意識のうちに『馴染み(カメレオン・オーラ)』を発動させた。


その瞬間、職員の表情が事務的なものから、どこか蕩けるようなものへと変わった。

「佐藤勇者句様ですね。以前からこちらにお住まいで……ええ、もちろん存じ上げております。……佐藤様のような方が、こんなにもお近くにいらっしゃったなんて」


書類の不備も、身元確認の厳格なチェックも、その美貌という名の「バグ」と魔法によって全て霧散した。

 続いて、担当者が入力作業に迷いを見せたため、俺は『納得の吐息プロパガンダ・ブレス』を添える。


「……時空が歪んでいる。この事務手続きもまた、社会の摂理の一環だ」


「……っ! そうですよね、そんな深い意味が……。佐藤様のおっしゃる通りです。すべて問題ございません」


呆れるほどスムーズに、手続きは完了した。

 役所を出れば『平穏な死角』で周囲は俺の格好を「洗練された紳士」だと解釈し、街行く人々の視線が俺を追いかける。


俺は、自分がこの世界の王にでもなったかのような錯覚を覚えた。

 だが、ハルが俺の背中を見て、少しだけ不安そうな顔をしていたことには気づいていなかった。


「……勇者句。あんた、魔法を使えば使うほど、どんどんこの世界から『浮いてる』気がするよ」


その警告は、今の俺には届かなかった。

 まさか、これらの魔法が「現代社会の常識」という名の強力な呪いをハックしているだけで、その反動が数日後に訪れる――いわゆる「魔法が切れた瞬間の社会的崩壊」という地雷を踏んでいるとは夢にも思わずに。


区役所の職員たちは、数日後、登録されたはずのない俺のデータを見て頭を抱え、さらに「なぜあんなにカッコよかったのか思い出せない」という奇妙な記憶の欠落に悩まされることになるのだが、それはまだ先の話だ。

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