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#38 陰に生きた者と闇に生きるもの

 東の空より闇が薄れ始め、朝とも夜とも入り混じるの早い時間。

 フォスレスはまだ目覚めたばかりの大通りを歩いている。

 ぜひ欲しいと思っていた情報の手がかりが一つ、掴むことが出来た。

 まだ決まったわけではないが、ほぼ間違いないと確信している。

 どこの組織にも所属せず街の影で、世界の闇で暗躍する違法組織。そこに名はあるのかもしれないが、今は知るすべはない。闇に影に潜む情報組織である。

 彼らは情報屋はいち早く情報を仕入れ、必要としている人らに売って行く。その値は暴利と言えるような見返りを要求されもするが、その情報の精度はともかく量だけは侮れない。

 彼らはどこから情報を仕入れるのかと言えば複数あるだろうが、その一つに垂れ込みがある。

 周囲の住人から齎される常識ある人が聞けば一笑されるような事柄でも、齎せれれば子供の小遣い程度の金で買い取る場合もある。

 それは人の死であればなおさら、さらにその遺体が異常な状態であれば、わずかな金目当てに彼らに売りに行こうとする者が現れると睨んだ結果、すぐにやってきた。

 例の遺体に気付くと、初めは驚いたみたいだが素早く遺体の状態を確認するとわき目も降らずに走り出しす。

 訓練どころか、貧民街に住まうただの住人と思しき男性。後を付けるのは容易く、彼にしてみれば付けられていることな思いもよらないだろう。

 そうして行く先は大通りを通り過ぎ、貧民街とまでは行かずとも入り組んだ街路。建物も二階建てが軒を連ねて立ち並ぶ一角。細い道に入って行けば看板すらもない一見裏扉と見間違えそうな扉へと入って行き、しばし待っていると、先ほどの男性が小さな袋を片手に出てきた。

