45:私の本当の姿です。
キャストール伯爵城での一件から7日後。僕たちは今、2頭立ての立派な馬車に揺られている。
詰めれば6人は座れそうなキャビンに乗っているのは、僕とフィオナ、メリッサ、そしてセシリアの4人。僕たちの乗っている馬車の前後にも同じ馬車が連なっていて、その数は全部で4台。他の馬車には護衛の人や旅の荷物が乗っているらしい。
駅馬車のように一日に何度か馬を替えて走るこの馬車の隊列は、ずっとかなりのハイペースを維持したまま快調に街道を走り続けている。
さて、どうして僕たちがこの高速馬車……て言うかまぁ、セシリアの馬車なんだけど、それに乗って旅をしているかと言うと、あの一件の後にセシリアから彼女の実家へ招待されたからだ。
その理由は、ロバートやオズワルドの件に巻きこんで迷惑を掛けたからだとか、事件解決を手伝ってもらったお礼だとか、いろいろと要領を得ないものだったけれど、意外にフィオナとメリッサがそれに乗り気だったので厚意を受けることにした。
……正直、面倒事の予感しかしないんだけどね?
それでも、旅そのものはとても快適なものだった。
日が暮れる頃には必ず大きめの宿場町に到着するようになっていて、そこで僕には絶対に手の届かないような高級宿に宿泊する。
馬車自体も速度の割には揺れが少なく、アルテアからランデルビアまでの駅馬車ではお尻が痛くなって困った、と話すメリッサにも好評だ。
そのランデルビアからは西へ向かう街道で出発したはずなので、もうアルテアからはかなり遠くへ離れたことになる。僕もフィオナもメリッサも、いま自分たちがどのあたりにいるのか、近くにどんな街があるのかなんてさっぱり分からない。
「そろそろウェザーズ領に入った頃ですね。夕方までには私の実家に到着できそうです」
「ウェザーズ領?」
「はいっ。私のお母様が治める領地です。ウェザーズ公爵領ですね」
……………………………………
「「「……っこ、公爵ぅ!?」」」
数秒の間を置いて、僕とフィオナ、メリッサの声が見事に重なった。
いやいや、公爵って。そりゃあセシリアは国軍兵士に指図できる立場だし、何だかんだで身形はいいし基本的には所作も上品だしで、たぶん貴族家の一員なんだろうなとは思ってたけど、でも公爵って。
あれっ? だけどセシリアはグッドシーダーって家名を名乗ってなかったっけ? 確か、セシリア・グッドシーダー。
ウェザーズ公爵家とやらのご令嬢なら、家名もウェザーズなんじゃないの?
「グッドシーダーの名は、一族で代々受け継がれている能天使としての名前なんですよ。ウェザーズ家の長女としての私の名前はエヴァンジェリン・セシル・ウェザーズと言うんですけれど、皆さんはどうぞこれまで通りセシリアとお呼びください!」
「お呼びくださいって言われても……」
あのね、僕たちはただの平民だよ?
それが公爵令嬢を呼び捨てとか、そんなの明らかにヤバいよね?
「ふぅん。それはいいけどセシリア、それはあたしたちに話しちゃっても大丈夫な情報なんでしょうね?」
「……うん。あんまり気軽に教えられても迷惑」
……と思ったら、メリッサとフィオナはまったくいつも通りの口調だった。
物怖じしないって言うか度胸があるって言うか……とにかくすごい。
「そ、それはご心配には及びません。私は皆さんのことを、その……戦友というか、……な、仲間だと思っていますので、本当のことを知っておいて欲しかったんです。……えと、特に、あの……」
そう答えるセシリアの口調は、なぜだか彼女にしては妙に歯切れが悪いように感じる。
最後の方は僕の顔をチラチラ見ながら口ごもっていたので、何だろうと思って視線を合わせると、慌てたように下を向いてしまった。
キャストール伯爵城で見つめ合ったときの後遺症かな?
