31:どうしようって言うのよ!?
長くなってしまいましたので分割しました。
10分か15分後に続きを投稿します。
あたしがアルテアから乗った駅馬車は順調に走り、予定通りに4日で目的地のランデルビアヘ到着した。
途中でクッションを買い足して少しは快適になったけれど、それでもお尻がひりひりと痛む。きっと赤くなっちゃってるに違いない。
こんな時には、攻撃魔法ばかり覚えていて初級の【治癒】すら使えない自分が恨めしくなる。
あたしは街に入ると適当に宿を取って、さっそくその日から手足を再生させる聖級回復薬を調合できるという薬師を探し始めた。
何せ腕の良い薬師なのだから、さぞかし有名ですぐに見つかるだろうと思っていたのだけど、これが意外なほど知られていない。やっぱり何百万ランもする薬は庶民には縁のないものだからだろうか。
それで薬屋や治療院を重点的に聞き歩いて、ようやくそれらしき薬師を見つけられたのは、ランデルビアに着いてから3日目のことだった。
その日の朝、あたしは親切な回復術士の書いてくれた紹介状を持って、大通りから少し外れたところにある小綺麗な建物の前に着いた。
聖級回復薬を調合できる薬師は、アイナと言うまだ若い女性らしい。扉の上に掛かっている看板にも「アイナの薬」と書かれている。うん、お店はここで間違いない。だけど……
「なんで開いてないのよ。もうそろそろお昼前よ?」
もうとっくに営業していてもおかしくない時間のはずなのに、玄関扉には鍵が掛かっていて、明かり取りの窓も閉じられている。控え目にノックをしてみても返事はかえってこない。
もしかすると今日はお休みなのか、それともお昼からの営業なのかも知れない。いったんどこかで時間を潰して、お昼過ぎにまた来てみよう。
そう考えて扉の前を離れ、その傍にあるカーテンの閉じられた小窓に何となく目を遣ると、そのカーテンの隙間からこちらを覗いている誰かと視線が合ってしまった。
「きゃ!?」
「ひぃっ!?」
驚いて思わず声を上げると、窓の向こうの誰かさんはあたしよりもっと驚いたようで、壁の向こうでガタンゴトンと色んな物が倒れる音がした。
中に誰かいる。……ううん。誰かって言っても、普通に考えればこの店の人よね? 何よ、ちゃんといるんじゃないの。それなら返事くらいしてよ、もうっ。
とは言うものの、ここで相手の機嫌を損ねると回復薬の調合をしてくれないかも知れないし、値段を吊り上げられてしまうかも知れない。ちょっとだけ頭にきたのは隠して、あくまで丁寧に。
「すみませーん。誰かいらっしゃるなら開けてくださーい」
もう一度扉をノックしながら呼び掛けると、カチャリと鍵の開く音がして扉が薄く開いた。
そしてその隙間から、さっきと同じ目が覗く。
「女の子を使ったって騙されませんよ。いくらお金を積まれても、出来ないものは出来ないんです。お願いですからもう来ないでください」
一方的にそれだけ言って、扉は再びバタンと閉じる。何のことを言っているのかさっぱり分からないけれど、こっちだってここで引き下がるわけにはいかないのよ。
あたしは、今度は遠慮なくその扉を拳でドンドンと叩いた。
「ちょ、ちょっと待って! なんだかよく分からないけど人違いよ! あたしは今日初めてここに来たの。助けて欲しい人がいるのよ!」
それから扉の前で10分ほど粘って誤解をとき、それであたしはようやく店の中に入ることができた。
◇
「ごめんなさい。何日か前からお店に変な人たちが来るようになって、てっきりあなたもその仲間かと思ったんです」
このお店の薬師、アイナさんは20歳ほどの落ち着いた雰囲気の人だった。
彼女の話によると、数日前から明らかに堅気ではない感じの男たちが、頻繁にこのお店を訪れるようになったらしい。
そしてその男たちの要求は、とにかく聖級回復薬を作れるだけ作って寄越せというもの。
ところが聖級回復薬というものは、患者の容態や回復させる部位、その他にも様々な条件によって調合が異なるものなので、まずは直接患者に会わないことには作れない。
アイナさんは男たちにその点を何度も説明し、適当に調合した回復薬ではどんな副作用が現れるか分からないと危険性を訴えたのだけれど、彼らはまったく聞く耳を持たず、そんな事はどうでもいいからとにかく作れの一点張り。
