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#50 救出作戦 傭兵団との闘い

 扉をゆっくり開ける。

 何かが飛んでくることはない。けれど分かる、隠すことすらしない殺気は此方を射差している。

「外套を」

 貸せと言わんばかりに手を出してくるリュカンに、外套を脱ぎ渡しながらも。

「他に無いとは謂え、無下に扱わないで下さいね」

「それは約束しかねるな」

 リュカンは受け取った外套を扉の向こうへと突き出した。

 間髪置かずに突き刺さる矢。それも一本ではなく三本。これで少なくとも弓兵が三人いることが判明した。

 返却された外套の開けられた穴の後を見て、そして彼を横目で見るが彼は此方を見ようともしない。

 貰ったものだし、気に入っていた訳ではないが……いや、それなりに気に入っていたために憮然と恨みがましいため息を聞こえるように吐いた。

「少し話をしたいのだが、今から姿を見せる。応じる気はあるなら武器はおろしてくれるか」

 返答はないがリュカンはゆっくりと扉から出て行く。どうやらウルラと違って話しすることは出来そうである。

「もう一人いるはずだ。そちらも出てきてもらおうか」

 頭巾を目深くかぶりゆっくりと扉から出て行く。

 傭兵団などと謂う荒くれ者たちは、女と分かると見下されることが多い。ウルラの服は黒く体形を分かり難いゆえに頭巾を被れば一見して女と判別するのは難しいだろう。

 入り口の広間は入ってきた時と違い、多くのランタンの光で暗闇は払われていた。

「さて、不法侵入者が一体何の話があるのか聞くだけは聞いてやるよ」

 確かにあれの許可もなしに入り込んでいる私たちは不法侵入者となるが、彼らは人攫いの片棒を担ぐ犯罪者となる。さて……どう動くか、彼はどう応えるか。

「確かに許可なく立ち入ったことは認めるが、地下で面白いものを見つけてな、ならお前たちは運び屋か狩人か。まぁ、どちらにせよ困るのは其方だろ」

「いやいや……俺たちはただの傭兵さ。雇い主が誰であろうと、荷物が何であろうと知る必要はなく金で雇われたら従うだけさ」

 傭兵ならば金が全てと言って過言ではないだろうが、傭兵ゆえに仕事内容を選ぶ必要がある。いくら払いが良くとも命失えばそこまでなのだから。そうならないために依頼内容は精査するべきだろう。

 まぁ惚けるのは常套手段か。そのことは彼も十分承知していることだろうが。

「此方とて余所者が好き勝手暴れ回ったとなりゃ、黙っていられねぇからな。きっちり筋通してもらうぜ」

「挨拶しなかったのはすまんな。てめぇ達の庭を荒らすつもりはねぇが、此方も仕事なんでお邪魔してるぜ。まぁそんな意味もなくなるんだがな」

「まぁ確かに意味はないな。今更、謝罪されても遅きに失したな。命だけは勘弁してやる、降伏しろ」

「ははっ、お優しいことで。此方とて狭量じゃねぇからな地べたを舐めて命乞いするのなら、男娼送りで勘弁してやらんでもないぜ」

 傭兵の男の言葉に周りから下卑た笑いが飛び交う。

 男娼行きと言うがそれは人身売買と同義である。つまりウィータドロル商会との関係について雇用主以上はないと言っておきながら、人身売買は手を出していること。

 けれど其れはこの国において禁止されている話である。隣国へ赴けば合法となるため売屋であったとしても罪に問うのは難しいだろう。けれどこの国にいる間ならば罪を問うことが可能であり、罰を与えることが出来るという事。

「あぁそうだな、いい提案だ。全員地べた舐めて許しを請えば、二食宿付きの終身雇用先を紹介してやるよ」

 もはや騙し合いではなく、言葉による前哨戦が正しいう。

 どちらも引くことなく応酬は終わりを迎える。どちらともなく言葉が途絶え、戦いへの発端が切られようとしているが、その前に一つ聞きたいことがある。

 傭兵達を捕らえた後でも聞けるのだろうが、兵隊の保守義務から知れるのはずっと後になるかもしれないし、教えてくれないかもしれない。聞ける機会を今逃してしまえば知りえる機会はずっと減るだろう。