 中身を確認すると余程高く売れたのか、醜く笑い街中へと去っていった。

 それを確認し、その家が違法情報屋の隠れ家と確信したその帰り道である。


 その足取りは早くもなく遅くもなく、街の出入り口である門のすぐ近くまで来ると横道へと入り、裏通りを進んでゆく。

 違法組織の隠れ家を確認し終えた後、今は何をしているかと言うと釣りをしている途中である。

 餌は襲撃者の服を着た私自身。

 首元に血の跡は付いているが、それすらも彼らを釣る為の仕掛けの一つである。

 相手は非常に慎重で、動くときは大胆に動いている。

 目立つような行為は彼らの目に必ず留まるだろう。逆に引っ掛からなければ別の手を打つ必要が出てくるのだが、必ず喰らいついてくると確信はある。

 彼等とて舐められたままでは他に示しは付きはしないだろう。仲間を殺ったのは誰か行った事なのか調べるはずである。

 すでに私の存在は気付いている上に、そこで彼らの服を着た不審者の目撃があれば関連付けをするだろし、僅かな噂であろうと彼らの耳に入れば、動かざるを得ない。

 その不審者がどこへ向かったのか、彼らへの残したメッセージの意味からどう動くかは少し心配なところもあるが、知れば彼女らとの関係性も疑うはずである。

 彼女らに危害が及ぶ可能性があるが、何もせずとも元々その可能性はあるのだから今更である。

 寧ろこちらへ目を向けさせた方が危害を加えられる可能性は減るやもしれない。逆に増えるかもしれないが、そこは気にしないことにした。

 つまりはどのように転ぶかは神のみぞ知るという事。

 ただ時間を掛ければその分だけ彼女らの危険は高まるが、此方としても時間をかける気はない。

 その為に姿をさらしているのだから。

 彼ら以上に動けるのが街を巡回する憲兵隊達である。彼等、主にラウムたちが此方の動きを捉えられてしまえば、此方としては自由に動けなくなってしまう。

 後に彼等の協力は必須になるが、今の段階ではまだ早い。その匙加減を間違えてしまえば、全ては水泡に帰してしまうだろう。

 それだけならば良いが彼女らも救えなくなってしまっては、楽しみが減ると言うもの。

 計画と言えるものはなく、何が起きるのかも黒幕が誰なのかも目的すらも全てが闇の中であり、全てが綱渡りである。

 失敗してすべて失うか、それとも得るか。瀬戸際やもしれないのに楽しいと思う気持ちが抑えきれない。

 逸る気持ちとは裏腹に歩みはゆっくりと、彼らにつながる誰かの目に留まるように。

 まだ疎らに人が行き交う大通りを抜け裏道へ、そして彼女らの住まいへと足を進めて行く。

 それが彼女らと何らかの関係性があると思わせ、目をこちらへ向けつつ再度接触してくるだろう。

 これは彼等、襲撃者たちへ向けた声明である。

 彼らたちが陳腐な矜持を持ち合わせているのならば必ず接触してくるはず。

 彼女たちが住まわれていた家へと入ると、奥の部屋へ籠る。

 これで良い、後は待つだけ。これ以上の目立つ行為は過剰と言うもの。いらぬものまでついてくる可能性が出てくる。

 来るのはまた夜だろうか。それとも明るい内に来るのだろうか。彼らを迎えるにあったって、もてなす準備をしたいところであるが今は何もない。

 少々残念と言わざるを得ないが、こればかりは仕方がない。今出来る精一杯の誠意を持ってあたるとしよう。


 部屋に差し込む日の光は少しずつ去り、夜の闇が忍び寄ってくる。

 表の路地を行き交う人の足音は鳴りを潜め、暗がりから覗く住人たちはこれから起こることに何かしら感じ取っているのか、塒の奥へと身を潜め通りの様子を伺っている。

 虫の音すらも消えてるかのように錯覚される闇の中で、それは確実にやってきた。

 静寂に包まれた闇の中では感覚が鋭敏化され、隠しているようではあるが容易に捉えることが出来る。

 静かに忍び寄る足音は静寂の中に響き渡り、周囲に紛れ込むよう気配は逆に際立たせる。

 家の前には二人、少し離れて一人。期待通りに嗅ぎつけてくれたようである。

 分かるだけで三人、離れて様子を見ている者も居るはずだから少なくても四人はいるだろう。

 こちらは私一人ではあるが、そのようなことを彼らは把握しているのかしていないのか。されど多くはないと判断したのだろう。

 昨日の事がある為か、彼らは家の前で中の様子を注意深く伺い安易に踏み込んでこない。

 用心深いことに越したことはないが、残念ながら罠の類は仕掛けていない。そもそもそのような道具もなければ、私自身に技術もない。

 この部屋へと続く扉は少し開けている。彼らにしてみればその奥に誰かが潜んでいると予想するだろう。

 できれば生きて捕まえたいはず、そして彼女らとの関係性を問いただした上、仲間の仇と言わんばかりに拷問の末、殺しに来るか。

 ならば無効化するためには、生きて捕まえるために次にとれる手は周囲の影響も鑑みずに麻痺性のある毒をまき散らすと言ったところか。

 無策に突入してくることはないだろうが、獲物には毒ぐらいは塗ってあるだろう。

 最もどのような毒であろうと、基が器物の私にはなんら効果もないのだが。

 彼らの出方を伺っていたが、どうやら懐から何かを取り出すと火をつけて投げてきた。

 それは奥の部屋へと入り、煙が立ち込めるかと思うと饐えた匂いが充満する。

 これは彼女らにも使用した手であり想定内ではるが、同じ手段と言うのは少々味気ない。

 狙いは匂いでおびき出し仕留めるようであるが、この程度であれば何てとはないが常人相手であったならば良い手ではある。

 毒は効かないが、匂いまでは遮断することは出来ない。普通の人であれば耐えることは難しいかったであろうが、これぐらいの刺激臭では動きを阻害されることはない。

 だけれどもこれでは埒が明かない。何も起こらなければ彼らは入ってくるのに予断を許さないだろう。

 だから、倒れる。その音を聞き届けた彼らは部屋を覗き倒れている私を見ると近寄ってくるだろう。

 さて、後は出たとこ勝負である。

