28:そこまでですっ!
ランデルビアの街に着いてから、5日が経った。
僕たちがまず最初に取りかかったのは、これから暮らす部屋探しだ。
その方法としていちばん確実で手っ取り早いのは、冒険者ギルドで紹介を受けることなんだけど、そんな事をすれば一発で足がついてしまう。
そもそも僕はウォレスたちとの一件で追及を逃れるためにこんな所まで来たわけだから、迂闊に冒険者登録証を提示して居所がバレてしまったりしたら元も子もない。
そんなわけで僕は、安心して外を出歩けるようになったフィオナと一緒に歩き回って、ようやく昨日、そこそこ納得できる条件の部屋を見つけることができた。
その部屋は、基本的には僕がアルテアで暮らしていたアパートと同じような部屋だった。ただし、今回は二人部屋なのでベッドはちゃんと二つある。
そして昨日、さっそく宿を引き払って新しい部屋に移り、荷物を解いて寝たわけなんだけど……
「おはよう、フィオナ」
「……んぅ。アレックス、おはよう。……でもあと5分だけ」
なぜか彼女は、今日も僕のお腹を枕にして寝ている。もう一つのベッドにはシーツも敷かれておらず、空のままだ。
もうすっかり日課として定着しちゃっている寝る前の【完全治癒】、あれを掛けられると僕はすぐに寝てしまうから、その時はいいんだけど……
でも朝起きた時にこうして密着されているのに気付くと、やっぱりドキドキしてしまう。僕のお腹の上で気持ちよさそうにしている寝顔を見たりすると、なおさらだ。
その上アンディさんが「恋人」だなんて言ったりするから、余計に意識しちゃうんだよなぁ。
……フィオナはその辺、どう思ってるんだろ?
◇
僕とフィオナは身支度を整えると、二人で出掛けることにした。
今日の予定は、一日中ブラブラ歩き回ることだ。そうしてこの辺りの道を把握して、どこにどんな店があるのか覚えて、必要なものがあれば買っておく。
食事も今日は外食で済ませることにした。あんまり無駄遣いはできないけど、今は少し手持ちに余裕があるからね。
「おいしい。……アレックス、これ、おいしい。食べてみて」
「ありがとう。それじゃ、僕のと交換しよう」
「うん。今度、わたしも作ってみる。……こっちもおいしい」
朝食には屋台の軽食で、甘辛く味付けした肉を薄く焼いた生地で包んだものを歩きながら食べた。
仕上げに掛けるソースを何種類かの中から選べるようになっていたので、違うものを注文してそれぞれ味見してみたけど、どっちも美味しい。
本当にフィオナが作ってくれるのなら、家で気軽に食べられるな。楽しみにしておこう。
「アレックス。あの……」
「ん? どうかした?」
大きな市場への道を人に尋ね、そこに歩いて行く途中で、フィオナが何かちょっと言いにくそうに言葉を切った。
見ると彼女は、両手を体の前であれこれと組み替えている。頬もほんのりと赤い。……ああなるほど、そう言うことか。
「その、手……」
「分かった、手が冷たいんだね。温めようか?」
「…………うん。……片方だけでいい」
僕はしっかりと自分の手を温めてから、彼女が差し出してきた手を握る。うん、やっぱりちょっと冷たいな。
そう言えばアルテアを出る時にも、フィオナに手袋を買ってあげなきゃって思ったまま忘れてる。今から行く市場に良さそうなものがあれば、思い切って買っちゃおう。
そう思って店を覗いてみたんだけど、なぜかフィオナがすごく遠慮するので、手袋を買うのは見送りとなった。
きっと手袋があれば温かいのに、なぜだろう?