 頭巾を外しながら、彼の前に出て言葉を告げる。

「少しよろしいでしょうか」

 視線が一斉に此方に向く。彼も訝し気に此方へ視線を向けているが、少し油断し過ぎなのではないかと思うほどだ。

 まさに一触即発の状態に切り込んだのだから仕方のないことだが、何か飛んで来たらどうするつもりだったのだろうか。

 けれど其れは傭兵達も同じだったようで、下卑た笑いが無くなった代わりに威圧が高まっている。

 下手なことを言うようならば、複数の矢が飛んで来そうなほどに。

「やはり女だったか。いいせ、特別だ、応えられることだったら答えてやるよ」

 口笛を吹き(はや)し立てながら、此方の言葉を聞いてくれた。どうやらこの男がここに居る傭兵達の頭らしい。

 入った時に戦い逃した男とは別の男である。なら彼はどこに行ったのか、それとも此処にいるのだろうか。

 逃げられた男を探すとともに、此処にどれほどいるのか確認するため、周囲に目線を巡らませてから。

「貴方たち傭兵団と言いましたが、名はあるのでしょうか。あれば是非教えていただきたいですね」

 一瞬の静寂。そのあとは腹を抱えて静かに笑う傭兵達。

「いいねぇ、此処にきて其れは楽しすぎるよな。まぁお前たちが名乗れないのは分かるしな、名乗っていない奴に教えるつもりはねえと言いたいが、特別だったな。いいぜ、教えてやるよ。俺たちはマレウス、『マレウス傭兵団』さ。俺たちの名を恨み叫びながら地獄へ落としてやるよ」

 鉄槌(マレウス)傭兵団とは意外や意外。打ち砕くは社会の理不尽さか己を受け入れてくれぬ世の中か、それとも振り下ろすのは自分たちの都合の良い正義か秩序か。

 どちらにせよ、降り下ろす槌もその先も碌なものは無いのは確かだろう。

「マレウス傭兵団、ですね。貴方方には少々立派過ぎる名だと思いますが、覚えておきましょう。私はフォスレス。覚えておく必要はありませんが、もし冥府へと行くようならば私に殺されたと言ってください。少しは罪も軽くなるやもしれませんよ」

 その言葉を聞いて苦々しい顔をするのは横に居る彼だけである。傭兵団の男たちは嘲笑い見下しているだけであった。

「だから殺すなと言ってるだろ」

 ぼやくように忠告されども現実は多勢に無勢、彼ほどではないにしても傭兵達は荒事には慣れている。手加減していては数の暴力に屈してしまう。

「善処は致しますが手加減していては勝てるものも勝てませんよ」

「まぁ作戦はある、少し大人しくしてろ」

 そう告げると一歩前に出る。

「そちらの話は終わったか、ならばそろそろ始めようか。」

 その一言で傭兵達の笑い声が消え、緊張が一気に高まる。

「最後の警告だ、投降する気はあるか」

 彼が手を口元へと当てながら通告するも、矢が一つ飛んでくるだけであった。

 悠々と回避すると傭兵団の頭と思しき男を睨み、一気に駆け出す。その際に「手を出すなよ」と言い残して。

「迎撃はしますよ」

 言葉にして伝えたが届いていたかは分からない。まぁどちらでも変わらないのだが。


 リュカンは疾走しながら再度、状況を確信する。

 傭兵は十三人。対してこちらは二人だが、一人はすぐに邪魔者は排除しようとするから頭数には入れられない。

 尋問するに当たり詳しい奴が一人いれば事はすむが、しかしそれでは確証とは言い難い。複数人から同じ証言が取れてこそ情報の精度と謂うものは上がる。

 けれどその前に俺自身は傭兵や殺し屋とは違う。国の、領地の民を護る側に付いている。たとえ他国の人だからと謂えど、その命を軽く見ていては自身が守らなければならない者達の命も軽く見てしまうだろう。

 だからできる限り殺しはしない。

 それと同時に俺自身もまた自身が守りたいものもある。それ故に優先順位をつける。

 彼らは俺が守りたいものを傷つける側。まだ誰も危害を被ってないやもしれないが、すでに手を掛けているのかもしれない。たとえ確証を得られたからと言って、殺すのは俺の役目ではない。だから殺しはしないが、兵士としての使命ゆえに放ってはおけない。