 部屋の奥、少し壁際にて倒れる。少々大きな音を出して。この匂いがどのような効果があるのかは分からないが、音がすれば確認しに来る。

 扉の向こうからこちらを伺い他に誰も居ないことを確認した彼らは、倒れているのを確認すると一人ゆっくりと近寄って来た。

 理想は二人とも部屋に入ってきてほしかったが、やはりそれは甘い考えのようである。

 ならばそれはそれで良しとしよう。

 十分に側まで引き付け、此方の状態を確認しようと体を沈めた瞬間、伸ばしてきた手をつかみ棒手裏剣で喉元を突く。

 この服の持ち主もそうであったが、どうやら襲撃者たちは機動力を確保するために防御の方は力を入れていないみたいだ。

 そもそも奇襲を仕掛ける側としては相手に気付かれた時点で失敗と言える。その危険を冒してまで実行に移るにはそれなりの理由がいる。

 そして事をなすには迅速さが必要であり、自ずと軽装なる。重装備では素早く動くことが出来ず、逃走時には重さが仇となり逃げることも難しくなる。

 入手するに困難なものほど、そこから足が付き誰が後ろについているのか知られる可能性がある。

 最もそれを利用して罪を擦り付けることも出来る為、安易に飛びつく事は出来ないのだが。

 頭の中は余計なことに考えを巡らませていようとも、体は思考と切り離して動かす。

 扉の向こうで様子を伺っていたもう一人、驚愕している一瞬のスキをついて素早く次の棒手裏剣を取り出すと、起き上がりながら投擲する。

 顔を引っ込め回避されるが想定済み。すでに扉に向かって迫っており、飛び出すと同時に投擲態勢に入るも、視界に端に影を捉え勢いそのままに地面を転がるように回避する。

 頭上を通り過ぎたナイフが壁へと突き刺さるも、体勢を立て直すべく起き上がろうとするも蹴りがフォスレスを捉える。腕を入れて防御するが受けきれずに飛ばされる。

 受け身を取ろうにも壁に背が当たり衝撃で一瞬息が詰まる。休む間もなく追撃してくる襲撃者の蹴り。

 壁を背に倒れていては回避すること出来ず、再度腕で受けるも打ち下ろされる蹴りの勢いを受けるには脆弱でありフォスレスは地面へと叩きつけられる。

  ぐったりと倒れたままのフォスレスを見下ろす襲撃者は、動かないのを確認すると側に近寄り髪を掴んで顔を持ち上げる。

 意識を失っているのを確認したのか、縄を出してきてフォスレスを縛って行く。

 急ぎ担ぐと、外で見張りをしていたもう一人と共に、闇の中へと消えていった。


 時間は少し遡る。

 フォスレスが朝、大通りを通り過ぎ貧民街へと続く路地へと消えていった頃、街の門を守る兵たちが慌ただしく動き回り始める。

 やがて伝令兵が一人、慌てた様子で兵の通用門から走り出し、兵舎へと向かって走り出す。

 そこに今見た情報を待つ人が居る。

 兵舎の門兵すら礼をすることなく通り過ぎ、執務室へと駆け入る。

 朝の仕事を始めるにはまだ早く執務室の中に人は誰も居なくて、急ぎ入ってきた兵は少し思案する。

 情報は生き物である。そう教えられてきた伝令兵はここで待ち人が来るまで待つつもりはなく、すぐに回れ右をすると駆け足で執務室を退出し、次の場所を目指して早足でかけて行く。

 目指す場所は宿舎。

 たとえ就寝中であったとしても気にする必要はない。部屋の前につくと扉を少々乱暴に叩く。

 しばし待つも返答なく再度扉を叩こうとすると。

「少々待ってください。今出ますので」

 返答を受けた伝令兵は姿勢を正し、目的の人物が出てくるのを待つことしばし。

 明けられた扉から出てきたのは、上着こそ羽織っていなかったが兵服を着たラウムであった。

「お休みのところ申し訳ないです」

「いえ、構いません。急ぎの用なのでしょう、申し訳ないですが職務室へ向かいながらでお願いします」

 歩き出しながら、手にした兵服を着衣してゆく。その後ろを伝令兵が追従し。

「先ほど街の正面門にて不審な人物を確認いたしました。二十過ぎと思われる背の中ほどまで伸ばした黒髪、着ていた服はズボンに前掛け、上は外套で確認できませんでしたが黒一色との事」

「確かに不審人物と言えなくはないですが」

「えぇ、これは見間違えかもしれませんが、外套の襟巻あたりに血の跡があったとのことです」

「それは、それは、確かに不審人物と言えなくもないですが、それが探している人と断定するには……。ならば何故そのような目立つ事をしたのか」

「確認の為、来た方向と去っていった方向へ偵察兵を派兵させています」

「昨夜は何か変わったことは」

「いえ、今のところ変わったことは上がってきていません」

「そうですか、後は何か見つけてくれると良いのですが……。これを好機と捉えるには、もう一つ欲しいところですね」

 兵舎の廊下を黙考し歩くラウムに、その後ろを付き従うように歩く伝令兵。

 大通りを歩くという事は誰かに目撃されるという事。逆に言うならば目撃されることを目的としている。

 ならば誰の目に留まるようにしたのか。自身の居場所を探られないようにするには隠れ攪乱する。自身を晒したという事は、ここに居ると知らしめるためか。ならば向かった先に居ると言える。

 来た方向は関係なく、向かった先に何かあった、もしくは何かあると。

 もう一押し、ただ待っていても得られるとは限らず、此方から取りに行く必要があると思い至る。

 足音のみ夜から明けた廊下に響き渡り、職務室の前にたどり着く。

「仕方ありません。彼は嫌がるでしょうが手を借りるほかありませんね。お手数をおかけしますがもう一走りしてリュカンに伝えてくれますか、その不審人物の女性が向かった先を調べて頂きたいと」

「了解しました」

 了承の意と共に踵を返し足早に去って行く伝令兵を見ながら、彼からの叱責をどう切り抜けようか考えるラウムであった。

 まだ予断は許さぬがようやく捉えた影に光を見出すように、前を睨みつつ職務室に入っていった。



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