◇
お昼ご飯は屋台の軽食を二人で少しつまむ程度で済ませ、夕食は早めの時間に店で食べることにした。
まだ慣れない街で、部屋に戻るまでに暗くなってしまうと危ないからね。
フィオナとあれこれ相談しながら選んだ食堂は、見込みどおりに安くて美味しくてそこそこ量もある、大当たりの店だった。十分に満足できる内容の食事で、料金は二人合わせて1600ラン。
フィオナも気に入ったみたいで、いつもの「おいしい」連発の上に「また来たい」とも言っていた。
朝昼晩と外食で、少し贅沢をしてしまったかなと思わなくもないけれど、今日くらいはいいだろう。引越し祝いってことで。
さて。住む部屋は決まったし、次は仕事のことを考えなきゃな。
まず、僕はもう当分の間、冒険者稼業には復帰できないと考えた方がいい。
なぜなら、冒険者ギルドで依頼を受けたり魔石の売却をしたりする時には、必ず冒険者登録証の提示が必要になるからだ。
それは当然このランデルビアの冒険者ギルドに記録として残るので、もしもアルテアの冒険者ギルドや衛兵隊が僕を捜索していれば、近隣の冒険者ギルドの取引記録なんて真っ先に調べられて、簡単に居場所を突き止められてしまうだろう。
そうなるとやっぱり、悪人狩りかなぁ。ランデルビアもさすがに大きな街だけあって、【簡易鑑定】で見ると悪人には事欠かない。
だけど悪人狩りで僕とフィオナ、二人の生活費を賄おうと思うと、最低でもアルテアにいた時の倍くらいのペースが必要になる。
そこで問題になるのは、僕が悪人を倒すところを人に見られるわけにはいかないって事だ。特に、倒された悪人が消滅するところを。そのためには、できるだけ人目のないところに悪人を誘導して始末する必要がある。
これが結構、手間も時間もかかるんだ。
あるいはもういっそのこと、今とは全然違う仕事に就くか。そもそもそれを見越して大都市であるこのランデルビアに来たわけだし。
そして悪人狩りの方は、レベルを落とさない程度に続けていけばいい。それなら2、3日に1度くらいで十分だしね。
ちなみにランデルビアへの道中で僕のレベルは一つ下がってしまって、現在レベル11だ。うーん、ウォレスと戦う前には16だったのになぁ。
「どうしたの、アレックス。心配ごと?」
そんなことをあれこれと考えながら歩いていると、フィオナに心配されてしまった。
僕がずっと黙りこんでいたからだな。悪い事をした。
「心配ってほどの事じゃないけど、これからどんな仕事に就こうかなって、考えてたんだ」
僕は正直にそう答えて、さっきまで考えていたことを掻い摘んで説明した。
その話が終わると、フィオナは自信たっぷりのすまし顔でふんすと胸を張る。
「それなら大丈夫。わたしも働く。……だから、アレックスはアレックスのしたいことをして」
「……ありがとう、フィオナ。でも、どんな仕事?」
「それはまだ分からない。……料理屋さん?」
僕が尋ねると、急に自信をなくしたように首を傾げてそう言うので、思わず頬が緩んだ。
そうだね。フィオナが作った料理を出すお店なら、間違いなく繁盛すると思うよ。
でも実のところ、フィオナは回復術士として治療院を開けば、すぐに患者が殺到して大儲けすることができる。神聖魔法の【完全治癒】を使える市中の回復術士なんていないからね。
だけどそれは彼女に、あの牢獄のような部屋に繋がれて酷い状態の女の子たちを治療させられていた、辛い記憶を呼び起こさせる事でもある。だから僕はそれを彼女に勧める気はないし、もしフィオナ自身がやりたいと言い出しても反対するつもりだ。
だから、そうならないように、ちゃんと僕が稼がなきゃな。
◇
アパートに戻るため、賑わう大通りから脇道へと逸れると、僕の【気配察知:悪人】に反応があった。僕たちの後ろに、二人だ。
僕はフィオナに目配せをして、さらにもう一本奥の道に入る。それを数回繰り返しても、まだ気配は消えない。これはもう間違いなく、僕たちを尾けてきているって証拠だ。
フィオナが一緒だから、できれば戦わずに尾行を撒きたいところだけど、昨日引っ越してきたばかりの街ではそれも難しいだろう。土地勘は確実に向こうの方が上だ。
かと言って、このまま僕たちのアパートまで案内するわけにもいかない。ちょうど人気のないこのあたりで始末しておくのが最善か。
そう決めて、僕は立ち止まって後ろを振り向いた。
「そこの二人、大通りからずっと尾けてきているのは分かってるよ。僕に何か用かな?」
姿の見えない相手に向かって言い放つと、数秒おいて建物の陰から二人の男が路地へと出てきた。二人ともカルマ値500程度の悪人だ。
その瞬間、繋いでいたフィオナの手にきゅっと力が入る。
「いいや、小僧。お前には用はねぇ。俺たちが用があるのはそっちの青髪の娘だ」
「まさかこんな所で出くわすとはな。おい小僧、抵抗しなければ見逃してやる。痛い目に会いたくなけりゃ、フィオナを置いてさっさと失せろ」
男たちが剣を抜いて近付いてくる。こいつら、フィオナの名前を知っているってことは、あの娼館の関係者か!
フィオナの顔を見ると、表情には変化はないものの血の気が引いて青白い。そして彼女は僕の左腕を、縋るように抱きかかえている。僕は彼女を安心させるように、その小さな手にそっと自分の手を重ねた。
「大丈夫だよ、フィオナ。すぐに僕があいつらを……」
「そこまでですっ! 善良な市民に害を為す悪党どもっ! その卑劣な悪行がこの私の目に留まったからには、もはや明日の日の出を見ることはないと思いなさいっ!」
……だ、誰!? なに!?
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