フレンドリーが過ぎる邪竜(変わり者の姿)
自分の拳程の大きさがある柔らかい実の薄い紫色の皮を丁寧に剥くと、ぷるんとした半透明の果肉が姿を現す。
光を反射して輝く様はまるで宝石のようで、甘く美味しそうな香りに堪らずがぶりと果肉に齧り付く。
噛んだ瞬間、口の中でブワッと果汁が溢れ出た。
うっかり口から溢れそうになるのをなんとか飲み込んで、口の中の果肉をゆっくり咀嚼する。
大きさは全然違うが、見た目は前世で見知った葡萄そのものであったから味も似たものを想像していたが、なんとマンゴー。マンゴー要素全然無いのに。
けど、前世で食べたマンゴーよりもずっと濃厚な甘さで、語彙力がちょっと溶けてしまうくらいに美味しい。
手が果汁でベタベタになるのも構わず、夢中になって食べていたら頭上から腹の底に響くような笑い声が聞こえてきた。
『どうだ、美味いだろう? パルティーは我も大好物な果物なのだ!』
「パルティーって言うんだこの果実! …………あれ? それって凄い高級食材じゃなかったっけ?」
『うん? ああ、確か人間たちの間ではそんな風に言われているのだったか。まあ我からしたらただの美味い果物だがなぁ。森にもパルティーの木はそこら辺にあるし』
「珍しい薬草もあるって聞いたし、密猟者が湧きそうな森だなほんと」
『湧いた瞬間にその辺りを縄張りにしている魔物に食べられちゃうけどね!』
「んー、軽い。あと口調安定させて?」
ふぉっふぉっと笑う相手――これぞザ・ドラゴンという姿をした邪竜に、苦情を返す。
そう邪竜。国が私を生贄にと捧げた存在。
御伽噺ではとても恐ろしく描かれているけど、私の目の前にいるこの邪竜はそんな気配が微塵も無い、ちょっぴりお茶目なフレンドリー過ぎる邪竜だった。
今いる場所は、邪竜に捧げられた花嫁が暮らせるようにと用意したという火山から近い森の中にあるログハウス――邪竜が魔法でちょいちょいのちょいっと作った物らしい――の前。
まさかのエンカウントに気絶してしまった私をここまで魔法で運んでくれて、小屋の中のベッドに寝かせてくれていたのだ。
んで、空腹のあまり目覚めた私に『美味いもの食わせたるから、外においでよ!』と言われ、「お前を美味しく食ってやるの間違いでは??」と思いつつ、ガクブルしながら出たら山のように積まれたパルティーと、その横に邪竜がいたと言う。
それで適当な石に腰掛け、パルティーを食べながら邪竜の話を聞いていたのだけど、どうも花嫁って本来は生贄ではなかったらしい。
『ほら、我ってば竜だからものすごく長生きなのよね。でもひとりぼっちでって超寂しいから、じゃあ契約して数十年話し相手になってもらえる人間貰おって』
んー、軽い。とても軽い。
生贄文化作る原因になったのに。
「超寂しいなら仲間と一緒にいればいいのでは」
『残念ながら竜っていう生き物は、番とその子どもと以外は群れない種族なのだ。まあそのうち子どもは巣立つから、基本番としか一緒にいない』
「へぇ……以外と殺伐とした感じ? 他の竜と出会ったら即戦闘みたいな」
『そうではない。ただ、お互い酷く無関心なのだ。親子であっても巣立ってしまえばそこまでだ。それ程己や番以外のものに対して無関心なため、群れることがない。だから番ができなかった竜は死ぬまで一匹でいることもある』
それはあまりにも無関心が過ぎるのでは??
つい苦い顔をしてしまえば、邪竜は厳つい顔をちょっと歪めた。こわい。
でも、なんか雰囲気的にたぶん悲しそうにしてる……のか?
にしても、そこまで無関心が過ぎる種族ならこの邪竜はかなりの変わり者なのでは?