 きっちりと捕まえて罰を受けてもらい、罪を償ってもらわねばならない。

 人獣の強靭な脚力を生かし一気に迫る。

 矢が飛んでくるがその速さに捉えることは出来ずリュカンが通り過ぎた地へと突き刺さる。

 傭兵頭を護るように二人の剣士が立ち塞がり切り込んでくる。

 拳と剣、普通に考えるならば射程が長い剣が有利。それを推して挑むのは実力的に上回っているか、策があるか。それとも別の手札を持っているか。

 リュカンとて実力的には傭兵らと負けるつもりはない。むしろ自身の方が上と認識している。人獣特有の身体能力の高さは、人を上回っているゆえに。

 勝つだけならば拳で挑んだとしても難しくはない。しかし相手は十三人もいれば無傷で勝てるとは言えない。

 かすり傷程度であれば問題はない。しかし矢に射ぬかれ剣で切られれば、数日寝床で過ごすこととなる。

 兵として戦うことは大事ではない。大事なのは日々の業務を滞りなく熟すこと。そのため怪我で動けなくなるのは一番避けなければならぬこと。

 兵として誇りを持つならば、傭兵ら殺すことなく制圧手段をとること。戦うことではなく制圧することである。

 傭兵らは傭兵頭の前に剣士が二人固め、弓兵が後ろに一人と左右に分かれて一人ずつ。さらに左右に分かれた弓に槍、その他と複数の武器を持つ傭兵ら共に二人ずつ。

 残り三人は彼女の牽制へと付いている。

 どうやら一人ずつ確実に片づけて行く腹積もりなのだろう。まずは俺から仕留めに来たみたいである。

 傭兵頭を守る剣士二人が切り込んでくる。

 回避しては横にいる弓兵たちの餌食にされてしまう。剣士を迎え撃つべく腰へ手をやる。

 拳には遠く、剣での間合い。振り抜かれる刃に火花を散らしながら止めるはリュカンの持つ一つの刃。

 驚き動きを止める傭兵らを置いて、リュカンは一歩踏み込み切り結ぶ傭兵の顔に鉄板の拳を入れ一人鎮める。

 返す刃で二人目に切りかかるも肩口で受けられ有効打には至らず。そのまま後ろへ飛ばれ距離が取られる。

 距離を取ったということは、支援があるという事。リュカンは攻めるのではなく後ろへと飛ぶと、今いたところに矢が突き刺さった。

帯革(ベルト)に剣を仕込んでいたのか、なかなか多芸だな。次は何が出てくる」

「戦いの最中におしゃべりとは暢気だな」

 周囲に気を配りつつ女の方へ視線を向ける。三人の傭兵の間に仁王立ちしており動きはない。

 女も状況を理解しているのは分かるが、あれでは女が足止めされているのか、傭兵三人の動きを止められているのか、どちらか判断に迷うところだな。

 相手の出方に合わせて、体の僅かな動きで出鼻を挫く。一人相手でもできることではないのに、三人同時に仕掛ける。機先の読み方が尋常ではないのは確かだ。

 一瞬、視線が交差し、暗くとも笑ったのが分かった。

 その一瞬の隙を突いて一人攻め入っていったが、女もまた同時に踏み込み剣で受けると拳を入れる。

 逆手だったのだろう、のけ反っただけで効いた様子はない。

 追撃は行わずに再度三人を睨むと動けなくなる。蛇に睨まれたなんとやら、本当にどちらが足止めされているのやら。

「向こうは情けねぇな。まぁこっちをきっちり片付けてから相手してやるとして……」

傭兵頭は数的優位に少し余裕を見せ、急いて迫ってはこない。状況を確認し終えたのか。

「時間を掛け過ぎるのも良くないからな。近隣周辺から苦情も入ると厄介だからそろそろ終わりさせてもらおうか」

 その合図をきっかけに待機していた傭兵らが一気に迫ってくる。

 三方から飛んでくる矢を回避するも、態勢が整わないところへ槍が突き入る。後へ下がればまた矢が飛んで来よう、しかし前に出るには槍が邪魔をする。盾持ちの剣士に足止めされると槌が振るわれる。

