#33 宿と晩餐と
当てがわれた部屋に入り荷物を下ろすと、ようやく一息つけた。
街へ来てから落ち着く場所も決めぬままラウムが居る兵舎へと向かったため、今日の雨露をしのぐ屋根の心配もしたが、無事布団の上で寝ることが叶った。
結局はラウムに宿を紹介して貰うことはなかったが、機転を利かせてくれたおかげで安宿に泊まるより好待遇な部屋を間借りすることが出来た。
街の安全を担うゆえに街ことについては把握しているし、安宿についても教えることは出来る。
しかし、この街に住んでいる限り寝泊まりするのは兵舎か、妻帯者であれば住宅街で買った自身の家となる。
知ってはいるがその宿の評判は分からず、お勧めできる宿かどうかまでは保証できないとのこと。
いくら安宿であったとしても、衛生環境が悪かったり大人数で雑魚寝であったりすれば、ゆっくりすることもままならないだろう。
最悪は馬宿の藁の上と言うのもあり得る。
何があっても全てが自己責任と言うだけであって、確かに安くは付く。今後はそのような宿であったとしても、問題はないのだろうが今は間が悪い。それではフォスレスと相談も出来はしないだろう。
ラウムが機転を利かせ借用出来たのは兵舎の一つ。空き部屋がある為、その一つを数日間だけ借りることが出来た。
食事についても食堂があり、無料ではないが安く提供しているとのこと。
今はその一室に案内をしてもらい、荷物を下ろせたところである。
思い返せばラウムが居ることも確認せずに突然訪ねてしまった。今考えれば居ない可能性もあったし、他に手放せぬ用事があったやも知れぬ。
村から去り際に常駐していると聞いてはいたが、もう少し慎重に動きべきだったか。
終わりよければ何とやらでは、この先思いやられる。
窓から見える陽はすでに傾き、窓から入る西日で目を細めてしまう。
ベットの上へと体を放り投げ倒れると、意識が沈みなりそうになるが、肩に痛みが走り覚醒する。
痛みの走る肩に手を置きながら、視線は窓の外へと向かいながらも、意識は別の方向へ曖昧な場所へと向かって行った。
剣士は剣で生業を立て、鍛冶師は武器だけではなく日常品を鍛造することで生計を立てる。
ならば旅人とは何なのか。誰かが通った道をただ辿る、それを十年、二十年かけたところで旅人とは言わぬだろう。
それはただの放浪者だ。旅人ではない。
思考のみが空回りし、ない答えを延々と考える。出るのは溜息だけ。
気が付くと部屋の中が暗くなりはじめ、このままだと直ぐに灯りが必要になってくるだろう。
もう少ししたら、夜勤に当たっている兵たちが腹ごしらえに食堂へ向かう頃。そうなると食堂は忙しくなるだろう。
フォスレスと話し終えたぐらいには日勤の兵たちが帰ってきて晩飯へと食堂へ向かう。
それぐらいが此方も飯を食べるに良い頃合い。少しゆっくりと出来る時間も出来るだろうと。
「空が紅く綺麗に染まっていますね。街を囲む壁で夕日が見えはしませんがこれはこれで素敵とは思いませんか。この景色をあの物見塔で見ると景色はまた違うのでしょうか」
紅く染まる空と逆光で壁が黒く塗り染められている。幻想的とまでは言えぬも人工物と自然が織りなす風景は心惹かれるものがある。
多くの人は気にもせず、この風景があることもさえ気付かず通り過ぎるだろう。
フォスレスの視線の先には外壁と共に造られた一際高い尖塔。
外壁の上よりさらに高く作られており、より遠くを見渡すためや緊急時における指揮系統の要、備品などの倉庫など重要な場所でもある。
街を守る要の一つであり、秘匿しなければならない拠点としてあげられるため民間人の立ち入りは禁止されている。
無理を言ったところで登ることは難しいと思われる。
だが、とも思う。
高いところから見下ろす街並みはどのような物だろうか。普段は見られぬ景色に心惹かれるものはある。
無理やもしれぬが、聞くだけならば問題はない。むしろ案外簡単に登らせて貰えるやもしれぬ。
機会があれば誰かに聞いてみようと思う。
「確かに物見の塔より見える街並みや街の外には興味がある。そこから見る景色ならば空飛ぶ鳥が見ているものが見れるやもしれぬしな」
「それはきっと、とても素敵な景色でしょうね」
「機会があれば誰か、と言ってもラウムぐらいしか居らぬが聞いてみるのもいいかもしれぬ」
「それは少し期待ができそうですね」
「少々の無茶や無理を通してしまうような気がするが、その対価も高そうではあるがな」
