27:会いたいよ
「ごべんなざいメリッザぁー。ごめん、ほんどうにごべんねぇーっ」
あたしが目を覚ますと、ローラが泣きながら謝ってきた。
えっと、なんだっけ? 買い物をして、ローラの部屋でご飯を作って、お酒をちょっとだけ貰って、飲んだら体が……動かなく……なっ……て……
「アルは!? ねぇ、アルはどうしたのっ!?」
気を失う直前に見た光景が蘇ってきて、あたしは跳ね起きてローラに掴みかかる。
あたしはたぶん痺れ薬か何かを飲まされ、体の自由が効かなくなったところでデビッドとウォレスに襲われた。
それでウォレスがローラの……体を、食べて。今度はあたしが食べられそうになったところで、「助けて」って祈ったら本当にアルが助けに来てくれた。
……だけどアルはデビッドとウォレスに二人がかりで、酷い目に……
利き腕を切り落とされ、まるで面白半分に体のあちこちを突き刺されて。すごい量の血が流れてた。あの出血じゃ、たぶん、もう……
あの時、あたしがアルに助けを求めなかったら。もし薬の入ったお酒を飲まなかったら。ローラの部屋に来なかったら。……あたしが、こんなパーティに入らなかったら。
あたしのせいで、アルが……
「……彼は、生きてるわ」
「嘘よっ! アルはまだレベル5なのよ! 剣術スキルも覚えたばっかりだって言ってたわ! それであの二人と戦って、無事でいられるはずないじゃない!」
はっきりと聞いたことはないけれど、デビッドとウォレスのレベルは少なくとも50以上はある。剣術スキルではデビッドが7でウォレスは10だ。
そんな達人級の剣士を相手にして2対1。初級者のアルに勝ち目なんかあるはずがないし、ウォレスたちが目撃者のアルを生かしておいてくれる理由もない。
あたしだってそんなこと、考えたくもないけど……
「ううん。彼はウォレスたちに勝ったの。それを私はこの目で見たし、それにメリッサが無事なのが何よりの証拠よ」
「あたしが、無事……?」
「そうよ。彼もそれを知ってるわ。……だから、大丈夫」
ローラにそう言われて初めて、あたしは自分の体を見下ろした。
確かに、着ている服は気を失う前のままだ。下着だって脱がされた形跡はないし、体に傷や血の跡もどこにも見当たらない。
無事だった。何もされなかった。助かった。
ようやくそれを理解した途端、言いようのない不快感が背筋を駆け上ってきて全身の肌が粟立ち、体がガクガクと震え出す。あたしは自分で自分の肩をぎゅっと抱いて、その怖気に耐えた。
でも、勝ったって?
アルが、あの状態から、あの二人を相手に、どうやって?
「目の前で見ていた私だって信じられないくらいだったから、メリッサが疑うのも無理はないわ。……だけど、本当よ。ウォレスたちを倒したのは、恐ろしい魔法だったわ」
「魔法? アルが?」
ローラの話では、アルが何かを呟いた瞬間に、ウォレスとデビッドの体から凄まじい勢いの青白い炎が噴き出したのだと言う。呪文の詠唱もスキル名も、一切聞き取れなかったそうだ。
炎は二人の体を灰の一粒も残さず燃やし尽くし、しかも床や敷物にはほんの僅かな焦げあとすら残っていない。
そしてさらに恐ろしいことに、炎に包まれて焼かれ続けた二人は、手も足も失ってもはや人としての原型を留めない黒い塊になってもまだ、苦悶の呻きを上げていたという。
それだけを聞くと強力な火魔法のようにも思えるけれど、生き物を灰も残さずに焼き尽くすほどの火力を持ちながら、なお周囲に延焼しない火魔法なんてあたしは聞いたことがない。
火魔法というのは基本的に、魔力を代償に炎と高熱を具現化させるものだ。そしていったん生じた炎は、燃やす対象を選んだりはしない。周囲にある可燃物全てに引火する。
人を燃やし尽くすほどの高熱源が二つも発生したのなら、この建物自体が火事になっていなければおかしい。
だけど、火魔法でないとすれば、いったい……
……ううん、違う。今はそんなことはどうでもいいの。大事なのはアルのこと。
ローラは、戦いが終わったあとでアルを治療してくれたらしい。どうせなら戦いの最中にしてくれれば良かったのにとも思うけど、ウォレスに刻まれた隷属紋のせいで、彼が生きている間は自由に魔法を使えなかったという。
だけど、普通の治癒魔法では失くなった腕までは再生できない。ウォレスの剣による刺創も、あまりに数が多かったので完全に治し切ることができなかったそうだ。
失った手足を取り戻すために必要なのは、神聖魔法【完全治癒】か、それと同等の回復薬。
どちらもとんでもなく高価だし、そもそもこの街では望んでも手に入らないものだ。
……よし、決めた。
アルは体を張ってあたしを助けてくれた。
だから今度はあたしが、どんなことをしてでもアルを助けよう。
◇
それから3日が過ぎた。けれど、あたしはまだアルに会えていない。
伝手を使って冒険者ギルドからようやく聞き出したアパートに向かってみると、そこはもう引き払われた後だった。
となると、アルはもうこのアルテアの街にはいない可能性が高い。
「……どこに行っちゃったのよ、アル……」
利き腕を失って、5年間も頑張ってようやく覚えた【剣術】スキルも無駄になって。
……レベルだって上がったのに。いよいよこれからだったのに。
いま、アルがどんな気持ちでいるのかと思うと、すごく胸が苦しい。どうしようもなくアルの顔が見たくて、声が聞きたくて、泣いてしまいそうになる。
でも本当に辛いのはあたしじゃなくて、アルの方だ。それは分かってる。だからせめて一言、アルに謝りたい。ありがとうって言いたい。
……会いたいよ、アル。いまどこにいるの?
