20:懲罰の炎
『スキルを獲得しました』
『懲罰の炎』
ウォレスの剣にメッタ刺しにされながら、僕は頭の中に響くその声を聞いた。
何だろう、火魔法の一種? 聞いたこともない名前だけど……
まあいいや。これが身体強化系のスキルだったら、いまさら覚えたってもう手遅れだけど、魔法なら最後の足掻きくらいにはなる。
このまま何もできずに殺されるよりは、せめて一発だけでも……
「……ぱ、【懲罰の炎】」
魔法の使い方なんてよく分からない。
ただそのスキル名から燃え盛る炎を連想して、焼き尽くせ、と強く念じながら呟いた。
ゴゥッ!!
その途端、目の前のウォレスとデビッドの体から青白い炎が噴き上がった。
その炎は何かに着火して燃えているというのではなく、ウォレスたちの体の中から噴き出してきて着衣を燃やし、じゅうじゅうと音を立てながら皮膚を爛れさせ、次第に全身を炭化させて行く。
「おおおおおおおおおぉぉおぉおぉぉっ!」
「あああぁっ! あぁっ、ああああぁあぁあぁぁっ!」
ウォレスとデビッドは青白い炎に包まれながら、奇妙な踊りのようにくるくると回り、床に倒れてのたうつ。
炎は恐るべき高温のように見えるけれど、近くにいてもまったく熱を感じないし、床やその他の物に火が燃え移ることもない。
「…………ぁぁ……ぅぉぁ…………ぁ……」
そうしてどのくらいの時間が経ったのか、やがてデビッドが動かなくなり、どこが手足かも分からない黒焦げの小麦袋のような姿になってから消え失せた。
ウォレスはそれよりもう少しだけ長生きしたようだけど、最後は同じように原型を留めない黒い塊になって消滅した。
……勝った?
……僕の体はどうなってる?
さっきはもう完全に諦めかけていたけど、デビッドとウォレスを倒したことで、また生きることへの執着が蘇ってきた。
いちいち数えるのも馬鹿馬鹿しいほど全身傷だらけで、右腕はなく、相当な量の血を失っている。客観的に見て瀕死の状態だ。どう考えてももう長くはない。
……だけど、まだ死にたくない! 僕はまだ生きていたい!
「上級治癒」
その時、不意に声がして、僕は身体中に心地よい温かさを感じた。
すると途端にガンガンと脈打つような全身の傷の痛みが薄れ、見る間に傷が塞がって血の流出が止まり、次第に手足に感覚が戻ってくる。
そうしてほんの1分足らずで、僕はまた立ち上がれるまでに回復した。
全身引き攣れた傷痕だらけで、右腕は失ったままだったけど。
「私に使える最上級の治癒魔法よ。悪いけど、もうこれ以上は治せないわ」
見るとローラが疲れ切ったような表情で、こちらに両手を差し伸べている。
どうやら彼女が治癒魔法で僕を治療してくれたようだ。あの瀕死の状態から短時間でここまで回復させられるなんて、さすがAクラスパーティの回復術士だ。
切断された右腕は、……これはもう仕方がないな。欠損部位を元通りに治す治癒魔法やポーションもあるにはあるけど、どちらも到底僕に手の届くような金額じゃない。
それよりも……
「どうして、僕を助けた?」
「あ、あなたがウォレスとデビッドを倒してくれたからよ。私、あの二人にそこにある魔道具で奴隷化されて酷い目に会わされていたの。でもウォレスが死んで私の体にあった隷属紋が消えたから…… それで…… な、何する気?」
「あんたも、アイツらと組んでメリッサに酷いことをしようとしてただろ?」
床に転がっていた剣を左手に握り、ローラに近付いて行く。
僕は市場でローラと一緒にいたメリッサに出会い、その少し後にこの部屋へ向かって歩いていたウォレスたちを見かけて追跡してきた。
そして僕がこの部屋に踏み込んだ時、彼女はメリッサに、自分と同じ境遇を受け容れるようにと話しかけていた。
状況から見て、彼女がメリッサを罠にかけるために誘い出したのは明らかだ。
そりゃローラだってウォレスたちの被害者なのかも知れないけど、……それでも僕は、彼女を許せない。
……それに何より、ローラは僕がウォレスたちを殺すのを見た。
見られたのなら、生かしてはおけない。
「待って。言ったでしょ、私は隷属紋でアイツらに逆らえなくされていたのよ、だから…… それに結局メリッサは助かったんだし、あなたの怪我の治療だって……」
「それとこれとは話が別だよ」
言い逃れしようとするローラをジリジリと追い詰めながら、左手の剣をぐっと強く握り直す。
……くそっ、また頭が痛くなってきた。胸が悪い。またカルマ値か?
頭の片隅でステータスを確認する。僕のカルマ値は……マイナス35!? 何でそんなに下がってるんだよ? 確かにデビッドに対して奇襲はかけたけど、それだけでこんなに下がるはずがない。
もしかして……
今度は【簡易鑑定】でローラのカルマ値を見る。……67。青字だ。悪人でない者に殺意を向けたから、カルマ値が下がった?
……畜生っ、何なんだよ、なんで悪人じゃないんだよ! 悪人でなけりゃ殺せないじゃないか! あんな奴らの仲間なのに悪人じゃないとか、勘弁してくれよ!!
ああもうっ、頭がガンガンする!
「……お、お願い、やめて。私、あんな死に方するのは絶対にイヤ。……ああ、勘違いしないで、別な死に方ならいいって言ってるわけじゃないからね?」
逃げるローラを追う視界に、偶然ベッドの上のメリッサが映る。
ああ、そう言えばメリッサのカルマ値は初めて見るな。……青字の326か。そりゃそうだろう。なんたって彼女は、こんな僕なんかのことをいつも気にかけてくれている、いい奴だもんな。
メリッサは目を閉じていて、身動きひとつしない。薬か何かで眠らされているんだろうか。
……それならいい。僕がウォレスたちを殺すところを、メリッサに見られなくてよかった。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「な、なに? 好きな死に方なんかないわよ?」
「メリッサはいつ目を覚ます?」
「……薬の効果なら、あと3時間もあれば完全に切れるわ。だけど今メリッサが気を失ってるのは、さっきあなたがウォレスにズタズタにされているのを見たからよ」
「……そうか」
そこで僕は素早く剣を投げ捨て、残った力を振り絞って走った。
剣は壁に当たって大きな音を立て、床に落ちる。そして僕はその剣に気を取られて動きの止まったローラに肉迫し、左手で彼女の喉元を掴む。
「んっ、ぅああっ!? ……い、イヤ。殺さないで!」
「命令する! 今日ここで見たこと、そして僕のことは誰にも話さないこと。ウォレスとデビッドがどうなったかもだ。そしてメリッサが目を覚ますまで、彼女を守っていて欲しい。何があっても絶対に。……それが終わったら、あとはもう好きにしていい」
「……そ、それだけ?」
「それだけだ。……けど、もし背けば、あんたにもウォレスたちのあとを追ってもらうことになる。分かってるな?」
「わ、分かったわ。……言う通りにする」
「……頼んだよ」
目尻に涙を溜めてこくこくと頷くローラを乱暴に突き放し、床に落ちた剣を拾う。
そしてなんだか呆気にとられたような顔のローラと、ベッドに横たわったままのメリッサを残して、僕はその部屋を出ていった。
……じゃあね、メリッサ。今までありがとう。
……さよなら。
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