第11話 アンナと小難しい話
話の内容より、クリスティーナの意地悪ばあさんの顔が見れたことの方が嬉しかった。
ユリオスと司は迫りくる魔王軍と戦うために教会に協力を乞うたが、規則だ、経典が、などと言って動こうとしなかった。その時、聖女であるクリスティーナが勝手に白き導き手騎士団を勝手に動かし助太刀に来てくれたのだ。
頼もしきしゃかりきばあさん。
「妻を怒らせたくないのでお断りしますよ」
「なんて甲斐性なしなんだい! 腐っても英雄だろ! 女の一人や二人囲い込んでみなよ!」
おいおい聖女様、それでいいのか?
思わず笑ってしまう。
「そんなにユリナの具合がいいのかい?」
ひゃひゃひゃと笑うばあさんに、そりゃもう世界一さと笑って答える。
「だったらアンナの具合もいいじゃないかい? ハインリッヒの血筋だからねぇ」
一瞬意味が分からず頭がこんがらがった。
テント内にクリスティーナの甲高い笑い声が上がる。
「お前さんに先々代の王の甲斐性があったならねぇ!」
先々代の王ハインリッヒか・・・
ここら辺はややこしい。
当時、マリグ国の王族は躁鬱病のような病にかかり次々と死んでいった事件があった。唯一生き残ったのが生まれてずっと戦場で戦っていたハインリッヒだった。
50代の年齢で王になったハインリッヒなのだが、兄の子が王になるようにと結婚もせず子供もいない。慌てて20代の王妃を娶ることとなり、先代王オットーを生んだのだ。先代の王はとにかく王族を増やさないといけないと、政治より子供を多く生むことを望まれていた、のはまた別の話。
ユリナの祖母は、またややこしい。老いて色を覚えたのが悪かったのか、まだ10代の使用人と関係を持ち、ハインリッヒが70代の頃に生まれた子がユリナの母親になる。祖母であるリーナはユリナの母親ミラのお産で命を落としている。
「ええっと・・・どういう血筋なんですか?」
「また面倒でねぇ。30ぐらいの頃に未亡人と関係を持ったらしくてねぇ、その未亡人が子供を産んだらしいんだよ」
「えっと・・・先代の王オットーと同じぐらいの年齢だとして、ユリウスかアリアの子、みたいな感じですか?」
「もう一人挟まっちまうねぇ。あの子の両親は哀れなもんさ。ユリウス派とアリア派に目をつけられてね、新しいボスに仕立て上げようとして断ったもんで殺されたんだよ。それで何も知らないアンナをボスにするつもりなのさ」
それを知ったんで、慌てて保護したってわけさ。
「さすがは、導き手教の密偵ですね、よくこんなほぼ他人を見つけてきたものですね」
「はっ、あいつらは感情的にすぐ人を殺すからねぇ、足が付きやすいのさ」
ああ、ヤダヤダと首を振るクリスティーナ。
知ってるぞ、白き導き手騎士団を動かすために数十人もの関係者を、密偵を使い殺していることを。司は賢いので口には出さなかった。
「やれやれだねぇ、あんたのお手付きとなれば安泰なんだが、ねぇ?」
「ようするに、僕が彼女のバックについて欲しいってことですか」
両親を殺され、聖女とはいえ老いた女性と二人の逃避行の末にやってきた地で、クリスティーナの前を歩き「教義です」なんて言える抜けた娘なのだ。
「しばらくこちらに滞在することになりそうですか?」
「ひっひっひっ、心配せんでもウリュサの教会にお世話になるつもりだよ。教会内でも政争ってのがあるからねぇ、しばらくはここを本拠地にさせてもらうさね」
さて、どのぐらい搾り取れるか。
さすがに想定していなかったのでパッとは思いつかない。それに聖なる導き手教を敵に回すのは得策ではない。王族よりよっぽど権力を持っている。搾り取るにしても、慎重な行動を取らないといけないだろう。
「もちろん僕は聖なる導き手教の敬虔なる信者だ、偉大なる聖女様の願いを無碍にはできませんよ。彼女の件、もちろん喜んで協力させてください」