◇
それからさらに2日後、あたしは駅馬車に乗ってアルテアの街を出ることにした。
目的地はここから南西に4日の距離にある、ランデルビアという街。調べてみると、そこに手足を再生する回復薬を調合できる薬師がいるそうだ。
ただし、行ってみても本当にその回復薬を調合してくれるかどうかは分からないし、値段も向こうの言いなりだ。
一応、これまでに貯めたお金が200万ランほどはあるんだけど…… ローラにその話をしたら、「お詫びと餞別よ」と言って100万ランを渡してくれた。
ありがとうローラ、アルの腕を治したら必ず返すからね。
道中、駅馬車が馬を交換するついでの休憩時間に、クッションを置いていても痛くなるお尻を擦りながら、あたしは真っ直ぐに伸びる街道の先を眺める。
遠く遠く、はるか地平線の向こうまで続く街道に、雲が影を落としていく。
もしかするとアルもあたしと同じように、今こうしてこの街道の上にいて、ランデルビアの街を目指しているのかも知れない。
ふと、そんな確信めいた予感が、頭の中を横切っていった。
◇◆◇
「やあロバート、久しぶりだね」
「これはオズワルド様、よくお越し下さいました。本日はどのような娘をお望みでしょうか?」
いかがわしい店の立ち並ぶ通りの一角。
何の看板も掲げていない秘密の娼館に、地味ではあるが一目で高級だと分かる服を着た20代の男が、3人の護衛を伴って訪れていた。
男はこの娼館の支配人であるロバートに気安く声をかけ、ロバートはそれに慇懃に答える。
「いや、そちらはもう楽しませてもらったよ。少しやり過ぎて、治癒は間に合わなかったようだけど」
「それはとんだ不手際で、ご迷惑をお掛けしました」
「アルテアの店では、あの程度で死ぬなんてことはなかったのにねぇ」
「誠に申し訳ございません」
笑顔でそんな会話を交わす二人の口調には、深刻さは欠片ほども含まれていない。
ただ、ちょっとうっかり飲み物を零してしまった。そんな気軽さで人の命が語られている、異常な空間だ。
「ああ、いや。そんな事で文句を言いに来たんじゃないんだ。実は、また幾つか都合して欲しくてね」
「魔道具の方でございますか。すぐにお渡しできる物となると、5つほどになるかと思いますが」
「なら、それでいいよ。全部貰っておこう」
「承知しました。いつもご贔屓にして頂き、ありがとうございます」
ロバートが合図をすると、間もなく奥から一人の男が大事そうに一つの木箱を持って現れた。
運んできた男に箱を持たせたまま、ロバートが客の前でゆっくりとその蓋を開けると、中には拳大の真っ黒な筒が5つ納められている。客は特にそれを検めるでもなく、箱を護衛の一人に受け取らせた。
「せっかく私の領地へ引っ越して来てくれたんだ。これからはちょくちょく寄らせてもらうよ、ロバート」
「それは光栄です、オズワルド様。……いえ、次期領主様」
その言葉にニヤリと笑みを返して、オズワルドは護衛を連れて立ち去ろうとする。
彼は開かれたドアを潜る手前で、ふと思い出したように振り返って付け加えた。
「……ああそうだ。我が街ランデルビアへようこそ。歓迎するよ」
お読みいただき、ありがとうございます!
書き貯めが少なくなってきましたので、これより週2回更新で続けていこうと思います。どうぞ今後もお付き合いのほど、お願いします。
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