第13話 農地改革
馬車に揺られ、カーテンの隙間から世界を覗き見る。
痩せ細った哀れな人々が畑の中で虚ろな目をして働いていた。夢も希望もなく、ただ働き続けている。努力をしたところで得られる物はなく、されど手を抜けば殺される。彼らはただ生き延びるために、手を動かしているだけだ。
農奴。ただ死ぬまで所有者に働かされているだけの存在。
彼らと自分は何が違うのだろうか? 綺麗な服を着て上等な馬車の中にいるが、彼らの中には確実に自分よりも世界に貢献できる人物が存在する。しかし優秀な誰かはまともな教育も受けることなく、農奴として死んでいく。
一人なら馬車を利用しないことが多いが、この地域に来ると、まるで身を隠すように馬車に乗る。彼らに、恥ずかしい自分の姿を見られたくない、知られたくないからだ。
馬車に揺られながら、司は考える。
彼らに何ができる?
解放して財産を認めて、何の職がある? 学も無く世界を知らず、支配されない生き方も知らない。自由に生きるとは、一人で生きる責任を負うという事でもある。鳥かごで育った鳥は外に飛び立ったとしても、長く生きていけはしない。
根本的なところから、結局時間をかけて変えていくしかない。
だが、それは裏を返せば彼らを見殺しにする、という事でもある。結局、見殺しにしている言い訳をしているだけじゃないのか? 魔王のように力でねじ伏せれば素早く帰れるんじゃないのか? そんなことを馬車の中で自問自答し続ける。
「もっとちゃんと勉強しておけばよかった。化学とか、歴史とか、ああ、もう、学校の先生とか異世界転生してくれないかなぁ」
目的につくと馬車は止まり、御者のアルバートは扉を開いて一礼をした。
「その、ここでいいのですか?」
「そうだよ」
目的地は道の先、大きな山を前に眺めた。
ここは司の領地の中でもわずかに水が豊富な場所だ。山には木々が生え、ちゃんと森をしている。しかしグィン・ナール領に接しており、あまりここで木々の採取はしたくはない。水源はあちらにあり、流れる川はほぼほぼ見逃してもらっているようなもの。止められれば唯一畑が作れるこの一帯が全滅してしまう。
水、水、とにかく水。
水がなければ本当に何もできない。
「ここに畑を作るつもりなんだ」
聞いてくれる人がアルバートしかいないので彼に話しかける。
「馬車での移動はどうだい? 町から少し遠いかな」
「そうですね。だいぶ、遠いかもしれません」
「道を舗装しよう。魔族を数人こっちに回せば一週間ぐらいで立派な道ができるさ」
領主が別に働く必要はないが、積極的に起業してお金を得る貴族は多い。おぼろげな記憶だが、あれやこれややってみたい。金、実験、金、実験、やるべきことはたくさんある。
一人でぼんやり開拓計画を考えながら、いつも腰に差している剣を抜いた。
「アルバート、近くに」
「何か御用で?」
「正直なところ、傍にいてもらった方が守りやすいんだ」
剣を木々の暗闇の草むらに向けた。
すると、草むらの中から次々と草の化け物が立ち上がった。ひぃ、とアルバートは悲鳴を上げる。
「このカモフラージュの仕方は素人じゃないな。また暗殺者か? それとも・・・」
最後までただの草と勘違いしていた塊が立ち上がり、こちらに近づいてくる。
「ようクソったれ! よく俺たちに気が付いたな! 少しはできるようになったみたいじゃねぇか!」
「はぁ!? ジョブ! ジョブ・ロイズ! なんでこんなところにいるんだ!?」
司は剣を収め、背の低い太った男と抱き合った。
「もしかして王都から派遣された騎士団ってのは精霊騎士団なのか!?」
ジョブは腰につけていていた革袋を手に取り、ごくごくと飲んで酒臭い息を思いっきり吐いた。
「へっ、お高く気取った連中からすれば、俺らみたいなのはお嫌いなんだそうだ」
「ははっ! よく嫌われてくれた! 歓迎するよ!」
草の化け物と思われていた騎士たちが次々と司を取り囲み、懐かしむように肩を叩いて行く。
「そ、その、旦那様?」
「ああ、大丈夫だアルバート。彼らは精霊騎士団、共に魔王軍とたたかった仲だよ!」