「彼はそのための根回しも図っていますからね。中々な腹黒さんですから呑まれない様、気を付ければなりませんね」
「ならば今回の件についても何らかの意図があると」
「そう考えるのが順当でしょうね。ですがどの様な画策をしているのか、情報が圧倒的に足りませんから」
「こちらに利があることを提示しているところがたちが悪い」
「あれこれ考えても分からぬ時は、思い切って飛び込むのも手の一つかと思います」
フォスレスの思ってもみなかった言葉に自身の耳を疑いもしたが、ラウムの策に乗るよりネムロスの意見を尊重してくれての言葉なのだろうと。
「構わないのか」
「ここから見る景色は綺麗ですが、世界にはもっと荘厳な景色があります。しかし私一人ではたどり着くのが難しい所ばかりでして」
「俺はそこに共に行きたいと思っている。しかし弱気と取られるやもしれぬがラウムの言う通り、知識や知恵に及ばず経験すらない。共に行くには自信がない」
「ならば少し自信をつけに行っても良いかと思います」
「旅に出るのが遅くなってしまうが」
「たまには時の流れを数えながら待つのも良いでしょう」
空の紅とは対照にその横顔は陰り、少し寂しそうに見えども、けれどどこか楽しそうに微笑みながら、許してくれた。
日も西の空へと沈み宵闇が訪れる頃、仕事を終えた人たちが兵舎へ戻ってくる。
そして兵がまず向かうのが、空いた腹を満たすために飯を供給する場所、食堂である。
食堂で飯を出す時間は決まっている。暗くなると明かりを必要とするためである。その明かりは主に油ランプや蝋燭、アルコールなど貴族宅になると暖炉の火などになるが、その燃料代とて安いわけではない。
月明り、星明りの下で出来ることはするが、室内だとその明かりでは十分な届いてはくれない。
ゆえに少しでも燃料代を節約するため、時間は短く限られている。
早く行けば準備中で追い返され、遅く行けば残飯すら出してもらえない。少々厳しい食事情が兵舎にはあるとラウムより伺っている。
無論、食事代とて無料ではない。食事代は部屋代に含まれているとのことだった。
事前に教えられていた食堂へと入ると、すでに人で賑やかになっており席は半分ほど埋まっていた。
献立は肉か魚か選ぶようであるが、どちらかが売り切れになると強制的に残った方になってしまう。
まだ早い時間帯の為、どちらでも選べることが出来る。今日は羊肉と川魚、どちらも気になるのは確かである。
兵舎の川魚料理も気にはなったが、迷った挙句普段はめったに食べれない羊肉を選び、空いている席を探し座る。
本日の献立は羊肉にサラダ、根菜の煮物に少し硬めのパン。
品数は少なめであるが、体を動かす職場だけに量は多めであった。
羊肉の匂いが鼻孔をくすぐり、空いた腹を刺激するので早速と手を合わせ頂こうとすると。
「相席、よろしいですか」
周りの席は相席をするほどまだ埋まっては居らず、わざわざ断りを入れてまで部外者に近寄る人などそうはいない。
いるとすれば、顔見知りぐらいしか思い浮かばない。
「席は決まっている訳では無かろう。断りなど不要だ、好きに座ると良い。ウィリデよ」
案の定、そこに居たのは飯をのせた盆を持ったウィリデが長机を挟んで向かいに立っていた。
律儀に許可を得、真向かいに腰を下ろすのはウィリデらしいと言えるのだが。
「貴方が来たと噂程度に聞いていたのですが、このような場所で会えるとは思いませんでしたよ」
「ラウムに相談をしたらここを紹介されてな、街の安宿に泊まるより良かったので甘えることにした」
「それはそれはラウムに感謝するべきかな、こうして再会できたのですから。それでいつまでこちらに」
「数日の予定だったのが、少し変更になりそうだ」
「というと?」
「ラウムから打診があった。数日後にある訓練を受けないかと」
「数日後の訓練と言うと……あぁ、あれですか。またどういった経緯でそのようなことに」
どの様な訓練なのか心当たりがあるみたく、またウィリデとてそこに至るまでの出来事など憶測すらつかなかったのか苦笑いを浮かべつつ。
「まぁ、経緯はどうあれ、受けようと思う。そうなると滞在期間も少々長くなることになるな」
「おおかたラウムに図られたと言うところですかね。まぁ、あの訓練を受けるのはいいかもしれません。かなり厳しいですが、これから旅をする上で少なからず力になるでしょうからね。かく言う私も受けた身、大きなことは言えませんが、今も培った教訓は活きていますよ」