そんなガラの悪い男たちが出入りするせいで他のお客さんも来なくなってしまい、また彼女自身も身の危険を感じ始めたので、一昨日からはずっと店を閉めたままなんだそうだ。
「そうなの…… それじゃ、あたしの欲しい回復薬も作れないわね。アルは……腕を取り戻してあげたい人は、この街にはいないもの」
「メリッサさん。もし良ければ、詳しい事情を伺ってもいいですか?」
がっかりしたあたしを見かねたのか、そう尋ねてくれたアイナさんに、アルの怪我のことを掻い摘んで話した。
襲われそうになったあたしを助けるために、アルは身体中に大怪我を負って利き腕を失った。その日以来、アルはどこへ行ってしまったのか分からないけれど、あたしは何とかして彼を助けたい。……というような事を。
「なるほど、よく分かりました。それではアルテアの街まで往診することにしましょう」
「えっ? そんな、……だって、遠いわよ? それにお金だって、そんなには……」
「どのみちこの店はしばらくお休みです。私自身の気分転換にもなりますし、出張料はおまけしておきますよ。えーっと、とりあえず手に入りにくい素材だけ持って、器具は現地の薬師に借りるとして……」
アイナさんはそう言って、善は急げとばかりに必要なものを準備し始めた。なんか、すっごくいい人みたい。よかった。
ほっとして、私にも何か手伝えることはないかと腰を浮かせかけると、突然、玄関扉が乱暴に叩かれた。
「おぉい、先生よ。また来たぜ!」
「今日こそはいい返事を聞かせてもらうぞ!」
「さっさと鍵を開けてくれよ。それとも、無理やり開けちまってもいいのか?」
「ひっ!?」
扉の外から数人の男の声がして、アイナさんが息を飲む。
なるほど、これがさっきアイナさんが言っていた話の通じない連中ね。
「おいコラ、無視してんじゃねぇぞ! 中にいるんだろ! ……チッ。しょうがねぇな、やっちまえ」
「おうっ」
アイナさんと二人で息を殺して成り行きを伺っていると、一際大きな怒鳴り声のあとで扉が蹴破られた。
そこからぞろぞろと4人のならず者風の男たちが入ってきて、アイナさんは怯えて立ち竦み、あたしは彼女を庇う位置に移動した。すると男たちの視線があたしに集まる。
「おっと、先客か? こりゃなかなかの上玉じゃねぇか」
「へっへっへ、ちょうどいいや。減った商品の補充もできそうだな」
「ああ。ボスには内緒でここで味見してから連れてくか?」
「いいねぇ。気の強そうなところが俺の好みだぜ」
「か、彼女は関係ありません! それに回復薬の調合はもう何度もお断りしているはずです。出て行ってください!」
「残念だが先生よ、今日はそんな事を頼みに来たわけじゃねぇんだ。もう穏便に事を運ぶ必要はなくなったんでな、嫌でもウチで働いてもらうぜ。こいつを使ってよ」
そう言って一人の男が取り出したのは、拳ほどの大きさの黒い筒のようなもの…… それはデビッドが持っていたのと同じ、奴隷化の魔道具だ。
ウォレスとデビッドが、ローラに酷いことをするために使った魔道具。そんなもので、アイナさんをどうしようって言うのよ!?
「【風の槌】っ!」
「ぅぼァッ!?」
怒りに任せて放った攻撃魔法が、奴隷化の魔道具を持つ男を吹き飛ばした。
それを見て、残る3人の男たちの表情が一変する。
「この女、魔術士か!」
「固まるな、囲んで一気にやるぞ! 惜しいが手加減はなしだ!」
「なぁに、俺は別に死体でも構わねぇぜ?」
……いけない、判断ミスだった。攻撃魔法に驚いて戦意を失ってくれるかと思ったのに、逆に相手を本気にさせてしまっただけだ。
あたしの考えが甘かった。こんな事なら、広域攻撃魔法で一気に片付ければ良かったのに。
「掛かれっ!」
「【炎の……」
3方向に散った男たちが、タイミングを合わせて仕掛けてくる。距離も近いし、手段を選んでなんかいられない。
アイナさんには申し訳ないけれど、ここはあたしの一番得意な火魔法で食い止める。……お店もちょっと燃えちゃうかもだけど、ごめん。
もうあとほんの1秒で、あたしの周囲に【炎の壁】が発動しようかと言うその時、突然よく通る高い声が響き渡った。
「そこまでですっ!!」
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