◇
「皆さん、長旅お疲れさまでした。ここが私の実家です」
「……家って言うか……宮殿?」
「そうね、宮殿ね」
「大きい……」
少し陽が傾き始めたころに辿り着いたのは、そうとしか表現のしようのない美しくて巨大な建物だった。
正直なところ、セシリアに招待されてランデルビアを出発した頃には、彼女の実家というのは山奥の隠れ里のような感じの所なんじゃないかと思っていた。
それが到着してみると、広くて綺麗な街並みの中心にある大宮殿だ。もう驚きすぎて言葉が出てこない。
キャストール伯爵城を見た時にも大きいとは思ったけれど、あちらは高い城壁の中にある建物なので、どうしても敷地内のスペースは限られていた。
ところがこの宮殿は平地にあり、敷地の境にはちょっと立派という程度の塀があるだけ。門を入ると目の前には広大な庭が広がっていて、その奥の方にこれまた横向きに大きく、そして美しく装飾された建物が見える。
これはちょっと、とんでもないところに来てしまったぞ。招かれたからって、平民が気軽に入っていい場所じゃない。セシリアと一緒なんだから、少なくとも門前払いはされないと思うけどさ。
その宮殿に入ると、セシリアは着替えて来るからと言ってどこかへ行ってしまった。残された僕たち3人は、メイドさんに案内された部屋で時間を潰している。
この部屋もまたとんでもなく広くて、置いてある家具や足元の絨毯なんかも僕が見ても分かるくらいに高級そうで落ち着かない。
「……おいしい。……これ、すごくおいしい。……おいしすぎる」
「ほんとよね、手が止まらないわ。アルは食べないの?」
「いや、僕はいいよ。あんまり食欲がなくて」
でもフィオナとメリッサは、テーブルの上の見るからに手の込んだお菓子を、気軽に次々と口に運んでいる。胆が据わってるなぁ。
そうしてしばらくの間、柔らかい椅子に座って二人がお菓子を食べる様子を眺めていると、やがてノックの音がしてメイドさんが恭しく扉を開いた。
「お待たせ致しました。準備が整いましたので、皆様もご一緒にお母様へのご挨拶に参りましょう」
開いた扉からそう言って入ってきたのは、艶のある綺麗な金髪を結い上げ、瞳と同じ青色のドレスを着た、美人でお淑やかそうなお姫様だった。
……えっ、誰?
いきなり登場したそのお姫様は、対応に困って固まっている僕を見て、少し首を傾げながらふわりと柔らかな微笑みを向けてくる。
姿形もそうだけど、その一見なんでもないような仕草にも高貴さというか、洗練されたものを感じて、僕はもうガッチガチに緊張してしまった。
そしてそれば僕だけじゃなくて、フィオナとメリッサも、お菓子をつまむ手を止めて頭の上に大きな疑問符を浮かべている。
その混乱から最初に抜け出したのは、メリッサだった。
「ええっ、ひょっとしてセシリアなの!? その髪と瞳の色はどうしたのよ?」
「あらっ? もう見破られてしまいましたか。それなりに自信のある変装でしたのに」
金髪碧眼のお姫様がそう屈託なく笑いながら左腕に嵌めた腕輪をリズミカルに指で弾くと、一瞬でそこに見慣れた銀髪紫瞳の少女が現れた。
複雑に結い上げられた髪型と青いドレスはそのままだけど、もうどこからどう見ても間違いなくセシリアだ。そして彼女はすぐにもう一度腕輪を叩き、また金髪碧眼のお姫様の姿に戻る。
驚いた。顔そのものや声は少しも変わっていないのに、髪と瞳の色が違うだけでこんなにも印象が違うものなんだな。
「こちらが私の本当の姿です。グッドシーダーの名と同じで、銀色の髪になるのは能天使として活動する時だけの変装なんですよ」
「へぇっ、認識齟齬の魔道具ね。話に聞いたことはあるけど、実際に見るのは初めてだわ」
「話し方も、今の方が騒がしくなくていい」
「うぐっ! ……あ、あれは勢い付けというか、剣士として振る舞うのに必要な要素なんですっ!」
あ。高貴で洗練されたお姫様の中から、ちょこっとセシリアが出てきたぞ。
何となくだけど、たぶんこっちの方が彼女の地なんじゃないのかな?
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