 女の所に三人と、男が一人にそして傭兵頭は攻撃に参加しておらず、八人による波状攻撃。

 さして広くない場所だけに、壁を背負わせられるのは必定。追いやられれば打開する手は俺にはない。

 けれど十分。時間を十分に稼いだ。後は託すだけである。

 傭兵らには気づいていない。人の耳では聞き取ることが出来ないのだろう。彼らの破滅の足跡が。

 正にリュカンが壁を背負った時、それは来た。

 建屋の入り口が勢い良く開いたかと思えば、棍棒で武装した人たちが攻め入ってきた。

 棍棒、または警棒と呼ばれる武器で武装しており、暴徒の鎮圧などに主軸を置き出撃される。

 特殊兵装部隊。

 入り口近くにいた傭兵はすでに取り押さえられており、次の獲物へと襲い掛かる獣の如く向かってゆく。

「やってくれるな、そう言う事かよ。いいぜ、応戦しろ!」

 笑いながら部下たちへ号令を下す傭兵頭。撤退の指示ではなく応戦。その姿はもはや逃げ切れないと覚悟した号令だったのだろう。少しでも道連れしようとする傭兵らの姿は、追い詰められた時も戦士であった。

 女の方も同じく両手を挙げていたようだが、地面へと取り押さえられている。傭兵団の一味と見なされたか。

 抵抗する傭兵らはすでにおらず、それは一瞬の出来事であった。

「その女は協力者だ。解放しても大丈夫だ」

 リュカンの言葉を聞いて女が解放される。

 立ち上がり一息吐くと。

「戦う前に手を口元へやっていましたが、その時に犬笛を吹いたのですね」

「そうだ。後は突入してくるまで時間を稼げばこの通りだな」

 女は小さくため息を吐くと、不機嫌そうに言葉を続ける。

「捕まっている方々は其方に任せても」

 覇気のない女の様子に調子が狂う。何か機嫌を損なうことをしてしまったのかと、思案するが思いつくところはない。

 尋ねてみようかと思うも女の様子から阻まれ言葉に詰まる。

「あ、あぁそのための用意もしている」

 出てきた言葉は先ほどの質問の答え。それを聞いた女は建物の入り口へ足を向け去ってゆこうとする。

「待て、待て。この後は此方について来てもらうぞ」

「……女性の服を穴だらけにした人についてゆく気はありませんが」

 女に笑顔はない。まるですべてに興味をなくしてしまったかのように、淡々と告げる言葉にはやはり何処か棘がある。

 しかしこのまま行かせる訳にはゆかない。

 この騒動の重要参考人として、証言を取らなければならないからだ。

 それだけではない。女には多数余罪があると見ている。聞きたいことは山ほどあるのだ。ここで逃がしてしまえば全ての苦労が泡と消える。

「服はウルラから奪った物だろ、何時までも着られる訳ではあるまい。それに約束したはずだ、事が済めばこちらに付き合ってもらうと」

「確かに約束しましたが、まだ終わっていませんよ」

 ため息が出そうになるが、息を飲んで我慢する。此方で使える手は全て使って怪我負うことなく傭兵団を、違法な人身売買の容疑者を捕まえることが出来た。

 そして捕まっていた子らも助け出すことも容易くなった。満点ではないが出来る限りの事は出来たはずだ。

 確かに黒幕はまだ捕まってはいないが、違法行為に手を出している証拠はつかめた。立証することは難しくはない。後は逃げ出さないように監視し、その罪を(つまび)らかにし罰を受けてもらうだけである。

 女とてその途中の人質解放の目的については一緒だったのではないか。

「一体何を怒っている。」

 思わず聞いてしまった。説得し自身から付いて来て貰わなければならないと言うのに。

「怒ってはいませんよ。ただ手に入るかと思っていたものが、その可能性があまりにも無くなってしまったので、自分に落胆していただけです」

「だからと言って勝手に居なくなられては困るのだが」

「今回は協力関係だったはずです。ならば拘束することは出来ませんよ」

 それは分かっている。此方で掴んでいるだけでもいくつ関係しているか、けれど其れらに証拠はなく、問いただした所で、はぐらかされるだけであろう。

 引き留める手立ては無く、言葉が出てこない。

 話は終わったとばかりに、女は視線を切り出口へと足を進めて行く。引き留めるための言葉を、必死に捻り出そうとすればするほど頭の中は真っ白になってゆく。

 喉が渇いたかのように声が掠れ、息をしているのに喉を震わせることが出来ない。

「捕まっている奴ら……」

 だからその言葉が出たときは自身ではなく他の誰かなのかと錯覚したぐらいに。

 真っ白になった頭を、気持ちを切り替えるために大きく、そして少し長く息を吸い皮肉げにわらう。虚栄を張り賭けに出た。

「そのために来たんだろ。帰っても構わんが、連絡手段があれば情報を渡せるのだがな」

 悪い賭けではない。元々女は捕まっていた誰かのために此処に来ているのだから。

 これで関係ないと拒否されるのであれば、打つ手なしの惨敗となる。

 けれど心配は杞憂に終わった。女が足を止め此方を振り返る。返答の為、足は止めるだろうが興味がなければ振り返りはしない。

 此方の言葉に思うところがあるからこそ振り返るのだ。

「ならばまず捕まっている方々を治療し、話せる程度まで回復したならば連絡をいただけますか」

「救出は此方の仕事だ、衰弱しているならば治療は仕事の一環でもある。頼まれなくともするさ。が、その後はそっちと連絡が取れなければ再び合わせることも出来ないだろうに」

