23 ある時計屋の怪異
あら、若い人がこのお店に来るのは珍しい。いや、失礼。こんな古い時計屋にいらっしゃるお客様は馴染みの方しかこないもので。ご新規の方は珍しくてつい。
それでお嬢さん、どんな時計をお探しですか?
目覚まし時計、振り子時計、腕時計、うちにあるものであれば好きに見てくださいな。
お、失礼。私、この時計屋で店主しておる片桐、と申します。よろしくお願いいたします。
それで、どんなのをお探しで?
成程、家に飾る時計、ですか。はいはい。そしたらここから…ここまでが家の壁に掛けられるやつです。そでここ辺りが置時計になります。
…あーその大きな時計ですか。それは…その…売り物ではないんです。
少しおかしな時計なので。
どうおかしいか、気になります?んー信じてもらえないかもしれないんですけど。
…その時計が動くとき、何かが起こるんです。
具体的に?そしたら…少しだけこの古時計についてお話しさせていただきますね。
この大きな古時計の事を。
これがいつの時代からあったのか見当もつかないぐらい古い時計なんです。実は。私の家はずっと時計屋を商いとしてやらしてもらっていたんですがね。うちの祖父がある人から譲り受けた時計なんです。なんでも―――
人の死が分かる時計って言うんです。
譲りうけた経緯?…これはかなり前の話なので、聞いた話になります。もしかしたら譲り受けた経緯が違うかもしれません。それでも良ければ。
そうですね…この大きな古時計は、西洋の技術者が作った物らしいんです。それを横浜で商人をされていた知人からうちの祖父に、連絡がありましてね。
「良い時計が手に入った」と。
それでその商人がうちの店に、この時計を持ってきましてね。一目見た時にうちの祖父は気に入りまして。どこか童話とかに映画に出てきそうな時計でしょ?やっぱり雰囲気ありましたし。あと時計回りの細工がすごいでしょ?ちょっと今まで見たことがないぐらいの精巧で、まるで魂を込めたような気迫を感じたと祖父は申してました。私も小さいころ見た時は圧倒されましたがね。それで、当時、これは売れると思ったんでしょうね。祖父は言い値で買い付けたそうです。
でも高く買ったせいで、売値も高く設定せざるを得ない状態でして。買い手が見つからなかったそうです。でもうちの店の象徴としておくのも悪くないかと祖父は思ったそうで。こうして今でもこの時計はこうしてあるんですね。
初めてその時計が奇怪な行動をし出したのは…これを売った商人が亡くなった時だったそうです。
この時計、手巻き式なんですがね。うちの祖父がこの時計が来て以来、毎日、同じ時間に巻いていたんですけど…その…急に動かなくなってしまったんです。示していた時間は15時32分。いつも祖父は15時にこの時計のゼンマイを巻いていたんですがね。巻いたばかりで止まるのはおかしいな?何か部品が壊れたのかな?最初はそう思ったそうです。それで見てみようと思って時計に触れた瞬間。
急にその時計の鐘が鳴ったそうです。
こういう時計って、30分おきに鳴る、半打ち。1時間おきに鳴る、時打ちって言うんですけどね。
その時計は時打ちしかないタイプのはずなんです。
それが15時32分に鳴る。その瞬間を見た祖父はビックリしてただ、時計を見つめることしか出来なかったそうです。
祖父は時計を見ながら、なんか不思議な…何て言うんでしょうね。何か得体のしれないものがこの時計に宿っているような気がしたそうです。どこか不気味で、でも具体的に言えない。そんな感じだったそうです。小さいころ、私がその話を聞いた時は、良く分かりませんでしたが。でも今なら少し分かるような気がします。この時計、ちょっと圧を感じるんですよね。他の時計に比べたら。まあこれは私の主観ですが。
その後は、特に問題なく動いていたので、単なる誤作動か?って思ったそうなんですが…でもどこか気味が悪くなったそうで、翌日、商人のところに赴いてこの時計の事を聞こうと思ったそうです。それで翌日、商人の家に赴くとですね。
商人の家は外からも分かるぐらい雰囲気が落ち込んでいたそうです。
門のところからは人がひっきりなしに行ったり来たりしてて。でもどこか皆下を向いていたそうです。喪服を着ていたこともあって、誰か亡くなったんだろうか?日を改めた方が良いだろうか。最初はそう思ったそうです。でも、来たからには挨拶しないのも悪いと思い、尋ねたそうです。お忙しいところ申し訳ない、亭主はおりますか?とお聞きしたらですね。
昨日、亡くなった。
そう言われたそうです。うちの祖父が商人の奥さんを知ってましてね。奥さんから、事情を聞いたそうです。なんでも昨日の15時ごろに急に胸を押さえて苦しみだした。急いで病院に連れて行ったが治療むなしく亡くなったそうです。あれ?時計がおかしくなった時間帯と似ているなって思ったそうです。それで、お悔やみの言葉を言って後日、式の予定を聞いて帰ったそうです。店に帰ってすぐに時計を見たら、すこし背筋がゾッとしたらしいです。もしかして…いや…まさかな。単なる偶然だ。そうに決まっている。そう自分に祖父は言い聞かせたそうです。
ですが、気味が悪くなったそうで、もうこの時計のゼンマイを巻くことを止めて、置物のようにしたらしいんですよ。だからうちの祖父の代から、この時計はもう動いてないんですけどね。それで、長い間、そんなことが起こることもなく日常が過ぎていったそうです。商人の方が亡くなったことも少しずつ記憶から薄れていっていたある日、同じように急に時計の針が動いて、鐘の音が鳴ったそうです。
何で動いた?誰かが、間違ってゼンマイを巻いたか?最初はそう思ったそうです。時間は9月1日の11時38分。
ですがその日、いつもと様子が違ったそうです。
いつもよりも鐘の音が、長く響いたそうです。ものすごく。いつまでも続くのではないかと思うぐらい。
やっと鳴り終わった。そう思った瞬間、地震が来たそうです。
そして、その日に起きたのが。
関東大震災。
多くの人が亡くなりました。
まるでそれを知らせるような鐘の音だったとうちの祖父が思い返した時に言ってました。
そうですね…あとは私が経験したことですが。
うちの祖父、父、母が亡くなったときも、この時計は変な時間に動いて、鳴りました。
私は一度もゼンマイを巻いていないんですけどね。
だから、これはこれから誰かが亡くなることを知らせる古時計なのかなって思うんです。
そんなことないと言い切れないことが起きていますしね。
え?捨てたり、どこか売ったりしないかですって?
…そうですね。うちの祖父と父はそれを考えたそうですが。どうも、よそ様に迷惑をかけるのも嫌ですし。不幸になるとか嫌なことが起きるとかではないですからね。だからうちの店に置いておこうという話になりまして。
私も実はそう思うんです。第一に、私もこの精巧につくられてこの時計が好きですから。長い事、このお店にありましたし象徴的な時計になりましたしね。今更、どこかよそに持っていくことも考えられませんしね。
いやーすいません。こんな、つまらない話をしてしまって。
それでお客さん、家に飾る時計でしたっけ?どれか決まりました?
え?…ああ。
…あ…鳴ってますね。
久しぶりに聞きました。この古時計の鐘。
…成程。
…最後にお嬢さんとお話しできて楽しかったですよ。