魔法嫌いの国民性の中で、唯一魔法、とは違うのだが似たような力を使う騎士団が彼ら精霊騎士団。元来の鉄鎧を身にまとい突き進むタイプの騎士団と連携することはなく、おおむね独立した行動を取ることが多い。結果として異世界からやってきたチート戦士たちと行動することが多かった。
力はあるが使い方がなっていないチート戦士たちを一端の兵士に鍛え上げてくれたのはまさしくこのジョブ・ロイズと彼ら精霊騎士団のおかげなのだ。
「クソったれ! なんでここにいるのか聞きたいのはこっちだ! 伯爵様が一人で来るようなところじゃねぇだろ!」
「食糧問題で絶賛迷走中なんだよ! ジョブ! みんな! 変わりないか!」
「変わったさ! リックの野郎、結婚したんだぜ!」
「おいおい! 人殺し! お前のような奴が幸せになっていいのかよ!」
「少なくともお前よりは殺してねぇよ!」
彼らが野営していた場所に案内され、なにをしていたか話を聞いた。この地の精霊に今後の活動の報告と許しを得ていたらしい。
精霊魔法がは、魔法とは違う。
魔力を力へと変える、魔族に素養がありよく使われるのが魔法。
精霊魔法は大地や風、光や闇に住まう精霊に力を借りることを精霊魔法と呼ぶ。
生まれ持っての素養に深くかかわる魔法と違い、精霊魔法は精霊と心を通わす心を持っているかいないかで誰でも使える。いや・・・やはり生まれ持っての素養が必要なのかもしれない。
「この地下には、何か遺跡があるようだ」
予定を変更し一夜彼らと共に過ごし、共に建築中の町へ帰ることとなった。彼らの仕事は砦や監視塔の正確な位置、簡単に砦作りを進めておくことが仕事となる。
とりあえずたき火を囲み、精霊の忠告を受けたようだ。
「ああ、らしいね。冒険者の宿でいろいろ話を聞いているよ」
かなり広大な遺跡らしく、そのおかげでドワーフは穴が掘れず、エルフが暮らす森も生まれない。全体的に痩せてしまい動物も魔物も住み着かない状態らしい。
「どうすんだ? 冒険者に荒らされるととんでもねぇ災害を呼び起こす可能性だってあるぜ」
「現状私軍は持ってないからね、危険はあっても冒険者に任せるしかないさ」
冒険者たちから聞いた情報を話す。過去の遺物とは、マーリッロ帝国が栄えていた頃の遺産だ。そのころは魔法と精霊魔法が最も栄えた時代で、差別されている現状では失われた技術で作られた品が多くあり、そうしたものを掘り起こし金に変えるゴロツキを冒険者と呼んでいる。マーリッロ帝国の遺産には危険なものも多く、冒険者が勝手に未然に防いでくれることもある。が、逆にとんでもない化け物を蘇らせてしまうこともある。
司が特に問題だと思うのは、過去の歴史や文化の記されている石板やら羊皮紙などを金にならないのでどんどん壊してしまうのだ。歴史が古い国からやってきた司からすると、もう耐えられない。
「そのうちお金に余裕ができたら冒険者に調査をさせてもいいんだが、今はとにかく金がない。下水施設の設計図を見つけてきたのは冒険者だから任せたいってのもあるんだけど、どうしたもんかな・・・」
頭を置か変える司にジョブは笑いながら「ままならねぇものさ」と酒をあおる。
「マーリッロの遺跡ではないというのは気になります。危険があるものとして封鎖、そして調査をするべきなのではありませんか。精霊の忠告に耳を貸すべきかと」
「・・・」
青い燕尾服を着た少年が淡々と答えた。
え、なに? ジョブ趣味変わったの? みたいな視線を送ると、彼は困ったように笑った。
「なんだよ、昔のお前らよりずっとマシだぞ?」
力に己惚れ暴走していた昔を思い出し苦笑が浮かぶ。司は少年に目を向け、英雄スマイルを向け自己紹介をした。
「先に僕がするべきでした。僕はアラン・スノーです。先日精霊騎士団の従者として選ばれました」
スノー家と言えば名門貴族だ。山賊あがりと言わんばかりの騎士団に所属されたのか分からないが、彼は不満そうには見えない。
「アランの言う通りちゃんと調査団を作った方がいいだろうよ。騎士団から人員割いてもいいぜ?」
「せっかくだし、ドリームチームを結成するさ」
ゴイルに会ったらさすがのジョブもひっくり返るだろうとほくそ笑んだ。