「そうかい! アンナを抱く気になったかい!」
「それ以外は協力させてもらいます」
細かなすり合わせもいくらかあるが、少なくともテントの中でする話ではない。
「クリスティーナ、悪いけど僕の城で休んでもらいますよ」
「やだねぇ! こんなババァ監禁して何が楽しいんだい!」
司は苦笑して首を振った。
「違うんだ、その・・・違うんだクリスティーナ」
心の底からクリスティーナに対し謝罪した。
クリスティーナはかび臭い部屋に案内され、埃が舞う椅子に座り大きくため息をついた。
「なんと失礼な!! こんな、こんな侮辱を許してはならない!!」
アンナは一人騒いでいる。
失礼な執事に礼儀のなってない使用人、どんなに貧しい料理だろうと微笑みながら食べられるクリスティーナだったが、ここでの食事は手が止まってしまうほどだった。そしてこれほど大きな城でありながら用意された部屋は一つで、しかも掃除が行き届いていない。もちろん苦痛に思うこともないし、アンナと同室なのは安心するので問題はないのだが、これほど劣悪な歓迎を受けたのは久しぶりだ。
「クリスティーナ様! このような侮辱は許してはなりません! 罰を! 罰を与えましょう!」
申し訳なさそうな夫婦の顔と、同じく顔をしかめながら食事を取る彼らに更なる苦難を与えるのは酷というもの。ここで暮らし、毎日あの料理を食べているだけで充分罰になるものだと心の中で笑う。
グチグチ言いながらアンナはクリスティーナに手作りのケープをかけ、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。少々疎い子だが、バカな子ほどかわいいものだ。神に仕えし身として当然子供などいないが、孫がいるならこんな感じなのかもしれない。
「やれやれ、年だねぇ」
「何をおっしゃられるんですか、まだまだお若いじゃないですか!」
そう言いながらベッドの埃をできるだけ払おうとバタバタとしている。しかし、クリスティーナに残された時間は多くない。
少し前までは体力が落ちてきた程度だったが、今は明確に死に向かって力が抜けていくのが分かる。死期が近いことが分かるのだが、心配なのはアンナと、そして弟のジークだ。
ジークはまだ幼いが賢く、優秀な子だ。だが、あまりにも汚い大人を見すぎてしまっている。両親が殺され、姉のアンナが殺した者たちによって利用されようとしていることも理解している。
彼は大人たちを、世の中を憎み恨んでいる。今はまだアンナを守るために大人しくしているが、このまま成長したのなら、大きな災いを起こすだけの胆力を持ち合わせている。
そうなる前に、ツカサに会わせたかった。
彼は善人だ。ただ目的のためならば手段を択ばず徹底的に相手を叩き潰す、まさしく英雄としての力を持っている。善とは、座して悪に首を差し出す潔さではない。「ダメだこりゃ」と思ったら立ち上がれる人間こそが善人なのだ。
そう言った人間こそが、悪人を光へと導くことができる。自分然り、ユリウスにアリアもそうだった。そして、何より・・・
「このような時間になんと失礼な! 伯爵夫人だとして失礼にもほどがあります!」
「はい、不躾な行動をお許しください」
ノックがあり入ってきたのは、ユリナだった。
とりあえず杖を手にしてアンナの頭を叩き、彼女の決意に満ちた表情を見た。
・・・そして、何よりあの汚い大人筆頭と言ってもいいユリナが、これほどまでに変わってしまった。これを驚かずにいられるはずもない。
「何の用だいお嬢ちゃん」
「聖女クリスティーナ様」
拳を固め、胸に手を当てる。
「どうか、わたくしに愛をお教えください!」
面食らうクリスティーナだったが、その真剣な表情に思わず笑ってしまう。
こりゃ、まだまだ死ねないね。




