10 タクシードライバーが経験した怪異について
こんにちは。どちらまで?はい。恵比寿駅まででございますね。少し距離がございますが、よろしいでしょうか?かしこまりました。それでは出発いたします。シートベルトのご協力お願い申し上げます。…あ、ご協力ありがとうございます。
はい。どうなさいましたか?…成程。不思議な話ですか。なにかそういったお話を集めてらっしゃるんですか?そうなんですね。いや、実は私怪談とか、不思議な話が好きで。よくそういった動画とか見るんですけどね。お客さんもお好きみたいですね。
ん?ああ。私が経験した不思議なこととか怪異ですか。あると言ったらありますね。ただまあ、私だけじゃないんですけど。そういった話は面白半分で今まで聞いていたんですがね。経験してから、どうもそういった話は本当にあるんじゃないかって思うんですよ。
ところでお客さん、昭和生まれの方で?
はい。あー、じゃあ私とあまり年は変わりませんな。
まあ…そうですね。信じるか信じないかはお客さんにお任せいたしますが。
じゃあ、駅に着くまで私のお話を少しだけ。
お客さん、霧の中を車で走ったことありますか?
偶に、ここ東京でも霧が発生するときがあるんですよ。私、この仕事を20年以上やってますが、年に2~3回ぐらい霧の中を走ったことあるんです。20年以上前に、ベテランのドライバーに教えてもらったんですけどね。もし、霧の中に入って、不思議なところや怪異にあったら。
煙草を吸え。と教えてもらいましてね。
なぜ煙草なのかは分からないんですけどね。何か動画とか見ると、煙が邪気を払うっていうのがあるらしくて。だからと言って人に向かって煙草の煙を吹きかけるわけじゃないんですけどね。でも私、たばこ吸わないんですけどね、ダッシュボードの中には常備しとけって言われまして。…ええ。今でもありますよ。ほら、ね?丸々残っていますでしょ?
その先輩から霧の時は気をつけろって言われましてね。
霧が出た時はなんでか知らないんですけど。外を出歩いている人が極端に少ないんですよ。いつもなら沢山、飲み歩いている人がいるところなんですけどね。不思議ですよね。
何回か、霧が出た時に走りましたが、特になんもなかったんです。なんか霧が濃いな。ぐらいでね。少し走ったら霧が晴れていつもの町の風景になるんですけど。
その日は、霧の中に入ってから急にトイレに行きたくなりましてね。続けてお客さんが入って、休む暇もなく運転してたからっていうのもあったんですけど。駐車できる、コンビニがあったんですね。近くに。まあ日頃、良く使っていたんですけど。車止めて、霧の中少し歩いてコンビニに行ったんです。
コンビニが定食屋になってたんです。
あれ?おかしいな。いつ変わったんだ?
でも昨日も、ここのコンビニを使ったんだけど。場所間違えたかな?まあ丁度お昼時だったし、少し食べてから行くか。と思って中に入ったんです。
店の中に入った瞬間、醬油と油の匂いがしましてね。だけど掃除が行き届いているのか、綺麗な定食屋さんでしてね。ただ、もう30年以上前のお店って感じでね。店の角の上にブラウン管テレビがあって、その横には神棚があって。みたいな。本当に昭和の定食屋さんって言う感じでした。流れている音楽も当時流行った音楽が流れてましてね。よくよくテレビを観ていたら、もう亡くなっている芸人がテレビで話しているんですよ。再放送かなにかしているのかな?って最初は思ったんです。ちょっと違和感というか気になるところはありましたが、とりあえずカウンター席に座って定食を頼もうと思ってメニュー見たんです。それが凄く安くて。今の値段の半分ぐらい。その時は、良いお店見つけたなって思ったんです。カウンター越しにお店の人に定食を頼んだ後、色々とお店の中を見てみたんですね。壁には昭和のアイドルのポスター、競馬新聞を読みながら煙草を吸っている人。スーツ姿の会社員2人が話しながら食べていたりしてました。
そこで、ん?と思ったんですね。珍しいなとも思いましてね。
え?何が?…それはですね。誰もスマホを見てないんですよ。机の上にも置いてないですし。そして、飲食店ではもうほとんど禁煙じゃないですか。競馬新聞読みながら煙草を吸っている人なんて。今どき、外ではもういないでしょ?
違和感がさっきより、すごく強くなりましてね。
なんていうか。自分が10代、20代の頃を見ているようでして。あの時代は色々と規制がなくて自由でしたけど。今では考えられないこともしてましたね。電車の中で煙草吸えたり。駅のホームで煙草吸えたり。キャッチもどこまでもついてきたりしてましたね。
ああー公衆電話。懐かしいですね。今ではあまり見なくなりましたが。
それでですね。おかしいな。変なお店だなって思ったんです。そう思っていたら、私が注文した定食がきたんです。
定食が置かれた瞬間、周囲の色と音が…何ていうんですかね。鈍くなったというか。色は色彩を失って、音が水中にいるような感じで遠くなったんです。あれ?どうしたんだろって思って。定食を持ってきた店員を見てみたんです。そしたらですね。
モノクロ画面のような顔がそこにはあったんです。
おかしい。絶対におかしい。そう思いながら急いで食べて、会計を済ませて外に出たんです。
外はまだ霧が濃く、誰も歩いてませんでした。
あ、これ、先輩から言われたやつだって思いましてね。急いで車に戻って、煙草出して、吸ったんです。
ちょっとむせましたけどね。何せ、その時初めて煙草を吸ったもんで。そして吸った後は車を出して走ったんです。
走ったらいつの間に、普段の町になりましてね。本当に煙草は効くんだなって思いました。
その後、会社に戻っていろんな人に聞いてみたんです。
あそこのコンビニって昔、定食屋さんだったか?って。
ちょっと思うところがありまして。お店があまりにもレトロでしたし、なおかつ、私がいつもの道を間違えないっていう自負もありました。もしかしたらっていう思いがありましてね。確認したかったんです。最初は誰もそのお店の事を知りませんでしたが、話が伝わったのか事務の人で知っている人がいまして。
話を聞くと30年ぐらい前に、そこには定食屋さんがあったそうです。
その事務の人に言われましたよ。
「よく知っていますね」って。
何だったんでしょうね。あれ。SF映画じゃあるまいし。ドラマでも映画でもあるまいし。本当に良く分からない不思議な出来事でした。
あ、お客さん。西口のロータリーのところで止める形で良いです?はい。分かりました。そしたらそこの喫煙所の先で止めますね。
ちょっと駆け足で話して、すみませんね。え?面白かった?そう言っていただけると嬉しいですな。
…これが私が経験した不思議な出来事です。不思議というか、夢みたいな出来事ですよね。
ああ。確かに昔は良かったですね。お客さん。またあの時代に戻りたいと思います?
…そうですか。私もですよ。
なぜなら、こんな風にお客さんと話せましたし、今の時代も悪くないって思いますから。
はい。到着いたしました。本日はありがとうございました。
またのご利用をお待ちしております。
…あ、お客さん。
霧が立ち込めている時は、お気を付けくださいね。