態々人間と契約して話し相手ゲットしてるわけだし。
疑問に思ったことを尋ねてみれば、『そうそう。我ってば偶にいる変わり者たちの中でも特に変わり者なのよね!』って、すげえ明るく返された。
そ、そうか……。そんなに変わり者なのか邪竜氏。
「……ん? じゃあ今まで来てた生贄……じゃなかった。話し相手の花嫁と一緒に住んでたってこと?」
『いや? 百年ほど前に貰った花嫁以外は皆食った』
「――ぇ?」
つい、新しく手に取ったパルティーを潰してしまった。
食った? 今食ったって言ったこの邪竜??
突然来たホラー展開に冷や汗が流れる。
これ、もしかして私も食われるやつじゃ、
『って言うのは冗談なんじゃがな!』
「ざっけんなよこの邪竜!!」
「騙されやがったな、プギャー!」みたいな声音で言った邪竜の顔面に、潰してしまったパルティーをぶん投げた。
風の壁みたいなので防がれたけど。
なんつー冗談言うんだ馬鹿!! ってキレてたら、まあまあと宥められる。お前がやったことだろうが!!
いや、ほんとガチトーンだったからマジでビビったんだからね! 漏らしはしなかったけど!!
はぁ、と安堵の溜息を吐く。
果汁でびっちゃびちゃになった手を邪竜が出してくれた水で洗い、新しいものに手を伸ばす。
皮を剥きつつ、実際はどうしたのだと聞くと邪竜はしょんぼりしつつ教えてくれた。
『なんかもうどいつもこいつも「さあ、一思いに食べてくださいませ!」ってみたいなこと言って進んで食べさせに来たり、食べないでほしいと懇願してきたりって、全くこっちの話聞いてくれなかったでな。適当に遠い場所へ放り出したのよ』
「なるほど……大変だったね」
『本当に。どうして単なる話し相手が生贄っていう、曲がりに曲がった解釈されるようになったんじゃろねー』
黄昏る邪竜にまあ元気出せよと、皮を剥いたパルティーを差し出した。
パクッと手ごと咥えられて「みょっ」って変な声出たけど、食われてなかった。怖かった。
ちなみに私のことも見つけた時には、今までのと変わらなそうだから早々にどこかへ飛ばそうと思ったらしいが、あの腹の底からの文句に「おもろい奴みーっけ!」って感じで話しかけて、楽しかったから気絶した後ここまで連れてきてくれたという。
『我の目に狂いはなかったな! ちゃんと話通じるし』と笑っていた。
私的にも適当なとこに飛ばされんでマジでよかったと安心したわ。
だってこの世界命の価値が、時と場合によっては金よりも安かったりするし。
そんな物騒極まる世界で、無一文で着の身着のまま変な所に飛ばされていたと思うと……ほんとマジで助かった。
でもなぁ、私は人間だ。
しかも前世で平和な国日本で暮らしていた、ごく普通の一般人。
このままここで生きていこうにも、魔法が使えなければサバイバル知識なんてないし、かと言ってあの国に戻れるかと言うと無理寄りの無理。つーか、帰ったら殺される。生贄にされたのも楽に処分できるからだし。
人里に行ったとしても、生贄として生かされていたから全くこの世界の基本的な知識が無いんだよなぁ。
どうせ死ぬなら教育なんてしなくてもええやろって父親の意向で。だから簡単な読み書きもできやしない。
さっさと禿げればいいのにあのクソ野郎。
うんうんと唸りつつ悩んでいたら、邪竜がなんでそんなに悩んでんのと言わんばかりに首を傾げた。
『我の話し相手になってくれるなら、生活の手助けくらいするぞ? 見たところお前さんは人間の中でも弱い部類であるし、魔物からも守ってやろう。食料も我が持ってきてやるし、生活するための小屋はちゃんと整備してやるぞ』
「是非ともお願いします」
速攻で頭下げてお願いした。




