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46:ほらね?

 それから僕たちは、金髪碧眼でひらひらした青いドレス姿という違和感満載のセシリアに案内されて、この豪華な宮殿の中でも一際立派な両開きの扉の前へとやってきた。

 セシリアがドアノッカーを叩くと、内側から静かに扉が開かれる。その中に見えたのは、もう家一軒丸ごと入るんじゃないかってくらい広くて天井の高い、綺麗に飾られた部屋だった。


「失礼致します、お母様」


 そしてセシリアがどこのお嬢様だよって感じの優雅な礼をして中に入ると、部屋の中央に置かれたソファから一人の女性が立ち上がった。

 セシリアと同じ金髪碧眼で、落ち着いた色のドレスを着た美人さんだ。ずいぶん若く見えるけど、この人がセシリアのお母さんか。


「お帰りなさい、エヴァ。今日はお友達もご一緒なのね? 皆さんもそんな所にいないで、どうぞ中へ」


「……は、はい」

「お、お邪魔いたします」

「…………」


 セシリアのお母さん……て言うかウェザーズ公爵様? に手招きされるまま、僕たちは彼女の向かい側のソファに腰を下ろした。

 さすがのフィオナも緊張しているらしく、小さく口をぱくぱくさせているだけで声が出てきてない。


「ようこそ我が家へ。私はエヴァンジェリンの母親で、国王陛下よりこの領地をお預かりしている、フレデリカ・エミル・ウェザーズと申します」


 エヴァンジェリンって誰? と一瞬不思議に思ったけど、そう言えばそれがセシリアの本名だった。ややこしいな。

 僕たちも慌てて自己紹介を返すと、彼女は笑顔で頷きながらそれを聞いてくれていた。後で聞いた話では、この場合には直接名乗らずにセシリアからの紹介を待つべきだったらしいけど、そんなしきたりなんて平民の僕たちが知るはずもない。


 でもとにかく、彼女は僕たちのそんなマナー違反を咎めるでも機嫌を損ねるでもなく、終始笑顔のままだ。貴族の中でも最高位の公爵様にもかかわらず、口調も物腰も柔らかくて少しも偉ぶる様子がない。

 そしてまた、さすがセシリアのお母さんだけあって、カルマ値の面でも破格の善人だ。


「今日はこの時間が楽しみで楽しみで、一日中仕事が手につかなかったわ。実はね、エヴァがここにお友達をお招きするなんてとっても珍しい事なのよ。それで、皆さんはエヴァとはどんなご関係なのかしら? 見たところ、冒険者さんのようだけど。……あ、そうそう、私もこう見えて若い頃には剣を振ったりしていたのよ。最近ではお稽古をする時間も取れなくて、すっかり腕は鈍ってしまっているけれどね。そうだ! アレックスくん、良かったら私と模擬戦でもしてみない? 今日はもう遅いから明日にでもどうかしら? ふふっ、そうと決まれば公務の予定を空けておかなくちゃ。そうそう、服の準備も必要ね。昔使っていた稽古着はまだ着られるかしら? それから……」


「……え? えーっと……あの……」


 ところが喋り始めるとこれが口を挟む隙もなく、勝手にどんどん話が進んで行く。こんな風にあんまり人の話を聞かないところなんかも、さすがセシリアのお母さんだ。

 て言うかセシリアに聞いた話じゃ、このウェザーズ公爵様が先代の能天使(エクスシーア)で、剣の腕はセシリアと同じかそれ以上ってことだったはず。

 ダメじゃん。そんなの勝負になるはずがないよ、瞬殺だよ。比喩じゃなくて文字通り瞬間で死んじゃうよ。


「お母様!」


「……あらいけない、ごめんなさいね。私ったら、嬉しくてついついはしゃぎ過ぎちゃったわ」


 そんなウェザーズ公爵様の暴走を止めてくれたのは、もちろんセシリアだ。身分的にも、公爵様の話を遮ることができるのは彼女しかいない。

 だけどそのセシリアはなぜだか妙に緊張した様子で、柔らかいソファにそわそわと何度も座り直したりしている。どうしたんだろう?


「……その、お母様。……いえ、ウェザーズ公爵夫人。実は今日、私はエヴァンジェリン・ウェザーズではなくセシリア・グッドシーダーとして、こちらのアレックスさんをご紹介に参りました」


「あらっ。……あらあら、まぁ! それは、つまり……?」


「はい、公爵夫人。私の後継者となる娘は、アレックスさんとの間に授かる事になるでしょう」


「「「ええええぇーっ!?」」」

「……あら?」


 揃って驚きの声を上げたのは、もちろん僕とフィオナとメリッサだ。

 いきなりとんでもない宣言をしたセシリアは耳まで真っ赤になっていて、ウェザーズ公爵様は不思議そうに小首を傾げている。

 て言うか、フィオナとメリッサが凄い表情で僕を睨んでるんだけど、僕だって驚いてるんだよ。だいたい、セシリアと知り合ってからまだ10日ほどだよ? その間に彼女と何かあったりするわけないじゃないか。


「……こほん。えー…… グッドシーダー卿? 当のアレックスくんご本人が随分と驚かれているようですが、その件について彼とはちゃんと話をなさいましたか?」


「……あ。いえ、お母さ……ウェザーズ公爵夫人、していませんでした」


「一応、当家の責任者として念の為に確認しますが、……すでにお腹に子供が?」


「い、いえっ! そんな、全然まだですっ! アレックスさんとは、ただちょっと見つめあっただけでっ!」


 さらに赤くなってぶんぶん手を振り回すセシリアに、公爵様は眉間を押さえて大きくため息を吐いた。

 そしてメリッサが「あー、やっぱりね」と言い、フィオナも「うん。アレックスはそんな人じゃない」と呟いて僕から視線を外した。

 いやいや、さっきは明らかに僕のこと疑ってたと思うけど!?