「厳しいと言うことは聞いた。それで落ちる人もいるとも」
「えぇ、いますね。恥ずかしながら私も一度落ちていますからね」
飯を食べる手が止まり楽し気に話すウィリデを見ながら、自身の手も止まる。
ウィリデは細身ではあるが、兵士である以上しっかりと鍛えられている。村へ義援隊に加わり巨猿の洞窟まで伴ってきたのが証拠である。
ただの荷物運びや笛吹だけでは足手まといでしかなく、何かあった時に役に立たねば同行など許可されぬだろうから。
それを踏まえた上でウィリデの実力をもってしても一度落ちている訓練。何も訓練すらしていない素人が参加したところで、合格できるかどうか怪しいものである。
その不安が顔に出ていたのか。
「ネムロスなら大丈夫だと思いますよ。ラウムもそう思ったから進めたのでしょうしね」
「……案ずるよりは、だな。分かった、ウィリデのお墨付きも頂いたのだ、期待に応えるとしよう」
「やけにあっさりしているような気がしますが……。えぇ、吉報をお待ちしていますよ。助言として一つ、訓練が始まるまで運動場を使用するといいですよ。昼間使用していた人たちが居たと思いますが、彼らも参加者ですから。ま、自主特訓の方々ですね。明日、ラウムと話されるのですね、その時にでも許可をもらえばよいと思いますよ。何ならこの後ラウムと会うので話しておきましょうか」
「いや、それには及ばぬよ。こういうことは俺自身から話さねばな」
「分かりました。ならばこの件に関してはこれ以上、私から助言することは出来ません。後は自身で確かめて頂きたいと思います。」
そう言うと、飯を食べ終えて手を合わせていた。
飯は係りの者に盛ってもらうため、量の差はさほどない。なのに後から食べ始めたのに先に食べ終えるとは。兵は緊急時にすぐ動けるよう食べるのが早いと聞いたが、事実のようである。
だからと言って合わせ慌てて食べる必要もなく、いまだ席も十分に空いている。
まだ少々ゆっくりしたところ、邪魔にはならぬだろう。
時間が許せるならばウィリデには悪いがもう少し付き合ってもらうべく。
「訓練に関しては心しておこう。まだ時間があるならもう少々聞きたいことがあるのだが」
「約束の時間は決めてませんからね、少しぐらい待たせても問題はないでしょう」
茶を飲み食休みのついでだろうか、快諾してくれた。
「と言っても大した話ではないのだがな」
「市民が困っていたら助けるのが私たちの役目です。話を聞くこともその一つと言えましょう。最も懺悔されても我々は許すのではなく断罪するのですけどね」
「それは飛躍しすぎだな。どうしてそのようになったのか気になるところではあるが、置いておくとして、ただ外壁の物見の塔へ登ってみたいと言うだけだ」
「あぁ、なるほど、確かに見晴らし良いですからね。その気持ちも分からなくもないですよ。他の部署になりますが年に十件程度ぐらいですがそう言った相談を受けると聞いていますね」
「ならその一件に加わってしまうか」
「報告を上げればの話ですが、そもそもこのような小事など右から左へと流され報告するだけ情報課に嫌な顔をされるだけですからね。だから街の上層部は一部を条件付きですが開放して市民でも自由に上ることが出来る場所が出来ましたよ」
「そのような場所が出来てたのか。やはり村の中だけではだめという事だな。で、その条件とは」
「兵の常駐、その運営費や管理費として入塔料を頂くことになりました。そして上ることが出来るのは外壁ではなく街の中央大通りを挟むように建つ東西の物見の塔になります。どちらも街を上から眺めることが出来る観光地として人気です」
「料金は」
ウィリデの方へ肩を入れ押し気味に聞いてしまったが、単に懐具合が心配だったからか。
付き合いが良いのか、ウィリデもまた肩を寄せて指を二本立てる。
二百フェリクス。単位は健国王の名からとったものであり、幸運を意味してたと聞いたが、間違っているやもしれない。
だが、二百フェリクスあればここの飯が四、五回は食える。決して大金という訳ではないが、節約せねばならぬ身としては手痛い出費となる。
ならば、やることは一つしかない。
「短期で稼げる仕事の斡旋を求む」
頭を下げ、稼ぎ先をウィリデに聞いてみた。
そして、大笑いされた。
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