22:ほら、やっぱり冷たい。
「この街を出るの? この部屋も?」
「そう、できるだけ早く。明日の朝一番にでも」
フィオナが温め直してくれたシチューで朝食を済ませたあと、僕はこのアルテアの街を出るべきだと彼女に告げた。
この街にいる限り、フィオナは安心して外を出歩けない。そのうえウォレスたちの失踪が明らかになって、万一にもローラから僕の名前が漏れようものなら、そこからあの娼館のヤツらにフィオナの存在を勘づかれてしまうかも知れない。
冒険者なら、ダンジョン探索とかで数日間姿を見せなくなることくらいはザラだ。メリッサとローラが大人しくしてくれていれば、失踪騒ぎが持ち上がるまでに5日や6日間くらいの余裕はあるだろう。
だからそれまでに、できる限りアルテアの街から離れたい。
そういったことを一通り説明すると、フィオナは寂しそうな顔でおんぼろアパートの狭い部屋を見回した。
フィオナにとっては20日ほどを過ごしただけの部屋だけど、ひょっとして、彼女はここを離れたくないのかな?
「ほかの街に行っても、アレックスはわたしと一緒?」
「うん、どこへ行っても僕はフィオナと一緒にいるよ」
「……それなら、いい。準備する」
そう言ってからの彼女の行動は早く、テキパキ……とは言わないまでも手際よく、荷物の選別や荷造りを手伝ってくれた。
と言うよりもう、どこに何がしまってあるのか、僕より彼女の方が良く知っていた。
さて。街を出ると決めたなら、次に決めるべきことはどこへ行くかだ。
ここアルテアからは、3本の主街道が伸びている。北へ向かえば駅馬車で5日の距離にオロの街、東に3日でユーレスの街、南西には4日でランデルビアの街がある。
これらの街はどれもアルテアと同じかそれ以上に大きな街で、もちろんそこに辿り着くまでに幾つかの小さな町や村を経由することになる。
そして駅馬車で何日、とは言ったけど、ぶっちゃけ全行程を駅馬車で移動するほどのお金はない。主な移動手段は徒歩になるだろう。
ちなみに駅馬車は1日に100kmを走るけれど、徒歩なら順調に行ってもその三分の一ほどだ。
特に、ここアルテアからの出発時に、駅馬車を利用するのは避けないといけない。あとで誰かが僕たちの行方を調べることになったとき、同行者や目撃者の多くいる駅馬車では足がつきやすいからだ。
出発時には近場へ出かける体裁で、なるべく人目につかないように街を離れよう。
「だから、最短でも東のユーレスで10日、北のオロだと20日かそれ以上になるかも知れないんだけど、フィオナは歩きの旅でも大丈夫?」
「たぶん。アレックスがいれば大丈夫」
フィオナが自信ありげに頷く。
なんで僕がいれば大丈夫なのか、その根拠は不明なんだけど、彼女には【完全治癒】もあることだし、少なくとも足が痛くて歩けなくなると言うようなことはないだろう。
「それじゃあ次は行き先だけど、北へ向かうとオロの先にはもうあまり大きな街がなくて、先が不安だ。東のユーレスは距離的にはいいんだけど、こっち側は穀倉地帯だから僕が仕事を探すのは難しいかも知れない。その点、南西のランデルビアなら大都市だし、働くにも身を隠すにも向いてると思うんだ」
「うん、それでいい」
と言うようなわけで、あっさりと行き先は南西のランデルビアに決定した。
どのみち僕もフィオナも遠出の旅なんてしたことがないんだから、相談するにも善し悪しを判断する材料が足りないよな。
荷造りは午前中にほぼできあがり、午後からは僕が徒歩の旅に必要なものを買い揃えに行った。
とは言っても僕たちには経験も資金も不足しているから、どうしたって万全の準備はできないだろう。出発時の荷物は最低限にしておいて、足りないものがあればその都度調達していくしかない。
アルテアの街とこのおんぼろアパートで食べる最後の夕食は、保存の効かない食材を始末する意味もあって、ちょっと豪勢なものになった。
豚の腸詰めと野菜のスープに、具材の入った大きなオムレツ。かなりの量があったけど、二人でお腹に詰め込むようにして食べ切った。
また、本来ならアパートの大家さんに転出の挨拶をするべきだけど、今回は事情が事情なのでそういうわけには行かない。黙って出て行くことになる。
賃料は少し先の分まで前払いしてあるからいいとして、迷惑料がわりに5000ラン大銀貨を1枚、テーブルの上に置いておくことにした。
◇◆◇
翌朝、僕たちは夜明けを待たずに、住み慣れた小さな部屋を後にした。
大きな荷物を背負い、まだ薄暗い路地を早足で歩く。天気は悪くなさそうだけど、そのぶん肌寒い。
「フィオナ、寒くない?」
「大丈夫。この服は暖かい」
そう言いながらも、フィオナは寒そうに両手をこしこしと擦り合わせている。
手袋も必要だったかなぁ、と、さっそく準備不足を反省しながら、僕は両手で彼女の手を挟むようにして包む。ああほら、やっぱり冷たい。
「あ、……アレックスの手、温かくて気持ちいい」
「う、うん。……そうかな?」
ただ、手が冷たそうだったから温めてあげようと思っただけなんだけど、フィオナが急に頬を赤くしてそんなことを言うもんだから、僕の方もちょっと恥ずかしくなってきてしまった。
そのせいか、彼女に触れている手のひらだけじゃなく、身体中がぽかぽかと温かくなってくる。
「えーと、……そろそろ、温まった?」
「……うん。あ、でも、もうちょっと。片方だけ」
「うん、いいよ」
いったん手を離してから、僕の左手だけをフィオナが握る。そして再び僕たちは先を急いで歩き始めた。
目指すは大都市、ランデルビア。……だけどとりあえずは、アルテアの街外れまでだ。早く街を出てしまわなきゃ。
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