「もう、変なところばっかり私に似ちゃって…… それで、エヴァ。アレックスくんがその人だと言うこと自体は、間違いないんですね?」


「……はいっ。それは間違いありません、お母様。『告知』がありました」


「そうですか、分かりました。ですが、アレックスくんの傍には他にも素敵な女性がいらっしゃるようです。お二人のどちらかが彼の恋人なのではありませんか?」


「……っそ、それは……」


 えーっと、そういう話はできれば本人たちのいない所でしてもらいたいんですが。だって恥ずかしいじゃないですか。

 だけどセシリアも公爵様も真剣そのものの表情だし、とても重要な話をしているという雰囲気が伝わってくるので、口は挟めない。


 ところがそこで、フィオナがすっと片手を挙げた。


「わたしが、アレックスの恋人」


「「ええええぇーっ!?」」


 今度の声はメリッサとセシリアだ。僕はびっくりしすぎて声も出なかった。

 それに、フィオナにそんなことを言ってもらえるのは、僕としてもちょっと嬉しかったりして。


「ち、違うわ! あたしよ! あたしがアルと結婚するのっ!」


「結婚は飛躍しすぎ。誰もそこまでは言ってない」


「……うっ」


「でも、アレックスと幸せな家庭を築くのも、わたし」


「なんでよっ!?」


「……ぷふっ。うふふふふっ」


 事がフィオナとメリッサの口喧嘩に発展しそうになったとき、ウェザーズ公爵様が堪らずといった様子で吹き出した。

 よく考えると公爵様の前でこんな言い争いをするなんて非礼にも程があると思うけれど、別に機嫌を損ねているわけではなさそうだ。いや、むしろ面白がっている感じ?


「ああ。ごめんなさいね、笑ったりして。……でも、こうして見ればどうやら私の娘にも、まだつけ入る隙がありそうなご様子ですね」


「お、お母様っ。そんな……」


「フィオナさん、メリッサさん、そしてエヴァも。一時休戦しましょう。そして、このウェザーズ家のしきたりについて、私から少しばかりお話をさせていただきます。アレックスくんも、よく聞いて下さいね。これは私たちだけではなく、この王国にとっても、とても大事なことなのですから」


 表情と口調をあらためてそう言うウェザーズ公爵様に、僕たちは黙って頷く以外のことはできなかった。もちろん、セシリアも含めて。




 ウェザーズ家の歴史は、王国建国時にまで遡る。

 当時、この地方ではいくつかの民族が対立し、争いを繰り返していた。


 その対立は、当初は純粋に他民族の侵攻から身を守るためのものだったが、長引く抗争の中で一部の者が力をつけ始めると、それはその者たちがより一層の利益を得るための手段へと変わっていった。

 争いによって傷つき、飢え、住む場所や家族を失い、それでも更なる戦に駆り出される人々。


 そんな人々を救おうと立ち上がったのが、後に初代国王となるマキシマスという人物だ。

 彼はとある少数部族の長で、この地方を二分する大部族の双方から迫害を受けていた。


 ただ普通に考えて、一つや二つの少数部族が立ち向かったところで所詮は多勢に無勢、数十倍もの勢力をもつ大部族には敵うはずもない。

 しかしマキシマスには強力な味方がいた。それは剣を持っては圧倒的な強さを見せ、桁外れな規模の大魔法を操り、またどんな重傷者でも一瞬で治療する能力を持つ、超人だった。

 歳若い少年の外見を持つその超人は、自らを『主天使(ドミニオン)』と名乗った。


 その主天使(ドミニオン)の活躍によって短期間に富を独占する二大部族の中枢を倒し、この地方を平定したマキシマスは、彼に敵対したものも含めてすべての民族を平等に遇することを誓い、王国を建国した。

 そしてその際に主天使(ドミニオン)は、マキシマスの娘と結婚してウェザーズ公爵となる。しかし彼は、生まれた一人娘が成人した年に忽然と姿を消してしまった。

 失踪する直前に彼は、「王が民を虐げない限り、我が子孫たる能天使(エクスシーア)が王国を守護し続ける」と言い残したという。


 以来、ウェザーズ公爵家では第一子は必ず女児となり、能天使(エクスシーア)となるべく常人離れした身体能力をもって生まれる。第二子以降には男児も生まれ、男女ともにごく普通の人間だ。

 そしてこの主天使(ドミニオン)の血筋を守り、次代の能天使(エクスシーア)の誕生を確実なものとするために、能天使(エクスシーア)は配偶者を自分で選ぶ慣わしになっている。

 なんでも彼女たちは20歳になるまでに必ず『運命の相手』と巡り逢い、その際には夢の中でその『告知』を受けるんだそうだ。




「アレックスくんやフィオナさん、メリッサさんには申し訳ないことですが、エヴァがこう言っている以上、アレックスくんがこの子のお相手であることは確定しています。あとは皆さんのお気持ちの問題ということになりますが、最悪の場合、アレックスくんにはエヴァが身篭るまでの間だけご無理を申し上げることになるかと思います。……もしもそうなった時にはどうか、よろしくお願いしますね」


「えっ。身篭るまでって……ええっ? つまり僕が、その……セシリアと…… えええええぇっ!?」


 ウェザーズ公爵様のとんでもない話に僕は狼狽え、フィオナとメリッサは呆然とし、セシリアは湯気が上がりそうなくらいに真っ赤な顔で俯いている。


 ……ほらね? やっぱり大変なことになっちゃったよ。

お読みいただき、ありがとうございます!

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◇次回が最終話となります。明日の投稿予定です。

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