「……分かりました。私の居場所はウィリデにでも尋ねて下さいね」

「は? 何故そこでウィリデが出てくる……? まぁいい、後は上を説得させるために証明するものがいる。棒手裏剣でいい、少し弱いがそれを以て連絡できるよう渡りをつける」

「それは却下します。ようやく一つだけでも帰ってきたのですから、此処で手放すことはしたくありません。しかし何を証明する必要があるのでしょうか」

「亡霊みたいな存在だからだ。市民証もない、後ろ盾もない、誰かが知っている訳でも街に出入りした記録もない。どこぞの盗賊連中も何かしらの存在証明があるというのに、何処からともなく現れた何もない人の事なんざ信じる奴はいないからだ」

 詭弁だ。何も無くともどのようにでも出来なくはない。ウィリデが所在を知っていたのは予想外であったが、居場所を把握しておきたかったのは確かだ。

 けれど其処に何かいる訳ではない。

 ただ、女にとって少しでも大事となるものでもあれば、逃げるようなことはしないと思っただけだ。

 それが間違いだったわけではない。けれど見誤っていたことも確かだった。

「一つでも戻ってきたのです。また失うことはしたくありませんので、これで勘弁してくださいね」

 そう言うと自分の髪を一房掴むと、徐に短剣を入れる。胸元まであった髪は左の頬から伸びていたところだけ肩よりも短くなり、その先は手に握られていた。

 解けて何処かに散らないよう二つに折り、同じく切った髪を使い結んでゆく。

 そうして纏まった一房の髪を差し出してくるも、体がまるで石にでもなったかのように動けなかった。

 それは言葉さえも忘れてしまったかのように。その差し出された髪を見つめるしかできなかった。

「これでは不満と言う事でしょうか。しかしこれ以外は渡せるものはありませんので」

 そうではない。そうではないのだ。いや、其れがあればラウムを納得させることが容易だ。

「それでいいのか」

 違う。自身が吐いた言葉をすぐに否定する。女は其れで良いと言っているのだから、頷いて受け取ればよいはずだった。

 何故此処で問いたださねばならない。

 正に心の中で葛藤している中、女は先ほどから幾分柔らかくなった表情で。

「攫われた人たちの中に姉妹がいます。回復しましたら合わせてくださいね。その約束の為、これをお渡しいします」

 どういう意味だ、理解しえない。何故お願いするのに切った髪を渡してくる。

 理解の埒外。リュカンが今まで触れてきた誰とも違う。ただそう言うモノだと思えれば良かったのだが、到底思えない。

 これが本物の化け物なのか。言葉も通じ、意思疎通もできるが理解し合えない存在。

 だからこそ、無謀にも此処に一人で攻め入っていこうとしたのか。

 無茶苦茶な行動。碌に作戦すら立てることなく勢いのまま行動するところは 馬鹿としか思えなかったが、化け物であれば話が違ってくる。

 殲滅だけの話ならば女一人でも十分だったのだろうか。

 であればここで無理強いすれば、此方が痛い目に合うのだろう。

「分かった。ウィリデから所在を伺い、連絡を行くように手筈を整えよう」

 差し出された髪を受け取り、承諾するしかなかった。

 まだ何かを言おうと口を開きかけたが、思いとどまり誤魔化すようにため息を吐いた。

 それを見ていたフォスレスは僅かに微笑むと。

「ではよろしくお願いしますね、リュカン」

 と彼の名を呼んで去っていった。

 後に残ったのは一房の髪と、ずっと隠し抑えていた震える腕だけであった。



此処までお読みくださりありがとうございます。

補足として、リュカンの使った剣ですが元ネタはラ〇ボー2(だったと思います)です。

敵さんが使っていまして、その敵さんも爆〇矢でやられちゃうんですけどね。

ブックマークや評価、頂けましたら喜びます。これからもよろしくです。


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