32:ちょっとだけ心配になってきちゃった
本日2回目の更新です。
まだの方は前話からお読みください。
「そこまでですっ!」
男たちが剣を抜いて3方向から同時にあたしに襲いかかろうとした時、突然高い声が響き渡り、思わず誰もが動きを止める。
「向かいの家の屋根に注目ですっ! ……あろうことか4人掛りで、か弱い女性に襲いかかろうとする野獣にも劣る悪党どもっ! その卑劣な悪行が私のこの目に止まったからには、もはや明日の日の出を見ることはないと思いなさいっ!」
「……お、おい、ありゃあ何だ?」
「俺に聞くなよ……」
「なんで屋根の上なんかに立ってるんだ?」
「とうっ!!」
「うわっ!」
「げっ!?」
玄関扉から遠いここからは見えないけれど、さっきの口上と男たちの視線の向かう先を見るに、どうやら通りを挟んだ向かいの家の屋根の上にいた声の主が飛び降りたらしい。
その直後、マント姿の銀髪の女の子が、通りの石畳の上に綺麗に着地して現れた。数秒ほどの間その場に蹲るように静止していた彼女は、あたしたちが呆然と見守る中、マントを跳ね上げながらゆっくりと立ち上がって歩き始めた。
「これはこれで、やっぱり間を空けると締まらないですよね?」
「……っこ、このガキ。さっきからわけの分からねぇ事をグチャグチャと!」
「馬鹿にしてやがんのか!?」
「そんなに死にてぇってんなら、テメェからあの世に送ってやるぜ!?」
女の子のちょっと変わった言動に、挑発されたと思ったのか、男たちが一斉に外へと駆け出した。
しめた、この隙にアイナさんを連れて逃げ出そう。あたしがそう思った次の瞬間、その3人の男はほとんど同時に首から血を撒き散らし、地面に倒れて……消えた!? まるで魔物みたいに!
なに? ……あの人、いま何をしたの?
「驚かせてしまってすみません。ご無事でしたか?」
銀髪の女の子が剣を納め、人あたりの良さそうな笑顔で近付いてくる。その姿に、あたしは無意識に一歩後退った。
彼女はあたしたちを助けてくれた……んだとは思うけれど、それにしたってあまりにも得体が知れなさ過ぎる。
男たちを斬り倒した剣筋どころか、そもそもいつ剣を抜いたのかすらあたしには見えなかったし、それに、人を消滅させる魔法? それとも魔力付与された剣なのかも知れないけれど、どちらにせよそんなものがあるなんて話、聞いたこともない。
もし彼女がその気なら、あたしなんて一溜りもない。もしも今、攻撃魔法を放つために魔力を展開したら、彼女はきっとそれを察知してあたしを斬り殺すだろう。……そんな確信がある。
これなら、さっきの男たちと相対していた方が百倍もマシだ。
「あなたは魔術士さんなんですね。さっきの【風の槌】はお見事でしたが、この狭い空間であの距離から3人を同時に相手にするのは危険だと思いましたので、出しゃばらせて頂きました」
「……そ、そうね、助かったわ。どうもありがとう。……ところで、あなたのさっきのも、魔法じゃないの? 倒した相手が魔物みたいに消えるなんて、初めて見たから驚いたわ」
「……!!」
少しでも相手の情報が欲しい。そう思って尋ねたあたしに、銀髪の女の子はぱあっと心底嬉しそうな笑顔を向けてきた。
そして反応する間もなく一瞬で距離を詰められ、いつの間にか両手を握られていて、上下にぶんぶんと振り回される。
「……ですよね! そうですよね! 普通は驚きますよね!? 昨日は軽く流されちゃったんでちょっとだけ落ち込んでたんですよー! ……あ、でも何故なのかは秘密ですよ? 話しちゃうと色々危ないですから。とか言いながら昨日の人にはうっかり話しちゃいましたけどね! てへっ!」
「……あ、あの……ちょっと。えぇっと…………あはは……」
どう返していいのか分からず曖昧に笑っていると、銀髪の少女は「でも妙ですね、どうして昨日はあんなにいっぱい喋っちゃったんでしょう?」と可愛らしく小首を傾げている。
……変な人だ。でも、悪い人じゃないみたい。
なんだか、小難しく考えるのが馬鹿馬鹿しくなってきちゃった。
◇
「あ、そうだ。申し遅れました、私の名前はセシリア。セシリア・グッドシーダーです」
「あたしはメリッサよ。こちらは薬師のアイナさん」
「ど、どうも……」
銀髪の女の子、セシリアの話によれば、彼女はあたしが攻撃魔法で吹き飛ばした男が持っていた、奴隷化の魔道具の出処を追っているとの事だった。
この魔道具は、この国を始め多くの国で違法とされているもので、作ることも売ることも使うことも全部、厳重に禁止されている。
それを追跡しているということは、セシリアはひょっとして領軍か国軍に所属する捜査官なのだろうか? ……という質問には「それは機密事項です!」とはぐらかして答えてくれなかったけど、たぶん当たらずとも遠からずというところだと思う。
そして彼女は、ここで重要な証拠となる魔道具が手に入ったので、これからさっきの男たちの本拠地に乗り込んで制圧するのだと言い出した。
「えっ? ……まさかと思うけど、セシリア一人だけで?」
「はいっ。正義を行うものは常に孤独なのです!」
「そんなの駄目よ。セシリアが強いのは分かってるけど、それでも戦力は多い方がいいわ。あたし、こう見えてもBクラス冒険者なの。連れて行っても足手纏いにはならないわよ」
それに、あの男たちの本拠地を潰すと言うことは、アイナさんがまた安心してここで仕事ができるようになると言うことでもある。
つまりそれは、あたしにとっても利のあることなのだ。それを知りながら全部を他人任せにするというのは、少し落ち着かないし、気持ちが悪い。
そう説明すると、セシリアはびしっと親指を立てて同行を認めてくれた。
「なんと誠実な方でしょう! 分かりました。それでは参考までに、メリッサさんの得意な魔法を教えて下さい」
「そうね、よく使ってるのは火と風ね」
「なるほど。では、できる限り斬撃系の風魔法を使って頂けますか? 賊の死体に攻撃魔法の痕跡が残っていると、揉み消すのが面倒になりますので」
「……揉み消す?」
「あ、そこは詳しく尋ねないで下さい! 色々と危なくなりますから!」
あれっ? あたし、一緒に行っちゃって本当に大丈夫なのかな?
ちょっとだけ心配になってきちゃった……
◇
そうしてちょっとした不安を抱えながらセシリアの先導で辿り着いたのは、いかがわしい色街の一角だった。
そこに立ち並ぶ建物の中で何が行われているのかを考えると、あたし自身がウォレスたちにされそうになった事を思い出して、少し気分が悪くなる。
「メリッサさん、大丈夫ですか?」
「平気よ。何ともないわ」
「……あともう少し先です。あの通りに出たら…… あら?」
そう言ってセシリアの指さす先に、一人の男の後ろ姿がある。……男と言うか、少年だ。そしてその姿には、確かに見覚えがあった。でも、そんな……
セシリアも特にその少年を警戒することなく、気軽な調子で近寄って行く。
「アレックスさん、でしたね? この建物に何かご用事ですか?」
突然そう呼びかけられた少年は、ビクッと肩を跳ねさせて振り向いた。
そこにいたのは……
「……な、なんでアルがこんなところにいるのよ?」
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